2013年03月10日

忘れない

2011年3月11日の東日本大震災から、二年が経過した。

あの日、「長い不況が続くんだろうな…」と思った。
日本人の心が折られたんだからね。
それでも連日、ブログを書き続けられたのは「願い」からだったと思う。

飲食店なら、例外なく売上は悪化した。
当店でも、それまで2杯飲んでいた人が、1杯で切り上げるようになり表情も暗くなった。
街中も喪に伏して灯りを落とし、節電することで生きる糧を協力し合った。
三月の門出でありながら、この先の景気の落込みが影をひそめていた。
人間はとことん落ち込むと、最後は泣き笑いするという。
僕の店は、辛うじて生かされた…

あの年以降、資金繰りが本当に辛かったという店主も多かった。
耐え切れない店もあったし、内部を切り崩したり、借入金でつないだ店もあったと思う。
大震災は経済全体を落ち込ませたし、うわ言と一緒にサジを投げた店主もいたであろう。
本来はいい言葉であるはずの復興スローガンも、だんだん苛立ちと耳障りにさえ聞こえてきた。

地域経済も「あるべき生活に戻さないと大変なことになる」として、新潟市長も異例の会見を開いた。
経済が回復しなければ、被災地を支援したくても支援できない。
それに神妙な気持は真実であれ、次第に切替えられないことには、偽善的な感傷になってしまうんだ。
大震災で学んだことは、本当に被災地を支援したいと思うのであれば、地域経済を活性化させること。
感傷で共倒れになってしまっては、誰も救えなくなるどころか、元も子もなくなってしまうんだ。

それに気づいたのは、2004年10月23日の新潟県中越地震のとき。
毎年秋には、魚沼市の大湯温泉へ出かけていたが、復興の最中に温泉につかるのはしのびないと思いその年は予約を入れなかった。
だけど地域の方からすれば風評被害も含めて、来店客の落込みは死活問題にもかかわることだった。
僕自身、それから考え方を思い直して、ありふれたことがいかにつまらないことか自覚した気がする。

つまり、震災に遭われた方々、復興支援に携わっている方々への、敬意を忘れなきゃいいのである。
それをないがしろにして、ノー天気に気持を切り替えるのが、ダメなんだと思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする