2013年09月13日

Jazz Talk Vol.29

退職後、自宅の一部をオーディオルームに改築して、ジャズを聴いて過ごしたいという声をよく聞く。
最近は、シアタールームに傾向づいているようだが、定年後に楽しみを描くことはいいことだと思う。

だが、意気込んでオーディオ機器や大量のソフトを買いこんでも、そんなに聴ききれるものじゃない。
寧ろ、時間がなかった合間に聴いていたほうが、集中力は研ぎ澄まされているもの。
それで時間を手に入れても気力が続いておらず、結局は部屋のお飾りになっていることもよく聞く話。

読書も似たようなもので、本を読もうと意気込んでいても、その頃には老眼で読むのが辛くなるとか。
そうすると「もういいや…」になり、使わぬ学習教材のような扱いになってしまう。
こうしてほとんどの人は、最初の意気込みとは裏腹に、退屈しのぎを口走るようになるのが現実かも。

ジャズの場合、今しっかり聴いている人ほど、無駄に聴かないアルバムを持たないからね。
そのあたりは勘所だと思うが、リスナーとコレクターの違いがわかるところでもある。
急な運動が体に悪いように、ジャズの耳も積み重ねなので、わかりやすいアルバムから耳を慣らせば、次第に難しいアルバムにも耳がついていけるもの。
それまでには、きっと自分なりの名盤が生まれているはずだ。

耳が肥えることは、お薦めアルバム50枚が次第に30枚となり、晩年は5枚ほどに絞り込まれる。
この5枚こそが、その人の人生の縮図みたいなアルバムなんだと思う。
ご年配のジャズ好きな方に、「絞り込んだ末の一枚」をたずねるときがあるのはそういう意味なんだ。

僕は、玉の汗が流れ落ちる熱狂的なジャズも好きだし、情感が漂う極めて告白的なジャズも好きだ。
まだまだ、「遠い一枚」となるけど、好きこそものの上手なれにはなりたいな…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする