2012年10月19日

おじさん(9)

ある日、相方が僕の顔を見ながら、「本当に年を取ったねぇ…」と一言つぶやいた。
それもそのはずで、僕が23歳の頃から、顔だけは知っているんだからね。
でも、どういう意味で言ったのかは、わからないけど…

身だしなみとして、自分の顔を見ることはあっても、それ以外でまじまじと見ることはない。
顔を見ても、良くならないので見ない。
見ないから、顔が良くなるはずもない。
顔はたるみ、小じわも増え、髪も少なくなってきている。
鏡を見るたび、ため息をつくのであれば、いっそうのこと見ない。
人に与える表情さえ注意していれば、いまさら顔なんてどう見られてもいい。
そうだ、開き直りの精神である。

自分の写真はめったに撮らないし、過去の写真を見返すこともあまりない。
観光地へ出かけても、被写体に自分が写り込むこともない。
ブログやフェイスブック、雑誌などにも、自分の顔を公開することもないだろう。
そもそも、自分の顔を公然にするほど、自意識がないのであろう。
それに鏡ばかり見たり、写真に写り込むのが好きな男って、どこか気色が悪いでしょ…

この先、生きていく上で、肉体のパーツはメンテナンスするだろう。
だけど「男性美」を追求した、メンズエステのようなことはしない。
年齢に任せた、自然の法則こそ、究極の「おじさん美」なのである。

性機能が衰えれば、男の医学を理解している女性とつき合えばいい。
無理して若い女に合わせて、年甲斐もなくハッスルする必要もない。
やがて若い男の影がチラついて、セックスで対抗するのは、もう愚の極みとしか言いようがない。
おねえちゃんから、「おじさま、がんばって」なんていわれた日には、目もあてられないだろう。
恋愛するなら、自分とほぼ近い年齢で、男を理解している女性がいい。

この年齢になると、自分の顔を評価するのは自分でなく、女性から見た顔が相応な評価だったりする。
「大人の顔」と言えば聞こえいいが、「男の顔は履歴書」ともいわれる。
おじさんの顔は、過去の経験に応じて、自ずと決まってくるんだと思う。
やっぱり誰でも、「いい顔してるね」(表情)と、言われたいはずなんだ。
矢沢永吉なんて、積極的にメディアに出ないが、けして62歳には見えないほど、いい顔しているよね。
高倉健もそうなんだけど、いい顔だと思う人は皆、「粋な顔」をしてるんだ。

顔を決めるのは第三者であり、自分で「うっとり」することではない…  僕の顔、オエッー ゲロゲロ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする