2012年12月31日

よいお年を!

2012年の営業も30日で終了した。

年の瀬、世間の仕事納めから3日間(28日〜30日)の店内、ほのぼのした空気が漂っている。
真冬の街を歩いて、ほろ酔い気分で今年一年を振り返る。
人それぞれ、思い浮かべていることは別だけど、そこには大人の過ごし方がある。

帰り際、締めの挨拶に「よいお年を」と、みな口々に交し合って帰宅の途につく。
知らない誰かと、時間を過ごせてこその連帯感。
顔見知りなら、当たり前の挨拶ができてこその関係。
「あんなこともあったね…」で、会話に加われる喜びがある。
日常の挨拶ひとつで、人間関係は深くなるもので、すべてのはじまりのような気もする。
そういうとき、「来年はいいことがありそうだ」と思うんじゃないかな。

本年もお世話になりました。 「よいお年を!」
大晦日の明け方… 足元にソーラーをつけた部屋でナイトキャップを口にしながら。
 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

大晦日の午後

深夜まで仕事をしている身にとって、大晦日の午後は忙しない。

寿司を取りに出かけたり、こまごまとした用事を含めると当日の行動は巻上げになる。
店はどこも早じまいするので、そうゆっくりとはしていられない。
その上、一年の垢を落とす意味でも、銭湯でゆっくりとお湯に浸かりたいしね。

毎年、食卓に着けるのは9時台。
お決まりの言葉で一年の労をねぎらい、大晦日ぐらいは家族と食卓で過ごしたいもの。
紅白歌合戦が終わるころになると、ほろ酔いで近くの神社へ2年参りに行くのが通年。

天候にもよるが、その日は穏やかな夜空であってほしい…
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

しめ縄飾り

今年もあと3日… 店の扉にしめ縄を飾った。

しめ縄を飾ると、相撲のまわしを締めたようで気持も引き締まる。
実際にまわしを締めた人は少ないと思うが、何度も締めた経験のある僕特有の語意ではある。

簡単に説明しよう!
硬いまわしの布でフルチンを覆い、尻の割れ目に添って、二枚にたたんだ布をキュッと締めこむ。
腰にグルッと巻きつけて、後ろでガッチリと結べば、全身に何かが降臨する。
気がつけば、自然とシコをふんで、すり足で歩き出すであろう。

最初は全裸に近い格好なので恥かしいが、恥かしいと思うのは最初だけ。
慣れてしまえば、パリコレのステージに上がっているような感覚になる。
もしかして、ヌーディストビーチで過ごす人は、こんな気持なのかも知れない。
でも、まわし姿を見て喜んでいるのは、おばちゃんばっかりだしね。
若い女の子は目を背けるので、僕も面白がってまわし姿でランニングをしたりね(笑)。

伝統的にまわしは洗っちゃいけないんだけど知ってた?
アマチュア相撲では、誰が締めたかわからないまわしを使い回しされているんだ。
だから、しっかりと天日干ししたまわしじゃないと、インキンをうつされる可能性もある。
代々続く、パンツのはき回しみたいなものだから、押入れのようなカビ臭さも特徴的である。
陰部にあたる布には汗に混じって、おしっこだってしみているかも知れない。
そう聞くとすごいスポーツであり、独特な伝統芸能、日本の神事でしょ。
まわしの下にスパッツなんてはいて、相撲取っているなんて甘いよな。

僕なんて新潟の白山神社の奉納相撲大会で、対戦相手に右足をかけて下手投げでほん投げたときに まわしがゆるんで、観戦マダムたちの目の前で、横からお粗末くんを披露してしまったからね。
対戦には勝ったものの、土俵周りがざわめいた後の沈黙は、10代には堪えられない恥かしさだった。
正式な決まり手なら、逆に僕が「不浄負け」(公然ちん公開)で軍配は変わったのかな。
分娩台に乗ったことがある女性が強いように、その後はもう怖いモンなしだ。

あれ… しめ縄を飾った話から、何で相撲の話になったのかな…  ワシも訳わからん!  
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

2013 January

【1月定休日】  安心な低価格、お1人様でも大歓迎 
【 年末は12月30日まで営業 年始は1月4日より営業致します 】  
     6日(日) 14日(月) 20日(日) 27日(月)
     (13日(日)通常営業)
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日   日曜日 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名) 

【徒然なるまま…】

12月の「Infomation」に貼った動画のCMが好評だった。

あのCMを知らない人、結構多かったようだけど、日曜最終の新幹線ホームでは、遠距離恋愛の若い    カップルが暫しの別れを惜しんで、目を潤ませていた光景がそこらじゅうにあったという。
僕には全く無縁の光景だったけどね。

だいたいね、遠距離恋愛ほど当てにならないものはない。
大半は遠距離恋愛している、自分に酔ってるもので、遠くの恋人よりも近くの女体と言うではないか。
その意味では、現実と虚構のバランス感覚は大切じゃないのかな。
遠距離恋愛をパロディにした、シュールな動画CMを貼ったが、それがあなたの本当の姿でしょ…

男と女…  演劇的に優しさを立ち振る舞っているうちは、本当の相手は見つからないと思うけどね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Infomation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

ツリー撤去

クリスマスツリーを撤去したら、店内が少し寂しくはなったが、以前の雰囲気に戻っただけのこと。

儚いからいいんだ!
日本人は桜や花火のような、儚いものに心が奪われる傾向がある。
クリスマスツリーのイルミネーションもそうだ。

名残惜しいからと言って、いつまでも装飾しているのは粋じゃない。
感覚的には、できあいの料理だけでなく、単純な味付けで季節感のある料理と同じだと思っている。
一年中、イルミネーションだらけなら、季節に架け橋がないようでつまらないんじゃないかな。

こうして、季節や行事を過ぎ去りながら、人は正気を保っていると思うね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

イブの女性

クリスマスイブのこと…

万代で買物をしていたら、目の前で不自然な動きをした女性を見かけた。
その後、またある場所で、違う女性が隠れるような動きを見せた。
どちらも店に来たことがあるお客さんかなと思ったが、前職で知り合った顔にほぼ間違いない。

「人見知りするような子じゃないんだけどな」と思いながら、フッとあることに気がついた。
「ああ、今日はクリスマスイブか…」などと、極めて私的な解釈をする。

ずいぶん前のイブの日、偶然にも知人の女性と新潟駅前で会ったとき、彼女はこう言った。
「私、絶対に彼氏がいないと思われているよね… (笑)」  そう意識しちゃうのかな。

僕もひとりだったので、同じように思われたのかな。
何だか、妙にしらけた一日だったような。

この次は「バレンタインディー」なのかな…  外出は控えておこうかな…  かな、かなの連続である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

本の体を成す

今月から、明石通りにある市立図書館へ入会した。

週末や連休は学生で賑わうようなので、なるべく静かな平日に出かけている。
本屋や図書館で過ごす時間は気持が落ち着く。
あまり立ち読みはせず、本棚をZ目線で眺めながら、好みの一冊を探すのが好きだ。
作家やジャンルは問わないが、傾向的に「ノンフィクション」「エッセイ」「自叙伝」が多い。
一度に何冊も手にすることはなく、一冊読んで次へ進むので、必然的に足を運ぶ回数は多くなる。

読書の魅力は「共感」にある。
自分の中にあるカタルシスを表現されていたりすると、こだわりがウソのように消えていることもある。
そう思えたとき、著者と仲間になれた気がした。

有名人が出版した本のほとんどは、ライターの口述筆記方式か、本人の原文を加筆したり添削する   いわゆる校正出版されたものが多い。
だが、共感できるのは他の誰のものでもない、その人の「本音」が描かれているかである。
本を読む上で、ここは比重を占める。

今から7年前、鹿児島県南部にある「知覧特攻隊 平和記念館」へ出かけた。
旅の目的のひとつに、特攻隊が祀られている記念館へ、彼らが愛する人に宛てた遺書を読むためだ。
出撃の前夜、遺書を書きながら、枕を涙で濡らしたという。
その明朝、整備不良な特攻機に片道の燃料だけつめて、敵艦を目がけて特攻していく日本男児。
検閲を受けるので、遺書にウソもあると聞くが、僕は死を覚悟した若者がウソを書くとは思えない。

本は「本音」の如く、本音が描かれていない本は、本の体(ジャンル)を成していない。
本音を語れないのなら、最初から「フィクション」として描くべきなんだ。
次世代に本音をつないでいくには、不確かな言葉よりも書物は思いの外に大切だと思える。

「そうだったのか…」  読み終えた後の余韻がいい。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

2012 X'mas Party

ああ、どこか心地のいい疲れに包まれている…

昨晩、店ではじめて、手作りの「X'mas Party」を開催した。
「Party」から連想するのは、非日常を愉しみながらTPOは守るなど、フォーマルな中にも温かみがある  雰囲気をイメージできる。
最近、必要な物資に満たされているはずなんだけど、世間が冷え込んでいる背景には、先が見えない不安感にとらわれているからだろう。
いつの間にか、人とのふれあいの場を避けることを、身の保全にするようになったと思う。
違うんだよな…  僕はこのささやかなパーティーで、「人は人を求めていること」を確信した。

思いつきの企画を後押ししてくれた  C−ちゃん (40代女性)
存在そのものが幹事長である  M沢さん (40代男性)
小粋な演出と乾杯の音頭をとってくれた  西城ひろしくん (40代男性)
即座に参加を名乗り出てくれた  テリヤキくん (20代男性)
上越から泊りがけで来てくれた  アルトサックスのT沢さん (30代男性)
場の雰囲気を和ませてくれる  K子ちゃん (40代女性)
何か手伝えることはないかと気を遣ってくれた  Y子さん (40代女性)
天然素材で不思議な雰囲気をもつ  S子さん (40代女性)
いつも元気で明るいハッスル大賞の  M弓さん (30代女性)
33年ぶりに再会した小中の同級生  N井くん (40代男性)
他にも全員の名前を書き出して、礼を言いたい気持です。

僕らなりに一生懸命やりましたが、心もとないことも多かったかと思います。
それは次回の課題とさせていただき、まずはこの場を借りて礼を申し上げます。
また吹雪の中、手狭な店を後にさせてしまったお客さんには、本当に申し訳なく思っています。

最後は手前味噌ながら、準備など陰で支えてくれた妻には感謝しています。
また来年、企画をできることを願って、今年をカウントダウンして行きましょうね!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月23日

初老ブーム

万代は流行の最先端を取り入れた、若い女性が多く集まる街である。

時代と共に身体的な特徴も変わり、今の若い女性は小顔で細身、足が長く背もスラリと高い。
昔は背が高いだけで、「バレーかバスケをやってたの」と、くどい質問をされた女性も多かっただろう。
酒場でも酔ったおやじから、「あんた、女子プロレスラーか」と、遠慮会釈ない質問が多かった時代だ。
この質問が災難を招くときがあった。

まだ球技ならいいが、例えが「女子プロレスラー」ともなると、さすがにカチンと来るらしく、おやじの首を両手で締めつける女性を仲裁しなきゃならないときもあった。
ウソでも「モデルか」ぐらい言っておけばいいが、酔ったおやじにシャレは通用しない。

背が高ければ、みんなスポーツを「女子プロレスラー」にしてしまう。
おまけに最初から、「和田アキコ」や「大女」だのと、勝手に名づけ親となってしまう。
もっとひどいのになると「ヒバゴン」…  それ、人間じゃねえし!
こうして、好きで背が高くなったのではない女性を相手に、世のおやじたちは勝手にスポーツはおろか、    職業までも決めつけた挙句、呼び名までつけていたのである。

それが今じゃ、背が高い女性はモデルの眼差しで、注目を浴びるようになったんだからね。
そう考えると今はこうでも…  おい、おい、男にも、明るい未来が待っているぞ!
「ハゲチャビン」だろうが、「デブッチョ」だろうが、まだまだ捨てたものではない。
ダイヤの原石かも知れないし…  そうだ!  「みにくいアヒルのおやじ」かも知れないんだ。

あと15年後… 「初老ブーム」が巻き起こることを期待して、僕はひとりニンマリとしている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

JACK DANIELS

アメリカのウイスキーはバーボン。

バーボンと言えば、ケンタッキー州。
バーボンであって、バーボンであらずのが、テネシー州の「ジャック・ダニエル」。
力強いバーボンに比べて、クリアーな味わいがするので、女性ウケするウイスキーだと感じている。

バーボンの中でも取り分け、「I.W.ハーパー」が好きな僕からすれば、ジャックの風味は少し軽すぎて あまり口にはしなかった。
たまたま何かの雑誌で「ジャック・ダニエル・テネシー・ハニー」(はちみつ風味のリキュールウイスキー)を知り、どれほどの風味で原酒とブレンドされているか興味を持ち、試しに1本だけ仕入れてみた。
ボトルはバックバーには並べずに、口開けしてもらいたい人の来店を待つこと一週間。
バーボンとロックをこよなく愛する「N瀬さん」に、ようやく今晩封切りしてもらった。

同じラベルを愛飲すれば、原酒の味わいは舌に記憶されてくるし、その上でのテイストになる。
飲み方はストレートで、「甘いが原酒の味はブレてないな…」と、ネクタイの結び目を直しながら一言。
感想は人それぞれだが、僕は「男の世界に女が土足で踏み込んできた図々しさ」を感じてしまった。
それでいながら、けして嫌みではなく、「甘い香りを残していく」ようなフェロモンに包まれた。

こう書くと製法や原料だのと専門的な質問になるが、ハッキリ言ってそういう話は少しうんざりなんだ。
調べれば分かることを、わざわざ書き綴るほどのサービス精神はない。
自分の視座以外のことは、「ネットで調べてくれ」である。

N瀬さん… 今晩お約束どおり、「ジャック・ダニエル」でアップしました。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

開票演出

衆院選の余韻も薄らいできたようだが、僕が考える開票演出を紹介したい。

開票結果は全国一斉に公表されたほうが、ドラスティックである。
それこそ、大橋巨泉の「クイズダービー」みたいに、「それではみなさん、一斉にドン!」の世界だ。
出口調査や当選確実なんてのはやめて、カウントダウンで「ドン!」である。

投票率が悪い理由には、面白味が欠けているからだ。
一斉に結果を知ることは、そこに阿鼻叫喚の世界があり、人の本心が分かる瞬間でもある。
歓喜の中、飛び上がって喜ぶ候補者もいれば、落胆して腰を抜かす候補者もいるであろう。
それが前もって、当選確実なんてされると、コメントのためのコメントを考えはじめるでしょ。
用意されたコメントって、何となく分かるし、本心は瞬間にでるものだ。

それに接戦はあっても、逆転劇はないに等しい。
一番悪いのは、候補者も有権者も気力が途切れちゃうわけだ。
今どういう状況か判らないほど、期待と不安が雑じり、どれほど肝っ玉が据わった候補者かもわかる。
選挙に行かない人を刺激するためには、そんな演出も必要なんだよな。
リアリティーがほしいんだよ、リアリティーがさ…

近年、人に感動を与えられないのに、人からは感動ばかり求めようとする風潮がある。
ならば逆手にとって、「(選挙に)行かぬなら、行かせてみせよう、ホトトギス」の精神で、生々しい感動を演出すれば投票率は上がるんじゃないのか。
そういうときこそ、「マック赤坂」に相談してみよう!
彼なら落選した瞬間、自分の床を落とすぐらいのパフォーマンスは、平気でやりそうだぞ(笑)

開票に演出がほしいよね…   うーん、僕の頭の中の回路がプツプツと切れはじめている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

おじさん(10)

最近、「俺も年をとったなあ」と思うことがある。

週末明けの疲労感だったり、人の名前がすぐに出てこなかったり。
勤怠意欲は旺盛なんだけど、何分に体が少し重くなってきたとか。
同世代なら、誰でもあるだろう。

だが、体調の変化をことあるごとに、口にしはじめると、若者から煙たがられてしまう。
「疲れやすくなった」 「食事制限がかかった」 「昔はできたんだけどな」 Etc…
体の変化自慢ばかりしていれば、「会社で臨床実験しとるんかい」と陰口を叩かれているもの。
昔のCMコピー「男は黙ってサッポロビール」じゃないけど、「男は黙って老化とつきあえ」である。

でも、そういうことを面白可笑しく話せる人は、きっと健康なんだと思う。
少なくても、あっちが痛い、こっちが悪いと浅知恵をこねくり回しているうちは大丈夫であろう。
寧ろ、体調の変化をコミュニケーションにしていたりするもんだ。
OLから、「肩に湿布薬でも貼りましょうか」なんて同情されたら、おじさんは喜ぶ生きものなんだ。

僕がそういわれたら、「おしり」に貼ってもらうけどね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

政権奪回

「オセロゲームだな」… 銭湯の脱衣所で報道番組を見ながら、思わずつぶやいた言葉だ。

隣で服を着ていた初老がテレビを見ながら、「次は自民党か…」とため息をついていた。
民意の行き場の多くは、「民主党より、自民党のほうがマシだろ」程度の判断だったと思う。
僕ら庶民が集う銭湯の脱衣所では、そんな声がボソボソと聞こえていた。

「次は自民党か」と思うか、「次は自民党だ」と思うか、「か」と「だ」の違いは大きい。
僕自身、サラリーマン出身なので、その気持はわかるつもりだ。
それにしても、いつの間にか、国民の言葉がネガティブになったと思う。

例えば、企業のリストラ策の対象となる年齢や経歴において、本人が「次は俺か…」とため息交じりに   つぶやくか、それとも「次は俺だ…」とつぶやくのでは、若干ニュアンスが違ってくる。
前言の「か」では、飼い殺しにされて、ひたすら死刑宣告を待つ心境であろうか。
だが、「だ」には、「だ」なりに、「だから、こうする」という、意志ある言葉に思える。
「次は俺」の後に、「か」をつけるか、「だ」をつけるかで、「俺」の印象は変わるものだ。
経験上、無意識に出る言葉の端々は思っている以上、後に影響を与えるような気もする。

今回の選挙結果に対して、国民の多くはどこがやっても同じ、「か」の精神である。
それでも、僕は意地でも、「だ」の精神でありたいなと思う。
自民党に深い思い入れはないが、「次は自民党」の後に、「か」とするか、「だ」とするか。
この末尾に打つ言葉は、その人の意志の強さを反映しているような気もする。

多数決で決まる民主主義だけど、はっきりしていることは、国民の多くはまだ、「か」である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

最後のお願い

夕方の万代は、各政党の「最後のお願い」とやらで、大勢の党員で賑わっていた。
さながら、選挙カーが広域な告知のできる空中戦ならば、街頭回りは部分的な地上戦であろうか。

投票には政党の主義主張もさることながら、候補者の「人となり」も大きく影響するもの。
だが、喉から手が出そうなのが組織票。
何かしらの組織に所属していれば内容どうあれ、多数派工作を征した方が当選することもあるだろう。
また、お互いにメリットがあれば、政策面や人柄に関係なく、票が集まるファジーさもあると思える。
考え方によっては、選挙戦は空海陸軍を効率的に駆使した、ドミナント戦略みたいなものだ。

いずれにせよ決着まで、あと数時間あまり。
喜びの声もあれば、悔しさの談話も聞けるであろう。
これら、国民の気持を代弁しているようなので、興味深く耳を傾けてしまう。

まいど、まいどの「最後のお願い」…  幸せ探しと言えば、収まりがつくかな。
でも、いつの時代、力を持つのは組織であって、個人は弱い存在にしかすぎないんだけどさ。

僕は今、机に無雑作に置いてある、投票所の入場券を横目に見ながら、かすかに興奮しているのじゃ… 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月15日

小人プロレス

テレビでは認められない笑いがあった。

70年代からの長寿番組「8時だョ!全員集合」のコーナーで、「小人プロレスラー」のミスター・ポーンがステージを所狭しに暴れ回り、子どもだった僕らを爆笑地獄に叩き落してくれた。
同年代なら、記憶の片隅に残ってると思うが、しばらくすると彼は出演しなくなった。
その理由は、身体障害者をテレビで笑い者に仕立てあげるのは、メディアの良識に欠けるとする多くの視聴者からの抗議だったらしい。

数十年後、当の本人があるインタビューにこう答えていた… 「俺たちの仕事を取らないでくれ」
女子プロレス興行の一部として、テレビでは放映されない「小人プロレス」があった。
リングで繰り出す、トリッキーな技とお茶目な反則技には、観客席で腹を抱えて笑い転げていたものだ。

彼らは後のインタビューでこうも答えている… 「俺たちは笑われているんじゃない。笑わしているんだ」
僕が会場で見ていた頃は、ビューティーペアの解散から、クラッシュギャルズの結成まで、女子プロレスが少し閑散期だった。
大ブームまでのつなぎ止めには、ミミ萩原 デビル雅美 ジャンボ堀 ジャガー横田 大森ゆかりなどが活躍していた80〜84年頃で、小人プロレスのピークでもあったかと思う。

だけどクラッシュの爆発的ブームがはじまると、それまでの野暮な男性客より女子中高生や若い女性客たちが会場に多く押し寄せるようになった。
そうすると目当て以外、行儀良くプロレスを観戦できるわけもなく、小人プロレスの試合になると決まって「トイレ休憩」の時間と化していた。
こうして、小人プロレスはフェイドアウトしていく運命をたどることになるのだが…

日本では「小人症」を、まるで見てはいけないものとして、どこかよそよそしい。
それでいながら、手前勝手な良識を持ち出しては、彼らの心を傷つけたと思う。
つまり、本音を聞こうとも知ろうともせず、同情して折り合いをつけるフシがあるんだ。

先日、図書館から借りていた400ページにも近い、ハードカバー本「笑撃・これが小人プロレスだ」を  一週間かけてようやく読み終えた。
健常者扱いされなかった、彼らの生き様は風化させてはいけないと思う。
特筆したいことは、身体的特徴でいじめや侮辱が絶えなかったが、それを肥やしに懸命に生きたこと。
とても残念なことに、社会はその歴史に幕を閉じてしまったこと。

本の返却まで付録のDVD(小人プロレス)を見ながら、連日ひとりのプロレスファンに戻っていた。
「もう、わかったからさ、これ以上、笑わせないでくれよ」…  懐かしくも新しい笑いだった。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月14日

ボイス

「あの声は、Hさんでしたか!」 声の主は予想外の人だった。 (10月21日参照)

その方、御年65歳には見えず、ファンキーなお客さんである。
渋滞中の車窓から、大声で「マスター!」と呼びながら、走り去って行くんだからね。

こういう人は、どこで会っても気さくなタイプが多い。
たまに「人と会うのがわずらわしい」との理由で、街中や近所にさえ出たがらない人がいる。
そういう人はどこかで、人づきあいを難しく考えすぎてるんじゃないかな。
変な構えや、妙な警戒心は相手に伝わるもので、結局は損していると思う。
特に、いろんなところで会う人とは、あまり肩肘を張るべきではないよね。

そのあたり今の忘年会シーズンなら、先にすべき挨拶を済ませて、すぐにその場へ溶け込んでしまえる人ほど人気が集中しちゃうのと似ている。
Hさん、「でもの、はれもの、ところかまわず」ぐらいの大らかさがいい。

でも、人ごみで「マスター!」と大声で呼ぶのはやめて… ファンキー過ぎて、こっちが恥かしい(笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月13日

ウグイス嬢

夕方、万代と沼垂を直線に結ぶ、交差点の最前で自転車にまたがり信号待ちをしていた。

すると、左側から選挙カーが速度を調整しながら、目の前の交差点を通過してきた。
半開の車窓からは、若いウグイス嬢がこちらに顔を向けて、タイミングよく白い手袋を振ってきた。
僕もつられて軽く手を上げて応えると、マイクを通じた声が一段と上がり、「ご声援ありがとうございます」と高らかに連呼された。

支持政党いかん、人は誰でも愛想良く声をかけられれば、気さくに応えてあげたいものだ。
しかし、後方からクスクスと複数の笑い声が聞こえたので、振り返ってみると何やらおばさん達だった。
手を振り返して反応したのがツボにはまったのか、顔を見合わせながら笑っていた。
僕は急に恥かしくなり、何もなかったかのようにおすましして、黄色信号なのにペタルを漕いだ。
もしかして、若いウグイス嬢は後方のおばさん連中相手に手を振っていたのでは…

日常生活で若い女性から、笑顔で手を振られることなどない。
こちらも仏頂面で斜に構えているよりも、少しでも表情を送り返してあげたいのは人情である。
でもこうして、若いウグイス嬢が優しい笑顔を送ってくれるのは、選挙運動中だけというのを知りながらも そのパフォーマンスこそがおじさんにとって、何よりも嬉しい大きな贈り物なのである…  あぁ、単純!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月12日

五里霧中

新潟一区から立候補した、各党4名の考えを記したアンケート結果を読んだ。
中でも、日本の核武装化の賛否は全員反対で一致しており、将来も検討すべきではないと結んでいた。

僕も「核武装は反対」であるが、少し切り口が異なり、日本は核保有国みたいなものだと思っている。
専門知識はないが、原子力発電は原子力爆弾と同じプルトニウムを原料としており、非核三原則による   軍事行動とは異なる、効率の良いエネルギー政策としている。
だが、日本の技術からすれば、有事に備えて核武装することは不可能ではない。

「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」は倫理観であり、日米同盟の今日でもある。
また、米軍基地があることで、逆に中国や北朝鮮が正面きって攻撃できない抑止力にもなっている。
国際的に日本が平和ボケしているのは、どうやらこのあたりにあるとも思える。
原発や基地はゼロに越したことはないが、それではいつ攻められてもおかしくない状況も生まれる。
このところの中国など、日本に頻繁に言いがかりをつけているでしょ。

日本の平和と安全支援してもらうためには、日米同盟の強化は必要不可欠だ。
もちろん、アメリカだけに頼らない、軍事的な想像力も必要になってくると思われる。
だが、それまで情緒的になるのであれば、原発や基地を放棄して、丸腰になれる覚悟があるかどうか。
国内事情だけではなく、国外事情だってあるんだし、日米安保は最重要課題なんだ。
自民党が自衛隊を国防軍と位置づけると語ったが、あれだって何か伏線がある気がしている。

原発を完全にゼロとするならば、国際外交はアメリカと共同戦線を張るしかないし、何があってもついていく覚悟をしなきゃならない。
この先、原発を保有するのであれば、危険を承知で生きていく以外ない。
反対理由が危険であるのは、子どもでもわかることだし、家庭の電気料金うんぬんなんてことじゃなく、  根はもっと深いところにあると思える。
原発=原爆のない世界は理想だが、今になれば原発(プルトニウム)を持ってしまったということ。
引き返そうにも、近隣諸国を考えれば、引き返せない状態になってきたともいえる。
きっかけは震災とはいえ、自分の国に誤って原爆を落としてしまい、今になって気づいた感じなんだ。

公の場で原発や基地など、国防上の問題としてハッキリ言わないのが、僕は不思議でならない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月11日

休日ふらり(13)

日曜の暴風雪、目的としていた場所へは行けず、結局はひとりで万代をぶらついていた。

それも若者が集う「ビルボ」や「ラブラ」全館を歩き回り、小物や書籍、食料品を手にしてコーヒーショップで過ごしているんだから、僕の行動はまるで高校生並みだ。
まあ、こういうとき、人が集まる立地に住んでいると便利と言うか、極めた退屈はしない。
自由な時間を手にしても、やることがないとき、とりあえず散歩に出れば好奇心も満たされる街。

近すぎて緊張感も薄らいでいるところもあるが、それでもささやかな楽しみを見つけるときもあれば、   つまらなくてさっさと帰ってくるときもある。
それに当てがない街歩きなので、周囲に僕のようなおじさんを気にする若者もいない。
古町や新潟駅前あたりでは、そうはいかないが、逆に若者が集う万代あたりでは、人との係わり合いを避けているような、少し不器用な都会観も感じてしまう。
初めて、東京でひとり暮らしをはじめたとき、そういう人々のよそよそしさが、逆に新鮮だったような…

ついさっきまで、そこにいたのに痕跡と言うか、残像が残らないような街である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

ホワイトツリー

天候に恵まれなかった週末。
深夜、みぞれ混じりの冷たい小雨が降っていたので、雪へ変わる気がしていた。

寝覚めにカーテンを半開きにしたら、やはり一面雪に覆われていた。
休日は陽のあるうちに外出したいが、なかなか暴風雪がおさまらない。
自室から天候を横目に本を読みながら、外出の機会を待つこと三時間。

待ちきれずシューズボックスから、ブーツを取り出して履くこと十ヶ月ぶり。
窓の外に見える桜の木は、それは見事な「ホワイトツリー」に大変身していた。

本格的な冬がはじまった…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする