2013年10月06日

テレビ番組

この半年ほど、テレビ番組を予約録画して見るようになった。

20歳から15年間ほどは、ほとんどテレビを見てなかった。
途中、テレビを持たない生活を足かけ3年ほど経験している。
テレビを持ってもつけることなく、レンタルビデオを見るためのモニターでしかない。
毎晩、ゴールデンタイムは仕事の真っ最中だったし、番組を予約しても見る時間がない。
僕の部屋は休むための場所にしか過ぎなかった。

そのため「トレンディドラマ」や「芸能人」にも関心がなく、会社で「ねえ、あのドラマ見た…?」なんて会話すらしたことがない。
それに見たい番組がなかったし、日曜の午後に洗濯機を回している間だけ、何となくスポーツ中継を  眺めていた程度でしかない。
だから、テレビ番組の懐かしさは、「1985年」以前である。

20代、男飯をかきこんでいる年齢に「東京ラブストーリー」みたいな恋愛ドラマの一本でも見ていれば、青春が変わっていたのかな。
「冬のソナタ」も見たことはないし、とことん流行ドラマとは縁遠い生活をしていた。

それでも「ドキュメンタリー番組」は見てたけど、「ワイドショー」なんかに至っては、毎日よってたかってどうでもいいことをネタにする、過剰報道にバカバカしく感じたときもあった。
唯一、報道番組に期待を寄せても、カメラに本音を語る人は少ないし、身構えたコメントになるだろう。
スポンサーがつけば、なおさら言論が規制されるから、それなら「違う活字の世界」のほうがいいんじゃないかと思ったね。

小難しい話はこれぐらいにして、最近は「お笑い番組」を見て笑い転げているときが楽しい。
毒にも薬にもならない報道で、毎日しかめっ面しているよりも、「笑う門には福来り」で笑っていたほうが、同じ一日を過ごすにも楽しいでしょ。
基本は「コント」が大好きなんだけど、「食うためにはコレしかない」と自称する下ネタピン芸人、「ヲタル」「くまだまさし」のような連中のほうが、日本を救うんじゃないのかな。

ヨッシャー 「団地ともお」を見ようかな。
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2013年10月05日

見た顔だ

夕方の金曜、雑貨を買いに万代にいた。

某店内、一瞬すれ違ったラフなスーツの中年男に見覚えがあるのだが、どこで見た顔か思い出せない。
「あの顔」… 思い出せそうで思い出せない、何とも気持ちの悪いパターンである。

まず、記憶の収納庫となる場所は僕の店… 記憶にない。
ならば、万代地域で見かける住民… これも記憶にない。
過去の住居区域、仕事関連や飲食店、私生活にまで記憶を張りめぐらせるが思い当たらない。
さしたる記憶でもないので、頭を他のことに切りかえた瞬間にひらめいた… 「あの人か」

記憶が正しければ、東京在住時の取引先の担当者だ。
あれから20年近く経つが、男の顔はそんなに変わるもんじゃない。
たまたま仕事で来てたのか、それとも新潟出身者で帰省してたのか、旅行客には見えなかったが…
新潟駅周辺から万代あたりにかけては、新潟の玄関口だから偶然に会っても不思議ではない。

一瞬だったけど、あの面影は多分そうだと思う。
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2013年10月04日

渋柿体験

夕方のスーパーで、昨日まで店頭の目立つ場所に陳列してあった、「梨」が隅に追いやられていた。
その代わり、季節の上座に居座っていたのは、まだ渋そうに見える「柿」だった。

柿には、思い出がある。
小学校の低学年だった下校時、近所の家の庭先から伸びた木の枝に丸々した柿の実が生っていた。
柿は肩車すれば手が届く位置にあるように見えて、友だちと協力し合ったが背が足りなかった。
ランドセルの脇にさしていた、30センチの竹定規を取り出し、再挑戦するがまだ少し足りない。
その時に辺りを見渡すと、ドテラ姿のおじさんが玄関先で、苦い表情をしてその行動を見ていた。

すると何やら話かけてきて、「ほら」と言いながら、ふたつの柿を差し出した。
柿を取ろうとしていたのを見られていたためらいもあったので、少しモジモジしていたが、そんなことを  気にする様子もなく、もう一歩足をふみ出して「ほら」とまた一言。
悪気があってのことじゃないけど、バツが悪くどう反応していいのかわからなかった。
それでも素直に柿はいただき、ふたりで謝った記憶がある。

印象に残っているのは、その記憶よりも柿の味だ。
歩きながら柿にかじりついたが、「ウエッー」と吐き出したのは、まだ柿が渋かったから。
見逃してもらった上、せっかくもらった柿でもある。
不器用に歯と指で皮をむきながら、渋柿を長い時間かけて友だちと食べた味だけは覚えている。

あまり食指が向かないのは、そのときの「渋柿体験」があるからだろうか。
今秋、「熟れた甘い柿」を食べてみようかな…
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2013年10月03日

時の記憶

年齢を重ねると時の経つのが早く感じてしまうのは、脳のメカニズムに理由があるらしい。

説明によると30歳ぐらいまでは、絶えず新しい経験や情報を得るため、時の流れが遅く感じるという。
体力があることで、一日を長く過ごせることも一因あるかと思える。
だが、その頃を過ぎると一通りのことはだいたい経験してるので、自然と記憶が早送りできるようになり時の流れも早く感じはじめるというのだ。

僕自身、35歳前後からは、時の流れが早まりだした気がする。
若い頃の記憶は鮮明なのに、それ以降は記憶を作業化している錯覚。
時間を追うんじゃなくて、時間に追われまくる感覚。
まだ、記憶力には自信あるんだけど、いつのまにか「When」(いつ)が不確かになり、記憶の時系列が とぼしくなるんだ。

その点、女性は勘同様、高い記憶力を持っていると思える。
おしゃべり好きにくわえて、会話の内容もよく覚えている。
男は自動的に会話を取捨選択するので、そんなに事細かくは覚えていない。
だが、女性は「あのとき、こう言っていた」と記憶の収納庫から、話を具体的に整理できるところがある。
妻に「あのときの会話」をたずねてみると、忘れかけていた記憶を見事に「テープ起し」をしてくれる。
それで、男の記憶の引き出しも同時に開くような。
酔っているとき、言質をとられたというかさ… (笑)

まあ、長く生きていると忘れたいこともあるので、やっぱり大人の時間は早く感じてくるのかな。
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