2013年04月22日

1033

08年6月からはじめた、ブログが「1000」本を越えていた。
正確には、今日で「1033」本目となる。

過去の記事タイトル「現代日記」と称して、4本ほどブログの経緯を綴った。
腰が重いわりには、やると決めたらやるタイプかもしれない。
ここまで書くとタイトルもかぶりそうだし、内容が重複していたり、考えも変化していることもある。
だが、年齢や経験でモノの見方や考え方は変わるので、過去はそれほど意識しなくてもいいと思える。

最初の2年ぐらいの文章は、消去してしまいたいほどだ。
それでも続けられたのは、思い切って「です・ます調」から、「だ・である調」に変更したのが大きい。
独自の視点となるが、過去の記事を読み返しては、あれこれ考えないこと。
それに読まれるのを過剰意識してしまうと、当たり前のことしか書けなくなる。
余計な繊細さが足かせとなってしまい、前に進む推進力を失ってしまうからなんだ。

長く書いていれば、所々の文章に矛盾点も生じてくる。
経験で見方が変わったところも大きいが、それらは足跡として残しておけばいいだろう。
一貫した見方はあれ、日々再発見の連続だから、いつまでも意見が変わらないことも考えものだ。
それに一方的な発信でしかないので、たとえ異議を唱えられても、回答の義務を負うものではない。
これこそ、たかがブログ、されどブログである。

そのブログであるが、5年も書いていれば、さぞかしアクセス数が多いと思われがちだろう。
いや、冗談抜きに呆れるほど閲覧者は少なく、逆に定期的に読んでいる人の個性の方を知りたくなる。
だってね、一日の来訪者は80人、偶然ヒットした数を差引いても、50人いるのかな… (笑)
普通は来訪者を増やそうと、タグをつけたり、画像を貼ったり、リンクさせたりする方法もある。
それにスポンサー広告をつけて、ちょっとしたお小遣い稼ぎも可能らしいんだ。
実名(店名)でありながら、商業的には生産性のない「全く稼げないブログ」なのである。

じゃあ何で書き続けられるのかと言えば、文章を書くことは「モノ作り」に似た魅力があるからだ。
今までの記憶や経験を描写して、頭のリハビリに活用できるし、自由意志こそ続けられる利点がある。
読み手からすれば、文章だけで構成されているブログは絶対に飽きるはず。
それでもつたない雑文につきあえるのは、きっと柔軟な感性と大らかな読解力に長けている人に限定 されているであろうと、僕なりの勝手な推測もある。
何よりの証拠は、この段落まで読みついていることだ。

ブログを車にたとえれば、トップギアに入れば加速で書けるので、日常が燃料となる。
書くための運転はしないが、車窓から見たことを思いつくまま書く感覚だったりする。
コツは人それぞれだと思うが、ドライブ感覚で日常をこうして雑文にしている。
それで記憶を整理できて、リフレッシュ図れるんだから、御安いものである。

最後にブログを綴ることを薦めてくれた、元新聞記者のKさんには今でも感謝しているんだ。
あの頃、この人との出会いがあったから、もやもやした気持を書いて紛らわすこともできたんだからね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする