2013年01月26日

凛とした父親像

30歳前後に出産を経験した、同世代の母親たちも子離れしなきゃいけない頃だろう。

進学や就職を契機に、新潟から離れていく子を持つ母親を何人か知っている。
父親なら息子が自立して旅立つ朝、リビングで新聞を広げながら「行って来い」の一言に愛情がある。
子どもからすれば、旅立ちに涙ぐむような父親では頼りないだろう。

だけど母親との別れ際だけは、子どもは大切にするべきだと思う。
自分のお腹を痛めて出産した子を、父親のようには厳しくなれないのが母親である。
それに子どもが親離れしようとしているときは、実は親も子離れをしようと葛藤しているもの。
性分である母親には、優しくしておくべきである。

繰り返すが、父親の役割は違う。
旅立ちに、安っぽい演出をするのはよくない。
冷水を浴びせるようだが、「たかが」なんだ。
父親が子離れできずにいれば、子どもの社会人デビューにおいて、甘やかすだけと思える。

母親は泣いてもいいけど、父親にはイメージというものがある。
会社の入社式についてくる親はどうでもいいが、子が自立を志した以上は毅然とした態度に出るべき。
それからが、父と子の本当の親子関係がはじまるような気がする。

そんな父親ほど、長年行きつけの店の主人を相手に、「あのバカ息子がさ…」と、つぶやいている姿が    微笑ましかったりするもの。
いつまでも過保護にそばに置くより、子を社会に送り出して、孤独を味わえる父親のほうが好きだな。

そう思うのは同年代の母親を見ていると、別れ際は強がっても「涙もろいんだろうな」と感じたから。
それともうひとつの理由は、世の中全体が、「凛とした父親像」を求めてきているんじゃないのかな…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする