2013年02月28日

2013 March

【3月定休日】    安心な低価格、お1人様でも大歓迎   
     3日(日) 10日(日) 17日(日) 24日(日)  30日(日)
     (20日 (水/祝日)深夜1:00で営業終了)
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日   日曜日 (連休は営業致します) 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名) 

 徒然なるままに…

新潟中心部、万代で泥まじりの雪を見るのは、あと一週間ほどかな…
今年の冬は低温傾向らしいが、ここ中央区は雪害もなく、体感温度もあまり寒いと感じなかった。
雪が降り積もり、静まり返った深夜の街には情緒がある。
まだ、誰も通った形跡のない雪道を歩けるのは、深夜まで働いている者への特権である。
先週深夜、東京から来た友人が、雪積もる街中の様子をカメラに収めてた姿が印象的だった。

夕方、ラブラ万代のエレベーターで乗り合わせた高校生が、卒業ソングについて熱く語り合っていた。
でも、落第(ダブり)する生徒もいれば、浪人生活を余儀なくされる若者もいるんだよな。
そういう若者のためにも、「落第ソング」とか「浪人ソング」もあればいいと思う。
そう深刻にならず、「フテ腐って歌う名曲」があったら、自分をネタに笑えて楽しいとは思わないか。
高校時代、大学受験に失敗した友人が卒業式の校歌斉唱で、細川たかしの「北酒場」をヤケクソで     歌っていたけど、数年後には精神科の医師になったからね。

最近、お客のF君が携帯電話を買い換えた。
僕の機種と色も全く同じで、しかもモダンになりつつあるガラパゴスケータイ。
偶然、同じ洋服を着ていたら気色が悪いけど、それがモノであると何だか嬉しくならないか。
ガラケーだって、自分らしさの立派なアイテムだ。
まあ、流行に敏感じゃないけど、「欲求もこのあたりでいいかな…」とも思っている。
最先端のモノに対して不断の努力を傾ける、いわゆる「ガッツ」があまりないんだろうな。

僕にとって、「宝の持ち腐れ」になることはわかっているんだ…  あぁ、今宵も徒然に…
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2013年02月26日

中国民度

東京在住時、仕事を通じて何人かの外国人とつき合いをした。

そのうちのひとりに、北京大学出身で天安門事件にも参加していた中国人留学生がいた。
彼には結婚を前提とした、上海出身の彼女も日本で学んでいたので、春になると新宿の「東京大飯店」で一緒に食事をする親しさだった。
勉強熱心で将来は貿易の仕事に就きたいとして、当時流行していた「やせる石鹸」の代理店もしていた。
僕の中国の印象は国ではなくて、このふたりとのつき合いで生じた印象となるのだが…

しかし、2003年に初めて中国へ行ったとき、北京経由ハルピンの民度には辟易した。
接客態度は投げやり、釣銭は平気でごまかし、分が悪くなると嘘をつきはじめる。
日本人と見れば、粗悪な観光品をべらぼうな価格で売りつけようとする。
街中で観光用の人力車に乗れば、いつの間に料金表が差し替えられていた。
飲食店で料理に口をつけようとしたら、厨房の小窓から数人のコックが薄笑いを浮かべて見ている。
直感的に「何かしたな…」と思い、料理に箸をつけず、ぬるい青島ビールだけ飲んで席を立ってきた。
わずか飛行機で三時間ほどの土地ならぬ、たかが3日間の滞在中に起きたことである。

極めつけは、旅の最終日にホテルで指圧マッサージを呼んだときのこと。
前金で渡したお金(元)が足りないと言い出し、不足分を請求された。
手口は至って簡単で、受け取った紙幣を左手の袖口に巧みに隠し、もう一枚請求する古典詐欺だ。
「そこ(袖)に入っているだろう」と指を差すと、中国人女はうろたえて、しなだれかかるように女の武器で迫ってきたけど、そんなつもりは一切ない。
ここまでの怒りもたまっているので、湯沸かし器は沸点まで昇り詰めて怒号を浴びせた。
そうなると、バッグごと小脇に抱えて、そそくさと退散するしかない。
コソ泥に続く更なる異常性はその後で、部屋に無言電話を執拗にかけてきたのはその女であろう。
やることもセコイが、幼稚なこともするもんだ。

本国しか知らない、中国人の民度には呆れてモノも言えない。
日本に来る中国人とは、比べものにもならないのが本音のところだ。
隣国だから仲良くしなきゃいけないなんて、そんな理屈はもう通用しないでしょ。
仲良くできる国と仲良くしていればいいんだ。
考え同じく、仲良くできる中国人と仲良くしていればいいんだ。
それに理不尽なことには、断固怒りを表明するべきである。

経済的に伸びゆく国でありながら、中国人の民度は混沌としすぎていると思うね。
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2013年02月25日

休日ふらり(14)

週末の心地良い疲れもあってか、普段より少し遅めに目を覚ました。

寝覚めのコーヒーを飲みながら、窓越しから外を眺めていると情緒不安定な天気である。
吹雪かと思えば、陽が白い雲に反射して街を照らしてたり、急に鉛色の雲に覆われてきたり。
しばらく空の様子を見ていたが、昼は外出する気力が次第に失せてきた。

夜、妻を伴って、映画「ダイハード・ラストディズ」を見に出かけた。
ノンストップアクション、急展開でグイグイと押し迫ってくる臨場感。
予想を覆したストーリー、最後のアンフェアなひねりは見事だったね。
それと親と子が持つ確執と不安を汲み取って、かすかな安らぎを描いていたと思う。
やっぱり、アクション映画は劇場で鑑賞するに限る。

帰りは駅前の居酒屋で焼鳥をつまみに、その日最初のひとくちを喉に流し込んだ… 
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2013年02月24日

Five Birthday

いつでも人とつながり合える場所として、「 Jazz Bar GIG 」は開店から丸5年が経ちました。

1日に心境を触れたので、くどいことは記しませんが、今晩は少しの間おつきあい下さい。
バーは来店ペースよりも、フッと思い出したときに立ち寄れる場所です。
2月はいつもより、そんな顔ぶれが多い気がします。

長い方とは開店の頃からのおつきあいが続いてますし、ここ最近の方もいらっしゃれば、気がつけば      親しくなった方々も多くなりました。
たまに「どなたかな…」と、思い出すのに時間を要した方もおりますが、愛嬌ということでお許し下さい。

近すぎず、遠からず…
バーはお客さん同士も含めて、「つながり感」で取り持たれている気がします。
ベッタリなつき合いではなく、全く無視をするわけでもなく、適当な距離が大事な存在だったりもします。

個人力を気軽に楽しめる空間。
それは味わい深く、何年も続く連続小説のような流れです。
僕がそういうふうに思えるようになったのは、お客さんからの享受で培われたものです。

何の変哲もないジャズバーですが、数々のエピソードがなければ、無機質なハコにしか過ぎません。
店に息吹を与えていただいて、こうして「生かされている」のだと思っています。
自分ひとりの力など、高が知れたものであることを、肝に銘じて六年目に突入しました。

書いているのは僕自身ですが、こうして書けるのはお客さんのお力なのです。 ありがとうございます。

【Special Thanks】
 Y & M  ご夫婦
 N & Y  改め  H & C
 K & Y
 株式会社 イーエムエス新潟
 菅井国選弁護士法律事務所(仮称)
 関口カツオ商店 (仮称)
 各精鋭…

感謝の表明、記してお礼申し上げます。 目に届けば幸いです。 
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2013年02月22日

Austin Peralta(P)

最近知ったことが、「オースティン・ペラルダ」って、3ヶ月前に22歳の若さで亡くなっていたんだ…

2005年に14歳でプロデビューし、柔軟なタッチとスピード感で神童とも呼ばれ、未来を嘱望されていた    天才ピアニストだった。
2006年「東京ジャズ」の演奏を聴いたとき、その初々しさが「ジャズピアニスト」で生きていく喜びに    満ち溢れていた印象を受けた。
それまで、彼の年齢なんか知らなかったし、音を聴いて耳がそう判断した。
これから先、どう成長していくのか、楽しみな逸材でもあった。

プロモーションは、その年齢と卓越したテクニック、金髪の貴公子を強調して紹介されていた。
だけど彼の奥行きを改めたのは、2枚目のアルバムにおさめられている、バラードとソロを聴いたとき。
「この冷静さは、どこから来るのかな…」とさえ思ったんだ。
その若さなのに、沈み込んだダークな演奏に情感豊かな美意識を感じた。
本当にいいピアニストだったけどね。

それにしても、彼の死はあまりにも若すぎた。
目と耳に焼き付けてほしいのは、バラードでもソロでもなく、「東京ジャズ」で魅せた躍動感だ。
彼を記すことはないと思うので、もう少しつきあってほしい。

生前に3枚のリーダーアルバムを発表して、僕が聴きこんだのはデビュー作と2枚目のアルバムだ。
 1. 「処女航海」 Austin Peralta (P) Ron Carter (B) Billy Kilson (Dr)
 2. 「MANTRA」 Austin Peralta (P) Buster Willams (B) Ronald Bruner (Dr) Sax & Vib

1.は売り出しも兼ねて、サイドメンバーをビッグネームで固め、有名スタンダードのラインナップ。
ありきたりのナンバーが、予定調和で終わってないところがいいし、次回作にも期待が持てる内容。
ジャズがはじめの人であれば、トリオの入門アルバムとしても聴ける。

2.は真骨頂で、オリジナルが4曲加わり、曲ごとに編成を変えてバラードとソロに非凡ぶりを発揮。
特筆は「東京ジャズ」で共演した、ロナルド・ブルーナー(Dr)が、レコーディングメンバーである。
トニー・ウイリアムスばりの、ダイナミックなドラミングがひときわ光る。
1.2.ともに共通しているのは、のびのびしたプレイが鮮やかで気持がいいこと。
どちらのアルバムもお薦めできる。

神童 「オースティン・ペラルダ」  彼の死因は一切ふせられている…
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2013年02月21日

営業いろいろ

「そば屋の出前じゃあるまいし、いちいち(電話に)出てられるか…」

夕方、リビングで新聞を読んでいたら、固定電話のメロディーが鳴った。
そんな独り言をさえぎるかのように、夕食の支度をしている妻から「出て!」と催促されて渋々出た。
用件がはっきりしない電話につきあうほど、お人好しでもないので、その先を聞く意思がないことを告げ、
うっとおしい受話器を静かに置いた。
悪質な勧誘セールスに違いなかったが、きっぱりと断ればいいだけのこと。
被害に遭いたくなければ、営業電話は性悪説で対応していたほうがいい。

店でも営業中にかかわらず、物売りが入ってくることがあった。
一般的な礼節で対応はするが、中には「お客さんにセールス(食品)をさせてほしい」と懇願された。
「おい、おい、こんな非礼な商売あるのかよ…」 と思った(笑)
それが食品であれば、もしも何かあったら責任の所在はどうするのって話。
昭和の行商みたいな商売だが、昔はそれでも敷居をわきまえていたと思う。
他人の店では、セールスはしないという仁義のようなもの。
節操が欠けているからできるのだろうが、考え方によっては営業妨害になるからね。

以前、こんな光景を見た。
どこかの店員らしき人が、駅前で大声を張りあげて、大衆に自己紹介している姿があった。
何の度胸試しか従業員教育かわからないが、街中で精神修業を公開するなんて滑稽に思える。
純粋な気持なのだろうが、個性むき出しでアピールされては引いてしまう。
それがパフォーマンスだとしたら、吐き出し方が場違いであってさ…

相手がこれも仕事というのであれば、こっちも仕事なんだけど、世の中いろんな営業があるよね。
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2013年02月20日

期待はずれ

誰でも、こんなことはあるだろう。

家でじっくりと映画を見て過ごそうと、レンタルビデオ店へ出かけた。
しかし3回に1回は、何も借りずに戻ってくることもあった。
散々に迷った末、「別に見なくてもいいか…」となる心境。

まず二時間は制約されてしまうので、どうしても選ぶのは慎重になってしまう。
それとパッケージを眺めていると、見た気になってしまうんだと思う。
このあたりジャズのCDを持っているだけで、もう聴いた気になる多くのパターンと似ている。

僕の場合、遥か昔の「期待はずれ」にさかのぼる。
レンタルビデオ店ができはじめの頃、「キングコング・2」が棚に並んでいた。
世代が「ジョーズ」「キングコング」全盛期なので、あれこれ能書きを考えずに手にした。
早速、家族団欒となる日曜の夜、自信を持って再生したのだが、これがまたおもしろくない(私見)。
エンドロールを見ながら、父親は「なんじゃこりゃー」と叫び、母親もポカーンと口を開けている。
そりゃもう、貴重なお茶の間の団欒は、「おもしろくねえぞー」と一家大騒ぎである。
そんなこともあって、今もビデオ選びは慎重になるのである。

選ぶにあたり、まず「劇場公開作品」か確かめてから、裏面のあらすじはしっかりと読む。
パッケージのスチール写真はベストショットなので、はぐらかされないように注意をする。
監督や主演にはこだわりはないが、カッコ良すぎる男優が大げさなポーズをとっているのは危ない。
それと裸をウリにした艶かしい女優が、ヌード姿でセクシーポーズをとっているのも危ない。

先日も一昨年に映画館で観た「ピラニア」の次回作、「ピラニア・リターンズ」が棚に並んでいた。
本編、大々的な劇場公開はされてないと思うが、おもむろに手にしてパッケージを眺めた。
うろ覚えだが、見出しはこう書いてあったと思う… 「凶悪ピラニア軍団」VS「美女ビキニ軍団」?
「どうせ、若いお姉ちゃんの裸ばっかり出てくるんだろう」と思うと、この年齢になるともういいよ。
海や川、湖や山が舞台のモンスターホラー映画って、お決まりのセクシーヌードやセックスカットが    お約束映像なんだけど、あんまりストーリーとは関連がないようにも思える。
この手の映画は「またかよ…」って感じで、見る気が失せて元に戻してしまうんだよね。
こうしてその日も借りず、家路に戻ってしまった。

僕の場合は、きっと展開を先読みし過ぎるんだろうね…  もう少し白紙の気持を取り戻さねば。
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2013年02月19日

アップルパイ

パンはあまり口にしていなかった。

学生時代、いつもパンを買い食いしていたので、社会人になってまで食指が向くことはなくなった。
時代が時代なだけに、「カレーパン」に「メロンパン」 「コロッケパン」に「ハムカツサンド」。
「クリームパン」に「ピーナッツサンド」 「食パン」に「チョココロネ」 たまに「アップルパイ」。
部活動が終わった後、夕食までのつなぎでしかなかったので、同時にコーラで空腹を満たしていた。
そんな「パン食」だったので、ブレッドに様変わりしても、ベーカリーショップに見向かなかった。

最近、某スーパーで、あの頃とパッケージも形もさほど変わっていない、アップルパイを見つけた。
前から目に入っていたんだろうが、興味がないから目に止まらなかったのだろう。
懐かしさもあり、ひとつ買って食べてみたら、またこれが美味しかったんだ。
サクッとした歯ごたえの後、リンゴの香ばしさとバターの風味が口中に広がり、懐かしさがこみ上がる。
1個¥120ほどで、素っ気ない袋に包まれたパイだけど、舌の記憶は憶えているもの。
部活で疲れた体に、小銭で食感と甘さを滲ませてくれたのが、アップルパイなのである。

新潟伊勢丹の脇道を通ると、地下のベーカリーからパンを焼く匂いが立ち上ってくる。
トレンチとトングで、焼きたてを選べるパンならもっと美味しいだろう。
だけどオシャレなパン選びって、社会人になってからのことで、どこかバブリーなイメージだった。
今になっては、袋詰めのシンプルなパンやパイに、ノスタルジーさえも感じてしまう。
昔の食べっぷりはないが、パンであろうと食べるのなら、美味しそうに食べたいよね。

時々の食べわけでしかないが、今は昔ながらの「アップルパイ」に凝っているところだ。
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2013年02月18日

うめ湯

あぁ、みんなが気を遣っていたのか…

閉店時間が迫る銭湯に駆け込むと、僕以外の入浴客が二人いた。
ひとりは初老、もうひとりは30代後半かな。
僕はかけ湯をした後、湯船に右足を入れると… 「あっちぇ!」(熱い)
水でうめようと蛇口をひねろうとしたが、体が冷えているから熱いんだと思い止まった。
それに、他のふたりに悪いと思ったけど、とても肩まで入れるような温度ではない。
素直に水を差せばいいのに、半身浴で肩や首を回したりして、やせ我慢をするあたり。
熱さにたじろいでいることをさとられないように、とりあえず熱湯風呂から脱出した。

すると珍しく学生らしき若者が入ってきたが、最近では見かけない顔である。
湯船には入るが、やっぱり肩までつかれずに、水を差そうか迷っている様子。
そのうち他の二人も別の湯船に入るが、誰も水でうめようとはしない。
そうなるともう、サウナの我慢比べ状態である。
早くも初老は上がり、続いて30代後半も半身浴だけに止めて上がる。
湯船にひとり取り残された若者は、半身浴のままで水を差そうともしない。
僕はお湯の温度がわかっているので、いったん脱衣場に戻り新聞を拡げてその様子を遠目で伺う。
すると誰もいなくなったのを見計らってか、若者は勢いよく蛇口の水を全開にしながら、右手で湯船の   お湯を大きくかき回しながらようやく肩までつかった… やっぱり、本当に熱かったんだ (笑)

銭湯では他人に気を遣って、安易に水を差さない、無言の空気が湯煙と入り雑じっている。
僕も他人に気を遣っていたが、周りも僕に気を遣っていたことである。
でも、そんなことばかり気を遣っていたら、湯冷めをおこすどころか、健康を損ねないか心配だ。
会食で大皿に残っているひとつの料理を、誰が箸をつけるか迷うように、ここ銭湯も例外ではない。
「うめ湯」は我慢比べ、それか気遣い、もしくは遠慮、それとも叱られるかもしれない小心者の心理。

銭湯はいい湯である前に、素っ裸でおたがいの空気を読みあう、裸のワンダーランドなのである。
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2013年02月17日

二円意識

加算と値引の用語違いだけで比較すれば、どこか「朝三暮四」のようで面白い。

本町の食料品売場では、レジ袋が有料となり一枚2円加算される。
万代の食料品売場では、レジ袋を使用しないと2円値引きとなる。
どちらの理由も「CO2排出削減」への取り組みだという。

僕は2円の取組には賛成である。
CO2排出削減の深いところまで考えてないが、何でも無料でもらうことに慣れすぎているからだ。
街中を歩けば、割引チラシに広告ティシュの配布。
飲食店に入れば、注文してないものは出てくる。
小さな好意はありがたいが、その結果お客さんが無料に慣れきってしまったと思う。

それが当たり前になると、今度は「何だこの店はケチ臭いな」になるもの。
店がケチではなく、お客が無料でもらおうとする意識にとりつかれているだけである。
つまり、「無料をサービス」とする風潮は、いづれ「負のスパイラル」でしかなくなる。
スーパーの試食を見なくなったのは、生産性のない人件費に加えて、あつかましい要求に答えるのが    バカバカしくなってきたんだと考えられないだろうか。

世の中、少しのマナーを滲ませながら、「デフレボケ」に頭を冷やす時季にきたのかも知れない。
だから、「2円の意識」は大切なことだと思うけどね。
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2013年02月16日

春夏秋…春

まだ油断できないが、今年の冬はそんなに雪が降り積もることもなく、暖冬のように思える。

先日、雑誌の観光広告で見た、沖縄県宮古島のキャッチコピーが印象的だった。
「春・夏・秋・春」… 冬が抜けている。
似たような四文字熟語 「喜・怒・哀・楽」
外せるものなら「怒」以上に、「哀」を外してもらいたい。
だけど外したところで、何かが味気ない。
そこに哲学的な問いもなければ、愛や恋というプラトニックも存在しないからだ。

「怒」を発散するだけなら、低級動物と同じである。
それでも「怒」の感情があるうちは、まだ救いようがあるものだ。
人にしてはいけないことは、「哀しませること」だと思っている。

僕も人に「怒」の感情を通り越して、「哀」の感情に陥ったことがある。
「何を言ってもだめだろう…」 つまり、しゃべる気力が萎えてくる。
そうなると醒めた気持だけで、言葉も響かなくなってしまう。
経験上、これほど空しいこともないが、「哀」の感情を失うと物足りなさを覚えてしまうのも確実だ。

同じように「冬」が抜けていることは、春夏秋冬の何かが欠けてしまうようだ。
キャッチコピーを皮肉るつもりじゃなくて、「冬」は人間が試されている季節だからだ。
だってさ、火を起すことを知った人間を考えれば、冬に成長して春を待つのが普通だと思うわけ。

そんな今年、春が来るのは早いかも知れないね。
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2013年02月15日

誉れ高き教師

こういう事件は、家族の気持を考えると切なくなるよね。

先日、新潟市の教師がバスの中で女子高生に痴漢をして、現行犯で逮捕された事件があった。
過去にも教師が女子トイレを盗撮していたり、女子高生に卑猥なメールを送ったとか数えたら切がない。
前にも、男の教師が男子生徒をレイプしようとして捕まっちゃったなんて、まぬけな事件もあったよね。
痴漢で逮捕された男は52歳だと聞くが、教師はだんだんとスケベになっていくのかな…

何か女子高生にモテモテの自分を想像しちゃって、ふたを開けてみたら陰で「キモい」と嫌われていたり    何かにつけて生徒に反抗されていたら世話ないよな。
それに父兄懇親会で生徒の母親に密着されて、肉体関係を迫られた妄想で股間を膨らませたりしてさ。
まあ、今も昔も生物学的には男は男だからね。
こうして表面上に出てくるのが多くなっただけで、昔から水面下ではもっと多かったんじゃないのかな。
過去、学校でひとりやふたり、怪しい目をしていた教師っていたよね (笑)
ただ、大っぴらにならなかっただけでさ。

僕は仕事柄、泥酔した女性のお客さんには触れないようにしている。
泥酔する女性はお見えにならないけど、あらぬ疑いをかけられないようにする自衛策である。
年齢を重ねることは、無駄な性欲は捨てていくことだと思う。
獣のような妄想にとりつかれてしまうと、好色ぶりがどんどん顔に出てくるものだ。
それに普段から妄想していることは、何かがきっかけでつい行動になって表れるでしょ。
その矛先が若い子に向いてしまうと、かなり危ない橋を渡っていることになる。
どうせなら、同い年前後で男を理解している、大人の女性を相手にしていたほうがまだいいよ。
いい年齢のおっさんがさ、女子高生を相手に会話以上の妄想をしてはならない。

当店にも教職員のお客様が若干お見えになるが、子どもの世界と大人の世界をキッチリと分けている。
そういう場所を自分の中に作れる教育者こそ、誉れ高き教師なんだと思える。
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2013年02月14日

義理チョコ

2月14日 バレンタインデー
厳密には年に一度、女性から男性へ想いを告白できる、聖なる求愛の日となる。

その昔、女性は秘かにざわめいていたし、男は意識してひとりの時間を作っていたと思える。
女性は渾身に満ちた気合の1個だけを、本命の男に手渡すのに火花を散らしあっていた。
有名店の高級チョコ、手間暇かけた手作りチョコ、スーパーの板チョコであろうがその想いは一緒。
要するに想いを告白できた女性が、交際切符を持てた日である。
男がその答を用意しておく締切日が、ホワイトデーであろうか。
流れを汲めば、まどろっこしい時代でもあった。

現代は「花咲かじいさん」ならぬ、「花咲かねえさん」みたいに数を配る。
その発想は「幸せを多くの男性へ…」と、ビジネス的なイベントでもある。
それにラッピングも色鮮やかになり、どんなチョコであろうと高級に見えてしまう演出がある。
こうなると選り取り見取りのキャバクラ嬢みたいに、ひとりに限定しにくくもなるわけだ。
今のバレンタインデーは粒揃いのキャバクラで、昔は貞操な小料理屋の女将ほどの違いがある。
1個にかける、女の操って感じでさ。

今の風潮を楽しめないようじゃ、遊び心がないような気もする。
以前、バレンタインデーになると、異常に鼻息荒く否定する女性がいた。
「過去、酷い出来事にでもあったのかな…」とさえ、思わせたほどの全否定ぶりだった。
擬似恋愛を楽しむことで若返ったり、表情がいきいきするのに損しているよね。
ときめきがないと言うことは、もう「おばばの証拠」である。
それを開き直って認めてしまったら、恋愛感情の閉経状態なのだ。
だから、バレンタインデーは気合を入れて、世の男性と擬似恋愛するべきなのである。

僕はこんなことばっかり言っているから、女性から相手にされないんだろうな。
それでも奇跡がおきたんだよ、奇跡が、 義理チョコレート3個GET!
生まれてこの方、新記録だよ、新記録、 男なんて単純なのである。

それまでの前言は撤回して、彼女たちだけは「幸多き1年」になるであろう。
僕はこう見えても、「福チン」なのだ… ?  
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2013年02月13日

床の傷痕

新築マンションだったとはいえ、何十年も住んでいれば所々傷んでくる。
電化製品の買い替えや、住まいの修繕も出てくるであろう。
わが家の玄関アプローチはフローリング貼りだが、今でも床にくっきりとある傷痕が残っている。

東京から引っ越してきて、五年目の結婚記念日だったと思う。
新潟伊勢丹でシェリー酒を買ってきたが、誤って床にボトルを落としてしまった。
落下の角度がビン底だったので、衝撃が床に吸収されて割れずに済んだが、そのときにできたへこんだ傷痕である。

住まいに年季が入ってくるのは当然のこと。
洗面所に化粧ビンを落としたときにできた、小さなひび割れ。
部屋の模様替えのときにできたと思われる、壁紙の擦り傷。
タバコを吸っていたときにしみついた、壁紙の変色。

狭いながら部屋を見渡すと、知らぬうちに時間が経過していることを実感してしまう。
住まいの傷痕は目障りだが、柱の傷みたいなもので、それはそれで大切な歴史になるんじゃないかな。
断言するけど、夫婦喧嘩の傷痕はどこにもない…  わしゃ、弱いし。
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2013年02月12日

キャバレー

日本で一番有名なジャズの名曲といえば、たぶん「レフト・アローン」かと思う。

1986年 角川映画「キャバレー」の主題歌といえば、ピンとくる世代は多いだろう。
マル・ウォルドロンが、ビリー・ホリディに捧げた曲となってしまった鎮魂曲である。
聴けば「あー、アレね」と、うなづくであろう。

あらすじは、ヤクザの親分が不義理をした舎弟を場末のバーで射殺した。
そのとき、ジュークボックスでかかっていた曲がレフト・アローンだった。
親分は舎弟を弔うため、生バンドが入っているキャバレーで、いつもレフト・アローンをリクエストする。
テーブルには、ワイルド・ターキーのストレートをノーチェイサーで…
僕の記憶が正しければ、映画のはじまりはこうだったと思う。

チープな印象は否めなかったが、夜に生きるバンドマンたちの姿を描いた。
現実の繁華街ルールも多少描かれながら、筋者がジャズ好きかは知らない。
バンドがハコ(店)と契約しているクラブでは、お客のうたばん(伴奏)が最も大きな仕事となる。
故に筋者が好んで歌う定番は演歌に次いで、映画「ゴッドファーザー・愛のテーマ」だったと訊く。

カラオケが普及する以前、バーボンとジャズ、ホステスは社交場の三点セットだった。
クラブの客は飲み方がきれいで金払いも良く、酔って店の女に手を出すような間男は少なかった。
泥酔して店に迷惑でもかけようものなら、タフな黒服からさっさと外へつまみ出されていた。
当時の黒服は、バーテンダー兼ホール、そして用心棒(バウンサー)なのである。

お客さんも普通に楽しく飲んでの社交場。
だが、舞台裏では毒々しくも厳しい上下社会がある。
それに夜の世界、過去を探り合わないことが暗黙のルールとなる。
互いの経歴を含めて、働いている人たちにはいろんな事情があるんだ。
身を置くも置かぬも、個人の自由と力量。
マニュアルなんてない世界だっただけに、自分流の教育でねじ伏せていた時代である。
まかり通っていた背景には、夜の世界では腕力至上主義がまだ色濃く残っていたからなんだ。
今の時代、そんなことをやったら大変なことだよね。

映画「キャバレー」は、バブルの好景気に突入した頃の封切りである。
今思えば、夜の世界で働く人たちの、大きな曲がり角となった作品のような気もする。
正直に面白い映画ではなかったが、背景には夜の世界のいろんな場面も隠されていた。
このまま軍隊思考を貫き通すか、それとも勇気を出して変わって行くか、転換期を示唆した映画だった。

「レフトアローン」  当時、僕自身は若くて純粋な状態で、店を任された高揚感は衰えなかったね。
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2013年02月10日

夜明けの街

1980年代、バブル景気と人手不足は紙一重だった。

二十代前半、東京と新潟で朝まで仕事をしていた頃がある。
バブル景気で沸く世間とは別に、年中人手不足の劣悪な労働環境があった。
そんな生活を4年近く続けていただろうか…

仕事が終わるのは明け方。
新宿の朝もやがかった横断歩道を、同年代と疲れた体を引きずるように歩いたものだ。
信号待ちで空を見上げると、新宿西口の高層ビル群がそびえ立っている。
誰からともなく「俺たちの将来、どうなるのかな…」と、つぶやいていたのが懐かしい。

早朝の新宿は、ゴミの集積場に群がるカラスが朝を告げる。
路上で朝を迎える酔っ払い、飲食店のゴミをあさるホームレス。
奨学金制度で新聞配達を担う、地方から上京した若者。
異色な誘惑で近づいてくる、女装したおかまの売春婦。
あたりは奇異ながら、次第に何の変哲もない日常になってくる。

ある者は、「田舎に帰ろうかな…」とタメ息をつく。
ある者は、「こんな生活してりゃ、女(彼女)とも結婚できねえよ…」と嘆く。
またある者は、「こんな仕事、やってられるか!」と叫んで、路上の空缶を蹴る。
路上に響いた空缶の乾いた音は、僕らの憤りを代弁したように今も耳に残っている。
こうして半年も持たないまま、一緒に帰る仲間は次々と入れ代わっていく。

力の及ばない、リーダーとして苦悩を思い出す。
会社は有望株という言葉で、若手を巧みに洗脳し、決定権を与えないリーダーを所々に配置した。
にわかに信じ難い、景気の良すぎる話ばかり聞かされたが、労働力を食い物にされてる不安はあった。
それでも会社に忠誠を尽くせたのは、人間関係に応えたいという純粋な思いを大切にし過ぎたこと。
だが、純粋な気持は好転することもなく、会社は脱税に手を染めて全国ニュースにまでなったほどだ。
そうなると組織が崩壊に向うのを見ながら、自分にはもうどうすることもできない。

その頃になると、希望に満ち溢れるよりも、「この東京でどうしていこうか…」と考えはじめていた。
新潟に帰ることは全く選択肢にはなかったし、次第に「破れかぶれの人生」になってきた。
しかし、不思議なことにそばで見ている人がいるもので、渡りに舟って本当にあるんだなと思った。
こうして仲間とはどちらからともなく、「機会があったら、また会おう」と言葉を交わして別れる。
だけど、「もう二度と会うことはないんだろうな…」と、直感は嘘をつかなかった。

たまに朝方の天気予報なんかで、新宿駅周辺の映像を目にすることがある。
そこには僕らみたいに、疲れきった体を引きずるように歩いている若者の形跡はない。
当時、歌舞伎町の交差点から、朝もやに包まれる西新宿の高層ビルを見上げて、タメ息をつきながらも今こうして生活しているのが人生なんだろうね。

いつの時代もタメ息なんて、そんな程度である…  季節は冬だったと思う。
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2013年02月09日

自殺問題(3)

新潟県は依然として自殺率が高いという。
僕が10代の自殺に心が痛むのは、経験によるところが影響していると思う。

高校二年の春、将来の友人を失った。
彼(以下、F)とは、小中高校と同じ柔道部(道場)の間柄だった。
将来の友人と先送りしていたのは、当時は好敵手であり、一緒に遊ぶこともなかった。
Fは高校一年の夏から、次第に部活に現れなくなり、二学期がはじまっても学校に登校してこない。
僕は戻ってくると思い、そんなに気にすることなく青春を謳歌していたが、噂はゆっくり耳に入ってきた。
その噂とは、「白血病らしい…」

部員数名と入院先へ見舞いに行っても面会謝絶。
後日、保健室の先生に病名だけを訊ねに行くと顔が一瞬だけ強張り、その場をあやふやにされた。
数時間後、Fの担任に呼ばれ、「今は何も言わないでくれ…」と口止めをされた。
二年に進級した春、Fが戻ってくることを信じていたが、願い叶わずこの世を去った。

数ヶ月後、失意のどん底から引っ越したF家の自宅に焼香に伺った。
霊前の前でご両親に一礼してから、入院中の出来事を訊くことができた。
これから先が、10代の若者に訴えたいことである。

病室の窓から当時そこにあった、M高校の校門が見えていたらしい。
本来なら学業にスポーツ、友情や恋愛にいそしんでいる年頃である。
今思い出したが、フォークギターを趣味にしていたはずだ。
それなのに、入学したばかりの学校生活も送れないどころか、病室からも出られない。
朝と夕方、登下校するM高校の生徒たちの姿を窓辺から見ながら、自分の元気な姿と重ね合わせて、    ひっそりと泣いていたらしい。
しかも気丈に、親に涙を隠していたというではないか。
Fは最後まで、学校に登校できる日が来ることを信じていたんだ。

僕はFを失ってから、どこか柔道の練習にも身が入っていなかったと思う。
だけど、この話を訊いたとき「俺は自由なんだよな」と、それまで引きずっていたことが吹っ切れた。
そのとき、好敵手として距離を置いていたFとは、先送りしていた友人になれた気がした。

どんなに辛いことがあっても、自ら無責任に命を絶ってはいけないし、尊いことをわかってほしい。
残された家族にどれだけ大きな苦しみを与えるか、そのことをわかってほしいんだよね。
自殺するほど追い詰められていた気持は理解できるが、絶対に無駄死にで家族を泣かせてはダメだ。
あのとき告別式に参列したが、泣き崩れている母親を父親が抱きかかえ、その脇で弟が涙をこらえて、   打ちひしがれていた家族の姿が、今も脳裏に焼きついているからだと思う。

Fが逝った新潟がんセンターでは、柔道部の後輩が医師として日夜、多くの患者と向き合っている。
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2013年02月08日

頭髪介護

男も女も一緒の心境になるであろう。

7日、14時に予約した美容室でパーマが終わったのが、16時を少し回った頃。
年齢的に髪がやせるのは仕方ないが、少しでもフワッとボリュームある感じにはしておきたい。
人から「天然パーマなの」と訊かれるが、髪質は猫毛である。

かれこれ、30年はパーマとカットの繰り返しが続いている。
それ以外、髪をそめたこともなければ、奇抜な髪型にもしたことはない。
知人と久し振りに再会しても、「あんまり変わらないね」と言われるのは、どうも髪形にもあるようだ。
まだ、髪の量があるから、極度に加齢した印象に見られないのがなによりである。
それに、パーマをかけられる髪があるうちは、美容室に通おうとも思っている。
しかし、美容室のオシャレな内装と、僕の年齢がマッチするか考えると疑問も残る。

髪をシャンプーしてもらったり、ロットを巻いてもらっているときに思った。
この先、衰退の一途をたどる髪を、大事に扱われていること。
髪がなくなれば、美容室に行かなくて済むんだから、そりゃ大事にもされる。
まるで「頭髪介護」であるが、自宅ではリハビリ代わりに毎朝、指の腹で頭皮をマッサージしている。

50代の仲間入りするまで、あと2年を切った。
今が自分の人生でどんな年齢であるのか、もう少し先に行かないとわからないであろう。
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2013年02月07日

気怠い歌声

「この寒波だ、今日は暇だろうな…」と思いながら、店の看板に灯りを入れた。

22時の時点で客が誰も来ないので、自宅で待機している妻に電話をして今日は特別に休ませた。
その電話から10分過ぎた頃、扉の鐘が小さく鳴り響き「ごぶさたしてました…」と、少しうつむきかげんで入ってきたのがSさん。
他に誰もいないので、「どうぞ、お好きな席へ」と導いたが、後から来るかも知れないお客さんのことを    気遣ってか、隅の席に腰をかけてホットウイスキーを注文した。

室温を二℃上げた。
Sさんは、暇であろう日を予想して来ていただける、勘所の持ち主である。
そのぶん、他のご常連さんとはあまり面識のない、希少なお客さんかも知れない。
だからと言って、人見知りする人でもないので、この後に誰が来ようと場持ちできる器量もある。

以前も書いたが、ジャズをアプローチにしている店なので、会話の妨げにならない音量で流し、誰とでも気軽に社交できる雰囲気だと思ってくれればいい。
もちろん、ジャズに興味が湧けば、その後の展開に道しるべをつける具合である。
そんな空気を理解してくれて、持ち前の社交性で輪を描けるSさん。
持参してくれた懐かしいCDが、Helen Merrill 「 You'd Be So Nice To Come Home To 」
一曲目 「 Don't Explain 」の気だるい歌声が、今晩の寒さを物語ってくれているようだった。

暦の上では立春は過ぎたものの、まだまだ寒い夜は続きそうである…
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2013年02月06日

無職疑惑

夕方、買物袋を両手に下げて、自宅マンションのオートロックで立ち止まった。

エントランスで一緒になったのが、いつもの小学生。
「オッス!」の合言葉を交わすと、またも質問がはじまる。

買物袋を持つ姿を見て、「お嫁さん、いないの…」と。
前は「おかあさん、いないの…」だったと思うが、今回は一人称を変えてきた。
「君はおかあさんのお手伝いをしているか」と訊ねると、少しモジモジして「してない」と答える。
今度は何を言い出すかと思えば、「お仕事してないの…」である。 (無職だと思われている)
笑いながら「ちゃんとしているよ」と言うと、「何の仕事をしているの…」と突っ込まれる。

タイミングよく、エレベーターが開いた。
質問には答えず、「宿題やれよ!」と言葉を濁すと、口を尖らせて「またね!」で扉が閉まる。
小学生からすれば、仕事へ出かけている父親と逆の生活時間なので、少し不思議に思えるのだろう。

まあ、普通はそう思うだろうな。
僕を知らない人からすれば、昼下りに仕事が終わる職業で考えるだろう。
多くは「市場に勤めている人」、「早朝勤務している人」に思われるんじゃないかな。
全くその逆で、バーテンダーなんだけどさ…

それにしても「無職疑惑」には恐れ入った。  わしゃ、近所で何者に思われているんじゃい! 
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