2013年06月30日

2013 July

【7月定休日】  安心な低価格、お1人様こそ大歓迎です。   
     7日(日) 15日(月) 21日(日) 28日(日) 
     
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日   日曜日 (連休の場合は営業致します) 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名) 

ここ最近、日常で感じたことをセンテンス短く書いてみる。

20〜30代の夏とは違い、バテることが多くなる中年の夏。
体力以上なことはせず、余力の範囲で夏を上手に楽しみたい。

日中の万代や東大通は、太陽の照り返しが強いので体感温度は高く感じる。
その分、商業施設に入ったときの冷気が心地いい。

妻はひとくちサイズのアイスクリームがお気に入りらしい。
メールに「シロクマ買ってきて」とあるが、僕は「モウ」のほうが好きだ。

XLサイズの夏用シャツを買った。
手軽なブランドだと、サイズと体格が合わないことがあり、ゆったりした着心地に少し欠ける。
結局、古いシャツをタンスから引っ張り出した。

日中は窓を開けて、適度に外気を取り込んでいる。
風に雑じって、いろんな音も飛び込んでくる。
音にも色があることを感じたのは、それでも最近のことである。

梅雨時を想定して、スー・レイニー「雨の日のジャズ」を店に用意していたけど…
あんまり雨が降らないので、そろそろ「ボサノバ」を流そうかな。

夏の熟女 「小野リサ」でしょ!  (今夏もM沢さんに2枚組をお借りしようかな)
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2013年06月29日

普通の人

韓国映画 「殺人の追憶」のエンディングを思い出した。

28日、東京練馬で下校途中の児童らが、40代の男から刃物で切りつけられた事件があった。
スピード逮捕に至ったもの、容疑者を確保する現場を目撃した地域住民の言葉は次々一致していた。
 Q (どんな人でしたか) A 「普通の人でした」

「普通の人」 今では珍しいことではなくなった。
具体的に特徴をたずねてみると、「まさか」の後にこう答える人も多い。
「会えば挨拶する人でした」 または、「子煩悩な人でした」と…
その言葉を聞くと、何かがきっかけで性格が切り替わるのかと思える。

日常の挨拶や言葉遣いは、その人柄を判断する上でまずは基準となる。
だが、今や当たり前の基準でさえ、どうも怪しくなっている。
有名企業、硬い職業の人は安心という思い込みは、判断を鈍らせることに多くの人は気づいている。
生真面目な人ほど、他者に対する許容範囲が狭いから、平気で非情になれたりするものだ。
じゃあ、「何で普通の人がそんなことをするんだ…」という話であってさ。

普通の基準に首を傾げたくもなる。
無口な人が、急に人が変わったように話し出すときがある。
日本には「沈黙の美学」があるから、そのギャップに驚かせられるんであって言葉そのものじゃない。
寧ろ、普通の基準の取扱い方が、とても難しくなってきていると思える。
最後は想像力に尽きると思うが、見るからに普通の人ほど理解に苦しむときがある。

唯一、犯人の顔を目撃した少女が、未解決事件の責任を取って辞職した元刑事にこう言った…
「普通の顔だったよ」  背中に冷たい戦慄が走った…
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2013年06月28日

Jazz Talk Vol.24

マルグリュー・ミラー(P)の死去を知ったのは、不定期で購入している専門誌だった。

2枚目のリーダー作「ワーク」(86)、次の「フロム・ディ・トゥ・ディ」(90)は積極的に聴いた。
デビューアルバムも含めて、三部作全てトリオアルバムである。

それまでは「ジョニー・グリフィン」や「ジャズ・メッセンジャーズ」など、サイドメンとして共演しながら、  新譜に確たる自信を感じさせられた。
90年には存在が広く知られてきたが、僕は以降のリーダーアルバムはずいぶんと留守にしていた。
大きく取り上げられない存在ながら、サイドメンとしての活躍ぶりが目立ってしまっただけだろう。
マッコイの影響を受けた節もあるが、落ち着いて聴いていられる安定感があったと思える。

こうして思い返すと一過去は聴いていたが、しばらく聴いていないジャズメンが結構いる。
ピアニストに限れば、「ゴンサロ・ルバルカバ」 「ブラッド・メルドー」 「エリック・リード」
それに、「ミシェル・カミロ」もご無沙汰である。
最近は、「ジョーイ・カルデラッツェオ」 「ローランド・デ・ワイルド」あたりを引っ張ったり。
ここ数日なら、木住野佳子 「ユー・アー・ソー・ビューティフル」を何日も聴いていたり…
まあ、店内ではメロディアスで親しみやすい、「エヴァンス系」を流すことは意識しているけどね。
一度ジャズを好きになって、何らかの理由で留守にしても、またテーマに戻ってくるからジャズだ。

僕は話題盤だろうが早聴きしないから、商業上の新譜ペースに合わせずにマイペースで聴く。
聴き逃している名盤も結構あるけど、流行や対抗する対象がないから気にならないんだ。

それでも忘れた頃、思わず聴き返したくなるのが、本当にいいジャズなんだろうね。
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2013年06月27日

癒しの雨

こむら返しの痛みで飛び起きた水曜。
寝覚めの頭で雨空を見上げていたら、今日の予定を暫し考えていた。
それにしても、癒しの雨である。

歯科医で定期健診の後、銀行で振込みを済ませてから、最寄のスーパーへ買出しへ行く。
その後、一時間ほど自由になるので、自宅でジャズ以外の日本語の歌を聴こうと決めた。
とは言っても、そんなに枚数は持っていないんだ。

静かな雨の日には、ザラついた粘りのある歌声よりも、サラッと透明感のある歌声を聴きたくなる。
ドラマ主題歌になった、古内東子のヒット曲「大丈夫」が入っている、アルバムをディスクにセットした。
都会的な恋愛歌詞に想いをはせることなく、ただひたすら清涼剤の代わりに流しているだけ。
サラリとペンを走らせたような日記の詩を、涼しげに独り言のように歌う感じがとてもいい。
たまに気分の入れ換えをしながら、少しだけ日常を工夫しているんだ。

店入りしたら、景気づけに最初の1枚を流す。
火傷しそうなライブ盤 「ブランフォード・マルサリス・カルテット」
この「シーツ・オブ・サウンド」(敷き詰められた音の数)は、只者ではないぞ。
ヒートアップするジャズで、ハートに火をつけているんだが、僕が不完全燃焼ばかりでさ(笑)

癒しの雨に似合うジャズはどこへ行った…   深夜、久し振りに「ノラ・ジョーンズ」を流した。
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2013年06月26日

EMANON

5年ぶりに始動した「サザンオールスターズ」って、結成して35年経過したんだね…

デビュー当時を知る世代としては、誰もが「パロディバンド」で終わると思っていた。
それが翌年「いとしのエリー」のように、完成度の高いバラード調に音楽性を感じた。
ジャズもバラードに、その人の知られざる内面があるもので、桑田圭佑もジャズが好きだという。

同じメンバーだけで、35年の長さはどれほどであろうか…
普通なら、バンドを休眠状態にして、離合集散を繰り返すもの。
続けるにしても好む好まざる関わらず、やるからには一緒にいなくてはならない。
その分、私生活はおたがいどこで何をしているのか、わからないぐらいがちょうどいい。
それでやるときは真剣に協力することが、バンドを長持ちさせる秘訣なんだと思う。

バンドは「志の集合体」である。
サザンの場合、音楽性以外に人間関係の「モデルケース」でも、カリキュラム化できるんじゃないか。
「音楽性の違いで解散します」と宣言して、ステージでメロドラマする多くのバンドとは明らかに違う。

若い頃は、ある程度一人前になるまでは、集合体に身を置かざるを得ない。
それが近年、団体行動の大切な意味を知るまでもなく、すぐに若者は孤立化を好むようになった。
健康的な兆候ならいいが、ほとんどが引きこもりみたいなんだからね。
早熟なんていう都合のいい言葉じゃなくて、歩むべき順序を間違っているわけでさ。

サザンのメンバーシップは、しかるべき団体行動を経ての「個」がある。
私生活の経験を持ち寄って、各々が音楽に反映させている。
つまり、誰ひとり別れることなく、個人が独立しながら一緒に過ごしてきた35年なんだ。
サザンが愛されているのは、仲間と時間を大切にしたことが、成功の秘訣なのである。

僕はサザンをあまり聴かなかったけど、自然と口ずさんでしまう曲は 「EMANON」(1983)
サビの部分 「砂の浜辺で口ずけた ひとときを思い出せば…」の節を聴くとグッとくるね。
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2013年06月25日

ジェラシー

男の嫉妬は始末に負えない。

人には、二通りのパターンがある気がする。
一つは、自分より優れた面を認めるタイプ。
もう一つは、優れた面を封じ込めるタイプ。
前者は人を認めることで思考を広げるが、後者は目を背けるので思考が変わらない。
嫉妬する生き方は不健康だと思う。

女性の嫉妬は感情的だからわかりやすい。
だが、男の嫉妬はいつまでも許せずに執念深い。
会社で営業成績が優秀な男がいれば、素直に秘訣をこうむればいいのに、逆に批判材料を探している。
自分より人気がある男であれば、人気がある理由を探ればいいのに、悪意のある噂を流したりする。
噂の出所を特定して、「悪いことしたのかな…」と一歩譲って考えても、思い当たるところがない。
実はコレよく聞く話で、自分より目立つ存在であるのが許せないだけで、理由がないから嫉妬なんだ。
理由があったとしても、苦し紛れに作り上げたとしか思えない、いい加減な理由も多い。

会社や生活圏であればなおさらで、遠い存在には嫉妬なんかしないよ。
嫉妬は男と女で考えられているが、とんでもない。
同性同士の嫉妬ほど、厄介なものはない。
相手は何も思ってないのに、自分の中で勝手に屈辱感を作り上げる。
好意的につき合いたいと思っても、「正面からは難しいな…」と思う人はいるからね。
だから、誰にでもいい顔をすることはないし、気持ちよくつき合える人とつき合えばいいんだ。
それで、自分が人間不信にでもなったら本末転倒だからね。

最後は楽しくてわかりやすい男が残るし、小難しい男はいつのまにか人を遠ざけてしまう。
小難しさの正体は、嫉妬が生み出す征服欲みたいなものだ。
男の嫉妬は静かに執念深いことを知っておけば、少しは胸のつかえが楽になるんじゃないか。
今晩、お客さんと男の嫉妬について話し合った。

行き着いた所、自分をネタに笑えるような男が、一番つき合いやすいことに落ち着いた。
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2013年06月23日

銭湯の暖簾

銭湯の暖簾を後にしたのは、夜10時頃…

女湯の暖簾が同時に揺れた。
一瞬目が合った気もしたが、すぐに顔をふせるようにして、薄暗い夜道に歩いて消えていった。
年齢は40歳前後でキチンと洋服を着て、右手の簡易バックは洗面用具がスッポリ入る大きさ。
看板の蛍光灯に照らし出された顔は、湯上りらしくホカホカとピンクにそまっていた。
きっと近所に住んでいるのだろう。

僕の格好といえば、Tシャツにジーパン、サンダル。
バスタオルを肩にかけて、洗面用具はむき出しのまま自転車の前カゴに放り込む。
銭湯に行く外見は気にしないので、夜道を鼻歌雑じりでゆっくりとジグザグ運転で往復する。
例えるなら、陽だまりでうたた寝している気分である。
男にとって、銭湯はそんなもんだ。

誰の家にも風呂はある。
銭湯に行くことは、大きな湯船にゆったりと浸かり、ゆっくりと疲れをとりたいのであろう。
主婦なら家事を済ませ、子どもを寝かせつけて、ダンナに「ちょっと行ってくるわ」で不思議じゃない。
子どもを育てるのは力もいるだろうし、日常の家事や買物だって結構大変だと思う。
寝る前の銭湯はその日の終わりを感じさせる、特別な時間だったりするんだろうね。

同時に暖簾を後にしただけなのに、どこか小さな仲間意識を持ってしまった。
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2013年06月22日

Kiss Me

どこか気恥かしくて、言いにくい言葉ってあるよね。

「キス」って言葉は、何となくテレくさい言葉だった。
「口づけ」では、フォークソングだし、「接吻」じゃ、銭湯帰りの四畳半アパートだし。
「唇を奪う」では、恋愛小説みたいで気恥ずかしいので、やっぱり「キス」が標準語なんだよな。

キスにはいろんな言い方がある。
まずは長い「チュー」、次に短い「チュ」、それに「チュッチュ」だのバージョンはさまざまだ。
次第に「ブッチュー」だの、「ベロベロ」に「レロレロ」…  その他いろいろ。
こうなると唇じゃなくて、舌をからめた表現になってしまう。

日常でキスという言葉をあまり使わないのは、少しのテレがあるんだろうな。
カフェバーに出入りする年頃になると、呼び名は次第に「フレンチ」や「ディープ」なんて使い分けたもの末尾の「キス」は何となく省いていた気がする。
それに「キスしよう」で、はじまるキスって変じゃないか。
自然と相手に受け容れてもらうのがキスであり、わざわざ言葉に出してするもんじゃないしね。

それに「A」や「B」、「C」の暗号なんて、もう誰にも通用しないでしょ…
彼が「Aの次はBだ…」と言って、ネバネバ迫ってきたらどうするって話だ。
セックスもオブラートに包んだ、曖昧用語がいくつもある。
いずれは小学生でも、普通にセックスと言葉にするようになるんだろうな。

僕ら世代、意味をわかっていながら、気恥ずかしくて言えない言葉ってあったよね…  うんことか(笑)
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2013年06月21日

景気の縮図

深刻な不況も少しずつ緩和されているという。

不況の主な原因には、国の無策と消費が控えられていたことがあげられる。
国が財政発動しても、企業は借金返済に回すだけで、新規事業や設備投資に活用しなかったと聞く。
本当のところはわからないけど、大筋では違いはないだろう。

日常生活で感じていることがある。
食品スーパーなどに行くと、以前なら安いものだけが飛ぶように売れていた。
最近では一番安いものより、下から二番目ほどの商品が売れている気がする。
陳列棚の演出にもよるが、あまり安すぎるものに手を出さなくなっているようだ。
身の丈で消費マインドを上げることにより、社会構造を変えようという意識が高まっているんだと思う。

報道の仕方もよかった。
東日本大震災で経済が枯渇しているとき、新潟市長が異例の会見を開いたのは記憶に新しい。
「このままでは、経済が底冷えになるので、過度な自粛はやめてほしい」と消費を促した。
このあたりは以前も書いたけど、わかりやすい呼びかけだったし、核心を突いた市長らしい発言だった。

安さだけにすがろうとすると、価値観が凝り固まってしまう。
スーパーでは事務的に安いものを買い漁るが、飲食店では行列ができる流行店に並んで、ご丁寧にも    ツィッターで「マズイ… なんちゃら」なんてほざいていたら、そいつ絶対におかしいんであってさ。
両極端な思考で情報に踊らされているだけで、自分の中の文化が育ってないと思える。

日常の買物は女性の役目だと勘違いしている男はいるし、僕自身も一頃そうであった。
その考え方では世間オンチになるし、特にスーパーは社会の調理場(縮図)みたいなものだから、     ビジネスの視点にも大いに役立つと思える。
いろんな統計数字は示されるけど、現実から離れていることも知っておく必要もある。

景気回復は国民の願いである。
その意味で日常の食生活に直結している場所は、社会情勢を読み取れる気がするけどコレいかに…
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2013年06月20日

想定外文章

19日 空模様が「ミスト気分」で心地よかった。

小雨や霧雨は、精神的な疲れを取り除いてくれる気がする。
新潟も梅雨入り宣言されたが、週間天気予報を見るとそんなに降り続かないようだ。

体調がすこぶるいい。
毎年6月、季節の変わり目で抵抗力が弱くなるのか、歯茎が腫れたり、体が凝り出したりしていた。
今年はそれがないので、免疫力がついてきたのかな。

ここ数年で、体質も変わった気がする。
それまで、冷房をガンガン効かせるほどの暑がりだったのに、今は冷房から離れるようになった。
扇風機で十分だし、窓から取り入れた自然風で涼を感じられる。

自然の暑さに耐えられる、肉体構造になってきたようだ。
健康増進法による「はだか幼稚園」もあるんだから、今や暑さも寒さも乾布摩擦みたいなもの。
暑いときは扇風機の風を回して、寝るときはシーツ一枚で全裸状態だ。
体温調整が合っていると思われ、夏場は「ひとり裸族」である。
人のルーツに戻れば、そのうち「全裸健康法」なんてのがブームになったりしてさ。
僕に娘がいたら、きっと白い目で見られるんだろうな… (笑)

こんなこと書くつもりなかったけど、時として文章はどう進んでどう終わるかわからないこともある。
今日はずいぶん、想定外文章になってしまった。

おー これはまさしく、ジャズと同じである…  なーんてね!
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2013年06月18日

担任の伏線

日曜の新潟駅前で、妻と寿司をつまみながらボソッとつぶやいた。
「子どものころ、寿司職人になりたいと思っていたんだよな…」

妻は大笑いした。
僕が白衣を着て角刈りで、「へい、らっしゃい」と寿司を握る姿でも、想像したのだろうか。
目も笑っていたので、本当に可笑しかったのだろう。
でも、冗談ではなかったんだ。

中学3年、春の進路相談のとき。
担任に寿司職人になりたいので、高校受験には興味がないことを伝えた。
親は同意したわけではないが、揺れている年頃に言葉は慎重だった気がする。
結果で高校進学を決めたのは、まだ柔道を続けたかっただけに過ぎなかった。

中学を卒業したら、グレそうな予備軍として心配されていたが、そんなことは何一つ考えてなかった。
進学の後押しもあり、将来は警察官になるつもりでいたが、結果は三年後の採用試験には落ちた。
今思えば再チャレンジしなかった時点で、あまり情熱はなかったのであろう。
それよりも興味があっちこっちに飛んで、考えに収拾がつかない状態になっていたと思う。

一連の流れを話すと、妻は意外な推測をした。
僕が警察官を目標にしたら、高校の三年間は文武両道で真面目に励むしかない。
つまり、横道に反れないように、中学担任がそのレールを敷いたのだという。
ツッパリブーム全盛、周囲からうかつに手を出すなと警戒されていたらしい。
高校生活は振りかかる火の粉は払えたし、人から後ろ指をさされる真似もしたつもりもない。
一時、目標を見失い荒れたことは認めるが、友人の素行が良かったのでいい思い出である。
推測通りに担任が伏線を敷いたのであれば、今まで気づかなかった僕は何という鈍感さであろうか。

妻と飲みながら、ノスタルジーな会話にはならない。
寿司職人になりたかったけど、警察官に進路変更した具体的な話も初めてしたぐらいだ。
最初の夢が真っ直ぐ叶ったとしても、青魚が苦手な寿司職人なんていないよね。

でもね、男は誰しも寿司職人なんだよ。
赤身のにぎり一貫、いなり寿司が二つ、生まれながらついてるけど問題は鮮度でしょ?

最初は笑われ、途中で推測され、最後は呆れられた…    かんぴょう巻が好きだ!
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2013年06月17日

沈黙の会話

6月真ん中の休日…  夜は飲みに出かけたい気持ちが強くなる。

日曜は父の日なので、気軽に誘える相手は少ない。
たまには、年齢の近い独身女性を誘ってじっくりと飲みたいが、根が奥手なので思い浮かべるだけ。

日曜の夜は、一般的に意欲が後退しがちとなる。
でも、僕にとっては「金曜の夜」にあたり、気分は「サンデーナイトフィーバー」なんだけどね。
ただし、「ロンリーナイト」であり、「サンデーストレンジャー」でもある。

生活リズムが似た仲間もいるが、休みが少ないもの同士、優先することはあるからね。
月曜休みの相手でもいれば、飲み仲間に不自由しないが、身近にはそうそういない。
だから、「ひとり酒」か「夫婦酒」が大半を占める。

行く店は仲間の顔をメニュー代わりに、だいたい腰は落ち着いている。
それに女性のようにシャレた店を巡ることはないので、女気の少ない店で気兼ねなく寛ぐのが好きだ。
誤解されたくないが、女性が和ませてくれる、柔らかい雰囲気は好きだ。
お酒に酔って、顔がうっすらと桃色にそまっていく様子を見ていると、大人の色気さえ感じてしまう。
男の本能を出して、野暮な事態は避けたいが、年齢の色気を交し合う程度なら問題はないだろう。

隣の席では見慣れた妻が、寿司ネタの角にお醤油を少しだけつけて口もとへ運ぶ。
僕は板前さんと一言二言交わしながら、ウイスキーで口もとを湿らす。
沈黙の会話が成立するのも、夫婦酒ならではのこと。

今晩も夫婦酒、新潟駅前「いかの墨」にて…
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2013年06月16日

誠実な仲間

役に立つ人間は、誰からも愛される。

遠い昔、大して親しくなかった知人から突然連絡が入った。
用件は、健康布団のセールスだった。
顔見知りから、自宅へ食事に招待された。
本題は、宗教の勧誘だった。
断ってから、二度と連絡がくることはなくなった。
彼らにとって、僕は役に立たない人間になったであろう。

上等だ…
私生活を営業の販路に利用するような奴であれは、所詮は所詮でしかないだろう。
金で役立つ一時の関係は、金が縁の切れ目になる。
本当に役立つ人間は仕事や年齢に関係なく、善意で役に立ったらそれはもう仲間なんだ。

ウルトラマンシリーズで人徳があったのが、ウルトラセブンだったんじゃないかな。
セブンは「ミクラス」「ウインダム」「アギラ」、3体の「カプセル怪獣」を懐刀に忍ばせていた。
自身がピンチの場面、時にはレベルに応じて身代わりとなり、凶悪怪獣と戦ってくれた。
対戦結果に見返りを求めないチームだから、たがいがたがいを支えあっているのである。
突き詰めると仲間の期待に、誠実に応えたいからなんだ。

僕の操作ミスで、パソコンが不具合をおこした。
その時に頭に浮かんだ顔が、友人であるT橋T之。
彼は人懐っこい性格の上、得意分野がハッキリしているので気軽に連絡ができる。
何もパソコンだけに限らないが、この分野なら彼であろうと個性が伝わっている。

あの分野なら、あいつに聞けばわかるだろう。
この相談なら、あいつが最も的確な意見を出すだろう。
もっと細かく言えば、人それぞれの職業冥利につくこともあるだろう。
全ては人から、個性は整理されているもの。
僕も誰かに個性を整理され「この場面、Eだろう」と指名されれば、その人の役に立っていることになる。

人それぞれの収納庫には、人の個性や得意分野が必ず保管されている。
その個性を風化させないためにも、適度に連絡を取り合うことで自然に個性交換しているもの。
ビジネスはビジネスだが、そう杓子定規に構えない器量も大事だったりする。
ウルトラセブンのカプセル怪獣のように、何か困ったときの3体の仲間は必要であろう。

つまり、人の得意分野を理解して認め合えれば、人間活用術にもなると思う。
但し、「奴を利用してやろう…」など不誠実につきあったら、冒頭のセールスや勧誘のようになるので、  注意を払いたいものだ。

人生も終盤戦に差しかかってくると、「誠実な関係」だけが生き残りそうな気がするね。
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2013年06月15日

最強のふたり

フランス映画 「最強のふたり」 をビデオで見た。

物語は介護を必要とする大富豪の下へ、スラム街のゴロツキが採用されてしまうところからはじまる。
介護には、心にもないおべんちゃらは必要ない。
ましてや 「人が好きだ」 「障害者のために」 なんて、安っぽい台詞を並べるものではない。
正論なのだろうが、身体が不自由な人ほど、敏感にわかるんだ。

独り善がりな正論は、ウンザリなんだと思う。
丁寧すぎる言動は、慇懃無礼にさえ感じ、逆に人を孤独にしてしまうことがある。
目を閉じて音楽に耳を澄ますと、それまで気がつかなかった、音を拾うことがあるでしょ。
盲目のピアニストに名手が多いのは、耳で見ることができるからなんだ。

ゴロツキと呼ばれた男を雇った動機をこう語った  「彼だけは、俺と対等につきあってくれる」
一緒にいれば、障害者として悲観的にならず、生きられる糧を得られる。
後ろ指を差されていた彼も同様、大切なことに気がつき 「出直す覚悟」 で生き方が変わった。

介護と言っても、人それぞれ望むべきことは違う。
「対等な態度」 が命を支えることもあるんだし、そのための二人三脚であろう。
「感動した」 だけで済ませるには、もったいない映画だ。

本当に心強いのは、こんな男なのかも知れないね。

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2013年06月14日

お掃除の日

夕方になると慌しくなるわが家。
掃除の日になると、家から出て行かなくてはならない空気になる。

「手伝わないのか…」って?
僕がやるとペースが乱れるようなので、外出していたほうが効率がいいんだ。
断っておくが、家事は放棄していないし、怠け者でもない。
ただ、起用してもらえないんだ…

「なぜ…」って?
どうも要領が悪いらしく、別名「手抜きのおっさん」と呼ばれている。
そりゃ、主婦にはかなわないさ。
家でかなうとしたら、電球交換と網戸の外し方、バスマジックリンでの高速スポンジ浴槽洗浄。
そこでまた濡れた足で出てくると、「あんたは河童か」と怒られる。

なので近くの喫茶店で時間を潰して、そろそろ終わりかなと思った頃に帰るんだ。
僕を見かけたら、「家から追い出されたんですか…」と慰めてほしい。

わが家の「ハウスクリーニング」である。
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2013年06月13日

胸騒ぎの夜

早く土曜日が来ないかな…
「えっ、何でか…」って?   天気予報に雨マークがついているから。

雨が恋しくなってきた。
昼はカンカン照りより、曇り空で雨がシトシト降っているほうが落ち着く。
それに小雨ぐらいなら、傘をささずとも平気で歩いちゃうしね。

女性は雨の日に心変わりしやすいというけど、アレって本当かな。
ひとり暮らしで雨音が聞こえてくると、どこか寂しい気持になるのかな。
意中の男に、電話をしたくなったりさ。
もしかして、他の女と一緒にいるんじゃないかと勘ぐったり。
いろんな妄想が次から次へ、とめどなく押し寄せてくるんだろうか。

電話をして出なかったことに、「するんじゃなかった…」と後悔したり。
次はコールバックがいつ来るか、もう夜通し気になってしまう。
「じゃあ、メールにしよう」と、火照った気分に後押しされて送信したものの、返事が来なかったときの  言い知れない敗北感は味わいたくないし…

こうして深夜まで悩んだ挙句、電話に出たのはいいけど、ぶっきらぼうに「何の用なの…」と言われたら、
今度はその焦りで眠れなくなったりしてさ…
男も女も勝手な妄想は、いくらでもわきでてくるから困る。
雨の日や台風の夜など、人が落ち着かなくなるとはよく言ったものだ。

そういう胸騒ぎのする夜にやることと言えばただひとつ。  自慰じゃ! (今日の俺、ひどいよね…)  
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2013年06月12日

うんこ座り

人からの手助けを期待しないのは、見て見ぬふりをされるのが、当たり前だと思っているから。

スーパーの駐輪場でハンドルを引っ掛けてしまい、3〜4台の自転車をドミノ倒しにしてしまった。
自転車のペタルやハンドルが複雑に車輪へ挟まり、ひとりで一台ずつ外して起すのに手間取っていたら脇を通りがかった高校生の男女三人連れが自ら手を貸してくれた。
その場で礼を言って離れたあと、とても清々しい気分になった。

僕ら世代、俗に 「ツッパリブーム」だった。 (まぁ、ほとんど身なりだけね…)
「うんこ座り」って、わかるかな?  (洋式じゃなくて、和式だよ… あっ、僕はしませんでしたよ)
体の休め方なんだけど、おしりを地べたにつけてはいけない。
それは何かあったとき、いつでも立ち上がれる待機姿勢であり、戦闘態勢でもあるんだ。
あれでおしりを地べたにつけていたのでは、これはヘタレでしかない。
行動様式たるもの、人にだらしなさを公言しているようなものである。

公共の階段に座っていたり、地べたに寝転がっている若者には瞬発力がない。
瞬発力がなければ、急にはじまるケンカに対応できるわけがない。
コンビニやファミレスの前で、寝転がっているような連中に何ができるのだ。
瞬発力は「やる気におけるルール」だったし、ニートを生み出した原因のひとつには、おしりを地べたに  つけだしたことにあると思う。

若者の特権は瞬発力だ。
野球の守備と同じで、球がバッターに投げられたら、野手は爪先立ちで捕球体勢に入るでしょ。
いつまでもグズグズしていたり、自分探しなんて言っている男は見込みない。
第一、自分探しなんて言っている男に限って、時間を浪費しているようなもんだ。
それに自分探しに出かけて、自分を見つけたなんていう話は聞いたこともない。

手を貸してくれた高校生3人のように、身近な出来事に反応できるかほうが、よっぽど重要でしょ。
これこそ瞬発力であり、これから先のやる気への前ぶれである。
目先の出来事に反応できる若者を見ると、「この子はきっとグレないだろうな…」と安心する。
瞬発力は気力の源でもあるので、それが萎えたら結局のところ、少しお手上げなんだよな。
「でも」 「だって」 「じゃあ」 なんて言っているようじゃ、いつまでも瞬発力は身につかない。

アホな青春時代だったけど、全ては身近で単純なことから、見方がはじまっていたような気もする。
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2013年06月10日

男性ほるもん

9日夕方、東京の友人にコールバックした。

何のことはない… 新しい彼女との交際が、順調に育まれていることを伝えたかっただけだ。
彼は同じ年齢の妻と離婚してから、もう何年経ったのかな…
3人の子を引き取り、手もかからなくなったから、今度は寂しさを埋めたくなったのだろう。

恋人の年齢は30代後半、どこか似たような境遇の下、出会いは職場の会合だったらしい。
話によれば、彼女の手を引いて会場から抜け出し、そのまま「イン」したという。
実はコレ、奴の得意技 (すぐに女性を連れ去る)なんだけどね。

彼女はタイプらしく、今は寝ても覚めても妙なことを考えているご様子。
素敵なことは、燃えるような恋愛をできることだ。
心も体も冷めた 「低温男」ではなく、だからと言って 「傘に隠れるような秘密の恋」ではない。
その喜びはストレートで、ブログで男女愛を広めてくれと公言するあたり。
余程、彼女を心待ちにしていたのであろう。
独身だからできる大技であり、既婚者からすれば 「どうぞご自由に」なんだけどね。

しかし、その恋愛には決定力が不足している。
彼女の手料理を食べれば、もう胃袋はつかまれたようなもの。
男はこうなると、生物学的にひれ伏すしかなくなってくるから、あとは時間の問題である。

今から3年ほど前、同窓会での帰り道… 
僕はいなかったのだが、彼は調子こいて人妻の手を引っ張り、宿泊先に連れ込もうとしたらしい。
だが、ベロベロの口説きと力技が通用する女性ではなく、奴の甘い夢は冬の闇夜に砕け散った。
それがついに、奴の得意技 (すぐに女性を連れ去る)が炸裂して、今こうして夢が叶ったんだからね。

やっぱり何度失敗しても態勢を整え直して、得意技一本で攻め続ける姿勢は柔道部冥利に尽きる。
畳の上では最弱だったけど、お布団の上では最強になるらしい…  あぁ、めでたし、めでたし。

更年期を前に、男性ほるもん万歳  \(^o^)/
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2013年06月09日

McCoy Tyner(P)

僕にとって 「マッコイ・タイナー」とは、こんな存在である。

行きつけの飲食店でメニューを広げて、前からあるのはわかっているが、なぜか食指が向かない。
嫌いじゃないし、関心がないわけでもない。
必ず目にはしているのだが、注文したことがない。
だけど、サイドメニューとしてはしっかりと食べている。
それこそ、縁と言うべきものであろうか。

5日、東京から単身赴任のEさんから、73年リーダーアルバム「エンライトメント」を聴かせて頂いた。
過去、コルトレーンという偉大なボスに尽くし、空間を埋め尽くす強い鍵盤の粒揃いが印象的だ。

人には、タイプがある。
リーダーアルバムで存在を示すタイプもいれば、主役を食わない端正なタイプもいる。
マッコイはどちらにも属さず、聴き手の感情にも捕われず、どこかボスの面影を追っているようだ。
アコースティックだけで、活躍の場を広げなかったことに、ある種の信念を感じてしまうんだ。

最初、取っつき難いピアノだろう。
タッチが強くて、甘みを排除したストイックさは、迎合を許さないジャズだ。
まあ、間違っても、気軽にバーのBGMで流せる部類でないことは確かである。

60〜70年代、学生運動の頃…
フーテンのような格好をして、ジャズ喫茶を拠点に過ごしていた若者が多かった時代だ。
大型のスピーカーから、大音量のジャズを聴きながら、退廃的なんだけど哲学的でもあったりしてさ…
目を閉じて聴いていると、そんなアングラな光景が浮かんでくるんだ。
しばらくは、コレばっかり聴いている。

7日、東京のNさんから、「マイケル・ブレッカー・クインテット」の映像を見せてもらった。
そのときのピアノが 「ジョーイ・カルデラッツオ」
タメを効かせてから、凄い勢いで飛び出してくると、超スピードでカリカリと高音に指が動き出すあたり。
僕の受け止め方が間違っていなければ、マッコイは後続たちにも影響を与えたのだと思えた。
ハードバップは熱心に聴いていなかったけど、どこか 「パド・パウエル」にルーツを感じる。
このあたりは十人十色だが、ジャズは個性を尊重できる音楽。
その個性にハマッたら、容易に抜け出せなくなるのが、ピアノの魅力であったりもするんだ。

このように、お客さんと互いにジャズを持ち寄った交流もあるけど、ビギナーには聴ききれないと思える、
結構「難しいアルバム」を平気で持参するんだよね…  (笑)
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2013年06月08日

Jazz Fusion

太陽の下 「フュージョン」 を聴きたくなることがある。

海外のグループなら 「シャカタク」 「シーウインド」 「フルーツケーキ」 
日本のグループなら 「カシオペア」 「ネイティブサン」 「松岡直也&ウィッシング」 
正式なグループ名はなかったが 「渡辺貞夫」 「日野皓正」 「益田幹夫」 も聴いていた。

日本人ギタリストに限定すれば、4人のリーダーアルバムは追いかけた。
「渡辺香津美」 清流のように透明だ。
「高中正義」  常夏といえばタカナカ。
「鳥山雄二」  スマートで都会的だ。
「増尾好秋」  粗さの中に繊細さが光る。
当時、僕が感じた 「サウンドタイプ」 (個性) であり、当然良し悪しではない。

中でも一番聴いていたのが 「増尾好秋」 だった。
それまで、日本のジャズギターは、主役の楽器としては、地味な位置にあったと思う。
海外の「ラリー・カールトン」 「リー・リトナー」 がギターブームのさきがけとなり、ジャズ以外の音楽と積極的に融合したことにおいて、ギターがスターダムに伸し上がった。
そんな、ステージ中央でピンスポを浴びながら、ギターを弾きまくる姿に若者達は魅了された。

僕が最初に聴いたジャズギターは 「ジョー・パス」 「ケニー・バレル」 あぁ、記憶は定かじゃない。
その時の印象は、シンプルでスマート、都会的な感覚に満ち溢れて、泥臭くなかった気がした。
そんな反動もあったので、弦を切るぐらいのダイナミックさに、惹かれていたんだと思う。

あの頃の 「ギター小僧」 と呼ばれた若者たちは、今は何を聴いているんだろうね。

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