2013年10月20日

小真面目

小真面目でいい。

飲食店展開している会社によくあることで、売上が下がると店を任されている人に責任を問われる。
小売店だろうが、営業職であろうが、同じように結果を追及されるのは世の常。
それに掲げられたノルマが、今の現状に即しておらず、厳しすぎる場合もあるだろう。

飲食関連は景気や天候に大きく左右されやすく、どんなに優秀な責任者であろうがダメなときはダメだ。
だが、損ねられない努力はすべきだし、景気的な理由を探してばかりでは、知恵も気力もなくすだけだ。
だからといい、空気を締めすぎると委縮するし、逆に緩めすぎると成果が一向に上がらないのも現実。

見えないストレスを家庭に持ち込みはじめると、今度は家庭にも小さなひびが入るようになる。
結婚して家庭を築くことは、そのあたりの切りかえ方も大事になってくる。
生真面目な人が思い悩みすぎると、会社と家庭が苦痛以外の何モノでもなくなってしまう。

業績が悪いからといって、毎日が感情的になっていれば、子どもと同じである。
客がいないからといって、雨の路上で「割引チラシをまいてこい」と指示を出すようなもので、その姿を  見て通行人は同情するわけないし、精神訓話やパフォーマンスが旺盛でもそれはそれで始末が悪い。
その上、晴天に人手不足をおこしてれば世話ないわけだ。
責任感が強すぎると、次第に小さな核の中でしか通用しない、論理で固まっていくような気がする。
真面目のどこがいけないじゃなくて、真面目をコントロールすることだと思う。

僕自身、ほどほどに店をやっていれば、その信憑性はどうあれ、自然と人の噂は耳に届いてくる。
時には「うつ病状態」とか、「仕事をやめた」など、突然消えていく人たちを何人か見てきた。
次第に病んでいく姿を、定点観測のように見ただけに、たまらない気持ちになったこともある。

生真面目には塩梅があり、生きていく上では小真面目ぐらいがちょうどいいと思う。
時として生真面目さは、心の狭さにもなるんだ。
友人でも小真面目ぐらいのほうが、胸襟を開いてつきあいやすいでしょ。
病に陥りたくなければ、小真面目でいいんだ。
まあ、口ではこう言っているけど、総じて真面目の味方であることには違いはないけどね。

何の変哲もない、今日日曜日…
夕方から「あー、明日から仕事か」と、深刻に思う人はやっぱり真面目なんだろうね。
その思いの加減には個人差があるんで、「誰もあんたを殺しゃしないよ」って話である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする