2014年01月31日

2014 如月

【2月定休日】     
     2日(日) 9日(日) 16日(日) 23日(日)
    ( 11日(日)通常営業致します )
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日   日曜日 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5〜7名)


ホットウイスキーに合いそうな、耐熱性のホルダーグラスを探しに、新潟古町の大和デパート跡にある     一階の雑貨店を眺めていた。
良さそうなグラスを見つけたので、店用に3個包装してもらい、別にマグカップを自宅用に購入した。

ホットウイスキーが好きだ。
この時季なら、自宅で寝る前に読書をしながらとか、ブログを書きながら体を温めているときもある。
ホルダーグラスならスコッチもいいだろうが、あいにく自宅には高級酒を置いていない。
せいぜい、マグカップで飲む安いバーボンで充分。

こうして季節に合わせた、飲み方(割り方)で楽しむのもいい。
2月に大きな寒波が来るだろうが、そのときに思い出して試してもらえば、書いた甲斐があるもの。
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2014年01月30日

全容解明

この数日間、最寄のスーパーにある、冷凍食品コーナーが閑散としているのがわかる。

群馬県で冷凍食品に農薬を混入させた罪で逮捕された容疑者の全容が解明されてきた。
確信犯には間違いない。
確信犯を直訳すれば、性格そのものだと思う。
善悪よりも、興奮に快感を覚えてしまう危険なタイプである。

誰でも犯罪に巻き込まれてしまう可能性がある。
それは第三者の勘違いだったり、人柄を利用されてしまったり、そのケースはさまざまだろう。
精神バランスが崩れているとき、「おもわず 〜 してしまった」おそれもあるかも知れない。
今は立場で人柄を判断できない世の中である。

だが、農薬混入事件の容疑者は、最初から犯行を企てて実行に及んだ確信犯である。
これを「偽計業務妨害罪」だけで済ませられるのか、今後の判決に注目していきたい。

報道によると容疑者(49歳)には、妻と20代の子ども、年老いた母親がいるという。
マスコミは追求の手を家族にまで向け、全容解明という都合のいい言葉で書きたてたり、映像を電波に乗せて発信してくるが、成人とはいえど家族は独立した一個人として扱うべきだと思う。
最近では「みのもんた」が息子の犯罪責任をとり、番組を降板したのかさせられたのかはわからぬが、記憶に新しい出来事である。
親の影響下(甘やかし)にあった息子であれど、成人であれば責任は全て取らせるべきだ。
しかし、親が学生の身分でもない子どもに仕送りをしてたり、平気でモノを買い与えるのが横行している世の中であれば、「親子ワンセット」の甘えた構図は切り離せないんだろうな。

数年前、世界的に有名なジャズトランペッター「日野皓正」を父親に持つ娘が薬物違反で逮捕された。
マスコミは親に取材を申し込んだところ、「成人してるんだから、テメエで責任とれ」と一喝。
胸のすくコメントだったが、親は怒れど陰では子のことで頭を下げているのが親の心だと思う。
全てを放り出すはずもなく、それが愛のムチだったりするわけで、それこそ家族のプライドであろう。

有名無名関わらず、家族まで追い討ちをかけ過ぎるマスコミの報道姿勢は、どこか心の狭い正義感を振りかざしているようで、滑稽に映ってしまうんだ。
見方においては、真相を収集(要約)する能力がないから、手っ取り早く記事になるところから入るような 気もしないでもない。

容疑者は裁かれるべきだが、共犯の可能性が極めて少ない家族への倫理観は大切なことだと思う。
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2014年01月29日

自然治癒

寝覚めると左の首筋から、背中にかけた筋に軽い痛みが走った。

どうやら、寝違えたらしい。
首筋は大したことないが、背中をひねると筋に痛みが増す。
湿布薬を貼ろうか迷うものの、背中の患部に手が届く柔軟性は持ち合わせていない。

そういうときは、支柱の角に患部を押しつけながら、痛みをほぐすに限る。
身長測定器に真っ直ぐ乗るような格好で、角に背筋を合わせて患部を探る。
途中「コリッ」とするようなところがあったので、そこを重点的に圧力をかける。

左右に「クネクネ」した動きを続けていたら、扉を開けた妻にその姿を見られた。
「何やってんの」とは聞かれたが、普段から僕の行動などお見通しと豪語する妻。
一応、「湿布薬貼ろうか…」と、口にするものの断られることは想定済みだろう。

「えーい、ダメだ、ダメだ、ダメだ…」
昔から、薬を飲んだり、貼ったり、塗ったりせず、自然治癒で治す主義である。
すぐ薬に頼りすぎると、体が薬の免疫を持ってしまうようで、いざ必要なときに効かないんじゃないかと  いう思いがあるからだ。

それを知る妻は、建前で「湿布薬貼ろうか」とは言うが、耐えて治すのでそれ以上は同情しない。
だから、鎮痛剤などの薬を服用するときは、よっぽど痛いと思うらしい。
それに、いい大人があちこち痛むところを、大げさに吹いてられないしね。
寧ろ、精神的な部分のほうが大きいのである。

こうして、僕は支柱に背中を押し当てて、体全体で弧を描くような動きも加えて、「ズリズリ」「ゴリゴリ」  させている間、妻は台所のまな板で野菜を小刻みに「トントン」響かせているのである。

人に見られたら、きっと「奇妙な動き」に映るだろうな…
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2014年01月28日

満員御礼

大相撲中継が終了した、翌日の夕方はどこか寂しいものだ。

全勝は逃したとはいえ、横綱「白鵬」が優勝することは、6日目あたりで書いたとおり。
意外だったのが、大関「鶴竜」であり、初日に星をおとして中盤には失速していくんだろうなと思いきや、徐々に相撲内容を立て直していくあたりは並みじゃない。
優勝決定戦で白鵬に敗れたものの、期待値からすればあの役こそ大関「稀勢の里」だったんだよな…

僕が前から言っているように、稀勢の里は横綱にはなれないと思っているが、一度は優勝してほしい  気持ちは今も変わらない。
そのためには、注目をプレッシャーに感じてしまう稀勢の里のことは、見守る視点のほうがいいだろう。
性格においては期待されないほうが、自力を発揮しやすい力士もいるからね。

その点、過度な注目にとりつかれてほしくないのが、飛ぶ鳥を落す勢いの「遠藤」だ。
「横綱確実」と騒ぎ立てられているが、必ず高き壁にはぶつかるはず。
彼の試練は来場所からで、最初の高き壁になるべき力士こそ、稀勢の里であるべき。
「俺が現役である以上、力でねじ伏せて、横綱の手を煩わせない」ぐらいの気っ風を示してほしい。
モチベーションに火がつけば、まだまだテンションは維持できるだろう。
番付の所々に「門番」がいないとなめられるし、稀勢の里には「三役の門番」になってほしいんだ。
ブルース・リー主演映画「死亡遊戯」のクライマックスを飾る、「五重塔」で待ち構える刺客のようにさ。
遠藤は各階の刺客をひとりひとり打ち破って、上りつめていく姿に戦う男の美しさを魅せるんだ。
久し振りの逸材なんだから、遠藤には輝き方を間違ってほしくない。

まだ時間があるので、このまま書き進めていこう。
初場所の土俵では、「満員御礼」の垂れ幕が8回ほど下がっていたと記憶している。
東京では、ここにきて相撲人気が回復してきたようにも思える。
大相撲が凋落寸前のころから、応援してきた自負があるので盛り上がりは嬉しい。
しかし、その分安くはないチケットは入手しにくくなるだろうし、気が重くなるようなマナー知らずの観客も多くなれば、下品な野次も飛んでくるだろう。
それに、向正面(テレビのフレーム)に映りこんでいる観客ほど、相撲のことなんてわからないでしょ。
おしどり芸人の「林家ペー子・パー子」なんて、目の前の取組よりも写真撮りに夢中なんだから、目障りでしかないし、他にも成金の自意識で観戦している客も多く、作法を見れば好きかどうかぐらいわかる。
至近距離なら力士の肉弾音や息づかいなど、食い入るように見るのが相撲流儀なのにあの調子だ。
一番良い席ほど、にわかの観客に占拠され、興味が薄れれば瞬く間に消えるから興ざめである。

若貴ブームの再来はないと思うが、二の舞になってほしくないことは、大相撲ファンとして切に願う。
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2014年01月27日

パンドラの箱

会計中、店員さんから「スマートフォンはお持ちですか」と聞かれたので、持ってないことを告げた。

スマートフォンを活用した、会員サービスの加入を勧めたかったようだ。
そんなアプローチを受けていくうちに、エンドユーザーは買い替えを考えていくんだろうな。
「いずれは持たざる得なくなるのかな」と思いながら、今は不自由もなくガラケーを使っている。

私生活で写真を趣味にしていると、人とのつながりが早いという。
おたがい、カメラを持っていることを意識するし、専門用語も通用するから声をかけやすいのだろう。
スマホはそれに似た理由もあると思うし、今なら「操作慣れました…」で会話に溶け込めるであろう。

最近、浮気する男女が増えてきたらしいが、浮気の仕方が幼稚であることは間違いない。
履歴をそのままにしておくとか、写真を保存しておくなど、浮気に憧れた浮気のように思える。
そこには、男と女の秘密めいた色気がない。

その昔、漫才師の横山やすしが著書に愛人関係について述べていた。
「知られてはいけない、女の電話番号ぐらいは覚えている」
アドレス帳に記録したり、男の名前でかくらんする真似せず、「惚れた女のナンバーぐらい覚えておけ」が持論らしく、知られちゃいけないことは記録に残さないのが浮気のルール。
それをできずに、思い出にしたがる仲であれば、浮気の資格(センス)はないに等しいだろう。
どこまで本音か知る由はないが、そう公言すること自体、女の誕生日も覚えていたと思える。
こういう男なら、浮気しても最後までその女のことは守るであろう。

数年前、バラエティー番組の中で島田紳助がこう言っていた。
「男のケータイの中には、女の幸せはない」
もしも見たら、食卓は息づまり、まさに「パンドラの箱」なのである。
人類は秘密に適応する過剰な玩具を低価格で大量供給しちゃったわけだ。

僕はケータイをロックしたことはないし、無雑作にテーブルへ置いてある。
見られても構わないのは、全て説明できる内容だから隠す必要がないんだ。
おたがいの私物に手を触れないのは、結婚当初からの暗黙ルールになってるので、ケータイの中身   だけでなく、財布の中身さえ知らない。
それに、妻は本ブログを読まないし、おたがいの「ひとり時間」は満喫している。
つまり、夫婦だからこそ、一定のテンションで生活しなきゃいけないんじゃないのかと。

でも、秘密のない夫婦なんて、薄味すぎるかも知れないと少し感じているのだが…
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2014年01月26日

ショートメール

古町で居酒屋を経営している仲間から、ショートメールが届くときがある。

内容文、「客の入りはどうだい…?」なんていう程度である。
送信すること自体、お店が暇なのだろうが、同調する(遊び心)ことで安心感を与え合うことも、人間関係の大切な塩梅だと思っている。

本当に暇であれば、店主が街中を歩き回っていたり、他の店の状況を従業員に見に行かせるだろう。
それで他店に客が入っているのを目の当たりにして、なおさら落ち込んでいれば世話がないわけだ。
見たものには説得力こそあるけど、その店の繁盛が地域の活性化になっていると考えておけばいい。
そんなに、気にすることでもないんだ。

僕はどこまで行っても、「自分は自分」、「他人は他人」だと思っている。
自分の店は自分の店、他人の店は他人の店と割り切らないと、沈んだ感情に支配されるだけなんだ。
それに「1+1=2」だけど、「1.5+0.5=2」にもなる。
経営的な公式、「客数×客単価=売上」に当てはめれば、組み合わせの数字が違うだけのこと。
客数は誰でもわかることだし、街中をフラフラ歩き回っても、肝心なことはわからないでしょ。
検証の目安にはなるが、不確かなことに気をとらわれすぎると、自分の店がおろそかになるだけだ。
だから、気にするほどのことではないんだ。

僕だって、最初のころは割切れなかった。
だけど物事を突き詰めていけば、気にしないことがその店らしさだったりする。
組織なら、競合他社の情報を集めて検証にかけて、勝利する具体策を発展させるのが在りかたである。
しかし、個人店は自分の仕事を貫くのが信念になるから、的を得ない調査や検証などまどろっこしい。
いつまでも他の店が気になるのは、経営者の信念がブレ出しているんじゃないだろうか。
じゃあ、僕に信念があるかないかは、人が決めることであり、自分で言うことではない。

今晩、新潟駅前の某バーの経営者がひとりで来店した。
何かの話の展開から、とうに忘れ去った、僕の放った言葉を掘り起こしてこういった。
「(仕事の)ジャマさえしなければ、それでいい」 と言っていましたね…
冷たいとかじゃなくて、自立した相手じゃないと仕事で協調なんかできっこない。
それに他人の一大事より、自分の歯痛のほうが切実なのが本音だと思うからだ。
一匹狼タイプの若い彼とは、そういうところでは気が合っているのかもしれない。

冒頭のショートメールに話を戻す。
気軽にメール交換をし合える、情緒的な関係も少なからず存在している。
利害関係はないし、「俺は俺」「おまえはおまえ」で成立しているので、傷の舐め合いではない。
それでも人の子である以上、経営者だから寂しくなるときもある。
そのときなんだ…  気兼ねなくメールを送って、迷惑がらずに応じてくれる関係かどうかは。
お客さんが来なくて気が滅入りそうな夜、メールひとつで気力を取り戻せることがあると思う。
その用件、ショートメールで事が足りるのは、癒しあうための交換だから字数の多さではない。
メールに癒される効用もあるが、いつでも気軽に電話をかけられる関係だから成立する。

僕自身、そういう夜があるかも知れないんだしね…
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2014年01月25日

真夜中のドア

24日 穏やかな陽射しが、心地よかった夕方。

某喫茶店のBGMから、聴き覚えのある 「80年代のポピュラー音楽」 が流れてきた。
あのころのポピュラーは、デジタル技術に頼らない温かみある楽曲が多かったと思う。

まず、歌詞が文学的で自然と口ずさめるほどシンプルだった。
どこか短編小説のようなストーリー性があり、歌詞の世界にダイブできる感覚もあった。
特徴的なことをいえば、歌詞が濃厚で重く、リフ (繰返し) が多い。
それに若いときは、歌詞の内容を受け止められるだけの、青春パワーがあったことは確かだ。

松原みきのヒット曲 「真夜中のドア」 (1980)
サビの部分 「真夜中のドアを叩き 帰らないでと泣いた」 の一節。
若い恋人同士なら、ありえる場面だが、僕の年代でそんなことされたら迷惑だわな。
浮気相手につきまとわれたなら、危険な情事として割り切れるが、そうでなかったら、帰ろうとする度に、玄関先が修羅場になってしまうだろう。
もしかしてジャージ姿で髪を振り乱し、奇声をあげながら襲いかかってきそうな女像かもしれない。
男なら 「明日仕事だから、帰らせてくれ」 だろう。

その後、ひとりの寂しさをまぎらわすため 「レコード針をおとした」 とあるが、何の曲を聴いているのか興味は尽きない。
しかも 「同じメロディーを繰り返し聴いている」 だが、夜の部屋でレコードの針を、何度も上げ下げしている光景を想像すると怖いわな。
奥行きを想像できるが、突っ込みどころも満載なのが、この時代の歌詞なんだ。
それでも 「二度目の冬が来て…」 と自己開示する 「切ない女心」 に共感できるいい曲だと思う。

80年代までは、今より 「日本語情緒」 を大切にしていたような気がする。
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2014年01月23日

童貞対策

いわゆる 「童貞」である…

民間団体の調査によると、20代の男性10人に4人が、性交渉の経験がないとのデータが発表された。
熟年の「セックスレス」ならわかるが、元気満点の年代にしては、あまりにも消極的すぎるだろう。
アダルトビデオを見ながら、簡単に処理していたほうが、気が楽な節も隠されているのかもな。

これは、提案せざる得ない。
2月14日のバレンタインデーは、堂々と女性から男性へセックスを求愛する日に定める。
この日だけは、主人がいようが、恋人がいようが、その関係をシャフルできる夢の日とする。
素直に「抱かれたい男」へ、告白できることにするのだ。
女性の隠された欲望を満たせるかどうかは、求愛した男の甲斐性に委ねられる。

3月14日のホワイトデーは、逆に男性から女性へセックスを求愛する日に定める。
しかし、心情的にはややこしくなる。
同じ女性に求愛の返礼をすべきか、もしくは違う女性に求愛を申し込むか。
そもそも気が多いのが男であり、同じ女と二度寝るか、違う女と一回ずつ寝るか迷うところ。
求愛の返礼をしなければ、その女性に恥を欠かせることになるだろうし、ダンディズムにも欠ける。
こだわりすぎると違う女性を抱けないし、それに甘い夢ばかりではなく、断られる可能性も大きい。
ただ、積極果敢に挑戦できることはいいだろう。

恋愛の醍醐味は選ばれたり、選ばれなかったりするからいいんだ。
「街コン」なんていう、生温いメルヘンじゃなく、この2デイズは「大人の発情日」とするのだ。
しかも、女性はその日に「排卵日」を合わせ、その女性の幸せもしっかり考える。
この企画が成功すれば、この先日本は「一夫多妻制」として、少子化を改善できる。
その場合、国からの援助制度もあり、日本はこうして未来永劫の道を歩むのである。

これら「童貞対策」だけでなく、立たない辛さに苦しむ、働き盛りの「中高年対策」にもなる。
つまり、「木を見て、森を見ず」ではなく、「童貞を見て、中高年も見る」ことである。
その制度が承認されれば、面食いではない僕でも、ダメもとでニュースキャスター「岡安弥生」さんに、
弾丸ダイブで自爆するだろうが、男の挑戦権はあるわけだ。

今日の俺…  めちゃくちゃだけど、「バカと天才は紙一重」だと思ってくれたら少し報われる。
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2014年01月22日

木村庄之助

大相撲本場所中。

夕方、出勤前の身支度をしながら、大相撲中継を横目にしていることが多い。
いつもは仕切り線で向き合う、両力士の所作を見ているが、立行司の存在には目が向かない。
だが、もし向正面に立行司がいなかったら、これほど味気のない画(土俵)はないであろう。

7年ほど前、「33代 立行司 木村庄之助」の行司人生を振り返った書籍に触れたことがある。
長文の行に、「行司はありのまま見る」ことが、一番大切であることをつづっていた。

往々にして、人は自分の思い込みで物事を判断する傾向がある。
例えば横綱と前頭が対戦して、土俵際できわどいもつれ方をした場合、横綱に軍配が上がりやすい。
そこには、横綱の強さと風格が影響していると思える。
しかし、それが良からぬ差し違いを招き、ときには見えてなかった場面まで作り出されるともいう。
つまり、土俵上の対戦を素直に見ることが立行司の役割であり、思い込みのいけなさを指摘する。
これ、簡単なようで、簡単じゃないことだよね。

一年前の初場所だったかな…
結びの一番で、横綱「日馬富士」の流れた足が土俵を割ったとして、向正面の勝負審判(大徹)が手を上げて対戦を制止したことがあった。
結果、足は勝負俵に辛うじて残っており、中断の取り直しで日馬富士が勝ったのだが、結びに水を   注されたとしてマスコミに誤審を叩かれた。
それに対して勝負審判である大徹は、「私にはそう見えた(足が出た)」と堂々と釈明した。

僕は、「これぞ、勝負審判の鏡である」と思ったね。
会場の空気を読まず、見えたことに端を発したんだから、勝負審判の役割を果たしたんだ。
誤審か否かは協議後に判明したが、優柔不断な審判ならこうはならないはずだ。
見方の違いかもしれないが、そこを間違えると「見る側の崩壊」にもつながると思う。
何ごとも主役(力士)に目が向きがちだが、物言わぬ立行司や勝負審判の秘めた役割が響く。

今日のタイトル、「木村庄之助」にしておく。  さあ、大相撲ダイジェスト10日目を見ようかな…
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2014年01月21日

大寒の銭湯

20日、暦上「大寒」とされ、一年で最も冷え込む時季である。

この2年ほどで体質が変わり、手足が冷え性になってしまった。
それまでは体温が高く、手足はいつも温かかったのにだ。
それからというもの、銭湯では湯船のヘリに腰かけて、足湯をしてから湯に浸かるようになった。

7年前から、月に2回は銭湯へでかける習慣がついている。
昨晩(19日)も、他に誰もいないヘリに腰かけて、正面のタイル画を眺めながら足湯をしていた。
すると番台の女店主(老婆)が、後方の湯煙から現れ、「ここは熱いお湯が循環する場所だから、こっちに入ってください」とアドバイスされた。

僕なりの入浴順序もあるのだが、銭湯で一番偉いのは店主である。
銭湯のルールにおいては、知識を授けてくれる心強い存在なので、反発するなどめっそうもない。
それに男は老婆であろうがなかろうが、女に裸を見られたら服従するしかないのである。

そういえば、前回も足湯をしてたら湯煙から現れ、カラン(蛇口)の湯で体を温めてから、湯船に浸かると いいとアドバイスされた。
僕も今ではベテランの入浴客だと思うが、最近はダメ出しを喰らうようになってきた。
店主の前では、まだまだ「銭湯の奥儀」を学ばなくてはいけないようである。

秋にも、こんなことがあったなあ…
ヘリに腰かけて、タオルを太ももに広げて足湯をしていた。
すると目の前のボイラー室の扉が急に開き、店主から一言「タオルをお湯にいれないでくださいね」と。
その塩梅はわかっているが、そのときは前方から突然と姿を現したので驚いてしまった。

こう続くと、「もしかしてだけど…」と思ってしまう。
お笑いコンビ「どぶろっく」じゃないけど、「もしかしてだけど…  僕のおちんちんを見たいんじゃないの」とさえ思ってしまうし、それが相撲だったら、決まり手は「不浄負け」となる。
まあ、見せてもいいけど、ガッカリさせたくないしね…  (見せモンじゃねえし)

一年で最も冷え込む大寒だから、世の男は縮んでいるであろう?
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2014年01月20日

無事これ名馬

新潟の古町通りを下町方向へ下ると、「五菜堀」(ごさいぼり)と呼ばれた、旧名称の地区がある。

そのあたりには、あのころに父親が暖簾をくぐっていた店が何軒かある。
今も佇まいこそあるが、誰もいない店に明かりが灯ることはないだろう。

ほどよい年齢になれば、行きつけの店の1〜2軒はあるもの。
早い話、そこの店主と「馬が合う」のである。
その関係が何年も続けば、「無事これ名馬」になるんであってさ。

自転車でその店の前を通ることもあるが、今でもゴキゲンに酔った親父が出てくるような気もする。
きっと、店主と馬が合っていたんだろうな。

幼い口には、手作りの「たまご」と「かんぴょう」が美味しかった、「寿し銭」というお店だった。  
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2014年01月19日

無常の鉄則

一週間後、新聞の見出しには、黒抜きで大きく「白鵬全勝優勝」と刷られているだろう。

盤石の強さに加えて、無類の上手さが光る大相撲初場所7日目。
そう書いても、「勇み足」にはならないであろう。
なにゆえ、相撲が美しい…

大相撲の人気が、回復の兆しを見せている。
最大の焦点となる、「稀勢の里」の綱獲りが5日目に絶望的となり、代わって名を馳せてきたのが、   救世主になる可能性がある前頭の「遠藤」
弱体化した日本人力士に、渾身の喝を入れられる逸材かも知れない。

日本人は、詫び寂びの世界を大切にする。
だけど、それは良いほうにも悪いほうにも傾くからいけない。
力をなくして引退する者、番付を落としていくだけの者へ、情緒的になりすぎていたと思える。
勝負(スポーツ)の世界、去る者を追ってはいけない無常の鉄則がある。
なぜなら、それによって、育つ者を見逃してしまう可能性があるからだ。

 「老兵去るのみ」 (ダグラス・マッカーサー)
覚悟して角界(相撲界)に入門してきたんだから、去り際にもそれなりの覚悟が必要となる。
長年貢献した力士に、情(声援)をかけるのは、去り際の美学でもある。
しかし、その情緒が伸びる力士に目を向けてなかったのも、今日の姿なのかも知れないんだ。
「遠藤」の出現は、大相撲ファンにとって、評価眼を試されている存在になるであろう。
強さにはポジティブな眼力も、持たなければいけないと思う。

僕自身、大相撲ファンとして、新聞の見出しを変えたいからね…  「松鳳山初優勝」とさ!
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2014年01月17日

気のおけない

日本語は難しい。

職業柄(バー)、「敷居が高い」との言われ方をすることがある。
自分と相応な雰囲気ではない、値段が高そうで扉を開けにくいなど、敬して遠ざける意味が強い。
正確には、「行ったことのある場所だが、そこで粗相をしてしまい、その後は行きにくくなった」意味だが、大方で伝わるから会話に何ら問題はない。

日常会話で、「彼は気の置けない友人」と紹介すると、相手に誤解を与えてしまいがちになる。
正しい日本語でも、誤解をさけるため、まぎらわしい言葉は使わない。
この場合、「彼は気を許せる友人」のほうが、会話をスムースに運べるだろう。
「気の置けない」は日本語の知識であり、「気を許せる」は伝え方の技術になると思う。
言葉の知識があっても、伝え方に工夫がないと、会話が在らぬ方向に飛んでしまうことがある。

初めて使う家電製品を買いに出かけたとき、どんな店員についてもらいたいか考えれば答えは早い。
僕は知識よりも、わかりやすい説明ができるベテランを希望してしまう。
目的は正確に伝えることなんだから、手段はわかりやすくあるべきであろう。
専門用語で説明され、相手がわからないと「そんなこともわからないの」と悦に入られるのと同じこと。

どんな会話にも、「グレーゾーン」が含まれている。
前者 「気の置けない」にこだわれば、言葉の曖昧さを理解できなくなる。
後者 「気を許せる」に変換できれば、言葉の融通が理解できるようになる。
世の中、(白・黒) (YES・NO)に分けられることばかりじゃない。
そう考えると、「聞く」「話す」が、最良のコミュニケーションなんだろうね。

言葉の変換によっては、難しい日本語はわかりやすい日本語にもなるのだと思う。
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2014年01月16日

Jazz Talk Vol.38

東京都知事選挙に、総理大臣経験者の細川氏が候補に名乗りを挙げた。

当時、任期途中で辞任したので、政策的なことも記憶に残らぬまま忘れ去られていった。
その後、政界を引退、陶芸を趣味に余生を過ごしていることをテレビで知るが、脱原発を最大の争点に小泉元総理の支援を受けて出馬したという。
物事、一度は引退したものの心を突き動かされて、必要性のある表舞台に戻ってくることは、これから  多くなると思える。

ジャズを例に挙げる。
現在、50歳以上はジャズが熱かった時代を知る世代である。
特に、60歳以上の人なら、きっと全盛期を知る人たちだろう。
同時に高度成長期からバブル全盛期にかけて、比較的自由に使えるお金を手にした人も多かった。
価値観は多様化したが、将来は音楽で生計を立てたい夢も、少なからず抱いた年代である。

だから、ジャンルや楽器問わず、なかなかいい演奏を聴かせてくれるアマチュアも多かった。
しかし、演奏だけで食っていける人は一握りに限られ、その将来を考えれば少し冷静にはなる。
実際、日本有数のトロンボーン奏者である「向井滋春」さんのグループに、当時天才と称された20代の「トニー木庭」というジャズドラマーが在籍していた。
だが惜しいまま、家業の会社を継ぐために潔く引退した以降、表舞台には上がっていない。
一度引退したとはいえ、こうしてサラリーマンをしながら、プロ並の腕前を持っている人もいる。
それにジャズが熱かった時代の耳と腕前なので、涼しい顔をしてるが「実は彼さ…」ってパターンもある。

新潟ジャズストリートも、大まかに似ているところもある。
若い頃、一生懸命に演奏していたけど、定年退職を機会にジャズの現場に戻ってきたり。
普段はサラリーマンなんだけど、そういうときになるとステージに上がって演奏するとか。
もちろん人前で聴かせられるだけの、スキルがあってのことであるが…
だから、音楽に関係のない邪心で出演したりすると、とんだ大恥をかくときもあるから、自分の力量を   計って真面目にステージに上がるべきであろう。
アマチュア演奏者は豊富らしいが、肝心のファン(リスナー)は拡大しているかは、疑問を投げかけざる得ないのが本当のところだと思う。
今の時代、プロとアマが混在しているし、リスナーも多種多様だからね。

ちなみに、僕の世代、時の「プール・バー」ブームで、ビリヤードが上手いおじさんも多い。
今でも、球の厚みや角度の感覚を取り戻せれば、そこそこ若い奴らと競えるスキルは持っているだろう。
だけど老眼がはじまってきたので、的球の遠いポケットだけはダメだろうな…  (笑)

これからは分野かかわらず、好きなことに帰ってくる人は多くなってくると思うね。
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2014年01月15日

Jazz Talk Vol.37

ネット注文で届いたのは、マッコイ・タイナー(P) 「カウンターポインター」
(1978年 ライヴ・アンダー・ザ・スカイ  ライヴ イン 東京)
メンバー ロン・カーター(B) トニー・ウイリアムス(Dr)

マッコイのアルバムを後追いしている。
弦をぶった切るような情熱的なピアノを聴くと、うちなるマグマが彷彿してくる気がする。
いかつい顔に劣らずに演奏も硬派であり、一貫した表現に信念を感じる。

エヴァンスのリリシズムはないし、哀愁をともなったフレーズもない。
魅力を再認識すれば、どこかコルトレーンの影を追いながら、誰にでも迎合しない大胆でスリリングな  演奏スタイルの中に哀愁があるのだと思う。

僕は現代最高峰のピアニストは、キース・ジャレット 史上最高峰は、ビル・エヴァンスだと思っている。
だが、もしも先にマッコイ・タイナーから入っていたら、もしくは辛抱強く聴き続けていたら、その印象を  凌駕したかも知れないひとりでもある。

以前、タイトル「マッコイ・タイナー」で、その出会いと印象、魅力を書き出した。
そして、あらためて感じたことは、僕はもともと「強いタッチ」が好きだということ。
さかのぼれば、ミシェル・カミロ ゴンサロ・ルバルカバ 、それにケニー・カークランドもそうだよね。

そんな揺るぎない個性を認められる、本アルバムも最良の一枚であることには違いない。
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2014年01月14日

成人の日

成人について、思いのまま書いてみる。

僕らの世代、20歳で仕事をしてなかったり、学生であってもアルバイトをしてなかったら、それなりに  大きくても成人として認められなかった。
それに「すねかじり」は、一番バカにされていた。
それこそ、「働かざる者食うべからず」の格言が残る時代である。

「自分探し」や「オンリーワン」に逃げてたら、「おまえ、何考えてるんだ…」と言われていただろう。
つまり、「立ち止まらず、行動しながら考えろ」と、プレッシャーをかけられていた。
だから、自分探しなんてしなかったし、仮にしたとしても、きっと見つからなかったであろう。

実際、自分探しをして、本当の自分を見つけたなんて話は聞いたこともない。
いたとしたら、自分探しとかいう、都合のいい体験談をじっくり聞いてみたいよ。
個人としてのポジションも確立していないのに、社会や組織に唾を吐くことには何ら意味もない。
そういう、中性的な考え方が蔓延したら、世の中が持ちこたえられなくなると思う。

反面では「サムライ」や「日本人の絆」なんて言葉が、常に踊っていることに矛盾を感じてしまう。
自分のナルシストぶりをごまかすために、スポーツの標語を材料に使っているような気もする。
強い日本を目指すことは、社会的な貢献に対する期待と願望であり、言葉遊びじゃないんだ。
成人式での一部のバカっぷりは、まさしく究極のナルシストな行動なのである。

それに、近年の「優しさ流行り」のツケが、草食なんて男の子を生み出したんであってさ。
成人した人的資源を、社会が大人扱いしないから、若くして精神的なインポテンツになるんだ。
同世代の理論の中で凝り固まると、似たような思考しか生まれなくなる。
いち抜けしたかったら、これからは少し気骨ある年上とつきあうべきだ。

考え方が古いと言われてもいいが、正しいと思う価値観を継承しているだけなんだけどね。
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2014年01月13日

不完全燃焼

今年のカレンダーを眺めていたら、三連休が8回、飛び石まで入れたら10回以上ある。
あえて三連休にするため、祝祭日を動かすこともあるが、何の日かわからなくなってきた。

聞くところによると、三連休は時間を持て余す人も多いようだ。
ならばいっそのこと、週の真ん中に休日があったほうが、仕事も私生活も集中力が増していいでしょ。
正月9連休はうらやましい限りだが、大方の感想は「へー、もっぱららて…」(飽きた)が占めていた。
建前だとしても、本音に近い建前のようにも感じた。

それに有給休暇を消化しようにも、こう連休が多くては権利を主張しにくい空気もあるだろうし、実務も  それだけタイトになるわけだから、逆に有給制度が機能しにくくなるのも現状であろう。
結局のところ、有給を繰越できず、退職時に消化するか、買い上げになるのが大半だと思う。
勤勉で済ませられることじゃないが、仕事に対する意識は高い国民性であることは違いない。

定年退職した人の話では、毎日が退屈で仕方がないという。
図書館通いをしたり、小料理屋を台所代わりにしても、一時の退屈しのぎでしかないともいう。
現役中、仕事の忙しい人ほど寸暇を見つけて、お酒を飲んだり、ゴルフをしたくてたまらなくなる。
晩年は孤独に慣れなきゃならないが、現役続行中は仕事と遊びは両輪じゃなきゃいけないと思う。
諸先輩方は定年は退屈だと嘆くが、僕は定年退職とはそういうもんだと思っているんだ。

休日の退屈感に流されてしまうと、間延びした時間に慣れてしまい、逆に不安にもなるんだ。
50代のサラリーマンの朝(出勤)が早いのは、連休の不完全燃焼を仕事で発散するからもある。
朝礼でパワーがみなぎっているのは、だいたい40〜50代の体育会系でしょ。
だが、昼過ぎになるとパワーが次第に消耗して、今度は夕方になると飲みに行きたくなるのもこの年代。
逆に、昼からエンジンがかかり出す20〜30代からすると、50代の早朝パワーはバカにできない。

朝礼に使命感を持ち、会議では吠えまくり、夜の酒場では放言しまくる…  不完全燃焼だからである! 
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2014年01月12日

真冬のデュオ

新潟市中央区なりに、底冷えする寒さが続いており、深夜の最低気温はマイナスになる。

店内の設定温度を25度にしていても、まだ肌寒さを感じてしまうんだからね…
連日、「お湯たきじじい」と化して、ポットにお湯を注ぎ続けている。

今夜、珍しく「大人のカップル」の来店が続く。 (普段は男ばかりなんだが…)
こういう夜は、静かなピアノトリオを流しながら、カウンターの袖で声をかけられるのを待つ。
カップルの会話には立ち入らず、距離を置いておくのが礼儀。

そういうときの僕と居合わせると、無口な印象を抱かれると思うが、空気に気を遣ってのこと。
お客さんの形態(状況)を見て、気を合わせることも空間の在り方だと思うし、逆にお客さんも店の空間を見て、郷に従うことも要求されるので、おたがいの共存関係で雰囲気は成り立っているのである。

ましてや、この寒さである。
いつもなら、椅子の間隔は大人の拳4つ分ほどだが、寒い日なら1つ分まで詰めてもいいんじゃないか。

カウンターの下で、そっと手をつないでいても、僕の位置からは見えないからご安心を…  ちくしょう!
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2014年01月11日

ゴールデンルール

朝刊の一週間予報を見ると、ほとんどの日が「曇りのち雪」マークである。

夜半過ぎまで細々と商売する者らに対して、お天道様は何かの天罰でも下しているのだろうか。
この際、もったいぶらずに降り積もり、風情ある雪明りの下、お客さんと過ごしたくなる。
それに悪天候ほど、知らない誰かと仲間意識が生まれるもの。
「寂しいのは、俺だけじゃない…」  そんな心の隙間を埋めてくれる夜もある。

身の振舞い方が自然であれば、誰からも歓迎されるのがバー。
自意識過剰な態度を示さなければ、小さな幸せがわかってくるようなそんな場所。
店のポリシーを伝えなくても、居心地が合う合わないは、お客さん自らの判断によるもの。
そういう、サジ加減が理解できないなら、チェーン店のお客様アンケートにでも投書してればいい。

つまり、縁があるない程度でしか見ていないので、人に営業アプローチを仕掛けたこともない。
だから、出会いを功利計算せず、淡々とした長いつきあいにこそ、親しさが続くんであってさ。
出会いを販路にし過ぎると、そこから抜け出せなくなるんだ。

これは、僕なりのゴールデンルールである。
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2014年01月10日

Jazz Talk Vol.36

9日 県内に大型寒気が流れ込み、新潟市は夜半から朝方にかけて、大雪のおそれがあるという。

そんな夜明け前の現在 「午前3時40分」
雪こそ積もらなかったが、道路はアイスバーンなので、朝の出勤時は転倒に注意したほうがいい。

予報が雪だと、交通が寸断されるおそれもあるので、客の出足は早いがすぐに引けてしまう。
天候が荒れて、夜が更ければ更けるほど、客足が遠退いてしまうのはどの商売も同じこと。
深夜0時を回るころには、もう商売にならないから、結局は好きなアルバムを音量を上げて聴き入る。

寒い日は、気持ちが温まるジャズを聴きたくなるもの。
このままお客さんがお見えにならなかったら、時間的に5〜6枚は聴けるかな。
選択肢はサックスだが、店内は僕だけなので、どうも体感温度も低くてたまらない。
「ジェリー・マリガン」は寂しいし、「コルトレーン・サウンド」では、ヒートアップしすぎる。

ほどほどの熱量で聴きたいと思っていたら…  あっ、そうだ!
この際、「N塚」さんからお借りしている、「ブランフォード・マルサリス」のリーダーアルバムを一挙に4枚通して聴いてみる気になった。 (もう、それぞれ聴き終えたのだが)
聴き終えた後、興味は尽きないもので、今度は「ケニー・カークランド」と「ジョーイ・カルデラッツェオ」
それぞれのピアニストのリーダー作も聴き比べた。

軍配は、「ジョーイ・カルデラッツォ」
主流派でいぶし銀の「ケニー」もいいが、テンション溢れる挑戦的な「ジョーイ」のほうが印象に残った。
これに誘発されて、最後に取り出したアルバムは「ジョン・コルトレーン」の「至上の愛」 コレでしょ!

勘違いされそうなのは、あれこれ具体的に書いたから、ジャズの貯蔵量があるように思われること。
あくまでも、「お客さんの会話の妨げにならないジャズ」を流しているので、イメージあしからず…
そんなわけで、今晩23時10分のお客さんを最後に、閉店3時までは僕だけの音楽環境であった。

これからの時季、天候によってはこんな日も多くなるかも知れないな…
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