2013年12月03日

なんとなく

先月某日から、ある出来事に敬意を示す意味で、なんとなくネクタイを締めて店に立つことにした。

ネクタイを締めるのは、かれこれ6年ぶりとなる。
当時、「もう、スーツを着ることはないだろう…」と処分したが、ネクタイだけは取っておいた。
久し振りにタンスを開けて、固定ハンガーに吊るしてある、当時のネクタイを小刻みに指で弾いた。
センスのなさを棚に上げて、「デザインが古い」とか「ダサい」など、つぶやきながら指を止める。

ブランドは「フェンディ」
趣味もなかったころなので、コレクション代わりに少しの贅沢をしていただけ。
時間がない生活をしているときは、それぐらいしか楽しみがなくなってくるんだ。
だからと言って、奇をてらうようなデザインはさけたし、身の丈に合った収集癖でしかなかった。

ネクタイは父性である。
ネクタイの選び方、結び方、結び目の作り方など、親から子へ伝える成人儀式となる。
私立高校へ入学したときは前倒しになるが、締め方の意識は成人とは全く違うだろう。
体裁的な髪型にリクルートスーツ、白のワイシャツとストライプのネクタイ、革靴とビジネスバッグ。
最初は典型的なスタイルながら、上手く着こなせない初々しさが一目で社会人予備軍を物語っていた。

時は流れて、自身のネクタイがさまになるころ、息子が成人を迎える父親も多いだろう。
僕には結び方を教える息子はいないが、結び目を三角に整えると気が引き締まる気がする。
それにスーツのサイズは変わっても、流行や奇抜でなければ後々左右されるものではないからね。
女は何かがきっかけで髪型を変えるように、男も何かがきっかけでなんとなく変えたくなるときもあるが断じて異性問題や内省的なことではない。

こうして、久し振りにネクタイを着用しているが、その「なんとなく」に気持ちが表れたりするものだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする