2014年02月12日

ひとり暮らし

新潟の若者は郷土愛が強いのか、積極的に東京へ出たがらない。
出たとしても、早くに帰郷する理由は、「ホームシック」から生じた孤独であろう。

僕はこう思う。
若者にとって、東京は大して重要なところではない。
妄想を描くぐらいなら、地元でしっかりと働き、親孝行するべきだとも思っている。
家賃も食費もかからず、そのぶん好きな車を乗り回して、給与もほとんど貯金できるだろう。
私生活は地元の友人でまかなえるし、ライフスタイルも変える必要もない。
早くに結婚したとか親の介護など、特別な理由がある人は別だ。
しかし、「ひとりの経験」をしないまま、中高年になると思考が怪しくなる気はする。

東京は全国各地の出身者らと、さまざまな交流ができる街だ。
対人能力が試される街であり、ローカルルールなんてのは通用しない。
それまでの環境や習慣など、一度は断ち切らねばならない。
周囲に助けてくれる人は少ないから、まさに裸一貫の生活となる。
こうして孤独に耐えながら、新しい人間関係を作ることからはじまる。

本当のところ、上京早々ホームシックになって、人とうまくつき合えなかったんじゃないの…
それで「東京の人は冷たい」とか、紋切型の台詞で自分を慰めているんでしょ…
早い話、都会に受け容れてもらえなかったんだろ。

ハッキリ言えば、地方都市のほうが冷たかったりする。
地域でしか通用しない小論理が強いから、考え方の違うものは排除しようとする傾向がある。
仲間同士の言語のほうが大切で、徒党を組みすぎるから、なかなか個性も拓きにくい。
個性を拓こうものなら、それこそよそ者扱いで嫌われたり、嫉妬も覚悟しなきゃならない。
受け容れる器量の問題にもよるが、時として器量のなさは地域の発展性に欠いてしまうと思う。

新潟の魅力は、米と水、酒や食べ物が美味しいとは聞くが、あまり「人について」語られない。
新潟人は仲間褒めはするけど、他者には不寛容で少し閉鎖的だ。
その県民性は「慣れれば…」と前置きされるが、本音を言えば「人見知り」なのだろう。

大方の意見でもある。
「どうだ、週末飲みに行くか」と聞かれると、「考えておく」の回答が多い。
それ以上に楽しいことがあれば、そっちを優先するってことなのかな。
ひどいのになると、自分のことなのに意思回答すらしないんだからさ。
他人のことはあれこれ決めつけたがるけど、自分のことさえ自分で決められない。
小さな意思決定もできない人が、人から受け容れてもらえるはずもなかろうに…

そんなのに構っていられないと思うのが、都会人のスピード感なんだ。
まず、そのあたりの物言いから変えないと、東京じゃ相手にされないんだよ。
「東京は冷たい」と言った時点で、「ナルシスト宣言」したようなもの。
そんなの嘘っぱちだし、敗北感でしかないわけだ。

東京は故郷を一度離れて、精神的に大きな自立をする街である。
だけど素直に言えば、寂しさを埋めたいとみんなが願っている街でもある。
強さあっての寂しさなのに、最初から寂しさ全開なんだから、都会のひとり暮らしなどムリでしょ。
要するに「都会に受け容れてもらえなかったんでしょ…」  見方はそうなるわけだ。

当店はオフィス街の路地裏で営んでるから、「東京人」と「地方人」のお客さんが混在している。
よく聞くことだが、「ひとりでバーに入れない男ってどうよ…」ってことでさ。
対人力があるから、ひとりでも気丈にバーで飲めるんだ。
つまり、「ひとり暮らし」できる要素があるってことだと思う。

ここ3年ほどでは、女性のほうが「孤独に強い」気がしてならないが…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする