2013年04月07日

桜の樹齢

今日は生憎の天候だが、桜前線が次第に北上しているこの頃。

去年は桜の名所「高田公園」で花見をしたが、今年は近場で済ますことにした。
万代の「やすらぎ堤」沿いを、自転車で走ることがある。
この時期に見るのが、桜のつぼみ。
日本人は桜を見ることで、生きている証しを得ていると思える。

「ソメイヨシノ」の樹齢は、60〜70年ほどだと聞く。
戦後まもない頃に植えられた桜であれば、そろそろ樹齢を全うする桜も多いのではないだろうか。
本当のところはわからないが、人間の寿命とあまりかけ離れてないので、感情移入されるのでは。

僕の部屋から、一年中桜の木が見える。
真冬に見る桜は幹と枝だけで、「本当に春に芽が出て、満開な花を咲かせるのかな…」と思う。
それでも期待通り、春の訪れを満開に表現して、儚くも見事な幻想の世界を魅せてくれるあたり。
桜の樹齢と人の寿命は、どこか縮図のようで哀感的だ。

部屋のカーテンを開けると、そこに桜の木があることの大切さが少しわかってきたかな…
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2013年04月06日

八つ当たり

女性が八つ当たりするのは性分である。

妻が免許証の更新から帰宅するなり、僕に顔写真を見せながらこう切り出した。
「ねえ、ちょっと、見てよ、この顔写真、何よ、これ…、もーう」 (自分の顔だろ!)

夕方の買物ついでに、「アップルパイも買ってきて」と頼まれていたが、売り切れだったことを伝えた。
「何でないの」と文句を言われたので、「俺はパン屋じゃねえ」とつぶやき、新聞片手にトイレへ逃げた。
「あれ、何で俺、怒られているのかな…」って場面は、男なら少なからずあると思う。
本当に怒ってるんじゃなく、ちょっとした「イライラ」や「ムカムカ」を発散したいだけのことだろう。

晩御飯の献立を考えているときの女性は危険だ。
狭い台所で料理を作っているとき、冷蔵庫を開けに入ろうものなら、「ジャマよ」と叩き出される。
なので、台所の入口でグラスを差し出しながら、猫なで声でこう言う。
「あのー、お取り込み中、失礼致しますが、冷蔵庫のアイスコーヒーをいただけますか…」と。

食材を管理している女性は台所では最強である。
男にとって台所はアウェイなので、汚したり乱雑に扱ったりすると怒涛の抗議を受ける。
犬が餌を食べているとき、むやみに撫でたりすると威嚇されるのと同じ。
女性が食事を作っているとき、そばに近づくことはあまり歓迎されない。
「エプロン姿で夫婦仲良く、キッチンでワン・ツー・クッキング」なんて、甘ーい世界はないのだ。

女性にとって台所とは戦場である。
調理器具は武器であり、電気・ガス・水道の「三種の神器」を駆使して食材を操る女性ソルジャーだ。
男は女性に胃袋を握られると成す術はない。
僕は大方、雨にも風にも負けず、自転車で食材を買いに行く「輸送班」なのである。

料理を作ってくれるなら、イライラだろうが、ムカムカだろうが、八つ当たりにも耐えるのが男だ (泣) 
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2013年04月05日

無難な話題

酒の席での話題は、同席者の誰もが会話に加われる、時事ニュースが適当であろう。

共通の話題が仕事だからと言って、仕事の話だけが続くと早めに切り上げたくなるもの。
家庭内不和や人間関係の愚痴なども、程度を知らないとその場が深刻になってしまう。
無難に天候や出身地などの「お約束テーマ」が過ぎると、今度は腹を割って楽しんでないと思われる。
ヘタに趣味やスポーツの話題を振ってツボにはまり、会話を独占されるのも結構辛いものがある。
政治や宗教の話題はタブーだとは思わないけど、空気を読めずに入れ込み過ぎると迷惑となる。

食べ盛りの新人社員が、目の前の料理に箸をつけれないほど、上司の独演会になると可哀そう。
内心「これじゃあ、何も食べられないし、何もしゃべれない…」と思うだろうが大丈夫である。
要領は簡単で、適度な相槌と接続語を入れて、上司に気持ちよく好きなことをしゃべってもらう。
「なるほど」を連発して、料理が冷めたり乾いたりしないうちに、さっさと食べてしまうんだ。

そのうち、上司もしゃべり疲れて、腹が減りだしたときが、新人社員のトーキングチャンスだ!
「AKB48」 「アニメ」 「ゲーム」 「スイーツ」 「フェイスブック」 「スマホのスペック」…
流行の最先端で畳み掛けていけば、さすがの「おしゃべり上司」もタジタジとなり、解散宣言するだろう。
まあ、新人社員がペラペラとそんな話をできるかなんだけど、とんでもない入れ知恵してるよね(笑)。
実際、帰りがけの牛丼屋あたりで空腹を満たしているか、電柱の隅で吐いているかのどちらかであろう。

酔いしれることは字の如く、誰もが自分の世界に陥ることなので、おたがいがおたがい大目に見ることが  器量だったりするもんだ。
一番の最悪パターンは、お酒を飲んで逆にストレスを溜めてしまうこと。

今日は新年度、最初の週末金曜日。
最初は理解不能な者同士、無難な話題で歩み寄りとなる春の宴。
歓迎会や景気づけで街中は賑わうと思うが、当店バーは待つのが仕事、賑わいは神のみぞ知る。
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2013年04月04日

酔った記憶

ある日曜、古町で男女4人と個室居酒屋で親睦会を開いた。  (とは言っても単なる飲み会ね)

当初は2時間ほどの予定ながら、気がつけば4時間半居座り、久し振りに大酒を食らったとはこのこと。
僕以外、次の日は朝出勤なので、少し慌てて解散したのだが、一軒に長居することは珍しい。
数日後、妻から「そんなに長い時間飲んで、どんな会話をしたの…」と不意に聞かれるが記憶にない。
そうだ、4時間半も飲んでいながら、何を会話していたのか全然思い出せないのだ。
うーん、確か、映画俳優 宴会芸 セクハラ上司 … そんなバカな、それだけで4時間半は持たない。
帰宅はひとりで万代橋を歩いて渡り、途中で立ち寄った店も覚えてるが、会話の内容が思い出せない。
朝起きたら、顔の筋肉が少しつっていたので、笑っていたことは確かだ。

これって、何だか車の運転にも似ている。
車を運転しているときは、無意識に多くのことを処理判断しているようなもの。
混んでいれば迂回し、通行人がいれば減速するし、交差点では徐行して前後左右を見渡す。
酒の席の会話は記憶に乏しくなるが、瞬間的に言葉を処理していくあたり、車の運転技術に似ている。
それで平穏無事に御開きとなり、気がつけばベッドの中という、ゴールは決まっているんだからね。
酔って帰路の記憶をなくしたことはないが、酔って何を会話したのかは、あまり記憶には残らない。

僕なりに、「会話の記憶がない理由」を三つほど考えた。
まず、気心が知れているから、つながり感で安心して酔えること。
次に、答えのいらない会話だから、自然とダラダラと会話に加われること。
最後、20代の女性がひとり加わっていたんだけど、妙な男の下心がないので会話が脂ぎらないこと。
それと酒に酔うことは、素直な自分を売る意味では、大切なコミュニケーションだと思うんだ。
もしかして会話を覚えてないことは、身銭を切って飲んでいるからこその喜びかも知れない。

まあ、悪い酒じゃないことは自他共に認めるところなので、酔って記憶を失っても心配はないか…(笑) 
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2013年04月03日

ナンバー 2

僕らの世代、「男なら野球か柔道のどちらかをやれ」と子どもの頃に言われた。
当然、「やるからには一番を目指せ」とも言われたし、つまり志の言葉である。

会社では営業成績が一番になると、ロクなことにあわないのも現実だ。
トップからは目をかけられるが、その反面では猜疑心ももたれている。
「いつか自分を脅かす存在になるんじゃないか」と思われ、それが社内の新戦力ならなおさらである。
周囲から嫉妬され、ひとたび営業成績が悪化すれば、今度は総攻撃を浴びるようになる。
その姿を見て育った部下であれば、たとえ1番になれる素質があっても怯えをなしてくる。
そうなるといかに2番の座を守り続けるかが興味となり、安全な場所に居続けようとする。
だから、1番手を目指す人が少なくなってきたし、近年の不景気で2番手意識が浸透したと思える。

プロ野球の球団経営にしても、優勝してしまうと全てのコストが上がってしまう。
2番〜3番手のAクラスなら、一番になる動機は保たれて、優勝以外は全て一緒だと要求をつき返せる。
それでゴネたら、金のためかと人間性を決め付けられてしまう。
大相撲の横綱も重責と引退しかないから、大関の角番でクンロク(9勝6敗)を維持したがるだろう。
民主党時代、事業仕分けで蓮舫の有名な言葉… 「2番じゃダメなんですか」
日本の意識は2番に魅力を求めはじめたんだと思う。

大なり小なりの組織人事では、リスクの高い1番手よりも、逃げ道がある2番手を考えるようになった。
2番手なら、トップからの直接的な解任はないし、嫉妬で足を引っ張られることも少ない立場だ。
近年は2番手が安全な立場だとして、水面下でポジション争いをしているような気もする。
営業成績1番で大きなことを言うと、言質をとられてリスクを背負うから怯えて言わなくなった。
大言壮語じゃ困るが、これじゃ組織内に活力がなくなるし、1番手に魅力を感じなくなってくる。
組織は2番手に能力がないと絶対に伸びないと思うし、あなたの組織の2番手は大丈夫であろうか…

飲み仲間なら気軽だが、組織に安っぽい友情めいたことを求め過ぎると、後々後悔することになる思う。
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2013年04月02日

陽射しの角度

春の陽射しは、柔らかくて好きだ。

春先になるとなぜか、アラームが鳴る前に目が覚める。
ベッド脇のテレビをつけて、センバツ高校野球中継の賑やかな音声をラジオ代わりに流して、起床時間まで過ごしていることもある。
寝ているのか、起きているのか、どこか夢見心地の浮遊感がいい。

カーテンから射しこむ、陽射しの角度でだいたいの時間はわかる。
最初のアラームが鳴ると、そのまま浴室へ熱いシャワーを浴びに行くのが日課となる。
バスタオルを肩にかけたまま、アイスコーヒーを片手に部屋のカーテンを少しだけ開ける。
目線は斜め30度の空を見上げて、息吹を感じてきた桜の木を眺めるところから一日がはじまる。

寝覚めのシャワーとコーヒーを欠かさないように、朝は誰も自然と決まった行動があると思う。
生活環境や家族構成にもよるが、ウチは二人暮らしなので、朝はトイレや洗面台を奪い合うこともなく、   静かな寝覚めの午後となる。
その静けさを羨ましがられそうだが、それはちょっと違うんだ。
朝は束の間の朝食で家族が団欒して、ホームドラマのように元気で「いってきまーす」の生活感がない。
標準の家庭像に憧れはないけど、これがそれぞれの家庭のライフスタイルである。
だから、隣の家の芝生の色なんて、どうでもいいことなんだ。

夜の時間が長い生活なので、春の陽射しにきっと落ち着きがないんだろうね。
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2013年04月01日

ぐうたら曜日

このところ、日曜の夜は外出が多かったので、今夜は家でのんびり過ごすことに決めていた。

何をして過ごすかなどの台本はないし、解放感と退屈は紙一重である。
いつもなら、「ひとりで飲みに出かけようかな…」と思うが、家にいると決めた以上はいることにした。
まず、自身を包囲するため、酒とつまみを買い込んで台所に用意しておく。
そうすれば、飲みに出かけたくなる衝動に諦めがつく。
こうして飲んでは少し寝て、起きては飲んでを朝方まで繰り返す。

解放感に満ち溢れた退屈なんだけど、これこそ贅沢な時間なのかも知れない。
たまには自堕落な生活をすることで、正気を保っていたりもする。
部屋で行儀よく振舞う必要はないし、誰にも迷惑をかけない自由さもある。
日常に追われる忙しさはないが、何もしない楽しさを得られたりもする。
夜は時間を持て余すから、何の脈どころもない雑文を書けるわけだ。

自由時間は自分を支えてくれる。
私生活の隅々まで、品行方正に過ごしていたら、リアリティがないでしょ。

僕は月4日ある休日のうち、一日だけは「男のぐうたら曜日」にしている。
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