2013年06月12日

うんこ座り

人からの手助けを期待しないのは、見て見ぬふりをされるのが、当たり前だと思っているから。

スーパーの駐輪場でハンドルを引っ掛けてしまい、3〜4台の自転車をドミノ倒しにしてしまった。
自転車のペタルやハンドルが複雑に車輪へ挟まり、ひとりで一台ずつ外して起すのに手間取っていたら脇を通りがかった高校生の男女三人連れが自ら手を貸してくれた。
その場で礼を言って離れたあと、とても清々しい気分になった。

僕ら世代、俗に 「ツッパリブーム」だった。 (まぁ、ほとんど身なりだけね…)
「うんこ座り」って、わかるかな?  (洋式じゃなくて、和式だよ… あっ、僕はしませんでしたよ)
体の休め方なんだけど、おしりを地べたにつけてはいけない。
それは何かあったとき、いつでも立ち上がれる待機姿勢であり、戦闘態勢でもあるんだ。
あれでおしりを地べたにつけていたのでは、これはヘタレでしかない。
行動様式たるもの、人にだらしなさを公言しているようなものである。

公共の階段に座っていたり、地べたに寝転がっている若者には瞬発力がない。
瞬発力がなければ、急にはじまるケンカに対応できるわけがない。
コンビニやファミレスの前で、寝転がっているような連中に何ができるのだ。
瞬発力は「やる気におけるルール」だったし、ニートを生み出した原因のひとつには、おしりを地べたに  つけだしたことにあると思う。

若者の特権は瞬発力だ。
野球の守備と同じで、球がバッターに投げられたら、野手は爪先立ちで捕球体勢に入るでしょ。
いつまでもグズグズしていたり、自分探しなんて言っている男は見込みない。
第一、自分探しなんて言っている男に限って、時間を浪費しているようなもんだ。
それに自分探しに出かけて、自分を見つけたなんていう話は聞いたこともない。

手を貸してくれた高校生3人のように、身近な出来事に反応できるかほうが、よっぽど重要でしょ。
これこそ瞬発力であり、これから先のやる気への前ぶれである。
目先の出来事に反応できる若者を見ると、「この子はきっとグレないだろうな…」と安心する。
瞬発力は気力の源でもあるので、それが萎えたら結局のところ、少しお手上げなんだよな。
「でも」 「だって」 「じゃあ」 なんて言っているようじゃ、いつまでも瞬発力は身につかない。

アホな青春時代だったけど、全ては身近で単純なことから、見方がはじまっていたような気もする。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする