万代のコーヒーショップで過ごしていた。
夕方にもかかわらず、30歳代の主婦と思える二人が、隣の席で対面していたのもつかの間。
それまでの会話はわからぬが、何かの言葉がきっかけで雰囲気が急変してきた。
聞き耳を立てるつもりはないが、距離が距離だけに仕方ない。
どうやら子どもの教育方針をめぐって、少し意見が対立したようである。
すると「あー、言っちゃった…」と思う言葉を口にした。
「子どものいないあなたに何がわかるの…」 意見が対立した図式はこの一言でわかった。
子育ての経験のない人を相手に、子育てを理解せよと言っても難しい。
しかし「経験のないことを常識的にわからない」と、決めつける親の感性は教育的に感心できない。
僕は基本的に、「他人はどこまでも他人」だと思うように切りかえた。
それが礼儀であったり、距離感であったりするんだけど、キチンと相談されたことについては的確性は どうあれ、自分に置き換えて理解するようには努めている。
相談するほうも、予期しない言葉で療治されるときもあるだろう。
場合によっては、相談相手を間違った自分にも非があると思うべきだ。
人間関係はこうして簡単に壊れてしまうので、何でもかんでも人に相談するのも考えものである。
それでも相談したいのなら公共機関の窓口とか、全ての言葉を受け容れる覚悟は必要だと思える。
それに相談するほうは、心のどこかで都合のいい言葉を言ってほしいと願っているもの。
他人の意見を感情で判断するより、他人の意見を活用するほうが賢いと思うけどね。
独身者に「結婚しないの」、既婚者に「子どもを作らないの」など、不用意な質問をする人がいる。
コレ、さっきの「いさかいを招いた言葉群」に近いよね。
他人は他人であり、口をはさまれたくないことってあるんだ。
セオリー通りに結婚して、子どもを育て上げた親が一人前であると、決めつけている言葉でしょ。
僕だったら、「じゃあ、一人前の親が何でそういう状態なの…」と、逆に質問をしてみたいけどね。
それぞれの人生観があるというのにさ…
話は変わるが、福山雅治主演の映画 「そして父になる」が話題であるらしい。
実生活の彼はここまで44歳独身、子どものいない人生を歩んでいる。
なのに実体験のない、「父親役」を演じている。
そこで、先ほどの女性の言葉 「子どものいないあなたに何がわかるの…」である。
なぜ独身の彼が父親役を演じれるかというと、父親としての思考回路(DNA)があるからだと思う。
実体験型の意見も大切だけど、子どもがいないのにわかるのは、思考回路が備わっているからだ。
親は子を見ているが、相談された人からすれば、その子ではなく親の在りかたを見ているもの。
悩む親は真剣だが、立場を置き換えられないから、こういう不用意な言葉がポンと飛び出るんだ。
そのあとスーパーのレジで、ニコッと「こんにちは…」と言われて気が晴れた、11日金曜雨模様。