2013年01月31日

気になる木

日用品の買出しをいつものところで済ませて、夕暮れの空を見上げる。
そこには現在建設中の、「新潟日報メディアシップビル」が高くそびえ立っている。

最近は日曜問わず、夜遅くまでビルに灯りが入っているようだ。
その外観だけを切り取ると、東京駅の新幹線ホームから見える、丸ノ内のオフィスビルのようでもある。

ラブラ万代の正面入口には、やや大きめの木が3本立っている。
今の状態は葉が一枚もなく、やせた枝と象の肌のような幹だけの老木だ。
その木を目の前にして、背景のビルを見上げると、鮮やかな自然と建造物の交わりを感じる。

竣工すれば、万代界隈で待ち合わせをする人々も多くなるだろう。
地下をつなぐ万代クロッシングあたり、西堀ローサの元噴水広場のように、ちょっとした雨風をしのげる  シャレた待ち合わせ場所にでもならないかと思う。
それに街の機能として衣食住の他に、緑と文化が揃う街並みになってくれたら嬉しいよね。
そんな当店、街の片隅に静かに溶け込んでいる、「小さなジャズバー」でありたいと思う。

ところでこの木はなんの木なんだろう… そんな歌詞のCMがあったよね、気になる木だったかな。
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2013年01月30日

午後の断水

正午に起床して思い出した。
自宅マンションの受水槽点検のため、午前9時から午後3時まで断水であることを…

あと3時間ほど水道が使えないので、トイレはおろか、寝覚めのシャワーも浴びられない。
幸い急ぎの用事もないので、作業終了まで少量のコーヒーを飲みながら時間をつぶしていた。
点検や現場作業は、日中在宅している者に影響が巡ってくるもの。
普通に会社勤めしていれば、家に居ぬ間の断水なので、あまり実感がないであろう。

待機している間、シャワーは我慢できても、生理的なことに我慢を強いられるのはとても辛い。
終了時間より、作業が早く終わることも知らされてるので、台所の蛇口を確認しに行くこと数回。
作業終了の館内放送が入るわけでもないので、生理現象を我慢しながら今か今かと待ちわびる。
そして、もうひとり…   妻がわれ先にトイレへ入ろうと、狙っている姿がリビングにある。
先を越されてなるものか!

こういうとき、あたりまえの習慣というか、便利が身にしみて感じるのである。
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2013年01月29日

布団乾燥機

「布団乾燥機」  字の如く役割は主に梅雨時に使うだろうが、わが家は真冬に効果を発揮する。

この時季、深夜から早朝にかけて、一段と底冷えが厳しくなる。
寝室はオイルヒーターで暖めているが、ベッドの中までは温かくはならない。
そこで布団乾燥機の登場である。

眠る数時間前に、乾燥機で温めてからベッドに潜りこむ。
ベッドの中では、ほどよい温もりに包まれて、もう冷たく感じることはない。
独身なら、孤独なベッドの冷たさに震えて、羊の数をかぞえることもないはずだ。

だけどタイマーの設定後、ベッドへ潜りこむタイミングを誤ると、布団全体がサウナ状態となってしまい
安眠どころじゃなくなるので、取扱いには注意をしたい。
経験的にタイマー終了後、ほどよく布団が適温になるのは、約1時間半後である。
こうして、今晩もベッドが温まる間にブログを書きつつ、布団に包まる幸せを感じている。

以上、わが家の冬場対策をお伝え致します。
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2013年01月27日

本当に弱いな…

大相撲初場所14日目、横綱の日馬富士が5回目の優勝を決めた。

今場所の日馬富士は、本調子ではなかったと思える。
談話を聞いてないので、真偽はわからないが、大相撲ダイジェストで見た限りそう思えた。
横綱昇進を決めた場所では、類まれな俊敏さが際立っていたが、今場所は明らかに動きが違う。
だけど凄いのは、調子が悪ければ悪いなりに、工夫した相撲をとれること。
それだけ研究熱心だろうし、実力が同じであればクレバーなタイプが勝つのは当然のこと。

モンゴル相撲の下地を感じる。
モンゴル力士は国技「ナーダム」(モンゴル相撲)で、相撲の下地を持って角界入りしてくる。
それはしっかりと組み合い、投げ技が決まるまで戦い続ける国技である。
要するに、基礎能力が身についている。

元横綱の朝青龍を筆頭に、現役横綱の白鵬と日馬富士、大関の鶴竜らは、入門当初は軽量力士でありながら、正攻法で攻め込む相撲が特徴的だった。
それで次第にウェートアップして、弾力のある筋肉をつけるから、強くなる資質はさらに増す。
外国人のハングリーさだけを取り上げられるが、そうじゃなくて下地作りからして違う気がする。

日本の稽古は伝統を重んじるあまり、間違った努力も多いのでは…
そう思うのは、スポーツ全ての基本となる「走れる力士」は、何人もいないんじゃないかな。
ただデカイ体をぶつけ合っていたり、立ち合いで変わることばかり考えている相撲は時代じゃない。
激しいぶつかりもそうだけど、組み合ったあとの動きが俊敏な力士が絶対に強くなると思う。

待望の日本人横綱誕生など、向こう三年間は無理であろう。
両横綱の衰えを待つしか、道が開かないんじゃないのかな。
それにしても、日本人力士は弱いね… うん、本当に弱い。
ここまで弱いと、「間違った稽古をしているんじゃないのか」とさえ思えてしまう。

そんなわけで、今日の千秋楽。
休日の夕方、家で優勝争いを見るまでもなくなったので、フラッと銭湯にでも出かけようかな…
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2013年01月26日

凛とした父親像

30歳前後に出産を経験した、同世代の母親たちも子離れしなきゃいけない頃だろう。

進学や就職を契機に、新潟から離れていく子を持つ母親を何人か知っている。
父親なら息子が自立して旅立つ朝、リビングで新聞を広げながら「行って来い」の一言に愛情がある。
子どもからすれば、旅立ちに涙ぐむような父親では頼りないだろう。

だけど母親との別れ際だけは、子どもは大切にするべきだと思う。
自分のお腹を痛めて出産した子を、父親のようには厳しくなれないのが母親である。
それに子どもが親離れしようとしているときは、実は親も子離れをしようと葛藤しているもの。
性分である母親には、優しくしておくべきである。

繰り返すが、父親の役割は違う。
旅立ちに、安っぽい演出をするのはよくない。
冷水を浴びせるようだが、「たかが」なんだ。
父親が子離れできずにいれば、子どもの社会人デビューにおいて、甘やかすだけと思える。

母親は泣いてもいいけど、父親にはイメージというものがある。
会社の入社式についてくる親はどうでもいいが、子が自立を志した以上は毅然とした態度に出るべき。
それからが、父と子の本当の親子関係がはじまるような気がする。

そんな父親ほど、長年行きつけの店の主人を相手に、「あのバカ息子がさ…」と、つぶやいている姿が    微笑ましかったりするもの。
いつまでも過保護にそばに置くより、子を社会に送り出して、孤独を味わえる父親のほうが好きだな。

そう思うのは同年代の母親を見ていると、別れ際は強がっても「涙もろいんだろうな」と感じたから。
それともうひとつの理由は、世の中全体が、「凛とした父親像」を求めてきているんじゃないのかな…
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2013年01月24日

変則相撲

連日、大相撲ダイジェストを見ながら、酒の肴をつまんでいる。

相撲の決まり手は八十手あるというが、僕にもさっぱりわからない。
わかるとしても押し技や引き技を始め、投げ技などの数種類でしかないだろう。

本場所を桝席で観戦しているわりには、相撲をわかっていないと思われる観客もいる。
中でも引き技は苦し紛れな技、立会いの変化は卑怯な技として、褒められたものではない。
だが、楽して勝とうとするタチの悪い相撲は別だが、所作を合わせた仕切りの間は心理戦でもある    以上、理想とする攻防だけではない。
当然、立ち合いの変化や変則相撲もかけひきとなる。
場内のため息は「もう少し見たかった」表れでもあるが、本気(ガチンコ)ほどあっさりと決まるもの。
見方にも、それなりの目も必要になる。

相撲の流れの中で形勢を変えようと、瞬間に引いたり叩いたりしたのに、相手の足がついて行かなくて
勝手にコケる場面もあるが、それって稽古不足じゃないのかと思える相撲もある。
観客も誰のどの場面に対するため息なのか、決まり手の流れも見てないと相撲じゃなくなるからね。
だけど相撲の形がなく、変則相撲に頼らなくてもいい体格の力士が、軽々しく変化ばかりしているから、ため息やブーイングを浴びてしまうんだ。

変化相撲は見ていて楽しい面もあるが、器用さと強さとでは大違いである。
柔道なら基本技となる「背負い投げ」ができて、極端な半身にならない選手が強くなるように、相撲も    同じ理屈で基本技に忠実な力士が一番強くなると思える。
変則技に頼る気持はわからなくもないが、番付や勝敗に追い込まれているときの苦肉技なんだけどな。
その意味では体格的に申し分ない、欧州勢の相撲はもったいないと思うんだ。

初場所も今日を入れて残り四日…  人それぞれ、そんなこともネタに相撲を見るのもいいだろう。
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2013年01月23日

元不良

自称、元不良(元ワル)は嫌いだ。

元不良をブームのように、取り上げる風潮はおかしい。
自伝を出版したり、付録には凄味を利かせたつもりの写真まで公開している。
決まり文句は「こんな俺でもやればできる」… 何かおかしくないか。

女の存在も影響している。
昔から、不良っぽい男に想いを寄せる傾向がある。
そこに目をつけて、元不良を名乗る「チョイワルおやじ」のような、厄介なタイプが大量発生した。

嘘つけ… おまえのスカジャン、通販のカタログに載っていたぞ。
嘘つけ… おまえの7センチアップのヒール、新聞広告で見たぞ。
おいおい、浮世絵のパンツじゃないだろうな。
そういう奴に限って、高校の体育祭の打上げなんかで、たかが酒盛りして停学喰らった程度のことを、社会人になってまで、大げさに吹かしていたりするんだ。

筋金入りだった奴ほど、過去をひけらかさずに社会貢献しているもの。
例えば、朝方の通学路にかかる横断歩道で、黄色い手旗で小学生の安全を見守っていたり。
それから、人間関係に則った、礼儀や振る舞いがしっかりできる。
過去をちらつかせて、人に威圧感を与える真似をしない潔さがある。
晩年にもなる男が、元不良を名乗るほどカッコが悪いものはない。

その昔、反社会組織に身を置いた男が、「これじゃいけないんだ」と更生した。
過去をひけらかすことなく、恋人にだけ打ち明けて、普通の家庭を円満に築いた。
つまらない自意識よりも、周囲の人に気を使えてこその更生なんだよね。
要するに、恥を知っている生き方がカッコいいんだ。

だけど元不良を売りにした、悪い男に惹かれる女もいる。
「こんな男にかかわるな…」と忠告しても、根っからそういう男が好きな女っているんだ。
それに元不良って、セックス経験が豊富な男も多いもんだから、貞淑な女性がヘタに体が合ったりして、   その味をしめたりすると、女の本能が刺激されることもあるようだ。
女が見た目、野生的な男に支配されたいと思うのは、少しマゾな体質があるのかも知れないね。

元不良を自称する男もいれば、元不良に憧れる女もいる限り、そういう風潮は終わらないんだろうな。
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2013年01月22日

午後の寛ぎ

休日明けの午後は忙しない。

銀行に郵便局、買出しに少しの仕込み、介護施設へ面会に出かけたり。
この時期からは、役所の提出書類も多くなる。
限られた行動範囲を、徒歩か自転車で移動するが、密集した街中では小回りを利かせて効果的に動く。
行先を定刻で通過しないと、開店時間が迫るので、あまり道すがらに興味を向けないようにしている。
それでも時間に余裕があるときは、喫茶店で気分転換をしているときもある。
それにさまざまな形態の喫茶店を含めて、ひとりで行く店と行かない店はもうハッキリしている。

近いことが条件になるが、よく行く店の頭文字は 「D」 たまに程度が 「C」 「P」
ファミレス ファストフード ネットカフェなどで寛いだことはない。
不思議と縁がない店の頭文字は 「S」 「T」
人の視線を快感に寛げる自意識はないので、極度な開放感に満ちたガラス張りは避ける。
あくまで仕事前のひと時なので、開放的過ぎず、閉鎖的過ぎない空間を選ぶことになる。
喫茶店に食べる感覚では入らないので、コーヒーだけ美味い店が前提にはなるけどね。

本当に好きな場所は、ホテルのラウンジ。
天井の高さが開放的で、席の幅にゆとりがある。
クラシック音楽が流れる中、静かに読書をしたり、大切な人と会うには適した場所である。
同じコーヒーでも、注ぎ足してもらえるのが魅力だし、そのぶん雰囲気も優雅だ。
使い分けているが、夜は出歩けない分、午後のコーヒーは仕事前の気分転換に役立っている。

余談だが、どこでもメニューを見ることなく、「アメリカン」で注文している。
一応通じているが、もしかして「アメリカン」って名称は死語… なのかな。
そもそも、喫茶店とコーヒーショップ、カフェやラウンジの線引きは曖昧なもの。
おしゃれ感覚でコーヒーを飲んでないので、どうしても年齢的な雰囲気を重視してしまう。
だから「カフェ」には入らないし、そのあとに「レストラン」とついた店とは縁がないと思う。

それでも入ることになったら、メニューを指差して、「コレ」って注文するだろう。
でも、店員さんが復唱して、「ポパイのわんぱく風サラダ」と「オリーブの完熟マンゴ タピオカ風味」。
「ドレッシングは、何になさいますか」と聞かれたら、ボソッと、「マヨネーズ大盛で」と言うかもね。

どこか気恥ずかしい言葉ってあるよね。 その前に「アメリカン」が今でも標準語なのか不安である。
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2013年01月20日

Jazz Talk Vol.18

店のコンセプト上、お客さんからの音源や映像の持ち込みも少なくはない。

コジャレ感覚を狙って流してないから、誰からであろうがこの計らいは嬉しい。
だからと言って、音がかけ抜けるスピードジャズじゃないし、気だるいカクテルジャズでもない。
店の雰囲気もキチンと考えてくれた、いい塩梅なセレクションである。

現在、釘付けになっている映像がある。
「HERBIE HANCOCK & ALL STARS」 (1996)
発表したCDタイトル「The New Standard」(1995)は、高頻度で聴きこんでいたが、同じメンバーで 日本公演の映像があるとは、今まで全く知らなかった。
当然、オールスターというぐらいだから、メンバーも硬派である。

HERBIE HANCOCK (P) …極めて攻撃的である。
MICHAEL BRECKER (Ts) …音楽ジャンルを飛び越えている。
JOHN SCOFIELD (Eg) …ギタースピリット全開。
DAVE HOLLAND (B) …演奏の骨格を形成している。
JACK DEJOHNETTE (Dr) …フレキシブルなリズム。
DON ALIAS (Perc) …効果的に打ちつけてくる。

これだけのメンバーを集めるのに、どれほどの時間とギャラのアプローチがあったのかと考えるあたり。
と言うのも、1978年「VSOPクインテット」結成当時。
当初「マイルス・デイビス」も参加予定でありながら、表向きはギャラを不服としてキャンセルしたと噂は
伝えられたもの、実は本人の健康上の問題であり、オファーをかけたハービーは悔やんだという。
本当かどうか知らない逸話を思い出したが、早くも脱線気味なので話を元へ戻そう。

90年代、楽器で分類しても、「オブ・ザ・イヤー」のメンバーだよね。
この日のメンバーが、いかに快調だったか聴き取れるし、全員ヒートアップして最後まで疾走する。
破格な重量級のグルーヴ感って、こういう演奏なんだろうな。
個人的に「デイヴ・ホウランド」の図太く粘りのあるベースラインが、ガッチリとバンドの骨格を支えているようで、その凄さをまじまじと思い起こさせてもらった。

そんな貸し借りも楽しみながら、慎ましくジャズを味わっている。
                                Special Thanks    Mr. NAGATSUKA! 
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2013年01月19日

マフラー

「アレ、どこでなくしたのかな」

誰でもひとつやふたつ、持ち物が見当たらなくなったことがあると思う。
家のどこかにしまい忘れているのか、どこかへ置き忘れてしまったのか、それとも…
締め所は、「まあ、いいか」と言いきかせるであろう。

僕の場合、厚手のマフラー。
外出先で外す場所に限定されるが、特定できる記憶がない。
道ばたに落としたとしても、肌感覚で何となくわかると思うのでそれも違うだろう。
クリーニング店に預けっぱなしだったり、部屋の元の位置に戻してなかったりとか。
なくしたことすら、気がつかないこともあるだろう。
だが、何か思い出すきっかけがあると、一気に前後の記憶がつながることもある。
今は、その瞬間を待つしかない。

ホテルのようなサービス業においては、忘れ物の連絡をお客さんに入れることはご法度となる。
当店でも、忘れ物の取扱いに細心の注意を払うのは、大人の事情があるからなんだ。
状況を把握せず、杓子定規な親切心が「やぶへび」を引き起こすこともあるからね。
ちなみに大人の事情とマフラーは、断じて関連性のない出来事である。
うーん、それにしてもあのマフラー、どこへ行っちゃったんだろうか。

いつの間にか見当たらない。  そんな経験ありませんか…
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2013年01月18日

精神年齢

根拠はわからぬが、人は実年齢の七掛けが精神年齢だと聞く。

僕なら、七掛けの四捨五入=「34歳」。
20代前半の頃、34歳前後の人を見た印象は、もう少し落ち着いていたような気がする。
時代背景があることだから、一概に年齢だけの問題じゃないと思うが、今は全体的に幼く見える。
気を悪くしないでほしいが、年齢と経験が人を作るはずなのに、相応な風格が漂わないと言おうか。
僕らも「なんじゃこりゃ!」かも知れないが、ある程度は我々世代を代弁しているとは思っている。

新成人なら、「14歳」である。
一頃に比べて、成人式のバカ騒ぎは少なくなったが、連中が「14歳」だと思えば腹も立たなくなる。
目安となる「20歳」の精神年齢に到達する実年齢は「28歳」。
その頃になると、ようやく落ち着きと風格が形成されてくるのかな。

思ったことは「28歳」は、肉体本意の恋愛が落ち着く年齢なんだよね。
20代後半になると、体が合う合わないじゃなくて、安らぎや学べる要素がないと想いがズレてくる。
だから、遊び本意の恋愛は「28歳」ぐらいで、済ませておいたほうがいいんだ。
そうじゃないと、40代後半あたりから、狂い咲きする男女っているからね。
まあ、性欲が強いのなら納得するが、人並みであれば普通はそんなもんだよ。

僕自身「34歳」頃までの、経験を多く書いていることに気がつく。
たぶん、その頃までの経験が、成人式を迎えたのかも知れない。
今の「48歳」を語る上で、語れる精神年齢は「68歳」。
険しい道のりではあるが、20年後の僕は今の僕に何を語っているのか、これ意外と楽しみになるかも。
その前に脳年齢もあるし、健康に生きているだろうか…  だから、人生おもしろい!

そのときが来て、「なんじゃこりゃ!」では悲しすぎるぜ…  セニョリータ! (T△T)
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2013年01月17日

小さな妄想

身近なスーパーやコンビニなどでは、シンプルな接客で合理化が図られている。
時間の節約にもなるし、余計なストレスを感じないから、それはそれでいいと思う。

店の範囲を拡大すれば、ファストフードやファミレスもあてはまるだろう。
それにマニュアルが機能していれば、サービスが底上げされており安心である。
だが、人が運営しているものなので、それはそれで良いほうにも悪いほうにも傾くもの。

そんな日常環境の下、嬉しいことも結構ある。
顔を覚えられると自然な笑顔と言葉で迎えられ、嫌味のない距離を計れるようにもなる。
一瞬、温かい気持になれるし、何よりもねぎらう言葉を返したくなるのが人情。

年齢は関係なく、「人となり」で接しているだけ。
行き過ぎたサービスは必要ないし、素性を詮索したりもしない。
接客が評価されて、感謝されるだけのことなので、それ以上もそれ以下もない。

男である以上、接客に恋心を抱くこともあるだろう。
女性らしい接客ぶりに、「魅力的だな」と思われるパートさんは素敵だ。
距離に理性さえあれば、何となく心軽やかないい関係になれるからね。

男が独身と言いたがるのは、小さな妄想を抱いてるからで、僕は既婚を隠さない生き方である。 (笑)
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2013年01月16日

優勝願望

大相撲初場所がはじまっている。
前ほど力を込めて見ることはないが、今は取組を予想して独り言を吐いているぐらいである。

大関「稀勢の里」には、期待はずれが続いている。
毎場所「今度こそ」と、願望をかけているにもかかわらず、相変わらず「ここ一番」に弱い。
中途半端に煮え切らない白星の数が、そういう印象を与えてしまうんだと思える。
しかも、下位の力士に星を落として、勝手に優勝戦線から離脱してしまう脆さ。
「横綱になれ」とは言わぬが、頼むから「一度は優勝してくれ」と願っている。

稀勢の里は不器用で純朴な青年である。
自分の気持をあまり言葉にせず、いつも口を真一文字に結んでいることが多い気がする。
テレビのバラエティー番組に出ることもなく、ひたすら地味な相撲人生にも思えてしまう。
周りからも「気難しい男」だと、思われているかも知れない。
相撲界の「融通」に手を染めないから、取組は情け容赦なく、15日間は気が抜けないだろう。
人間、日常の距離感ひとつでも、温厚にも非情にもなれるからね。

愚直だ。
独り善がりだが、真実味を感じる。
あの涙もろさはどうかと思うが、それだけ性格が一本気で優しいのであろう。
いつまでも「青春貧乏」しているような面構えが、どこか惹かれてしまうんだ。
調子よくヘラヘラした奴より、仏頂面だけど芯が通っている青年のほうがいいでしょ。
親心で言えば、稀勢の里が優勝したときの満面な笑顔を見てみたいんだ。

それと僕自身の「若い時の不器用さ」を見ているようなところが、感情移入させられるのかも知れない。
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2013年01月15日

しゃぶしゃぶ

年始から腹を下した後、夫婦で参加した新年会では、今度は妻が風邪をこじらせた。
数日後、同じ屋根の下でうつされてしまい、交互に体調を崩してしまった1月上旬であった。

微妙に体がだるい日が続いていたが、完治後の休日は鋭気を養うため、新潟駅前に食事に出かけた。
店を切り盛りするようになってから、昔ほど二人で外食に出かけられなくなった。
出かける回数が減れば減ったぶん、顔なじみの飲食店で過ごしていたいのが人情。

しかし、今回だけは違った。
「今、本当に食べたいものは何…?」
「せーの」で、同時に発した言葉が、「しゃぶしゃぶ!!」
食の嗜好が異なる僕らにとって、まさに奇跡の一致であった。

お野菜はポン酢、お肉はゴマだれ…  上品にも「お」がついているのは、単に貧乏性だからであろう。
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2013年01月14日

Jazz Talk Vol.17

当店のような形態の「ジャズバー」は、ジャズの初心者の「道しるべ」になればいいと思っている。

ジャズをサウンド面から考えたり、外観にとらわれる人の店ではない。
俗に通と呼ばれる人は、自室がオーディオルーム化しているので、今や住み分けされている。
それに「ジャズ=チョイワル」みたいに、ワルそうな音に耳を傾けながら、バーボンをあおる場面もない。

寧ろ、ジャズという難解なイメージを排除して、誰でも寛げるアプローチにしたつもりである。
高価な音響設備、大量な音源も用意してないし、演奏できるスペースもない。
会話をさえぎらない音量で、所々にジャズを散りばめてある、曖昧な浮遊空間でいいと思っている。
つまり、ジャズを別角度から愛しているんだ。

お客さんから、驚かれることがある。
(他の客と) 「えっ、マスター、ジャズを話すんだ…」
まあ、知らない人からすれば、難しい話に聞こえるんであろうが…
その言葉にどこかおかしみすら、こみあげてきたんだけどさ (笑)

本筋はジャズでありながら、会話はその時々の出会いの内容でしかない。
アングラを好むつもりはないし、だからと言ってアナーキーじゃないし。
それにジャズで身を硬くし過ぎてしまうと、せっかくの出会いに希望が灯らないでしょ。
会話のサジ加減が分かって、ノンジャンルの中に、おたがいの発見が大きかったりするからね。
言うなれば、文化としてのジャズでもある。

ジャズを掲げているのは、僕なりのさわやかなこだわりなんだ。
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2013年01月13日

体罰反対

部活動の顧問による、生徒への体罰が原因で尊い命が失われた。

体罰は反対である。
しかし、スポーツにおいては体罰は必要悪と黙認され、鉄拳制裁こそが強くなるためへの早道として、    いつの時代も曖昧な論調を書き立てられていたと思う。
認めたくはないが、手っ取り早く強くするためには、体罰は安易な近道となる。
だけど体罰を振るわないことが、優秀な顧問としてのダンディズムなんだ。

僕は長年、柔道部に籍を置いていた。
体罰を受けたことはないが、体罰をまじかで見たことはある。
次の試合に備えて、体育館の隅でウォーミングアップしていたときのこと。
前の試合で僕に負けた相手が、顧問から怒鳴られながらイガグリ頭を平手で叩かれ続け、しまいには履いていたスリッパで往復ビンタを張られていた。
彼は体罰に耐えていたが、その目は悔しさというよりも、敵意にも満ちたような目をして僕を見ていた。
強豪高校の2年生が、無名高校の1年生に負けたことが堪えたのであろう。

柔道は礼に始まり、礼に終わるのが所作であり、勝負は時の運でもある。
負けたからと面前で体罰を食らわしたり、敵意を持たれたりしたら、それはたまったもんじゃない。
スポ根漫画の見過ぎと言うか、勝敗に遺恨めいた筋合いなどない。
顧問の体罰は水面下で、よどんだ心理状態を生み出す。
体罰は体罰でしかないのに、お互いが体罰に依存するようになる。
気づいたときには、体罰なしでは選手として動機が保てなくなると思う。
つまり、人格の中に体罰という恐怖心を植えつけるんだ。
顧問に限らず、先輩後輩の関係においても、十分に置きうることでもある。

冗談じゃないよね。
一度恐怖心を植えつけられると、自分の頭で考えることが鈍くなり、骨抜きにされた挙句、ひとりになると途方に暮れてしまうようになる。
その人なくして行動できない、ある種「依存心」という麻薬みたいなものだろう。

体罰はサーカス団の猛獣使いに似ている。
鞭が怖いから動くんであり、自らの意志ではない。
たまに飴でもしゃぶらせて、優しい人を演じておけば、ひとたらしと同じでしょ。

最後に体罰は反対だけど、一定の理解は示さなきゃならないこともある。
あくまでも仮の話だが、体罰に愛情をつけるとしたら、日常的なものではない。
親心にも似た瞬間的なことであり、真剣な愛情は伝わるものだと思うけどね。

僕の年齢だから言えるけど、当事者の顧問と同じ年齢と知って、少し複雑な心境である。
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2013年01月12日

スマホ症候群

僕もいづれ、次世代型ケータイと呼ばれる機種に、ひれ伏すことになるだろう。

利便性は理解しているが、携帯する気にならない。
どこでも、オモチャ代わりになってしまうでしょ。
このブログもパソコンからしか入力してないし、投稿したらさっさと電源を落としてしまう。
閲覧するのはニュースか調べものぐらいで、あまり興味本位にあっちこっち飛んだりしない。
見知らぬ人とネットを通じて出会ったこともないし、そういう出会いに少しの願望もない。

出会ったことに味をしめると、常に気持がせっかちになり、意識がとらわれの身になるでしょ。
だったら、なるべく携帯しないし、癖になるような余計なコンテンツには触れないタイプ。
僕にはそれぐらいの線引きの方が、ちょうどいいのかも知れない。
そう言っていられるのも、いつまでかわからないが、結局は機械音痴なんだと思う。

ネットを通じた、ストレスやトラブルが多いらしい。
最大の防御は、無用な興味を示さないことに尽きる。
「SNS」ってので、友達探しに情熱を傾けている人がいるけど、暇なのかなと思っちゃう。
最初の内は美文のやり取りに酔い知れるが、次第に能弁さが傲慢さに変わり、最終的には相手と      メールでケンカでもおっぱじめるようでは、そいつら絶対に大変な奴らに決まっている。

僕は日常生活の作法から自然に距離を計り、人脈って作るもんだと思っているからなじめないんだ。
使い方次第かも知れないが、興味を持ったことはないなあ。
それに街中で姿勢を崩して、いつまでも下を向いてチマチマやっている姿は見栄えが悪いし。

いい大人が、「スマホ症候群」なんて言われたくないからね… サジ加減ってやつなのかな。
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2013年01月11日

一喜一憂

「女性美は文章にある」

メールであっても、無邪気な文章ほど嬉しくなるもの。
サラリーマンであれば、硬い連絡文章で社内外へやりとりしている。
「貴社益々ご清栄…」なんて形式の世界にいると、たまには肩の凝らない文章に触れたくなるだろう。
娘からのメールが嬉しいとは聞くけど、僕も女性から届いたメールに癒されることもある。

読んでいて、ホッとするような文章。
上手下手じゃなくて、お茶目な文章。
なんて言ったらいいのかな… 謎めいた文章。
何度読み返しても、意味を考えたくなる文章。

「淋しいわ」なんて入っていたら、気があるのかなと勘違いしそうだし。
ハートマークなんて入っていたら、しばらくはソワソワしちゃうかもね。
究極は「キャー!」(悲鳴)と入ってきたら、きっと俺、ダッシュでかけつけちゃうよ (笑)

女性本人の声と口調が、頭の中でこだまする感覚。
女性の文章だけが与えてくれる、どこか独特な浮遊感。
自然にフッと笑えるような、一瞬の安らぎ。
言わんとしていることはわかるよね。

僕には、女性のメル友はいない。
たまに送っても、返事こねえし!
だが、妻からは頻繁にメールが届く。
だいたい開くと、「(仕事)帰りにコンビニで、何か甘いもの買ってきて」である。
普段のメールは素っ気ないのに、こういうときだけはしっかりと「ハート(トランプ)」がテンコ盛り。

… わしゃ、負けたよ ( ̄〜 ̄)ξ
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2013年01月10日

女友達

男にとって、妊娠はドキッとさせられる台詞である。

30代前半、東京吉祥寺にある地下のバーで、仕事の関係者4人と飲んでいた。
一番若い同席者である彼が、彼女から妊娠を告げられたという。
その話題に乗っかるが、まだ結婚はしたくないと複雑な心境をこぼしていた。

男の立場からすれば、いずれ身に振りかかることでもあるので、自然とダンボの耳となる。
それでも冷静さを保っているのが、僕より2歳年下で紅一点の未婚女性。
すると一息おいてから、女性の口から「その話、ウソだと思う」と一言。
隣の男も、「ちょっと、何を言い出すんですか」と、彼の心境をかばう。
彼女はその言葉をさえぎり、「違うの、生理的に考えるとおかしいのよ」と語り出した。
18年前の出来事なので、所々の記憶は抜け落ちているが、なかなか筋道を立てて話せる彼女だった。

はっきり思ったことは、「いざというときの女は強いな」と。
男はすぐに「どうするんだ」と結論を急かすが、女はまず「疑問を抱くのか…」と思ったんだ。
月経の仕組がわからない男にとって、同じ性機能を持つ女性は心強い。
そう考えると女友達のひとりでもいないと、行く行く世界が広がらないことを自覚したような気がした。

それでも最後、彼女は一言こう締めた…  「大丈夫、女は切り換えが早いから」
あの彼女の消息はわからないけど、近頃は凛とした女性は少なくなったと思うね。
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2013年01月09日

4億円

今朝の朝刊で、「年末ジャンボ宝くじ」一等(4億円)が、上大川前の売場から1本出たという。

ほぼ、新潟近郊に在宅している人が当選したんだろうね。
誰もが、「もし当選したら」を考えたことがあるだろう。
「捕らぬ狸の皮算用」というやつである。

住宅ローンを返済して、キャッシュで高級住宅へ移り住む。
高級車を乗り回して、海外旅行に散歩へ出かけるわで贅沢三昧した挙句、日常は酒池肉林であろう。
人なんて、持ちなれない大金を手にした途端、結局の使い道は己の欲望処理でしかなくなるわけだ。

当選した年齢にもよるが、欲深い人に当らなきゃいいなと願いつつも、よく考えたら宝くじを買うこと自体、   欲深いことなんだよね(笑)
できれば、気まぐれで数枚買った年金暮らしの老人に当選してもらい、「あの世に持って行けないから」とほぼ全額を福祉に寄附したら、伝説の人で語り継がれるだろう。
究極の尊敬は、無欲の人だと思うからね。

僕は宝くじは当ると思ったこともないので、一度も買ったことはない。
だから、4億円を何に使うかなんて、シュミレーションもしたことはない。
まあまあ、「夢がないぜ」と言わずに、もう少しつきあってほしい。

人は欲の塊ではあるが、最期はお金を使いまくる、空しさにもぶち当たると思う。
自分に近づいてくる人間は皆、「金目当てじゃないのか」と疑心暗鬼になるだろう。
散財してあの世に行ってしまえば、それまでのつきあいの人でも、お線香の1本もあげにこないと思う。
立場や名誉も含めて、お金とつきあわれていたんだから、最期は本性が出るでしょ。
そのとき、無常さを感じながら、意識が遠のいて逝くんだろうなと思うわけ。

僕はそういう金銭感覚は持ちたくない。
最期まで庶民と同じ感覚の中で、小さな愛情に包まれて逝きたいと思っている。
それこそ「夢のある話」、いや、「夢のある現実」だと思わないか。

よーし、次回の年末ジャンボ宝くじは買うぞー!  それでは皆さまご一緒に エイ エイ オー!
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