2014年02月04日

完璧な文章

「完璧な文章など存在しない」
村上春樹のデビュー作、「風の歌を聴け」の有名な一文である。

ブログを読んでいる人は、広い範囲の文章が好きなんだと思う。
僕も文豪や有名作家を認めつつも、基本的に好きな読み物は身近で感じた目線文章である。
だからと言って、安易なネットの書き込みなどに群がることはない。
あくまでも興味があるのは、まずは文章として体を成しているかなんだ。

それと経験をもとに、自分にしか書けない文章は魅力がある。
伝わる文章は次の段階にしても、原則はその人の言葉で描かれてあれば、次の展開に期待を寄せるしそんなブログがあれば紹介にあずかりたいと思っている。
身近でブログアップしている「S木さん」を知るけど、読ませてくれないんだよな…  いじわる!

ここからは、読書のコツについて書いてみる。
読書で大切なのは、背伸びしないことだと思う。
すぐに難しい本を手にしようとするが、それが本離れにつながってしまう。
僕は人に本を薦めたり、本の感想などを求めたことはない。
それじゃ素直に本を楽しめないだろうから、聞いたとしても「おもしろかった…」ぐらいで止めておく。
読書感想はその人の中で感じればいいのだから、感想を求めることを前提にすると、感想のための  感想を考えるようになり、読むことが苦痛になってくるもの。
本当に琴線に触れたのであれば、こちらが黙っていても自然に語意は出てくるものである。
それに国語の教科書の内容なんて、今になれば誰もさっぱり覚えていないと思う。
覚えているのは、小学一年生の最初のページ、「さくら さくら あさのみち」ぐらいだろう。

屁理屈を言うようだけど、文学書を読んでいるから頭がいいとは限らない。
逆に読み込みすぎたため、見方が屈折したり融通が利かなくなったり、同じジャンルばかり凝り固まると思考が偏重的になる危険性もあるから、読み散らかしたほうがいいような気がする。
昔は、「本を読む人は、頭のいい人」、「マンガを読む人は、頭の悪い人」と決めつけが横行していた。
どちらの次元じゃなくて、素直に興味のある活字でいいんだ。
新聞の社説を読んでいるより、マンガを読んでいるほうが楽しいでしょ。
最初の取っ掛かりはマンガであろうが、読むことが習慣になれば次第に読み物も変わってくるもの。
ただし、大人が電車やバスの中でマンガを広げている姿は、イメージとしては感心できないけどね…

僕は難しい本は読めないし、硬い会話も塩梅を利かせているつもり。
話をするとしたら、「話をせざる得ない状態」になったときだけ。
普段は冗談交じりで、大笑いしていることのほうが多いんだからね。
そのあたりは雑談や雑文のくくりで、心の空気を入れ換える感覚だ。
それに哲学書であろうとマンガであろうが、活字を楽しむと言う点においては、官能小説だって同じことでわざわざ本の分野を固定する必要はないんだ。
活字に親しみを持てれば、主な分野が定まり、次第に他の分野にも興味が広がるんじゃないかな。

だから「完璧な文章など存在しない」し、僕は「完璧な文章が存在されたら迷惑」である。
さて、撮りだめしてある、アニメ「団地ともお」を見ながら、あのころにダイブするぜ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする