2013年05月31日

2013 June

【6月定休日】    安心な低価格、お1人様こそ大歓迎です。   
     2日(日) 9日(日) 16日(日) 23日(日) 30日(日)
     
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日   日曜日 (連休の場合は営業致します) 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名) 

ここ最近、日常で感じたことをセンテンス短く書いてみる。

30日夕方、自転車で外出したら、雨上がりの澄んだ空気が気持ちよかった。
こんな涼しい日が続けば嬉しいな。
今日も過ごしやすい1日となりそうだ。

某病院に生涯の身を預けている、高校時代の友人がいる。
某日、彼へ会いに仲間ふたりでお見舞いへ出かけた。
彼と会ってから、日常の些細なことは気にならなくなったし、何よりも生きる意欲を与えてもらった。

元モー娘とイケメン俳優の離婚騒動って、妻の浮気が原因なのか… (笑)
「この子はしそうにない…」という勝手な思い込みほど、意外と人の目を曇らせてしまうからな。
あの国民アイドル「のりぴー」の可愛さが、最たる思い込みとなり衝撃的な結末に驚かされたよね。

書店でショーケンこと、「萩原健一」の自叙伝を購入した。
彼は感情の出方が激しいから、そのエピソードも赤裸々である。
青春を追い続けるあまり、人を傷つけて大きな代償を払ってきたことは、故人「松田優作」と似ている。

某所で、偶然にあの女性とすれ違った。
僕はひとり、彼女は夫と一緒に仲良くお買物。
すれ違いざま、沈黙の目で挨拶を交わしただけ。
神に誓って、男と女の関係はない。
男女とは、「サイレント・コミュニケーション」なのである。

この時季、夜明けが早い。
仕事の後片付けをしながら、空が白みはじめると少し気が滅入ってくる。
自宅に朝刊が届く前には、帰宅したいものだ。

思い浮かぶまま、気が向くまま、感じたままに…
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2013年05月30日

オートロック

夕方、自宅マンションのオートロックの下で、女児が泣きべそをかいていた。

「どうしたの?」と声をかけると、「ママがいないの…」とメソメソ泣き出した。
女児は合鍵を手にしてなかったので、母親は自宅にいると思うが、呼出音に気づかなかったのだろう。
夕方の主婦は晩御飯の支度などで、忙しい時間帯にあるからなおさらだ。

僕を見上げて泣く女児に、「もう一度、呼んでごらん」と言うと、素直に自宅の部屋番号を押す。
すぐにインターホンから、「ハーイ」と母親の明るい声がアプローチに響くとオートドアが開いた。
「よかったね」と声をかけると、「うん」と返事をしながら、涙を拭いて屈託のない笑顔が戻る。

料理を作って待ち焦がれる母親のもとへ、子どもは少しでも早くかけよりたがるものだ。
家へ帰ったら、「おかえり」と言ってくれる親がいないと、きっとものすごく不安になるんだと思う。
その子の存在を支えてくれるのは、いつもの日常だったりするんだろうね。

僕も「鍵っ子」の頃があったから、オートロックが開かない不安は何となくわかるんだ…
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2013年05月29日

新潟のモデル

夕方、仕事に出かける前に、妻が「この子たち、店に来たことあるよね…」とテレビニュースを指差した。

顔を覚えていなかったが、今が旬の新潟発「女性人気モデル」であるらしい。
「あー、あの日のあの子たちか…」と、僕の記憶が戻った。
小顔で長身のスレンダー、笑顔が魅力的で、妻が見上げるように会話をしていたのが印象的だった。

モデルという人気商売である以上、若者で賑わう流行店で存在を売ると思う。
誰かに連れてこられたとしても、ジャズをコンセプトにした「おやじ店」にいることが不思議である。
しかも、初老夫婦(?)が営んでいる、奇特なジャズバーである。
見方によっては、女性が大人びてきたことであろうか。

妻から、「女の子の顔を覚えないよね」と言われる。
女性の顔をジロジロ眺めるわけにはいかないし、メイクで変身もしているだろう。
それに、若い女性に自意識がメラメラ高ぶる年齢でもないし、一応のマナーはあるつもりだ。
だから、女性の顔を意図して積極的に覚えようとしないのは、接客経験の乏しさからではない。

東京時代、前職でいろんな芸能人を見た。
全国区の人気者にもなるとテレビとは違い、木で鼻を括った態度をとる芸能人もいた。
その点、ご当地である新潟のモデルやアイドルは、素直でとても気さくな子が多いと思う。
まずは、地元に愛され可愛がられてナンボの世界だから、口コミは好印象に広がるであろう。

妻は女性客と気さくにしゃべるが、僕は女性客とはあまりしゃべらない。
女性客やカップルの会話に、男が割り込むのは好きじゃないので、話しかけられたら応じるぐらい。
黙って知らん顔しているけど、これでも女性客には気を遣っているつもりなんだ。
それにカップルは、記憶に残さないようにしておくのが、おたがいの礼儀だったりするからね。

あっ、断っておくけど、僕はゲイじゃないのでご安心を…  (=^_^=)
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2013年05月28日

不真面目

5月の快晴とは異なり、この時期は軽度の「うつ病」になりやすいという。

職場環境の変化や人間関係に原因があるらしい。
僕は「勝手になりゃいいさ」と思っているが、突き放しているんじゃない。
相手に合わせ過ぎていると、「壊れるぞ」ってこと。
相手は本人がどうなろうと、なんとも思ってないもの。
早くそのことに気づくべきだ。

うつ病は真面目で対人配慮できる能力が高い人だから、逆に身につまされるんだと思う。
ハッキリ言えば、頭がいいからうつ病になるんであって、バカはうつ病にはならないよ。
相手は人に関心が向かないんだから、切実な思いをしている人に寄り添うはずもない。
人間関係に真面目な人ほど追い込まれるわけだ。
多くは職場のストレスだという。

職場は自分の時間でもあり、相手の時間でもある。
日々共有し合う時間なだけ、今さら焦ったり、落ち込んだりしても仕方がない場合もある。
どうあがいても、そうそう逃げられないんだからね。
うまく行く見込がないのなら、ジタバタせずに距離感を調整していたほうがいい。
そのほうが、人を見る目が養われるはずだ。

私生活にまで及んで、そんなことばっかり考えていたら、そりゃもう大変だろう。
真面目な人ほどストレスを感じやすく、強いストレスの下では精神が病んでもくる。
だから、不真面目さもあったほうがいいんだし、いい加減さが必要なときもあるんだ。
真面目な態度は基本だけど、自分を追い込む相手には、別角度からの不真面目さも大切だと思う。

自分は自分で守るべきだと思うし、一緒にいていい気分に浸れる大切な存在があるかどうか。
人を「鬱」に追い込むのを趣味とする人もいれば、自分を「躁」に導いてくれる友人や場所もあるはず。
うつ病の処方せんを示せたわけでないが、ひとりで思い悩まず、後者に重きを置けばきっと大丈夫。
ストレスが原因で弱気になるようであれば、いっそのこと開き直ってみるのもいいだろう。

僕は会社勤めをしているときは、少なくともこう考えていた。
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2013年05月27日

Jazz Talk Vol.23

今月初め、東京滞在時の合間を見て、新宿のジャズ専門店で楽曲を買い求めた。

あれこれ買い漁らず、せいぜい中古盤や輸入盤を5〜6枚程度で止めて置く。
目的は「聴く」ことなので、今さら「集める」ことに興味はない。
CDは月2〜3枚ほどしか買わないのは、大量には聴きこめないからだ。
ジャズをコンセプトにした、バーの店主でありながら、実際はそんなもんなんだよ。

最近ドラマの影響なのか、若いお客さんから「テイク・ファイブ」をリクエストされる。
テレビで使われているのは、リズミックなロックやファンクビートをベースにアレンジされたポップチェーンなので、テイク・ファイブの原曲では、耳ウケしないんじゃないかな。
一般的な感覚なら、テーマを聴いて終わりで、アドリブやソロになるともう耳が離れている。
テーマは素材としてはつかみどころだけど、本当の魅力は演奏そのものにあるわけだしね。
テーマのためだけに、楽曲を店に用意しておくことはない。

一部のマニアは別にして、大量のアルバムを所有している人の中でも、イントロ〜テーマぐらいで、    演奏の中身をそれほど聴いている人は少ないんじゃないかな。
それに大量に聴ける時間も、そうそうは持てないだろうし。
僕自身、お店でひとりでいる時にしか、集中して聴いてられないしね。
だから、何日もプレーヤーに同じCDが乗っていることなんてザラなんだ。

先月の一枚なら、東京のNさんから推薦の「エンリコ・ピエラヌンツィ」の(ライブ・イン・パリス)ばっかり 聴いていたし、今月なら「キース・ジャレット」の(サムホエア)だし。
たまに「ブラッド・メルドー」だったり、最近なら「イヴァン・パドゥア」が何日もセットされたまま。
本当にそんな程度なんだよね。

洋服に例えるならユニクロを大量に買い漁るか、ワンランク上の数着を探すほどの違いかも知れない。
僕の洋服は少ない点数の安物買いだけど、音楽は本当に聴くアルバムが限られてくる。
そりゃ、「柿の種」の数ほどあるジャズの中で、自分に合うCDを探し当てるなんて大変だ。
まめに雑誌などもチェックしてないので、聴き逃しているモノもあるだろうし、心を揺さぶられる一枚に  巡り合う機会も少ないかも知れない。
それでも、周辺環境から「名盤」や「コレ凄いよ…」って、自然と噂で耳に入ってくるから不思議だ。

もう少し書こうかな…
僕と出会えば、「キース・ジャレット」になるかも知れない。 (初めての人には薦めないけど)
誰かと出会えば、「チック・コリア」だったり、「カレル・ボエリー」が基準になるかも知れない。
日常的にジャズをそんなに聴く時間はないんだから、出会ったモノをまずは徹底的に聴いてみるのが、多くを知る近道かもね。
若い世代感覚でジャズを聴きたいのであれば、「上原ひろみ」の(ビヨンド・スタンダード)は未来志向の 強い一枚だと思う。
ロック好きなら、日本のバンド「ディメンション」や「フォー・オブ・ア・カインド」はイカしている。

ジャズは自己満足の世界でもあるから、自分が聴いている一枚が最高だと思っていればいいんだ。
そのぐらいの線引きをしておかないと、底なしの穴に引き込まれていく錯覚に陥っちゃうよ。

あれもこれもじゃなくて、まずは「とっかかり」の一枚を落ち着いて聴くべし!
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2013年05月25日

存在感を消す

自己宣伝は時として、自由を束縛してしまう。

地元のテレビ番組、地域のミニコミ雑誌などに目を通していると、やたらと顔を露出する人がいる。
ビジネスの販路にしたいのか、有名になりたいのかわからないが、本当に顔が広い人はいるからね。

僕はいやだな…
存在感を小道具にしていると、自由な行動が取り難くなるでしょ。
まあ、出たがる年齢でもないのが本当の理由だけどね。
基本的に「シャイ」だから、記念撮影でも前列や真ん中で写真に納まることは少ない。
真ん中で写真に納まったのは、卒業アルバムの部活の写真、結婚披露宴の写真しかなかったと思う。
自然と相手を押しやり、脇を固めるタイプなんだろう。

僕は真ん中で構える親分肌ではなく、信頼した親分を守りたくなる護衛肌なんだと思える。
今は家族以外、そういう存在がいないだけであってさ…

その昔、会社を変わった時、担当する部署の集合写真があれば見せてもらっていた。
履歴書を眺めるよりも、一枚の集合写真のほうが、大まかな相関図がわかるからだ。
真ん中の主役は誰で、両サイドを固めている人物は誰か。
中心人物の近くに割り込み、存在を強調したがる人物は誰か。
隅で微笑んでいる人物もいれば、睨んだ顔をした人物もいる。
誰と誰の仲が近いのか、繊細な人間関係に気づくときがある。
目立ちたがりなのか、控え目なのか、表情に加えて、写真の場所取りはその人の性格が表れるものだ。
写る場所や順番をめぐって、存在感という嫉妬心が生じるらしい。
内面を紐解く鍵とはなるが、その人の能力とは無関係であることは実に興味深い。

存在感は大きくなるほど、逆に自由は利かなくなるので、これからは存在感を消す人も多くなるだろう。
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2013年05月24日

つるまない

イイ女はつるまない。

アイドルのコンサート会場へ詰めかけて、大騒ぎする女はいつまでも女の子の枠から脱皮できない。
普通の男なら、女性として意識をすることはないだろう。

クラブの旧名 「ディスコ」でのこと…
俗に、「ワンレン・ボディコン・爪長・ハイヒール」、もうひとつおまけに、「まゆ毛太い」時代。
そんなメイクとルックスで、数人してディスコに現れる女の子たち。

衣装は豪華絢爛でも、内面のミステリアスさがない。
だから、つるんでしか遊べない男の子からしか声がかからない。
モテるというより、イヤらしい目線で遊び相手を物色されてるだけで、そのやりとりはコントである。

週末になると見た目は広末涼子風、色白でショートカットの女性がひとりで現れていた。
颯爽とした行動は、映画「フラッシュダンス」の主演「ジェニファー・ビールス」を思わせる。
いろんな小グループがフロアーで所狭し踊る中、彼女だけはいつもひとりで隅のほうで踊っていた。

男に声をかけてもらうのを、待っている素振りはない。
それに「どこかに、いい男がいないかな…」なんて、髪を指で触りながらボヤくような女でもない。
セックスを前提にした女なら別だが、そうじゃない限り、男は一緒にいたいとは思わないだろう。

その女性はひとりで楽しそうに踊って、シンデレラのようにサッと帰って行く。
流行に無理矢理、身の丈を合わせようとせずに、あくまでも行動が自然で染まっていない。
男はひとりでいる女性のことは、どこか遠目で気にしているもの。
つまり、自分だけのひとり時間を過ごせる子は、もう女の子ではなくて大人の女性なんだ。
女の子はつるむけど、女性になるとつるまない…  男の世界も同じだと思える。

後でわかったことだが、東京の某体育大学の女子大生だったらしい…   1988
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2013年05月23日

言語スキル

「そうですね」

質問されたときの前置き言葉として、今ではすっかり定着してしまった様子だが違和感もある。
大相撲のゲスト解説者、地元テレビ番組のリポーターでも、つい言葉となって出ている。
「そうですね」 効果的な相槌のようだが、質問の度に前置きされるとうるさく聞こえなくもない。

少し前に会話の接続語のように、「逆に」 を連発する人が多かった。
本当に「逆」ならまだしも、本人の口癖でしかないと、会話が妙な方向に反れそうで気が気でない。
それに日常でストレスを感じている人ほど、「逆に」「逆に」とうるさいぐらい多用していたよね。

最近なら、流行語で蔓延している 「今でしょ」
本来は効果的な言葉だけど、その軽さに群がられてしまい、本当の意味がなされていないようで      僕はあんまり好きになれない。
一連の流行語や接続語が安易に交わされ、自分の考えが相手に正しく伝わるか不安にならないかな。

言語のスキルって、本当に難しいよね。
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2013年05月22日

空が青い

寝汗で目覚めた昼下り。

レースのカーテンを引いたまま窓を全開にしたら、そよ風が顔に触れる感覚がとても気持ちよかった。
着替えるほどの汗ではないので、タオルケットをかけなおして、もうしばらくベッドに横たわっていた。

そよ風に雑じって、いろんな音が窓から飛び込んでくる。
学校のチャイムの音、体育館から響く球技の音、ホイッスルのあとに続く大きな歓声…
目を閉じているときの音は、目を開けているときより敏感だったりもする。

これ以上の睡眠は必要ないので、うとうとを繰り返しながら、時計を横目に寝覚めのタイミングを計る。
こうして、30分は経っただろうか…
寝汗が乾いた身体に熱いシャワーを浴びせて、仕上げに適温の水をかぶって熱を冷ました。
これからの時季、こんな寝覚めの日も多くなるであろう。

シャワーを浴びた後のアイスコーヒーが格別に美味しくなってきた…  空が青い、さあ出かけよう!
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2013年05月21日

理想のおじさん

僕と同世代を見渡すと、見た目の年齢にばらつきが出てきているようだ。

急激に劣化がはじまる男もいるし、なだらかな曲線を描いていい具合に色気が増す男もいる。
この差は一体なんだろうと考えると、精神的な部分のほうが大きいと思える。

この際、ハッキリしておくが、おじさん現象を笑いのネタに若い女性とコミュニケーションを図ろうとする「迎合おじさん」はダメである。
若い女性はおとうさんの存在で、おじさんの生態に慣れているから、職場でされたらくどいんだと思う。
おじさん現象は、同じ世代と秘密結社の如く、囁きあうものである。

若い格好をすることが若さではない。
誰とでも交じり合えるのが若さでありながら、無闇にその中にまで身を置いたりしないことが粋だ。
若く見られるのは歓迎だが、逆に低レベルな解釈で見られている場合もあるから、受け止め方次第だ。

若者と同じ行動をとることが若さではない。
おじさんはおじさんなりの役割があり、それを忘れて若い世代とセンチメンタルになり過ぎると困る。
年齢相応な場所と時間、その前に同世代とキチンとつき合えることこそ、永遠の青春なんだと思える。

理想のおじさんになりたいと願いつつ、なれない現実とのギャップに悩むのが、おじさんの世界である。
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2013年05月20日

あきらめの夏

19日夜、30年前に短期アルバイトで一緒に働いていた、同い年の女性と万代で偶然に出会った。

僕が最初に気がついて、彼女の旧姓で声をかけた。
「もしかして、あのEくん…」で会話がはじまった。
女子大のアイドル的な存在だったので、周囲の男からはモテていた子だ。

面影でわかったことを伝えたが、彼女は僕を思い出すまで時間がかかった。
劣化した自分の容姿を詫びると、当時のチャーミングな笑顔を見せてくれた。

1983年 夏 18歳…
グループで海岸線へドライブに出かけたり、楽しい思い出しか残っていない。
色恋に発展した仲であれば、こうはすぐに打ち解けられないだろう。
今思えば、「何もなかったヘタレのEくん」で、よかったと胸を撫で下ろせる。

彼女は一緒にドライブへ出かけた、バイト仲間のひとりと結婚して、今ではもう孫がいるという。
このところ、友人と近況を交わすと、孫の出現を聞かされることも多くなった。
僕の周りには、若くして早く結婚した男女が多かったからね。

偶然に出会ったからとはいえ、ほとんど連絡先を交わすことはない。
その場は大切にするけど、次の約束をすることもない。
年齢が高くなればなるほど、昔の自分たちを見ているようで、少し恥かしいとでも言うのかな…

ひと夏だけでも、車の中でサザンを流しながら、ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の真似事はしていたけど、あんまり思い入れはないんだ。
でも、あの頃が一番の青春ごっこだったことは覚えている。

それこそ、「逢いたさ 見たさ 病める My Mind」である。
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2013年05月19日

Jack DeJohnette (Dr)

キース・ジャレットの盟友である、「ジャック・ディジョネット」は避けては通れまい。

ジャックを本格的に聴きだしたのは、スタンダード・トリオからである。
神経が行き届いた繊細さと、テンションが高いダイナミックさを、併せもつことは説明するまでもない。
それにピアニストとしての素質も兼ね備えているので、個性豊かなトータルサウンドを併せもつ。
1942年生まれのジャックも今や70歳となり、ドラマーとしての勇姿を留める年代に入ってきた。
名実ともに、ベテランのトップドラマーだ。

6日のラスト公演で、素晴らしい4ビートを聴かせてくれたことは記憶に新しい。
席もドラミングが見渡せる、ベストポジションを確保できただけになおさらである。
魅力はスティックだけではなく、マレットが奥行きを生み出しブラシが躍動感を与える。
ドラムのうまさだけではなく、音楽性の豊かさは一口では括れないと思える。

ピアニストでもあるので、主役を食わない繊細な美学を感じるんだ。
しかし、それでは模範でしかないので、スポットを浴びたときのアグレッシブなソロはスカッとする。
79年結成「スペシャル・エディション」のような、リーダーグループもあるにはあるのだが、個人的には 「サイドメン」での好演が光るような気がする。

そんな変幻自在な器用さは、正真正銘のトータルドラマーでもある。
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2013年05月18日

すれ違う性

若い男女の恋愛には、理屈がいらないからいい。

40歳も越えると生活に基盤ができるので、自由恋愛は自制的になるもの。
既婚者が誰かに恋心を抱いても、何事もない表情で過ごすのも礼儀だ。
だが、何かの拍子で肌を合わせたくなるのは性だろう。

今さら、セックスが怖い中高年はいないと思う。
だが、働き盛りの男たちは誰にも明かせないまま、性機能の衰えに悩んでいたりする。
男を取り戻しに風俗通いすれば、周りから「好色スケベおやじ」の称号をつけられる。
本当はスケベになることで解放したいのだろうが、それができないのが純粋な男である。

客観的に自分を見る人はそれができない。
身持ちの硬い男が好色に目覚めてしまうと、ヒューマン・クライシスする場合もあるからね。
人生80年時代の折り返しで、完全復活は望まないまでも、真面目に性と向き合う中高年は多い。
若さを羨ましいと感じてしまうのは、性機能症状からであろうか。

あー、こんなことを恥ずかしげもなく書ける年齢になってしまった…  w( ̄o ̄)w 
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2013年05月17日

稀勢の里 喝!

大関 稀勢の里に最後通告ダー!
今場所、幕内優勝できなかったら、稀勢の里を応援することはやめる。

物事には見切りも必要である。
小さな期待の積み重ねである集大成は今だ!
今場所、5日間の相撲内容を見る限り、調子は悪くない。
大関でいつまでも優勝できないのなら、僕は次なる世代を応援することに決めた。

横綱昇進を期待したことはないが、せめて一度は優勝してほしいことは切に書いてきた。
だけど、人の気持はいつまでも、同じところには留まっていない。
毎場所、あの力と経験がありながら、下位の力士相手にあっけなく星を取りこぼし、上位陣に対しては   強いのか弱いのか、さっぱりわからない相撲である。
こんな得体が知れず、安定感に欠ける大関をいつまでも応援はできない。

過去、「若の里(兄弟子)のようにはなりたくない」との発言をマスコミに取られた。
真相はどうあれ、誤解をされるような発言はあったのだろう。
幕内で現役「若の里」が36歳で頑張っているのに、26歳の「稀勢の里」は優勝戦線にも名を列ねない。
では聞くが、兄弟子のようにはなりたくないと言いながら、どうなりたいのだ?
言っていることに、軸足がないではないか。
優勝しないことには、その言葉にも説得力はない。
僕のタイムリミットは、今場所優勝であるからに、「愛のある勝手な最後通告」とさせてもらう。

本場所中、買出し時間を早めに切り上げ、自宅で稀勢の里を応援してるのだ…  情が深いだろ(笑)
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2013年05月16日

When I Fall In Love

15日 17:45  携帯電話の振動はOくんからだった。

19時の開演に合わせて今、東京渋谷のオーチャードホールにいるという。
今日は「キース・ジャレット・トリオ 結成30周年記念公演」の日本最終日となる。

Oくんは東京出身の新潟在住、年齢は20代前半でチャーミングな顔立ちをしている。
店でチャンネルが合い、年齢を超えて、もう2年ほどのつきあいが続いている。
それにしても、キースを基準に音楽を聴いているんだから、耳は早熟である。

この際、彼らがジャズの最高峰かどうかは別にしても、好きな基準を持つことは極めて重要なことだ。
全てはそこからはじまり、経験していくことなんだからね。
影響力と言い換えてもいいだろう。
その意味では、ジャズは追いかけ甲斐のあるジャンルだと思うし、何といっても音楽的な目覚めが早い。
後日の感想を楽しみにしながら、一足早く公演後のメールが届いたのは 22:40 だった。

今晩、最後の演奏がはじまる、19時の開演と同じ時刻が当店の開店となる。
開店と同時に引っ張り出したアルバムは、00年の「インサイド・アウト」
87年「チェンジレス」を彷彿させるような、「フリー・インプロビィゼーション」の難しい世界。
ゴスペル調の「祈り」にも似た、キースならではの展開がとても魅力的である。
このアルバム、唯一のスタンダードナンバーは最終曲 「 When I Fall In Love 」
僕がいた6日、公演初日のアンコール曲だった。

彼らは本当に、この曲をこよなく愛していたんだね…   I Love It.
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2013年05月15日

カラスの知恵

カラスの学習能力には驚かされる。

徒歩で買物へ出かけた道すがら、目の前2m先に石のようなものが頭上から落下してきた。
その乾いた音は石ではなく、茶色のくるみだった。
誰かが悪戯に通行人へ放った落下物かと思い、あたりを見渡すが人の気配がない。
気にもせず歩を進めた瞬間、後方に気配を感じて振り向くとカラスが急降下してきて、路上のくるみを  くちばしでくわえながら、急上昇して建物の影に消えた。

以前、テレビで見た光景だった。
カラスは硬い殻を噛み砕けないので、上空から殻を落下させて、砕いた状態で餌にありつくという。
賢いのになると道路に餌だけ置いて、車に砕かれるのを待つとも聞く。
昔のカラスは群れで行動するだけで、単独になるとカアカアと虚勢を上げるだけだったはず。
それが今では単独でも行動するし、場合によっては単独で敵に襲いかかるという。
そのうち、特性を保ちながら組織的に餌を獲ることを覚えたら、人間にとって頭上の脅威ともなるよね。

進化しているのは、人間界だけではない。
犬や猫は人間との共存で種を保全してきたから、カラスも本能的な自衛力を編み出してもおかしくない。
数年前、猛禽類の特性を本で読んだことがある。
野生の猛禽類は、空中から死に絶えた獲物などを見つけると、直ちに地上の肉食動物を呼び寄せる。
その獲物を牙で噛みちぎってくれるお陰で、何日間も餌となる残骸にありつけるからだ。

カラスを猛禽類と呼ぶには大げさだが、こうして知らないところで着々と進化している場面を見ると、   いずれ街中の脅威となって、新しい攻撃性で人に危害を加えることもあるんじゃないかな。
物事には、一方的な進化はないんだからね。

夕方、万代の路上でカラスの生態行動を見た。
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2013年05月14日

振り込め詐欺

今朝の新聞、振り込め詐欺の新名称が「母さん助けて詐欺」と発表されていた。

ここまで旧名称「オレオレ詐欺」が多発しているのに、依然として被害が増え続けているらしい。
騙す方も騙す方なら、騙される方も騙される方だとは、最早感心している場合ではない。

親の過保護も原因だ。
成人したら放っておけである。
老後の面倒を見てもらうため、子どもの理不尽な要求に毅然とした態度を取れないんだと思う。
経済的に自立もできない子どもに、期待できることは何なのだろう。

僕も東京でひとり暮らしが長かったので、お金のやりくりに貧乏していた時期はあった。
当時の友人はお金が底を着きそうになると、すぐに実家に電話をして送金してもらったりしていた。
工面できる姿を見て正直、「いいなぁ…」とうらやましく思った。
だけどお金のことで、親には迷惑や心配をかけられない。

ひとり暮らしをすることは、武士は食わねど高楊枝でもある。
数日間は水を飲めば生きて行けるし、貧困生活に戻りたくないから、一生懸命に仕事をするわけ。
親に「金を振り込んでくれ」と電話するのなら、ひとり暮らしをする資格はないと思う。
その瞬間、さっさと荷物をまとめて田舎に帰るべきだ。
一度、退路を断って生活したのに、親に泣きを入れるようじゃダメなんだよ。
本当に泣きを入れるときは、土壇場に立たされたとき以外はあり得ない。

子どもが姿を現していないのに、なぜそんな大金を親が動かすのか理解に苦しむ。
被害に遭われた人には酷だが、過保護ぶりを公開したようなものだ。
老後の寂しさに不安を感じて、普段と違う親心が出たと思うが、親なら最後まで凛としてほしい。

僕に成人した息子がいて、「オレオレ…」なんて電話をかけてきたら、「自分の不始末は自分で始末しろ」と怒るであろう。
それが原因で親子の縁が切れたとしても上等だし、老後の面倒なんて見てもらわなくても結構。
その代わり、妻に息子の状態を確認しに行ってもらうのが、家族関係なんじゃないのかな。
「振り込め詐欺」の息子になりすました加害者は男が演じて、被害者は母親である女が多いこと。

母親と息子の相関図に、警笛を鳴らすべきではないだろうか…
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2013年05月13日

過去は語らず

古町で買物をしていたら、「あれ、Eちゃんでしょ…」と声をかけられた。
(Eは僕の頭文字で、ちゃんずけは昔の夜の業界用語みたいなもの)

最初に気づかなかったことを詫びてから、どちらからともなく自然に笑顔で握手をした。
その人、昔は古町界隈で飲食店を営んでおり、今はもう還暦を越えて夜の世界からは引退されている。
仰々しい挨拶もなく「調子はどう」「元気なの」で、会話に入れる気軽さが対人慣れしているところだ。

今夜は夜の世界を(80年代)を語ってみたい。
水商売をさげすむ人がいるけど、自分とは直接関係ないからさげすさむんだ。
昼の仕事は標準的な見方をされてた反面、夜の仕事に対しては屈折的な見方をされていた。
咲かせたい花は同じなのに、まだまだ世間の偏見があった頃だ。

今では考えにくいけど、夜の世界ではスパルタ式が全盛だった。
黒服は店の「軍隊長」みたいなもので、バブル全盛での「学生アルバイトの黒服」なんて誰もいない。
そりゃ、店を一軒、力量では複数の店も任されるんだから、それなりの器量がなくては務まらない。
だから、お客さんも安心して寛げたし、トラブルひとつも解決できない男に店は任せられなかった。
世間的に黒服というだけで、女ズレした軟派なイメージをもたれてしまうが、それはメディアに顔を出したがる自意識過剰な黒服のこと。
本当の黒服は地味で孤独、自分の職務を遂行することに極めて忠実で生き方もストイックだった。

80年代、学校にも行かず、礼儀や言葉遣いも知らないような、不良が飛び込んでくる世界だった。
暴走族上がりも多かったから、必然的に腕っ節の強い男が現場を統制することになる。
一度は力でねじ伏せられて、まずはビシッと挨拶から教育されるわけで、柔道や空手の有段者が   多かったのはそのような意味もあったんだと思う。
今のように「体系化されたペーパーシステム」があったわけでもなく、もっと泥臭くて根源的なところを  徹底的に鍛えられた修業時代だったような気もする。
技術的なところより、人格的なところを指導していきたいという、昭和のお節介になるのかも知れない。
だけど何よりも重要だったことは、純粋に家族のような結びつきを作りたいと願っていたことなんだ。

だから「Eちゃん…」なんて、少し砕けて声をかけられると嬉しくなっちゃう。
夜の街にも歴史があり、時代に変化を遂げながら、やがては文化になって行く。

90年代、「店長産業」と呼ばれた礎作りに参加できた自負はありながらも、過去は語らずである。
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2013年05月11日

おじさん(12)

おじさんは見かけによらない…

5日、12時11分 新潟発東京行き上越新幹線 通路側席での光景。
車両の空席が埋まったのは、越後湯沢から乗車してきた複数の年輩客。
連休中なので、よそゆきの服装に身を包んでいるものの、どこかチグハグな着こなしである。

チェックのジャケットに、野球帽のおじさん。
ズボンのウエスト位置が高すぎて、ヨレヨレの靴下が丸見えのおじさん。
全体の姿が茶色か灰色系の洋服に包まれているので、押入れの臭気が漂ってきそうな出で立ちだ。
昔ながらのおじさんらが、前方左斜め前の席に座っていた。

すると奥さまの手作り弁当らしき箱をリックから取り出し、座席のテーブルでタッパを広げる。
白飯には海苔が敷かれてあり、おかずは煮物を中心に茶色系がぎゅうぎゅうに詰められている。
原色は厚焼き玉子の黄色、おかずの仕切りに使っているギザギザバランの緑色だけ。
いや、まだあった、金魚の姿をした醤油注しのキャップの赤色。

白飯とおかずを交互に食べ、時々ペットのお茶をグビッと喉に流し込む。
その姿、畑仕事の途中にござを敷いて食べる、農家の昼飯のような雰囲気だ。
食べ終わるとタッパを風呂敷に包み、またリックにしまいこんだ後、満腹気味に爪楊枝をくわえながら、車窓から遠くの山あいを見てたそがれている。
外見からして田舎の風貌を漂わせている、昔かたぎのおじさんの姿がそこにある。
昔の特急電車「とき」から、新幹線にハードは変わっても、人のソフトはあまり変わらないもの。
しかし、そんな牧歌的な光景もつかのまで、次の瞬間に吹き飛んでしまった。

腰を浮かせて、ズボンのポケットからスマホを取り出すと、人差指で画面タッチをはじめた。
その指の動きがとても速くて、手慣れた様子でサクサクと使いこなす。
続いてイヤホンを耳に装着すると、ダウンロードしたと思われる音楽を気持ち良さそうに聴いている。
さっきまでの光景を見ているので、そのギャップが余計に大きく感じてしまう。
絶対に使っていなさそうな人が、実は器用にこなせたりしたときの驚きは大きい。

僕は携帯電話しか持参していないので、おじさんが何を操作して何を愉しんでいるのかは知らない。
おじさんと言っても、どちらかと言えば初老の部類に近いおじさんで、人は見かけじゃないと思った。
そんなことを思いながら車窓に目を向けると、さきほどまでの山あいの景色は流れており、次第に何の変哲もない住宅マンションが目立ってきた。

店で「そろばん」を使ってお会計したら、きっとお客さん驚くだろうな   そんな感じだよ (笑)
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2013年05月10日

昔の相棒

GW連休の5〜7日、妻と2泊3日で東京池袋のホテルで宿泊していた。

目的は3つほどあり、1つ目は先日まで書いていた6日の音楽公演。
2つ目に、東京でひとり暮らしの伯母を訪ねに行くことと、竹馬の友に会いに行くこと。
3つ目が、東京在住時の相棒に会うため。
今晩は3つ目「昔の相棒」と約10年ぶりに、5日夕方の新宿で会ったことを取り上げたい。

相棒と称するぐらいだから、同じ会社で机を並べていた関係だった。
おたがい中途入社の同期で同い年、仕事内容も同じで共通の目的意識で切磋琢磨していた。
今思えば「若さ」に尽きるが、それだけではかたずけられない濃密な出来事も多かった。
真剣だったから仕事のやり方で口論にもなったし、それでも一緒に遊んだりしてたので、周りからはあの二人は仲が良いのか悪いのかわからない関係に映っていたようだ。
ここはハッキリさせておくべきことで、そのとき本気で仕事をしたから、わだかまりなく会えるんだ。

彼は当時、唯一無二の心の拠り所であると同時に、目的を遂行するための相棒でもあった。
彼以外に仕事の相談はしなかったし、トラブルが起きれば二人で解決に出向いたことも少なくなかった。
こうしていつの間にか、信頼関係がガッシリと積み上がってきた感じなんだ。
そう確信したのは、会議で意見が対立した理由を説明した際、彼のこんな一言だった。
「おまえらしいな…」  僕の個性は彼に伝わっていたんだと思ったら安心した。

会社で風当たりが強くなった時期、彼が理解してくれたから救われたことも一度や二度ではなかった。
そんな本音でつきあえた、相棒の前職は銀行員で性格は一途で真面目な硬派。
僕は感情に対して正直だったので、上司からは頑固で扱いにくいと苦々しく思われていただろう。
最初の頃、彼は沈着冷静だったが、入社5年目ぐらいから気性的に激しい部分が見え隠れしてきた。
僕は元来、その強い気性が持ち味だったのに、逆に冷静沈着な一面を持つようになってきた。
仕事で交じり合った変化だとしても、自分にないところを吸収しあった不思議な心境であった。

また共通していたことは、人にあれこれ指図をしたりするタイプじゃなかったこと。
仕事はヒートアップしていたが、次第に独身生活が身に詰まされるようになってきた。
そろそろ、やすらぎを求める時期にさしかかってきたんだと思える。

2年後の春、渋谷区役所に婚姻届を提出する際、彼に立会人の署名をお願いした。
妻も仕事を通じて親しくなった、長年の友人を立会人にした。
その後、お礼も兼ねて渋谷で食事の席を設け、そのとき初対面の二人は立会人の署名がきっかけで  翌年東京で結婚に至った経緯がある。
現在も家族ぐるみで対面できることは、離れても人の財産は生きていることだと思う。

今もつながり感は続いてるが、おたがいシャイだから、照れ臭さの方が先立っちゃうんだよね…(笑)
でもさ、当時は思い切り仕事して、思い切り遊んだから、数年後もこうして気持ちよく会えるんだよ。
これだけは経験上、絶対に断言できることだ。

東京時代の思い出深き 「昔の相棒」 (SUZUKI)である。
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