2012年11月07日

Friend Ship

今晩、9月25日のブログにおける感想を頂戴した。

お客さんから、「友人って、かけがいないよな…」 そんな切り出しからだった。
友人は、かけがえのない反面、心地良くもストレスにもなる。
自分を変えてくれる新薬にもなるけど、自分を束縛してしまう副作用にもなると思う。

職場の人間関係は選べないので、友人気分で接していたら、後から辛くなるものだ。
友人になりたかったら、どちらかが仕事を辞めた後のほうが、うまく行くと思える。
その時は、ランニングパートナーみたいなものである。

日常生活では、急に親しくなった関係ほど、急に離れていくもの。
利害関係もあるだろうし、相手を支配できない関係だと思えば、黙っていても去るものである。
最初は挨拶以上、せいぜい知人未満にしてないと、すぐにあいつにはだまされたになるでしょ。
友人の進行形は、「時間」×「場面」=「親友」だと思っている。
サッカー観戦でゴールを決めた瞬間、隣のお兄さんと興奮して抱き合って喜ぶのは友情じゃないし。
友人はそれなりに時間がかかるものだから、冒頭の言葉を借りれば、かけがいがないのである。

年齢が増せば、気軽に食事ひとつするときでも、何か意図を持ち込まれることもある。
僕は用心深い性格ではないし、どちらかと言えば、竹を割ったようなつき合いをしてきたつもりだけど、 少し構えざる得ないときも確かにあった。
わかったことは、安定したつき合いの中でしか、友人つき合いはできないこと。
そういう中で、きちんと「俺の友達だ」と、紹介できる友人がいるかである。

たまに女性客から、「男のどこ(内面)を見ればいい」と困った質問をされる。
答えに自信はないけど、「男友達を大切にしている男がいい」とは言う。
男に評判が悪いと、どこか信用性に欠けてしまうのが、男ルールである。
友人つき合いを大切にする男なら、間違いなく女性も大切にするはずだ。

僕自身のことは、友人が語ることだから、自ら野暮を綴るつもりはない。
それでもハッキリしていることは、ひとりでも深夜に電話できる友人がいれば十分である。
本当に電話をするしないは別だが、男女問わずにひとりは欲しいよね。

それこそ、まぎれのない友人だと思う。
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2012年11月06日

30周年記念公演(前編)

5日、Oくんからの着信表示に返信したら、「キース・ジャレット トリオ」日本公演の最新情報だった。

今日が、テンションのはじまりとなる。
来年、「トリオ結成30周年記念公演」が東京で行なわれるからだ。
トリオ最終公演になることは予想できたが、こうして最後と公式発表されると感無量になる。

ソニー・ロリンズのように、引退公演を繰り返している、ちゃっかり「ジャズ・ジャイアント」(笑)もいるが、彼らのピリオドは、本当にピリオドなのであろう。
それにしても、彼らはいくつ(年齢)なのよ。
キース68歳 ジャック・ディジョネット71歳 最年長のゲイリー・ピーコックは76歳。

トリオを結成する前から、おたがいの非凡な才能を認め合っていたとはいえ、寧ろ、結成した後の音楽を向上させていくことのほうが大変だからね。
普段はそれぞれ自由環境の中、好きな音楽を奏でることを軸に活動しながら、このトリオでやるときは、緊張感をもってキッチリと仕上げてくる。
そんなメンバーシップというか、彼らのダンディズムが好きだ。
その音楽はスタンダードからバラード、果てはフリーまで、更なる創造性を秘めたものである。

僕は、スタンダードを即興的に奏でるスタイルに魅了された。
7年ほど前、ゲイリーはあるインタビューの中で、トリオのことをこう語っていた。
 「自分のすべてをこのトリオ(キース&ジャック)に捧げたい」と…
それにこうも語っている。
 「いつもこれが最後のステージになるかも知れない、そんな思いで演奏している」とも…
キースはこう語った。
 「キース・ジャレット トリオの呼び名は使わないでほしい… 対等な関係でいたいからね」と。
過去のコメントをつけ合わせてみると、その想いは常にひとつになっていることがわかる。
トリオ結成30年の金字塔を築き上げた背景には、きっと信頼が積み重なっていたんだろうね。

願わくば、「ラスト公演」(レコーディング)として、同じ会場の空気に身を置いておきたい。
そのためにも、今晩のタイトルを「30周年記念公演 (前編)」としておく。
後編は公演後、回想録で綴れるようにタイトルはとっておこう  「来年5月 東京で彼らに会える…」

Keith Jarret(P)  Gary Peacock(B)  Jack Dejohnette(Dr)   Good To See You Again.
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2012年11月05日

月曜の朝

日曜、祝日の万代。

午後から、人の通行量も車の交通量も盛んとなる。
商業施設も若者を中心に賑わい、市街地からの買物客も目立つ。
日中は休日の解放感に表情は緩み、手荷物を持つ人の多さが活気ある街を作る。

夜になると、それまでの表情が一変してくる。
車は東西に引きはじめ、人は新潟駅を玄関にして、黙々と帰宅の途に着きだす。
深夜にもなると乾いた空気の中、横断歩道の信号音だけが鳴り響いているだけ。

それが明日の朝になれば、ひときわ表情が一変する。
何に衝き動かされ、何を慌てているのか、険しい顔でオフィスビルに引き込まれていく。
あの日曜の顔は、どこへいったのであろう。

週末の家庭演技も終わり、職場で器以上の役柄を演じるのであろうか… 疲れるわけだ。
たまには秋晴れの午後、信濃川沿いのやすらぎ堤に腰掛けて、川の流れを見るのもいい。
小事を考えすぎて、慢性的な悩みに捕われているほど、調整する時間が大切な気がする。

構えのない顔こそ、その人の本当の素顔だったりするものだ。
対人関係、金曜夜の顔とはつき合えるが、月曜朝の顔とはつき合いたくないのと同じ。
そう思われないためにも、ある程度同じ表情で過ごしてないと、周囲はシラけてしまう。

まあ、忙しない顔ばかりしているなよ…   周りは全てお見通しさ。
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2012年11月04日

Jazz Talk Vol.15

知人が運転する、車の助手席に乗せてもらった。

カーオーディオから、聞き覚えのある、アルトの音色が鳴り響いてきた。
「ジャズ聴くの…」とたずねると、「コレ、一枚だけね」と返したので、「十分だよ」と答える。
  (続く曲を聴いていると、50〜60年代のコンピネーションアルバムのようだ)
前方に見えてきた、建設中の新潟日報本社ビルを眺めながら、「いい選曲だね」と告げる。
すると、「いや、わからずに流しているだけでさ」と小さく笑った。
近年、商業的に「お色気ジャズ」がはびこっているが、たまには泥臭いバップ系もゴキゲンだ。
それが、僕へのサービスだとしたら、なんていい奴なんだ (笑)

ジャズは意味のない知識よりも、その人のセンスだと思う。
無意義な比較をしたり、人を論破するための博識なんていらない。
アルバムを何百枚持っていても、聴きもしなければ浪費でしかない。
それにジャズほど、聴きこむことで染み入る音楽はないと思っている。
そう、自分で選んだ渾身の一枚こそ、その人のジャズスピリットなのである。
つまり、手にした喜びがあるジャズは、「モノを大切」にする美徳でもあるんだ。
ジャズ喫茶の店主は商売柄、膨大な枚数を所有してるけど、その中でも必ず渾身の一枚がある。
一枚をガッチリと聴きこんできた人の耳は、想像以上に奥まで届いているんだと思う。

その一枚が第一歩だと思うし、彼が選んだジャズこそが「本当のジャズ」なのである。
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2012年11月02日

アンチ巨人

プロ野球日本シリーズ第5戦、読売巨人が日本ハムに王手をかけた。

昔ほどではないにしろ、今でも人気の中心は巨人のようだ。
僕が初めて巨人戦を観戦したのは、小学四年生の夏休みで、後楽園球場1塁内野席だった。
ルールをわからずに眺めていたので、さっぱり面白くなく、球場の迫力だけが記憶にある。
お約束で巨人の野球帽をかぶっていたが、9連覇の強さを知ると、どういうわけか応援熱が冷めた。

その頃から、「強くて人気のある者」を応援する気はなかったようだ。
だから、テレビ中継のある「セ・リーグ」より、観客動員数の低い「パ・リーグ」を応援していた。
それはオープン戦から始まり、オールスター戦でも、日本シリーズでも同じこと。
その理由は、野球が苦手だったことが、大きく影響していたと思える。

小学生の頃、野球の上手さで優劣が決まってしまう、こどもルールがあった。
野球が下手な僕はプライドを保つために、柔道や相撲などのタイマン競技に取り組んだ。
目立たないモノに心惹かれる傾向は、何もスポーツだけに限らなかった。

「少年ジャンプ」よりも、「少年キング」。
「ウルトラマン」よりも、「スペクトルマン」。
「仮面ライダー」よりも、「超人バロムワン」。
「スーパーカーブーム」や、「インベーダーゲーム」にも興味なし。
アニメ「ガンダム」や、映画「スターウォーズ」も見たことがない。
「トレンディドラマ」も20歳で見なくなったし、「ファミコン」もしたことがない。
アイドル「おにゃんこクラブ」って、なんじゃらほいって感じ。
「聖子」や「明菜」より、「朱里エイコ」や「しばたはつみ」のほうが、男をそそられてグッときたね。
ブームやアイドル、ファッションにそまることがない、Jazzy(?)な青春時代だった。

こう言い切るとまるで、「反体制派」みたいな男に思われるが、意識してのことではない。
巨人の話に戻せば、強い球団なんだから、「放っておけばいい」という考えなんだ。
きっと、「弱肉強食」タイプではなくて、「強肉弱食」タイプなんだろうね。

僕の思考、野球センスがなかったところから、はじまったのかも知れないな。
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2012年11月01日

バーの雑文

「タマゴが先か、ニワトリが先か」 有名な言葉だ。

「バーテンダー」には、平たく2通りのタイプがある。
ひとつには、若い頃からバーテンに勤しみ、社会を知るタイプ。
ふたつめは、会社勤めから社会を知り、バーテンに転身するタイプ。
どちらが良いか悪いか、早いか遅いかじゃなくて、僕はたまたま後者であっただけのこと。

若い頃、新宿でバーテンの経験はあるが、引き合いに出せるほどの経験ではない。
寧ろ、組織に従属したことで会社語がわかるようになったことは、会話上の強みなのかも知れない。
後者の立場で言えば、前者はバーの周辺知識に詳しいから、職人的な思考には敬意を払っている。
前者は後者をどういう目で見ているかは知らないが、行き着くところは人柄になるんだと思う。
また、どちらであろうと正解などなく、人それぞれの個性や道筋でしかない。
だが、お互い一致していることは、「バーが好きだ」ということ。

ブログでは、ネットで調べればすぐにわかる、酒の知識などを綴ろうとは思わない。
つまり、バーテンの視座からしか描けないことのほうが、大切だと思っているからだ。
バーを通して、見えてくる社会は作り話やおとぎ話の類ではなく、僕自身が経験した出来事である。

喜怒哀楽を交えた雑文に、クスッと笑ってもらえば本望である。 
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