2013年07月31日

復帰断念

プロ野球「ソフトバンク」のエースとして一時代を築いた、斎藤和己投手が復帰叶わず引退した。

「悔いしかない…」
そのコメントは、多くの人の気持を代弁しているようだった。
故障が理由とはいえ、誰でも「あのときの判断…」を振り返るときがある。
それが良かったのか悪かったのかは別に、自分で判断したことは良しとしたいもの。

選手と監督として、名実ともに一流になった落合満博。
彼は大学を辞めて一度は秋田の実家に戻り、その後「季節工員」扱いで社会人野球から頭角を現した。
日本人大リーガーのパイオニア、野茂英雄も社会人野球からのし上がっていった。
当時、そんなに目をかけられていなかった、テスト生みたいなものだ。

ドラフト1位で入団、沢村賞に2度輝いた、斎藤投手の重圧は計り知れなかっただろう。
ゆえに目標設定も高いだけ、悔いが残ったのは当然と言えば当然である。
方や、落合や野茂は「ダメもと」で、覚悟を決めていたと思える。
ロッテ時代、落合は山内監督に「俺のことはほっといてほしい」と直談判したという。
だが、「監督が言っていたことが、後々わかってきた」というフェアさもある。
近鉄時代の野茂も、鈴木監督との確執はファンなら知るところであろう。
そんな名選手二人は、周囲からわがままと言われたけど、「悔いを残したくない」ことが共通点だった。

その結果、大記録を打ち立てた落合は選手を引退しても、名球界入りを断るどころか、本人は監督や コーチとしても、どこからもオファーはかからないと思っていたらしい。
だが、数年後に古巣である中日から監督の要請を受けたことに、多くのファンは驚きを隠せなかった。
それで監督としても功績を残したんだから、中日が落合の素質を見抜いたのである。
野茂同様、二人ともプロ野球入りしていなければ、語られずに終わった存在だったであろう。

プロより、おそるべしアマチュア選手はいる。
それに周りが節穴ばかりだったら、才能に気づかなかったともいえる。
野茂は日本球界復帰の退路まで断って渡米したんだから、自分の判断に悔いはないんだろうな。
この二人のケースは特別としても、ほとんどの選手は悔いがあるのに心境を隠そうとする。
これが一般的であり、潔さだとすると、本当は悔いがない人を探すほうが難しいんじゃないかな。
ただ、悔いがあると宣言してしまうと、次のステージに進めない気がするので言葉を飲み込むと思う。
誰でも過去に悔いを残していることはあるだろうが、今さら考えてもどうしようもないことだからね。

その意味では、斎藤投手の悔いは純粋で、責任感がにじみ出ているようである。
野球選手それぞれ表現は違えど、自分に正直な男はいつの時代も好感が持てる。
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2013年07月30日

乱取り稽古

7月、印象に残った出来事をひとつだけ書き出してみる。

某日、高校時代の柔道部の後輩が店へ訪ねに来てくれた。
卒業以来30年ぶりの再会と思いきや、いつか街中で2度ほど立ち話をしたのを知らされ、おのれの記憶力の悪さを恥じた。
そんな後輩は警察官である。

会話は柔道部の出来事になるが、驚いたのは彼の記憶がいいこと。
忘れていた記憶を、次から次へと引き出してくれる。
僕ら三年生が一年生らに、麻婆豆腐を作って食べさせたこと。
しかも、ビールまで飲ませて、部員を酔いつぶしたことまで。
柔道部の主将でありながら、何を考えていたんだろうね (笑)

言われなかったら、一生思い出すことはなかっただろうし、それは断片的な記憶でしかない。
この記憶の差は何なのか考えたら、ひとつの謎が解けたような気がした。
中学の柔道部の後輩も言ってたけど、一年生という存在は見るもの知るもの全てが新しいため、初めての出来事は敏感に覚えているものだ。
ところが三年にもなると、大量に新しい情報が飛び込んでくるので、記憶の許容量を超えた出来事は    飛び出してしまうんだと思える。
つまり、新しい興味が広がりすぎて、当時の出来事を頭にとどめておけないんだ。

もう、いろんなこともわかってくる。
上級生は下級生をまとめて新入り扱いするが、下級生は上級生をひとりの怖い先輩として見てしまう。
過去を鮮明に覚えているのは、そのためなのだろう。
それに10代、多少のいざこざがあっても、内面が白いまま別れているから、妙なしこりがないんだ。
もう過去を清算できる潔さが身についているわけで、それができなかったら、きっと本人の人間関係は つらいものでしかないんだと思える…

柔道は本音をぶつけ合えるスポーツだ。
勝ち負けは別にして、堂々と畳の上で柔道着を組み合い、思いっきり技をかけあった者同士であれば    その後も気持ちよく会えるんだ。
逆に、柔道をしなかった奴(組み合わずに逃げてばかりいた部員)は、いつまでもイジイジすんだことを  蒸し返すから感情がこじれやすい。

高校時代、言うこと聞かない連中のたまり場だったしね (笑)
柔道の弱さを棚に上げて、強くなれないのは学校のせいだとか、ルールのないケンカなら負けないとか   ほとほと精神的に疲れたことは覚えている。
しっかりと柔道着を組んで、「乱取り稽古」した関係に限れば、ふたりの時間は懐かしく思えるものだ。

そうか、あいつ警察官になったんだ…   時代は変わろうが、人間関係そんなもんでしょ。
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2013年07月29日

闇鍋奉行

骨のある連続テレビ小説だ。

全4回の第3回目を見終えた…  「七つの会議」である。
何が倫理観で、誰が誰を騙まし討ちにしてるのか、会議室は「闇鍋」(やみなべ)のように思える。
3日の最終回は見逃せない。

その闇鍋なんだけど、字の如くルールは簡単。
それぞれが好きな具材を持ち寄り、暗闇の部屋で調理して食べる鍋料理。
何を食すかわからないし、いろんな具材をとりまく心理が闇鍋の中にある。
期待と落胆、歓喜と恐怖など、心理がひしめいている。

タブーはある。
食べられないもの、不衛生なもの、味を変質させるもの、要するに食害である。
だけどタブーを入れる参加者もいて、いつの間にか誰もやらなくなったという。
暗闇をいいことに、具材が「消しゴム」や「ハンカチ」だったり、ルールを守らないからだ。
これじゃ、「いっき飲み」や「セクハラ芸」のような、学芸会の強要になってしまう。

本ドラマを見ていると、「まるで、闇鍋だなあ…」と苦笑してしまうあたり。
会社のリスクマネージメントを、根本から考えさせられてしまうドラマである。
次回最終回、東山紀之演ずる営業課長、キーマンと思える老獪な営業係長が大化けするのかな。
だけどさ… 幸せな家庭を持ち、父親の入院介護をしている、ひとりの真面目な中間管理職をここまで追い詰めた原因は探るべきであろう。
会議は闇鍋みたいなもので、鍋奉行がしっかりしてないと、水面下で不祥事がおきるんだろうな。

部屋の明かりをつけたとき、どういう状態になっているか…   誰も無縁ではないと思う。
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2013年07月27日

Imagination

今晩、書くことが思い浮かばないまま、パソコンの電源を立ち上げた。

新しいノートの最初のページに、筆を入れる感覚である。
書き出しも思い浮かばないので、時間だけが刻々と過ぎていく。
頭のチャンネルをいろいろ切りかえるが、さっぱり思い浮かばない。

いや、待てよ… 思い浮かばないということは、見方を変えれば何を思い浮かべてもいいだろう。
テーマがないんだから、そこに自由な空間があるはず。
そうこう考えているうちに、ここまで書いているのが、何よりの証拠ではないだろうか。

小学二年生の出来事を思い出した。
快晴の午前、東校舎の屋上から見える風景をスケッチする、図画の授業だった。
対面する西校舎を描いていたが、午前の授業では上空に太陽は移動していない。
だけど西校舎が無機質に感じたので、左上にやさしい黄色を使い太陽を描いてみた。

すると後方で見ていた先生から、「太陽の位置が違う」と言われ、白い絵具で太陽を消されてしまった。
子どもの感性ながら、見えないものを描くのが好きだったし、太陽を描いて面白味を出したかっただけ。
課題は理解していたので、怪獣や宇宙人を描くわけがない。
ただ、太陽が移動してくる間を描いたのであり、そこに存在しない太陽ではなかったはずなんだ。

好きな画家は 「ルネ・マグリット」
寝室には額縁絵画を飾っており、画集をぼんやり眺めているときもある。
代表名画 「光りの帝国」で有名なマグリットだが、日本ではそれほど知名度は高くないんだ。
僕のマグリットは、「イメージの詩人」であり、「ビル・エヴァンス」 「セロニアス・モンク」である。
真っ白な画用紙に「好きに描け」と言われたら、僕ならきっと存在しないものを描くであろう。

雑文でしかないけど、何とか筆(キーボード)がここまで進んだ…  さあ、ビール飲もう!
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2013年07月25日

七つの会議 (ドラマ)

今朝の新聞によると、美肌化粧品の被害が広がっているという。

利用者からの第一声が届いたのが2011年
その間、6800件の申し出があり、2250名は重い症状であるらしい。
初期対応が遅れたのは、肌に合わないだけを理由に、迅速に解明しなかったと認めた。

土曜夜9時からNHKで放映されている、連続テレビ小説 「七つの会議」 を毎週録画している。
あらすじは企業の隠ぺい工作に 「東山紀之」 演じる、営業課長が真相を暴こうとする全四話の構成。
「不祥事を隠ぺいして会社を守るか」 それとも 「白日のもとへさらして社会正義をとるか」
現代病とも呼べる様相に見ごたえがある。
現在第二話を見終えて、展開が大きく動くであろう、今週第三話を楽しみにしている。

本ドラマを見て思うことは、勇気を持って相談することなら、誰でもできるであろう。
大切なのはその先で 「いうべきことは言い、やるべきことはやれる」 かだと思う。
第二話では、社長に呼ばれた営業部長と製造部長に下された指示は 「隠ぺいしろ」だった。
各話の初め、営業課長が検察に告発(証言)している場面から知れるように、結果的に人生観と呼べる倫理観が勝ったのであろう。
問題に挑む、サラリーマンのプロセスを重視した、現代版 「ヒューマン小説」 である。

「女子社員の言葉」 が印象的だった。
「朝から晩まで会議をしても、それぞれがちっともわかりあえない」

組織人事、「すげ替えられない首はない」と言われる。
「自分ならどう判断するか」 究極の 「ロールプレイング」 になるんじゃないか。

ドラマ小説 「七つの会議」 は、おとぎ話でも作り話でもない 「リアルティーさ」 がある。
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2013年07月24日

定年退職

サラリーマン人生、まず行きつくところは定年退職だけど、何かもったいないと前から思っている。

サラリーマン時代。
今から10年ほど前、東京で開催された「リーダー育成セミナー」へ参加した後の懇親会でのこと。
リーダーとして最適な年齢について、各方面の諸先輩方と話し合った。
何となくまとまった意見では、知識と経験、気力と人間性などを加味して、50歳前後でおちついた。
ほぼ30年の歳月でリーダーの器が作られるとしたら、一番年下だった僕からしたら、ずいぶん遅すぎる気もしないではなかった。
最適というよりも、リーダーとして円熟期に入る年齢であろう。

一般サラリーマンであれば、60歳で現行の定年退職がおとずれる。
役員になれば、会社の内規で経営手腕を発揮すればいい。
だが、直接現場で陣頭指揮をとることが仕事ではない。
新潟とゆかりのある、連合艦隊司令官である山本五十六。
太平洋戦争で軍を率いて名を残したが、実際の前線部隊で指揮をとったのは大佐(リーダー)陣だ。

定年退職でそれまで蓄積されてきた、リーダーノウハウを部下につなげる役目がある。
同時に上層部との話し合いのもと、人望が一致すれば雇用の継続だってありえる。
だからと言って、周囲に悪影響を及ぼしたり、部下の意見も聞けない偏屈じゃ困るけどさ。
定年退職で見送った人がいるけど、健康に留意して気力があれば、まだ現役でできる年齢だからね。
「定年後の何か」は人それぞれだが、社会の役に立ちたいとか、いろんな退職前後の姿があるものだ。

その意味で言えば、「60歳で会社をやめなきゃいけない理由」はどこにあるのかなと思うのだが…
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2013年07月23日

やりがい転職

22日、開店まもない頃、有名某社を退職して晴れて転職された方が久し振りに来店した。

挨拶もそこそこ、ゆっくりと近況を交わす。
その語り口、不満にすがりつくことなく、今までにない素の笑顔を見たような気がした。
40歳代は辛い立場にありながら、将来が見えてくる年齢である。

35歳〜40歳代、脂が乗り切ってくる頃、転職した人たちを知っている。
ネガティブな口切となるが、この年齢には二つの不満があると思う。
まず、現場の第一線に立ちながら、決定権を与えられていないこと。
次に、内部調整にほとほと疲れきっていること。
詰まるところ、そのほとんどは人間関係に行き着いているもの。

そのまま我慢するか変わるか、不満退職するか、やりがいを求めて退職するかは人の考え方次第だ。
転職して不満は一時的に解消できるが、次の職場でも不満ネタは出てくるもの。
不満退職よりも、やりがい退職したほうが成功率は高い。
そうじゃないと、恨み辛みを念仏のように唱えて、いつまでも成仏できない街角の浮遊霊となるんだ。
もっと酷いと、誰が送ったかわかるデタラメな怪文書が流れたり、こうなると病んだ自縛霊でしかない。

転職は本人が考えた末のことなので、正解も不正解もないが、転職の潔さがその人の器なんだと思う。
僕は過去の肩書や実績より、今どんな考え方をして、どんな生き方をしているかしか興味はない。
だから「過去はこういう経歴の方で…」と紹介されても、参考にはするが、今のその人でいいんだ。
それに過去の功績にとらわれている人って、態度が潔くないからわかる。
これからの年齢、いい意味で世間の目なんて気にしている時間はなくなってくるからね。

お客さんに「後悔してないの…」とたずねると、キッパリ「それはない」と答えた。
野暮な質問だったとは言え、ポテンシャルの高い「やりがい転職」した人だけの答えである。
それに負の気分や雰囲気は、あんがい自分で作って振りまいていることもあるからね。
素の笑顔に、内面の強さを見たような気がした。

他人事ながら、雨模様を打ち消すような、晴々とした気分にさせられた今晩。
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2013年07月22日

参院選翌日

結果が見えていた選挙戦も終わり、夕方に雨降る静かな月曜である。

昨日から、ねじれ解消 安定政権という言葉を多く耳にする。
この5年ほどの政治は、足の引っ張り合いで目まぐるしかった。
有権者もほとほと疲れていたのが本音だろう。

選挙に当選するための戦術ばかりで、国民の生活を良くする戦略が見えなかった。
国の構造は簡単には変えられないが、選挙で選ばれた自民党には実行責任がある。
民主主義の考え方なら、投票したのは国民だという当たり前の位置で考えていかないと、         民主党のマニュフェストみたいに、ただ熱狂だけで終わっちゃう。

その公約、スーパーの激安チラシみたいなもんで、特売に群がる購買心理と何ら変わらなかった。
それでチラシを持って出かけたら、「高速無料化」や「子ども手当」などの商品は入荷未定ですだ。
挙句の果てには、仲間とバックヤードで揉め事をおこしているんだから、もう世話ないわけだ。
これが本当のスーパーなら、とっくに閉店(倒産)だし、地域に混乱を与えてしまうでしょ。

去年12月、銭湯の脱衣場で選挙速報を見ていた。
自民圧勝を横目に、ステテコ姿の初老が「努力できない奴に当選されたら困る」とつぶやいていた。
「そこが原点だよな…」と、バスタオルで体を拭きながら、その言葉に共感したことを思い出した。
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2013年07月21日

休日ふらり(17)

目覚まし時計が鳴る前に、暑さで起床した休日正午。

ベッド脇のテレビをつけると、長寿番組「のど自慢」をやっていた。
変なルックスで、妙にハッスルして歌う出演者は見ていて愉しい。
この番組は「日本の幸せが」詰まっているようだ。

別の番組に切替えると、久し振りに元女子アナの小島奈津子が出演していた。
結婚後、いちだんときれいになったのは、女性として自信を身につけたからであろう。
独身と違って、男を意識しすぎたり、媚びたりしないから、毅然とした美が芽生える。

角氷を3個入れたアイスコーヒーを飲み干した。
天気がいいので早めに外出して、3時間ほどのひとり時間を満喫した。
週末の心地良い疲れを感じながら、気分転換をはかった。

大相撲千秋楽、三役の取組だけ見た。
僕の影響なのか、妻も「まわしを取れ」だの「押せ」だのと、少し相撲を解説するようになった。
そのうち、畳の部屋で胸を貸す(ぶつかり稽古)ことになりそうだ… (笑)

涼しくなった頃、選挙に出かけた。
もう一度、各政党候補が「何を訴えていたか」整理して投票所に向う。
判断は迷わず、投票所を後にした。

腕時計を見ると午後8時を過ぎた…   今から、妻と飲みに出かけることにした。 
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2013年07月20日

野菜高騰

季節感を味わうには、スーパーの野菜売場がいい。

しかし、価格は春先の低温や少雨による影響で発育が遅く、葉ものを中心に高騰している。
普段は豊富に並んでいる野菜なのに、最近は品薄のような気もしないではない。
買出しは午前中に行けばいいのだが、早起きして行くほどの気合は入ってない。
なので、バジル系の香草などは、前もって予約してから出かけている。

某スーパーでは、「お肉の特売日」がある。
味付けされた豚肉をグリルで焼いて、サンチュかレタスにキムチも添えて巻いて食べる。
これがまた、ヘルシーで美味しいんだ。
野菜の高騰は困るが、わが家で食べる唯一のフィンガーフードである。

最近、サラダのドレッシングを変えた。
キューピーから発売されてる、「すりおろしオニオンドレッシング」が、この時季サッパリしていていい。
食後に別腹が空くと、冷蔵庫から「キャベツの千切りパック」を取り出し、その上からドレッシングをかけ飯代わりに食べている。
主食が生野菜に移りつつある今、野菜売場にいる時間が長くなってきたようだ。

隣でどこかの奥様がキュウリを選んでいると、つい新鮮なものを教えたくなってしまう今日この頃。
「早くこいこい 野菜の特売日 火曜市!」
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2013年07月19日

遠藤

大相撲名古屋場所の十両で好成績を上げている、「遠藤」はアマチュア横綱の実績で角界入りした。
「大相撲ダイジェスト」では、十両の取組は放送しないので、遠藤の取組は生中継を見るしかない。

18日 午後3時30分頃、外出先のテレビで初めて見た。
まだ大銀杏(まげ)を結えない状態で、もしかして 「しこ名」も間に合っていないのかな。
その動きは柔らかく、均整のとれた体はバランスがいい。
直感的に 「強くなるな」と思ったし、今場所は十両優勝するだろう。

来場所からは研究されるので、今場所のような独走はきっと難しい。
初顔合わせは合口がわからないので、やってみなければ実感もわかない。
実力がわからないほど、やりにくい相手はいないからね。
それこそ十両では、伸びる力士は見逃さずである。

今場所も幕内では、横綱 「白鵬」一色の強さが光る。
同じ幕内力士なのに、こうも実力が違いすぎると不思議でならない。
最近は日本人力士が育ってきたので、意外と早い段階で番付が塗り代わるような気もするが。
固定番付を許していること自体、角界は発展しないことになるし、何ごとも栄枯盛衰である。

その意味で十両、「遠藤」のような新鋭が追い上げてくると、今後の角界に期待が寄せられる。
「稀勢の里」は14日目「白鵬」に土をつけたら、僕はもう一度、その思いを新たにするであろう。
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2013年07月18日

桃源郷

東京の友人から、夏のクールギフトが届いた。
形式的な関係ではないのに、彼なりの「型」であろうか。

酒と女、冗談が好きな男だ。
酔うと自虐ネタで笑いを振りまき、損得を考えずに初対面だろうが、人と愉しく飲むことができる。
宴会場に入るなり、ふすまをはずしたり、幹事を無視して勝手に席順を変えてしまうタイプである。

若い姉ちゃんが大好きだ。
特に、「チャイニーズ・タイペイ」が好みらしい。
調子こくと70歳の老婆まで口説こうとするのは、妊娠の心配がない上、ベテラン技を期待してるからだ。

彼は、新潟の下町(しもまち)出身だ。
当店を中継地にして、旧交を温めている。
出入禁止にしたいんだけど、手みやげに「東京バナナ」を持ってくるから、断れないんだよな…

いつもカメラを肩にかついで、JRの時刻表を持ち歩いている。
それって、通称「てっちゃん」と呼ばれている、鉄道オタクのことでしょ。
もしかすると、彼がそのルーツかも知れない。

来月、新しい彼女を連れて、新潟に「一発2日」の帰省旅に来るという。
彼女にコッソリ、「あの奇特な男がお好みなの…?」とたずねてみよう。
誰も知らない逃避行…  大人の恋には理由があるのだ。

当日閉店後、新潟駅前の宿泊先に向い、ベッドに「早朝バズーガ砲」を発射してやろうかな。
驚きのあまり合体したまま離れられず、そのままシーツに包まって救急車に乗り込んだりしてさ。
その後、彼になりすまして、ホテルの朝食バイキングをちゃっかり食べて笑顔で帰宅しちゃおう。

「えっ、こんなこと書いて大丈夫か」って?  あっはっは…  だから、つきあえるんだよ!
警戒心だらけの人間関係の中、あいつとは「桃源郷」まで行くさ…
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2013年07月17日

大相撲教育

16日 関脇「豪栄道」が、横綱「日馬富士」を右差しからの豪快なすくい投げで敗った。

日馬富士は10日目にして、三連敗の4敗で早くも優勝戦線から脱落した。
先日の「妙義龍」との一番で、心を折られたんじゃないかな。
所作のときから目が虚ろだし、手足の動きがバラバラだから、重心が定まっていない。
東の横綱「白鵬」は貫禄のある、横綱相撲で安定しているから、少し焦りもあるんだろうか。
それに調子が悪いときは、勝ち急ごうとするからわかるんだ。
軽量な体であれば、まわしにこだわる相撲に戻らないと、とても勝ち目がないからね。

わかりやすく言えば、ボクシングでいうところの「イン・ファイト」である。
大きい相手に思い切り飛び込んでいけば、そうそういいパンチを食らわない。
逆に中途半端な距離で打ち合っていると、ロープ際に詰められてボコボコにされやすい。
ボクシングに限らず、格闘技のセオリーでもある。
それを日馬富士がわからないわけないが、それだけ相手が研究しているのか、横綱本人が修復しようと試行錯誤しているのかは定かではない。

今、大相撲がおもしろい。
だけど親子が一緒に、相撲を見ることはあまり聞かない。
相撲の所作に固唾を飲んで、立ち合いの瞬間に気持ちを入れる。
物言いがついたときも、不服な態度をとることもなく、協議の結果を待つひたむきさがある。
本当はいらだっていると思うが、自分たちに誇りがあるから、力士らしく振舞っているんだ。
その意味で言えば、親子でサッカーの応援もいいけど、たまには相撲観戦もいい情操である。

少し話題を変える。
プロ野球などの団体競技において判定を不服として、選手が審判に暴言や暴行をはたらく場面がある。
それで朝のニュース番組やスポーツ誌の記事などで、「監督と選手の熱意がチームを一丸にした」などと報じられるがそれっておかしくないか。
スポーツをやっていれば、誤審はあってはならないが、誤審は絶対にあるんだ。
その誤審に対して我慢強い選手を評価せず、パフォーマンスする選手を評価する傾向にある。
感情表現はわかりやすいことに越したことはないが、その場を重んじろってことなんだ。

憶えているかな。
今から30年ほど前(だったかな…)、野球中継の阪神戦でこんな事件がおきた。
甲子園球場で、阪神の島野コーチが判定を不服に、審判へ殴る蹴るの暴行を加えたことがあった。
他のコーチや選手は止めに入るどころか、何とその暴行に加担したことも問題になった。
その後の報道で「勝負へのこだわりを見せた」論調を耳にしたが、ソレ違うだろと思った記憶がある。
小心者ほど作為的と言おうか、暴力的な言動で興味の矛先を自分に集めようとするんだ。
作為はコンプレックスの裏返しであって、された本人からすればホトホト疲れるわけだ。
それで「将来の子ども達に夢と希望を」なんて言ってたら、コレちゃんちゃらおかしいん話であってさ。
その後、暴行を受けた審判は「あの試合は自分の子どもが見ていた」と、屈辱的に語っていた。
ああいう、みっともない暴力抗議を「伝家の宝刀」扱いするから、こういうことはなくならないんだ。

大相撲に話を戻す。
彼ら力士達は、強い集団のひとりであることが魅力的なんだ。
強い集団が見本を示していることが、何よりも重要なんだよ。
相撲は世界の人気競技ではないけど、日本が世界に誇れる伝統芸能でもあるんだ。
日本の伝統文化を見ることで、スポーツ観戦の仕方にも幅が広がるんじゃないかな。
見るもの応援するものが、流行というか偏りすぎているんだと思う。
僕に子どもがいたら、日曜日の夕方ぐらいは「おやじの解説付き」で一緒に見るんだけどな…

それにしても立ち合いのにらみ合いで、奇声を上げる観客は何とかならんかな。
静まり返る一瞬こそが、相撲の醍醐味なんだけどね。
クラシックコンサートのときの、「フライング拍手」と同じなんだよ。

たまには相撲から、日本人を学ぶべきである。
(名古屋場所の番付表はあと3枚ありますので、欲しい方には差し上げますよ)
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2013年07月16日

休日ふらり(16)

15日 夕方5時50分…

大相撲 関脇「妙義龍」が、横綱「日馬富士」を向正面土俵下へ突き落とした。
カッとなって、不用意に張り手を出すと脇があいてしまい、相手の突進を呼びこむことになる。
実力に圧倒的な差がない限り、つばぜり合いになったら、最後はクレバーな方が勝つであろう。
その意味で日馬富士は二連敗したことより、自分の不甲斐ない相撲に心が折れたんじゃないかな。
東に軍配が上がったのを見届けてから、今日はじめての外出をした。

日曜代休の月曜日。
この時間まで自宅にいたことは、少し疲れがたまっていたのであろう。
体を休めれば疲労は回復するが、気持ちを入れ換えるために外出する。
幸い外は涼しくて人も引ける時間なので、街中を自転車でスイスイ走れるので爽快だ。
週一度の短い休日は遊ぶ感覚ではなくて、感覚を癒したり開放されたくなる。

休日に幻想を抱くことなく、野暮用があろうが、退屈であろうが、明日への仕切り直しである。
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2013年07月15日

On BASS

ベースは性質上、音を聴きとりにくいためか、楽器としての注目度は低い。
しかし、ベースが最重要な役割をしていることは、あまり知られていない。

最初の興味は「ウッド・ベース」ではなく、「エレクトリック・ベース」だった。
ロックファンなら誰もが知る、1979年 ロッド・スチュアートの名曲 「アイム・セクシー」
ベースが弾き出す、三連符の頭にアクセントをつけた、ノリのいいラインに惹かれた。

中でもフュージョン系で多用された、「チョッパー奏法」が確立されてからは、がぜん興味がわいた。
「アンソニー・ジャクソン」 「エイブラハム・ラボリエル」 「マーカス・ミラー」 「ビクター・ベイリー」
チョッパーはしなかったけど、「ジャコ・パストリアス」とか…
スタジオミュージシャンらが、表舞台に出てきたのはその頃だったんじゃないかな。

最後はウッドベースにおちついたけど、好きなベーシストのひとりに「デイヴ・ホランド」がいる。
フリージャズな志向を経たもの、地べたを這うような図太いビートで強烈なアタックがよかった。
ノッてくると右足で「ドン」と地をふんで、アクセントをつけるステージパフォーマンスにはしびれた。
他にも 「エディ・ゴメス」 「ジョン・パティトゥッチ」 「チャーネット・モフェット」 「ニールス・ペデルセン」

ひとりに特定できないのが、ベースという楽器なんだ。
「リズム」と「メロディー」、両方からアプローチできるから、絞り込みが難しいんだ。
そうなると、伝説のベース「スコット・ラフェロ」としか言いようがない。

ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビィ」はトリオ作として、これほど完璧な一枚はないかもな…
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2013年07月13日

Jazz Talk Vol.28

ある日のN塚さん…

店の席に着いて周囲を見渡してから、何やらカバンの中から静かに「ブツ」を取り出した。
その姿、店内で「非合法な物」を交わそうとしている、取引現場のようにも見える。
僕に「ブツ」を見せながら一言  「マスター これ(CD) 聴いた…?」とニンマリ。

親しくなれば「イントロ」(挨拶)は、こんな感じからはじまる。
それがおたがいの「テーマ」(合言葉)であったりするんだ。
好きな会話を交わせる場は少なくなったけど、好きを共有し合える人は貴重だと思う。

人それぞれ、音楽観がある。
自分は好きだけど、相手は嫌いなこともあるだろう。
ドラムがうるさいという人がいれば、キースの声が気になる人もいるだろう。
威勢のいいジャズが好きな人もいれば、エヴァンス系の美意識に惚れこむ人もいるだろう。
簡単に言えば、訳し方の違いでしかないんだ。
「ジャズを研究して本質に鋭く迫る」なんて、学識ばった人はいないしね。
仮にいたとしても、個人的なつきあいは遠慮させてもらう。

ジャズの愛好家は音源の貸し借りをご法度とする不文律がある。
その昔、レコードを貸して戻ってこなかったこと数枚。
貸した人が悪いのか、返さない人が悪いのかは問わない。
だが、僕ひとりの耳では高が知れているので、人の耳も拝借して知ることも大切だと思っている。
人とジャズを交換し合わなかったら、出会いがもたらすボキャブラリーは広がらないのであってさ。
そのおかげでいろんなジャズを耳にできたし、何よりも「共感、納得、驚き」を得た喜びは大きい。
貸し借りはリスクが高いけど、多くを知るためにはありなんだ。

楽器を演奏する人は、そんなに饒舌ではない。
音楽で表現するのが仕事なので、どちらかと言えば寡黙な部類に入るだろう。
中には「自分の演奏を批判的に聴いているんじゃないか」と、気にする人もいるがそんなことはない。
だけど、ヘタに楽器で知り合った仲だと、つまらないことに角を立てて亀裂が生じることもあるからね。
だから、純粋なリスナー同士で健全な輪を保っていた方が、まだ過ごしやすい場合もあるんだ。

その意味で「N塚さん」や「Eさん」とは、純粋に「ジャズが好き」を理解し合える関係にある。
僕に刺激を与えてくれる人物ではあるが、もう少し若返りを図りたいとも思っているのだが… (笑)
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2013年07月12日

Jazz Talk Vol.27

ジャズの8割は楽しく、2割は辛口で語れる人はバランスがいい。

今日はこの辛口である。
辛口でも、人を不愉快にさせるのは嫌味でしかない。
好きで聴いているのに、「これはジャズじゃない」とか割り込んだり。
「あなたが言うジャズとは何か」の質問には、納得のいく答えはない。
こういうタイプ団塊世代に多い。

若い世代は肯定傾向だけが強すぎる。
2割の辛口意見がないと、今度は見識が広がらない。
会話に歯応えがないから、栄養がつかなくなるんだ。
風呂の温度と同じで、熱すぎても温すぎても風邪をひきやすくなる。
要するに会話にも、「このあたりかな…」とする湯加減があるんだ。

明日から始まる、「新潟ジャズストリート」に出演する若手が来店することがある。
数年前のこと、本人の語り部からして酷評されたらしい。
批判の出所はわからないが、少し堪えたんだろうな…

僕はいい経験をしたなと思った。
演奏を振り返ることができるのは、辛口もあってのこと。
そりゃ、他意は無視すればいいが、健全な辛口にはそれなりの道しるべがあるものだ。
だけど、「練習してないな…」と思われたらいけないよね。
目当てのグループや出演者を聴きに出かけるんだから、それぐらいの辛口は当然なんだ。
そういう経験があるから、出演する資格はあるんだし、辛口をコントロールした人が上手くなっている。

この際、誰の演奏とか狭いことじゃない。
会場の片隅でこっそり聴いているとき、「上手くなったなあ…」と心に響くと嬉しくなる。
別に評論家ではないけど、物事を突き詰めれば、似たような意見に落ち着いてくるものだ。
だから、道しるべがある辛口にへこむことはない。
寧ろ、2割の辛口を見極められなくなったときのほうが問題だろう。

どんな世界でも黄金比率は「8対2」と言われるが、新潟名産の柿ピーは「7対3」が黄金比率らしいね。
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2013年07月11日

狂喜乱舞

10日の夜 妻は友人らと最近万代にオープンした飲食店に出かけた。

広めな店内を見渡すと平日にもかかわらず満席状態で、ほぼ女性客だけで埋め尽くされていたという。
料理の美味しさに加えて、丁寧な接客にご満悦な様子だった。

男性客は少なかったらしい。
男はあれこれ、飲食店を探したりしないから、新しい店の看板を見つけてもそんなに反応しないもの。
昔はそれでも、流行の飲食店を探しては、積極的に女性をエスコートした男も多いだろうが。

「私、こんなお店初めて…」とか言いながら、ちゃっかり前に他の男に連れて来られたりしている。
まあ、それが礼儀だったりするんだけど、知ってしまうと複雑な思いはどこかに残るよね。
つまり、話題の店だろうが、美味しい店を探そうが、もう女性は目ざとく見つけているんだよ。
だから、その店内は女性ばかりなんだ。

女性は美味しい店には敏感だから、もうわかっていながら男を上手に誘導するわけだ。
もう少し周知されてくれば、今度は男が女を連れて来店するようになるであろう。
その頃には、彼女はその店へ何回も行ってたりして、全ては女性の術中にはまっているんだと思う。

こんな笑えない話を耳にしたことがある。
彼女から、オシャレなワインレストランでディナーをしたいとねだられたらしい。
そこで涙ぐましい努力を経て、2カ月ほど前にオープンした店を早速予約をした。
だが、彼女は店の従業員ほぼ全員と顔なじみで、しかも「ファーストネーム」で呼ばれていたらしい。
何のための下調べだったのか、面子が丸潰れだったとか…
たぶん、ワインとメインディシュの知識でも頭に詰めこんで行ったのだろう。

それでまた彼女からメールで、「今夜は楽しかったわ。また勉強させてください… おやすみなさい」と
送信されてきた夜には、もうすっかり舞い上がっちゃうわけだ。
そこに「ハートマーク」でもあれば、部屋で全裸になって逆立ちしたり、そりゃ、もう狂喜乱舞よ!
男は単純で懲りない生きものなんだ。
それよりも、女性は男が考えている以上にしたたかなので、先刻承知でつきあわないとね。 (笑)

僕は横丁の焼鳥屋でいいや…
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2013年07月10日

期待の力士

夕方、自宅で大相撲中継が流れているだけで風情を感じる。

本場所の楽しみは「大相撲ダイジェスト」(録画)を見ながら、晩酌(朝酌)すること。
八百長事件で番付が大きく変動してから、最近ようやく力士の顔と四股名(名前)が一致してきた。
それに強くなるであろうと思える、新鋭力士もわかってきた。

幕内の注目株は、関脇「妙義龍」 前頭筆頭「高安」 前頭三枚目「千代大龍」の3名。
十両の注目株は、エジプト出身の「大砂嵐」。
強さの絶対条件は、「スピード」 「パワー」 「バランス」の三拍子。
メンタル面は明るく物怖じせず、負けん気が強ければなおのこといい。
その人柄は愛されるに越したことはない。

勝利者インタビューを受けるときのコメントがいい。
精神論の受け答えだけでなく、取組内容を再現できる話し方ができる。
これは大切なことなんだ。

最近、プロ野球のヒーローインタビューをおもしろいと思ったことがない。
リアクション芸人ばりの「チャラいコメント」で、肝心の野球そのものをコメントしてくれない。
観客もオーバーアクションで応えるばかりで、興奮に感化されているだけのようにも思える。
野球には詳しくないが、ファンに媚びることばかり言わず、やや玄人受けするコメントも必要だろう。

大相撲の勝利者インタビューでは、玄人が聞き耳を立てられるようなコメントになってきた。
つまり、相撲という道筋を通した話を聞きたいのである。
その意味で語りは深さであることから、コメントは今後を予想する上での足がかりとなるんだ。
大相撲はこれからの饒舌ぶりが、相撲内容をおもしろくする。

外国人力士の台頭は相変わらずだが、全体的に日本人力士も強くなってきた。
3日目、横綱候補の大関「稀勢の里」は、前頭二枚目「栃煌山」に突き落とされて土俵から転げ落ちた…

だから、相撲はおもしろいんだ!
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2013年07月09日

更年期の謎

いくつになっても、女性と親しくなるのはときめくもの…

僕の年齢にもなると、それは至って冷静なことになってくる。
寂しいかな… 女性に欲情しなくなるんだ。
若い子が肌を大きく露出しても、「健康的だな」ぐらいにしか感じない。
それとも、「おー、がんばっちょるな」と感心するとかさ。

出だしをすんなり書けたのは、ある人がおもしろいことを言っていたから。
「スケベ女」と出会いたいけど、なかなか相手の本性が見抜けないという。
中年男は程度に差こそあれど、まあ大概の経験はしているだろう。
そうすると古めかしい性では興奮せず、新しい刺激に期待を求めてしまうわけだ。
若い時のように性欲はありながらも、欲求を充たせないことに焦りを感じてくる。

願望と言うべきか、男は朽ち果てるまで願望との戦いなのである。
その戦いに勝った…  いや、この場合は負けたのかな? (笑)
死ぬまで願望を充たそうとする男が、晩年期に「好色老人」となってしまうんだと思う。
中年男は獣のような性に憧れながらも、それまでの教養や理性があるからできないんだ。
誰でもそんな欲求がありながら、自制心との兼ね合いで社会生活ができるんであってさ。

性的欲求は健康的だと思うが、「あー、それをやっちゃおしまいよ…」なんだ。
それでも欲求を充たしたいのであれば、年齢が近くてあらゆる性を理解している女性しかいない。
40歳代半ばあたりから、ホルモンバランスやストレスなどで、男の性が交錯するんだと思える。

更年期は早い気もするが、この年代になると「イヤらしい話」ではなく、寧ろ医学的な要素を含んでいる。
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