2013年03月20日

マスクマン

僕らの世代、プロレスの覆面(マスク)には、ある種の憧れがある。

普段は平凡なサラリーマンだが、夜になると一転、謎のマスクマンに変身する。
何をするわけでもないが、マスクを着用するとなぜか気持が高ぶってくる。
そんな男の単純ぶりを、映画「ゼブラーマン」で哀川翔が演じていた。
あくまでも、パフォーマンスであり、エンターティメントでのことだ。

大分市議会でレスラー議員の覆面をめぐり、議会採決によって着用が却下された。
過去に条件付の認可もあったようだが、僕の庶民感覚から言わせてもらえば却下でいいと思う。
「規範(ルール)に違反してないだろ」との意見は必ず出てくるが、それもおかしい。
「見た目で人は判断できない」のは、一面から見れば正しいと思うが、世の中そんな都合よくは見ない。

一般的に人と対話するとき、サングラスやマスクをされていたら、表情がわかりにくいので、       コミュニケーションしにくいったらありゃしない。
それが答えだし、相手に対する正常な神経だと思う。
それに覆面の持つ自己陶酔感はなじめない。

「こだわり」と「わがまま」は紙一重、組織に所属した以上、簡単に「我が道」を振舞えない。
やり方を間違えれば、排除されかねないし、覆面を民意とする感覚は理解し難いものがある。
ならば、市議会で公約をポイしたら、議会をプロレスのリングに見立てて、覆面を脱ぐとかさ。
公約と覆面を賭けて、「電流どすん釘 泥んこ覆面剥ぎ 爆破ファイヤーうんこデスマッチ」だ!

それが嫌なら、自分で決められて、誰からも文句を言われる筋合いのない自営業に転身すればいい。
自営業こそ最強にも最弱にもなれる、男の変身願望を満たした究極の「マスクマン」に変身できるのだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする