2013年06月09日

McCoy Tyner(P)

僕にとって 「マッコイ・タイナー」とは、こんな存在である。

行きつけの飲食店でメニューを広げて、前からあるのはわかっているが、なぜか食指が向かない。
嫌いじゃないし、関心がないわけでもない。
必ず目にはしているのだが、注文したことがない。
だけど、サイドメニューとしてはしっかりと食べている。
それこそ、縁と言うべきものであろうか。

5日、東京から単身赴任のEさんから、73年リーダーアルバム「エンライトメント」を聴かせて頂いた。
過去、コルトレーンという偉大なボスに尽くし、空間を埋め尽くす強い鍵盤の粒揃いが印象的だ。

人には、タイプがある。
リーダーアルバムで存在を示すタイプもいれば、主役を食わない端正なタイプもいる。
マッコイはどちらにも属さず、聴き手の感情にも捕われず、どこかボスの面影を追っているようだ。
アコースティックだけで、活躍の場を広げなかったことに、ある種の信念を感じてしまうんだ。

最初、取っつき難いピアノだろう。
タッチが強くて、甘みを排除したストイックさは、迎合を許さないジャズだ。
まあ、間違っても、気軽にバーのBGMで流せる部類でないことは確かである。

60〜70年代、学生運動の頃…
フーテンのような格好をして、ジャズ喫茶を拠点に過ごしていた若者が多かった時代だ。
大型のスピーカーから、大音量のジャズを聴きながら、退廃的なんだけど哲学的でもあったりしてさ…
目を閉じて聴いていると、そんなアングラな光景が浮かんでくるんだ。
しばらくは、コレばっかり聴いている。

7日、東京のNさんから、「マイケル・ブレッカー・クインテット」の映像を見せてもらった。
そのときのピアノが 「ジョーイ・カルデラッツオ」
タメを効かせてから、凄い勢いで飛び出してくると、超スピードでカリカリと高音に指が動き出すあたり。
僕の受け止め方が間違っていなければ、マッコイは後続たちにも影響を与えたのだと思えた。
ハードバップは熱心に聴いていなかったけど、どこか 「パド・パウエル」にルーツを感じる。
このあたりは十人十色だが、ジャズは個性を尊重できる音楽。
その個性にハマッたら、容易に抜け出せなくなるのが、ピアノの魅力であったりもするんだ。

このように、お客さんと互いにジャズを持ち寄った交流もあるけど、ビギナーには聴ききれないと思える、
結構「難しいアルバム」を平気で持参するんだよね…  (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする