2013年03月06日

デフレボケ

デフレ脱却として、政府が金融緩和を推進するなどして、施策が大きく動き出している。

どんな政策であっても、メリット、デメリットはある。
それが、自分自身に降りかかってくることであればなおさらだ。
今はモノやサービスの価格が下がり、逆に収入が上がらないから、社会全体のお金回りが滞っている。
そこから、抜け出せないから苦しいんであって、最近になって喜んでばかりいられないことに多くの人が気づきはじめたんだと思われる。

少し前までは、隣の居酒屋が生ビールを¥380で出していれば、じゃあウチは¥360だ。
近所のスーパーでは大根1本¥198だが、橋向こうのスーパーでは¥188だから買いに行く。
もう価格でしか、モノやサービスの価値が図れなくなっていたんだと思う。
総じて「コストパフォーマンス」なんて言葉を使っていたけど、それ自分だけのパフォーマンスでしょ。
そりゃ、誰でも安いほうに行きたがるし、涙ぐましい情緒にも共感できる。
だけどね…  もう何年そんな価値観を引きずっていくのかなと思う訳。

もしかして、国民の意識が「デフレ」から、脱却できないのかも知れない。
不安を語り合っていたほうが、安心していられるんなら、単なる「M体質」なんじゃないのかな。
ここ数年間、「不況」という声ばかり、大きくなり過ぎていた。
最近ようやく、「この不況を乗り越えようぜ!」っていう、気勢が少し上がってきたと思える。
戦後の日本と比べて、今はこんなに贅沢な暮らしをしているのに、まだ、「不安だ」「貯金だ」「年金だ」と嘆いている始末だ。
それだと、いつまでも不安も欲求も尽きないわけで、「デフレボケ」が日本から購買意欲を奪い去った。
倹約する慎ましさは、「もったいない…」という美意識であって、不安にとりつかれ過ぎてしまえば、  「間抜け」としか言いようがない。
日本の危機感は、その「ドM意識」の増殖ぶりにもあるんだと思う。

その意識にとりつかれているのは、何を隠そう目立たないようにしている一部の公務員でもある。
飲食店業界では割りと知られてる話で、民間企業は大雑把で割り勘にするけど、公務員と女性だけは¥10単位までキッチリと割り勘にするあたり。
女性は別にしても、親方日の丸ほど生活意識や行動様式は官僚的で杓子定規であり、何とか不況を  乗り越えてやろうという気迫を感じない。
まだ民間のほうが、しんがりを務めてリスクを取るような心意気を感じるし、モノをよく知っている。
安全地帯で暮らしていないんだから、当然ディベートだって強いと思う。
倒産の心配がない立場ほど、実は「ドM意識」にまみれて、組織に寄生していたりする。
それに低い所得水準ではない人ほど、「私は庶民の味方です」みたいなことを言っている節があるけど、どこか偽善的にさえ聞こえてくることもある。
官民一体とかいうけど、賞与を全額貯金できる、金持ちに近い立場ほど、デフレを喜んでいたりする。
政治家しかり、公務員は公務員であっても「俺をそんな連中と一緒にするなよ…」と言えるような人こそ組織の先頭集団に係わってもらいたいし、いい仕事をしていると思う。
こんな日本のテンションで安穏としているようじゃ、お先「つながり感」なんて期待できないでしょ。

「デフレボケ」意識を脱却しないと、変わるものも変わっていかないと思える。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする