2012年12月09日

Jazz Talk Vol.16

会話と同じでジャズは聴けば聴くほど、体にしみてくる音楽だと思う。

アルバムの聴き方は一回通しで聴き流してから、二回目からはじっくりと耳を傾けてゆく。
一曲目は名刺代わりになるので注目曲となるが、その後は流れに乗るだけ。
ジャズはイントロ〜テーマだけで、好き嫌いを論じる傾向があるけど、それではもったいない。
その奥にある音のせめぎあいこそ、ジャズの魅力だからである。

僕は感覚的に、次々と押し寄せるメロディーやリズムを浴びるだけで、心地良い気分になれる。
ピアノのアドリブソロ、地をはうようなベースライン、キレのあるドラミング、音ギレ良くかけ抜けていく  サックスなど、心地良くなるパターンはいくらでもある。
原曲をキープしながら、ひとつとして同じ演奏がないのが、スリリングであったりもする。
その表現の多才さに感心しながら、聴けば聴くほどクセになったりするのがジャズである。

その感覚は会話と似ている。
アルバムでメンバーを入替えて、ワンテーマのフリートークみたいなもの。
声の大きさやテンポなど、会話にも小声や早口、聞きやすさがあるように、フィーリングとも言うべき   ところがあっているかどうかも大きい。
人それぞれ話し方に特徴があるように、声を楽器に置き換えて、選曲が話の内容とも言える。
言葉は違えど、ジャズは世界の共通言語なので、感覚的なコミュニケーションは図りやすい。

声は楽器、会話は演奏みたいなものだから、店名を「GIG」(フリーセッション)にしたんだ。

PS.
僕の好きな「ミシェル・カミロ」のアルバム「ワン・モア・ワンス」から、「ノット・イエット」
ホーンアンサンブルを従えた、とてもキャッチーなビッグバンドスタイルのラテンジャズ。
バネが利いたリズミックなドラム、リズムのタメなんてホントに聴き惚れちゃう… いい、バズトークだ。
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2012年12月08日

新潟一区

40代後半の年齢目線から、20代後半〜30代を見るとずいぶん器用に思えてしまう。

衆院選「新潟一区」の候補者の年齢を見ても、48歳の同い年を筆頭に全員年下である。
最近は意見を主張したり、リスクを避ける傾向にありながら、存在を示す立候補者には敬意を払える。
しかし、街角演説やニュースなど、人目を引きつける能力は長けているが、何か物足りなく感じている。

今の時代、どこの企業でも若手の有望株がパソコンなどを駆使して、実に見やすくて分かりやすい説明資料を携えているかと思える。
プレゼンともなれば、颯爽とパワーポインターを当てて、きっと説明も上手なんだろうね。
だけど極端な取り上げ方をされてしまい、相手の立場で考えられなくなるのも困りモノ。
プレゼンなんて編集作業みたいなもので、判断する上では別問題になるからね。

器用さはもちろん大切なんだけど、ゆえに極端に不器用なのかなと感じるときもある。
上手く説明できないが、最終的に「頼りになるのは誰?」と考えると、「こいつだ!」が現れない。
器用さだけじゃなくて、自分の言葉でしゃべっているか、気がつかなければならないと言おうか…
こうして考えると、人を選ぶことって、とても難しいことなんだなと改めて思う。

僕自身、投票所で誰の名前を書くかは寸前までわからない。
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2012年12月07日

脱・マイナス思考

16日の衆議院選挙は投票が難しい。

前回は政権交代が大きな分かれ目になったが、今回ほど日本の行方を左右する選挙はないと思う。
新潟を名指しするが、総論は賛成するけど、各論になると反対に転じる傾向がある。
「原発反対」とは叫ぶが、震災がれきの受け入れをめぐっては、あの通りだ。
原発を反対するのであれば、震災がれきを受け入れるのが筋であろう。

被災地の問題じゃなく、日本の問題だからだ。
事後処理も満足にできないのに、原発に反対をしている国民って、矛盾してないか。
本気で復興を願うのであれば、まずは自分たちでできることはやるんじゃないのか。
立候補者も奥歯にモノが挟まっているのは、今言えば「やぶへび」になることがわかっているんだ。
それに、がれきの受け入れ反対派ほど、風評被害をやたら口にするが、言い分はほどよく理解できる。
しかし、何でも風評被害にこじつけるメンタリティーは、そろそろ変えなきゃいけないとは思う。

今回の衆議院選挙、個人事業主の立場だけで言えば、経済対策(景気回復)が一番の関心事である。
多くの人が同じ気持だと思うが、老後の不安や現在の迷いを抱えながらも生活している。
それでも前向きにやるしかないし、そうでも言い切っておかないと日常が悩ましくなるだけでしょ。
一度マイナス思考にとりつかれてしまうと、何もかも悪循環になるから気をつけたいものだ。
それこそ、「脱・マイナス思考」である。

僕自身、男の平均寿命以上に生きたいとは思わないが、自分じゃどうしようもないことについてまで、   悩んで暮らすような人生はゴメンである。
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2012年12月05日

忘年会の後…

忘年会シーズン到来!

忘年会に相応しい、キャラを挙げてみたい。
まず、「人見知りせず、明るい人」。
一年の締め括りに暗い人は困るけど、はしゃぎすぎるコバカさんも困り者。

次に、「酒の飲み方が上手」。
ある種のペースメーカーである。
逆に、酒が飲めなくても、雰囲気を合わせられる柔軟性のある人は魅力ある。

最後に、「自分をネタに笑える器量がある」。
コレ絶対条件で、酒の席で笑い種は必要だ。
だいたい、この三点が備わっているかどうかで、次の誘いかけも決まるもの。

作法として身のこなしがよく、誰とも分け隔てなく座持ちができてこその存在となる。
忘年会でかしこまりすぎていると、「おまえは茶会に来てるのか!」と、喝を入れたくもなる(笑)。
それに最初は物静かに飲んでたのに、一本締めの間際になり、酔ってバカ騒ぎするのもカッコが悪い。

忘年会慣れしている人ほど、「別れ際の行動」が似ている気がする。
さりげなく「ハグ」(抱き合う)するか、「シェイクハンド」(握手)して、行方をどこかにくらます。
「あいつ、またどこかに行ったよ… しょうがねえな」と言われるぐらいが、交遊範囲の広さであろう。

ただし、その後の行先に本性が出ているもの。
会社の集団行動は大切だが、修学旅行の夜じゃないんだから、街中を要領悪くダラダラ歩いた挙句、  女性が入れないお店で、「アヘアヘ…アヘー!」と昇天している男も多いだろう。
忘年会解散後、風俗店の待合室で上司と部下が偶然出くわした、間抜けな話も聞いたことがある(笑)

どっちもどっちで、詰めが甘い「行きつけの隠れ家」を持っていたものだ…  どうしょうもねえな! 
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2012年12月04日

あ、頭髪が!

自宅のソファーに寝転び読書をしていたら、浴室から僕を呼ぶ声が聞こえた。

読みかけのページに、しおり代わりの耳かきをはさんでから、渋々と「なんじゃらほい」と浴室に向う。
すると、妻が排水溝を指差しながら、「見てみてコレ、あなたの髪の毛よ」とさらに指をグッと近づけた。
指先に目を向けると、少しウェーブがかった細くて長い髪の毛が、排水ネットに結構な量絡まっていた。
起床したら、すぐに頭からシャワーを浴びるのは日課だが、イヤハヤこんなにも抜けるようになったか…
少し慌ててドレッサーに前髪を写して、猿が毛づくろいするように上目使いで確認してみた。

人体は自然に任せるつもりだが、男にとって頭髪だけは尊い。
今後の対策として、効き目が実証されたという、育毛薬を飲もうかとも考えている。
しかし問題があり、女性ホルモンが活発になるらしく、男性機能が極めて劣るとも聞く。

髪を維持する代わりに、男性機能を捨て去るか。
男性機能を維持する代わりに、髪の後退を許すか。
ならば、男性機能をバイアグラに委ねるか。
こうして、おじさんは「薬漬け」になっていくのだろうか。
究極の選択は、遠い未来の話ではなくなってきたようだ。
あぁ、「去る者は日々に疎し」の心境である…  いーや、まだまだだ!

こうして今日12月4日  僕は「48歳」になった… あー、人生楽しいな! ( v ̄▽ ̄) イエーイ♪
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2012年12月03日

My Wife Is…

掛け違えたボタンのまま、洋服を着ている感覚は気持が悪い。

ブログ上、何となくそんな感覚が続いているのが、文中の「相方」表記である。
正真正銘の妻だが、どこか照れがあり、今もこうして相方で書き流している。
これがなじめないと言おうか、くすぐったい気がするんだよね。

昔の級友を当時のあだ名で呼ぶか、それとも呼び捨てにするか。
「くん・さん・ちゃん」では、「やめれてば、気持わーりねっかや(やめろ気持悪い)」となる。
一応、TPOはわきまえるが、うっかりと級友の子どもの前で、おとうちゃんの昔のあだ名で呼んでしまい「とーちゃん、そんげなあだ名だったんけ…(´_`。)(そんなあだ名だったの)」では申し訳ない。
だから、顔を知る程度の級友ほど無難に、「フルネーム」で呼んでしまうことがある。
すると、「おめ、フルネームで呼ぶなや、しょうしらねっかや(氏名で呼ぶな、気恥かしい)」になる。

当時、「ジョニー」の愛称で呼ばれていた男がいた。
本当は自分で、「オレをジョニーと呼んでくれ」と、自称していただけだ。
それにスナックのボトルネームも「Jyhnny」!  …自分で書いてスペル間違っているし(笑)
店の子がボトルを探すとき、結構大変だったらしく、正確には「Johnny」。
そんな“Jyhnny”、今じゃ腹はポッコリ出て、頭は後退してるわで、リーゼントどころじゃない。
30年前はジョニーで呼べるが、今そう呼んでくれといっても無理がある。
それと同じように、この年齢になると級友の呼び方ひとつでも、どこか違和感を覚えるときがある。

僕は普段、人前で相方を呼ばざるえないとき、「おい」や「ねえ」など、あやふやな呼び方となる。
照れて、「おばば」や「おかか」と呼ぶときもあるが、そのあと必ず「じじい」と呼ばれてしまう。
ならば、せめて文章上だけでも、ボタンをあるべきホックにかけ直そう。
今までの「相方」改め、明日からは「妻」表記でいこう。
何か、妻のほうが響きがシャレてるなあ…  調子こいて「ワイフ」になっちゃったりね。

結論、夫は人に妻の呼び方(名)を聞かれることは、結構照れくさいのである。
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2012年12月02日

J1残留

「アルビレックス新潟のJ1残留決定」について、そこらじゅうで熱い言葉が飛び交っているのかな。

僕はサポーターでも何者でもないので、その結果に否定も肯定もない。
だが一度惚れたチームなら、しっかりと最後まで応援するのがサポーターの筋だと思っている。
流行りや強い時期ほど便乗応援するが、廃りに力が弱まってくれば去るのもサポーターである。
いづれ消えて行く人は多くなるが、最後までそばにいてくれた人が本当の仲間だったりもする。
雨の中で応援したとか、声をからしたからサポーターだと、自己陶酔したような応援ではない。
気持が変わらなかったことのほうが大事でしょ。

僕の感覚で言えば、サポーターは「強い弱い」で括れるもんじゃない。
祭りで神輿を担ぐのが好きか、その周りで見物しているのが好きか、その程度の違いでしかないんだ。
神輿を担げば感情的になるが、見物客の立場なら余計な感情に巻き込まれなくて済む。
どちらの立場であっても、正直な気持の示し方である。

同一化してまで応援に励む人は、神輿の担ぎ手に近いサポーター気質であろう。
だったら、最後まで神輿を担ぎ通すのが、真のサポーターである。
惚れたのなら、最後まで応援しろと思う。
惚れられないなら、最初から熱狂的な真似はするべきじゃない。
思わせ振りほど、がっかりさせられることはないからだ。
どちらの立場で共感するかは、その人自身が一番わかっていることだけどね。

J1残留の結果については、惚れたんなら最後まで応援する志が、選手に伝わったと思いたい。
仮にJ2に降格していたとしても、スポーツなんて一話完結編じゃないんだしね。

僕の考え方はシンプルだ。
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