2012年11月29日

震災がれき

新潟市で「震災がれき」の試験焼却が行なわれるはずだった。
しかし、受け入れに反対する一部市民の抗議活動を受けて、がれきを被災地に戻すことが検討された。

誤解を怖れずにいえば、何を議論しようが、反対派はいつまでも反対派の姿勢を崩さない気がする。
震災の絆や友愛なんて言葉がかけめぐったが、感情とは無縁の乾いた認識のほうが強いと思える。
それを裏付ける代表的な言葉がこれだ。

「なんでここなんだ」
「みんなが反対している」
「絶対に大丈夫だという、安全な根拠を100%示せ」
「国の責任でこうなってしまった」
第三者立会いの下、計測データーを出せば、今度は「これは本当なのか」と再調査を詰め寄る始末。
テレビニュースで抗議行動を見ていたけど、みんなを被害者に仕立てるような利己発言をしていた。

それに試験焼却の段階を説明しているのに、「そんな危険な試験はするな」の一点張りでしょ。
震災がれきは同じモノではないから、その言い分は分かるけど、「二進法」だけじゃ解決しない。
こういう手合いが、どれだけ震災の復興を妨げているのか。
もう少しリスクを取って、復興のために胸襟を開けないのかな。

震災当時は誰もが心情的だけど、時が経てば乾いた本音も出てくるものだ。
震災で起きたことに係わりたくないというか、今になっては聞きたくもないという節すら感じてしまう。
絆遊びで、この日本が回っているんじゃないんだ。
「おまえは新潟人か」と攻められそうだが、「わしゃ、日本人だ」と言い返すだろう。
いずれ、自分たちが感情的に発してきた、その言葉に裏切られることをお忘れなく。

僕は、震災がれきの受け入れは「賛成派」である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする