2013年10月15日

ケーフェイ

14日、新潟朱鷺メッセで「越後大花火」と題した、プロレスの試合を観戦しに出かけた。

メインイベントは大仁田組━高山組による、「有刺鉄線電流爆破デスマッチ」
爆音と閃光が飛び交う、リング上の肉体パフォーマンスである。
アリーナ席西側8列目から観るプロレスは13年ぶりとなる。

「プロレスとジャズ」は似ているといわれる。
試合時間と見せ所、フィニッシュホールド(決め技)など、いくつかの約束事で試合は成立している。
予め勝敗は決められているが、いかに取り決めのない部分(アドリブ)で試合を盛り上げることができるかが、レスラーの個性であり上手さである。

言いたいことはわかる。
予め勝敗が決められた試合を見て、何が楽しいんだと思われるかも知れない。
プロレスを真剣勝負だと思って見ているのは、一部のエキセントリックなファンだけ。
仕組をカミングアウトされてからは、エンターティメントとして生まれ変わったはず。

勝敗よりも、ストーリー仕立ての展開に娯楽性があり、見方は時代劇の殺陣(たて)と思えばいい。
それを「スポーツ」と言うから、八百長よばわりされるのであり、最初からショーであると宣言していれば、ややこしい話にはなっていなかったかも知れない。
だが、プロレスは景気のいい時代の「ムーブメント」だったから、白日の下にさらすタイミングがとても  難しかったし、何よりも隠し切れなくなったことが最大の理由だろう。
だから今は、新しい時代のプロレスを作り上げている段階なんだと思える。

僕がプロレスを違和感なく観戦できるのは、色あせない記憶があるからだ。
振り返れば銭湯の脱衣場でラムネのビー玉を転がしながら、プロレスのポスターを興味津々に眺めてた少年時代にはじまり、バンカラ世代のヒーロー「前田日明」の引退と同時に冷めていったプロレス熱。
あれから13年… 昔ほど再燃することはないが、今「最強のエンターティメントショー」を楽しめるのは、過去のプロレス熱が体のどこかに収納されているからであろう。

会場のパフォーマンスに参加するガッツはないけど、若いプロレスファンにはない、ロートルファン独特の味わいが出ていれば、これまたプロレス観戦冥利に尽きるであろう。
そのあと新潟駅前の居酒屋で、一緒に観戦したMさんと4時間半に渡って、熱くプロレスを語り合った。
当方、1973年〜2000年頃までの、「プロレス談議」が好きである。

ケーフェイ  (プロレス界で絶対に他人に口外してはいけない秘密の用語)
語源は「FAKE」(ニセモノ)らしいが、昔のジャズミュージシャンの「逆さ言葉」に似ている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする