2012年12月15日

小人プロレス

テレビでは認められない笑いがあった。

70年代からの長寿番組「8時だョ!全員集合」のコーナーで、「小人プロレスラー」のミスター・ポーンがステージを所狭しに暴れ回り、子どもだった僕らを爆笑地獄に叩き落してくれた。
同年代なら、記憶の片隅に残ってると思うが、しばらくすると彼は出演しなくなった。
その理由は、身体障害者をテレビで笑い者に仕立てあげるのは、メディアの良識に欠けるとする多くの視聴者からの抗議だったらしい。

数十年後、当の本人があるインタビューにこう答えていた… 「俺たちの仕事を取らないでくれ」
女子プロレス興行の一部として、テレビでは放映されない「小人プロレス」があった。
リングで繰り出す、トリッキーな技とお茶目な反則技には、観客席で腹を抱えて笑い転げていたものだ。

彼らは後のインタビューでこうも答えている… 「俺たちは笑われているんじゃない。笑わしているんだ」
僕が会場で見ていた頃は、ビューティーペアの解散から、クラッシュギャルズの結成まで、女子プロレスが少し閑散期だった。
大ブームまでのつなぎ止めには、ミミ萩原 デビル雅美 ジャンボ堀 ジャガー横田 大森ゆかりなどが活躍していた80〜84年頃で、小人プロレスのピークでもあったかと思う。

だけどクラッシュの爆発的ブームがはじまると、それまでの野暮な男性客より女子中高生や若い女性客たちが会場に多く押し寄せるようになった。
そうすると目当て以外、行儀良くプロレスを観戦できるわけもなく、小人プロレスの試合になると決まって「トイレ休憩」の時間と化していた。
こうして、小人プロレスはフェイドアウトしていく運命をたどることになるのだが…

日本では「小人症」を、まるで見てはいけないものとして、どこかよそよそしい。
それでいながら、手前勝手な良識を持ち出しては、彼らの心を傷つけたと思う。
つまり、本音を聞こうとも知ろうともせず、同情して折り合いをつけるフシがあるんだ。

先日、図書館から借りていた400ページにも近い、ハードカバー本「笑撃・これが小人プロレスだ」を  一週間かけてようやく読み終えた。
健常者扱いされなかった、彼らの生き様は風化させてはいけないと思う。
特筆したいことは、身体的特徴でいじめや侮辱が絶えなかったが、それを肥やしに懸命に生きたこと。
とても残念なことに、社会はその歴史に幕を閉じてしまったこと。

本の返却まで付録のDVD(小人プロレス)を見ながら、連日ひとりのプロレスファンに戻っていた。
「もう、わかったからさ、これ以上、笑わせないでくれよ」…  懐かしくも新しい笑いだった。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする