2012年09月30日

行列ドーナツ

夕方、古町通りを自転車で横切ったとき、ポケットの中の携帯電話が振動した。

相方の名が表示されたので、「なんじゃらほい」と出ると「東堀でドーナツを買ってきて」とのこと。
ドーナツ店が半額セールらしく、出かけついでの頼まれごとだが、店前でたじろいでしまった。
女子高生から男子学生、若い女性からおばさんまで、長い順番を歩道にまで列をなしている。

「わちゃ!」とつぶやき、最後尾に並ぼうとしたとき。
「待てよ… 炊き出しの配給じゃあるまいし、並んでまで食べるものか…」と思い直した。
行列させることを誘導策にしている店じゃないにしろ、フラフラと無意識に並ぶことはないし。
それにおじさんがひとり、女子高生の列に並んでいる姿は見られたくないし。

待っている間、不機嫌そうな顔で、「頼まれたから並んでいるんだ」と妙なオーラを出そうか。
それとも、「僕は並んでまでドーナツを欲してませんよ」と、メモ書きでもながめていたりさ。
照れ隠しに携帯電話をいじっていたり、バックから文庫本でも取り出して空々しく読んでたり。
究極は、瞑想して列に並んでいたりしてね… (笑)

相方に「並んでまで買わない」ことを告げて、礎町の洋菓子店で「クリームどら焼き」を買った。
まあ、冗談半分だけど、生活圏にあるものを行列に並んでまで、食べたいと思わないのは本当。
これが最後なら別だが、時間を奪われてしまう不思議な習慣には、どうもなじめないんだよね。

それでも今思えば、「フレンチクルーラー」食べたかったな…  I'm On a Diet  なんてね。
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2012年09月29日

2012 October

【10月定休日】 
    8日(月) 14日(日) 21日(月) 28日(日)
    ※7日(日) 通常営業致します。
 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日   日曜日 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名)

【徒然なるまま…】

秋が好きだ!

近年は厳しい残暑に見舞われて、秋の月日は儚く感じてしまう。
それに夜が長くなるから、気持も落ち着いてくる。
会話をしたり、読書をしたり、ウイスキーを飲みながら音楽を聴くには、とてもいい季節である。

子どもがいる家庭でも、たまには妻を独占して、じっくりと飲むのも夫の特権であろう。
時には、そんな強引さも大切である。
 「女房を酔わせてどうするつもり…」
女房の二文字を、他の女の名前に変えたくなる、旦那もいるだろう。
そのまま頭の中だけでも、誰にも知られない、恋の逃避行も楽しそうである。

女優の二文字では、夢が大きすぎて、逆に平面的に思えてしまう。
やっぱり、身近な女性の二文字こそ、叶わぬ大人の恋なのである。
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2012年09月28日

さんま焼き

虫の鳴き声が響き出した夕方、我が家の台所から、グリルで焼いたさんまの匂いが漂ってきた。

香ばしさに釣られ、思わず台所にフラフラ入ると、相方から「シィ」っと追っ払われてしまった。
 … 「わしゃ、どら猫かいな!」

さんまの美味しさに、舌鼓を打つようになったのは、わりかし最近のことなんだ。
俗に、魚のひかりものが苦手である。
ニシン イワシ サバ アジなど、食指が向かない。
寿司屋でもつまんだことはないし、居酒屋でも頼んだこともない。
シメサバなんて食おうものなら、気絶しちゃうかも知れない。

それでも、食卓に出されたものは黙って食べる主義だが、苦手なものを食べていれば見破られる。
せいぜい、僕の調理法は焼き魚なんだよね。
独身時代、食生活は栄養バランスを欠いていたと思う。
自炊する概念がなかったので、食事はスーパーの惣菜をそのままか、毎日が外食生活だった。
好きなものしか食べないから、魚よりも肉が中心となり、家庭料理も忘れるようになる。
だけど一緒になるには、相手の価値を受け容れなきゃ、夫婦の食生活は円満にはいかない。
そのため、魚を食べるようになったのが真相である。

それが今では、スーパーで目利きをできるほど、「さんま焼き」が旬な好物となっている。
炊き立てのご飯と脂が乗ったさんまに、新鮮な大根おろしに香り立つポン酢を垂らしてさ。
それに魚の食べ方も慣れたもので、きれいに丸裸にしてしまう箸の器用さ (笑)
この分だと、「サバの味噌漬け」や「ニシンの山椒漬け」なんかもいけそうだな… ウン、ウン。
結局は、食事の基本は「ちゃぶ台」の家庭料理になっていくんだろうな。

究極は半熟卵と塩、ぱらぱらとシラスを散らしただけの、「おかゆ」になったりしてね。
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2012年09月27日

自民党総裁選

26日、自民党総裁選の結果、安倍晋三元首相が新総裁として選ばれた。

2007年、健康状態を理由に、総理大臣の座を志し半端で降板した過去を問う声も多いようだが、   僕からすれば逆だよ逆。
安倍晋三は首相として挫折したけど、失意のどん底で降板した敗因を分析して這い上がってきた。
それができないと、返り咲くどころか、返り討ちにあってしまうことは目に見える。
当時52歳の若さで歴代総理を経験したから、次に備える気にもなったんだろう。
政権を奪い返したとき、有権者の判断はわからないが、過去の失敗から得たストックを活かされることに期待を寄せたいと思う。

20年ほど前、ロック歌手の矢沢永吉が、ある対談でこんなようなことを述べていた。
「結果は結果として仕方がない。だけどプロセスは許せない」とやんわり。
矢沢は世界進出を夢見てチャレンジしたが、自分の知らないところで信頼していたマネージャーに画策され、多額の借金を抱えてしまった。
結果よりも、マネージャーに裏で騙まし討ちをされていた、そのプロセスに苛まれた。
男にとって、信頼していた人間に裏切られるほど、屈辱的なことはないと思う。
だから、そうなってしまったプロセスが、最も重要なんだと言っているわけだ。

成功談は履いて捨てるほど転がっているのに、意外と「なぜ失敗をしたのか…」は語られない。
とても重要なんだけど、行き過ぎた結果主義が横行してた時代だったから、プロセスがわからない。
そこを押さえておけば、同じ繰り返しをせずに、次に備えることはできるはず。
考え方によっては、失敗を再起の糧にできる人のほうが、強いんじゃないかと思える。
だけど現実には、一度失敗した人間にはチャンスを与えないのが、日本の保守的な気質である。

安倍晋三は、その定説を覆しての新総裁だから、期待したいが、そのぶんリスクも大きい。
二度失敗したら、前回の敗因を分析もせず、何も備えていなかったと叩かれるのがオチでしょ。
それでも、しんがりを務めて、リスクをとる覚悟なんだから、志しは大したもんだと思う。
口先だけで地位にしがみついている政治家よりも、よっぽど覚悟のほどはあるんじゃないかな。

タイトル、何にしようか… 極力、政治談議は避けているんだけど、自民党総裁選…  硬い!
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2012年09月26日

ビジネスマン

今晩、営業を生業にしていると思われる、複数のお客さんがお見えになった。

その雰囲気からして、上半期の仕事が一段落着いた様子である。
大半の会社は、今月末が上半期決算であろうか。

早めに予算を達成した人ほど、月末は寛いでいる。
来月の行動予定も立っているようなので、慌てふためいている感じでもない。
それにダメだとしても、すぐに切替えられるだけの順応性を携えているようだ。
後は月初の会議で業績を発表して、当月の見通しを語り、景気ずけに飲みに行くのがビジネスマン。
予算の不足を暗い顔で引きずって、直行直帰に明け暮れているのがサラリーマン。
私生活も結構と寂しかったりもするものだ。

僕らの世代、「サラリーマンじゃなくて、ビジネスマンになれ」とよく訓示された。
基本的に会社は、外からの収入で成り立っているから、外を向かなくては成り立たないともいう。
この場合、外というのは「社会」を指すのだろうか。
  社会(地域・お客)を主に見ているマクロ視点= ビジネスマン (外向き)
  会社(役職・人事)だけを見ているミクロ視点= サラリーマン (内向き)
何がどう違うか正しく説明できないんだけど、大まかに言えばこんなところだと思う。
その生き方、既婚か独身か、子どもの世話や親の要介護度にもよるけど、縮こまらずに言えば、理想のスタンスはビジネスマンなんだろうね。
その姿はスーツに身を包み、ネクタイとシャツが決まり颯爽と仕事をこなし、夜はどこか行先がある。

いくら不況とは言え、若者の就職先がサラリーマンでは、中身違いながらどこか夢に欠ける気がする。
それに若いほど、「アフター5まで、会社の人と過ごすのはゴメンだ…」と言う。
現代のドライな感覚は否定しないけど、どうせ部屋で黙々とチャットやらで薄笑いしてるだけでしょ。
一見、サラリーマンを否定して、ビジネスマンを目指す若者も、実はその行動様式はサラリーマンだ。
会社で通用するよりも、社会で通用するかの方が、はるかに重要なのに身銭を切って遊ぼうとしない。
倒産の心配がない公務員からしてそうなんだから、いつまでも日本は活況がつかないんだと思う。

今晩のお客さん、「タスクフォースなビジネスマン」だった…  ウイスキーがよく似合っていた。
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2012年09月25日

鎮魂曲

時計の長針は0時を回ったけど、僕にとって、「9月24日」は特別な日である。

よっちゃんが亡くなってから、早いもので丸1年が過ぎた。 (去年9月26日ブログ参照)
思い出さない日がないほど、彼の死は僕の心に大きなダメージを与えた。
それでも書けることは、友人だった証であり、二年半のつきあいだったけど思い出話は尽きない。
途中で仲違いしたり、自然と来なくなったのなら、大げさには思わないが、引き合っていながら突然の 別れだったからなおさらである。
今でもカウンターの隅で、ひとりで飲んでいる姿を思い出す。

喜怒哀楽をともにした関係こそ、友人として成立するものだ。

(喜)  介護施設の職員として、人生を再スタートしたときは、自分事のように嬉しかった。
(怒)  恥知らずな態度に怒り、友人だと思ったからこそ、店から叩き出したこともあった。
(哀)  複雑な過去を語って、心を開いてくれたのに、開かなかったのは僕だったかも知れない。
(楽)  過去の嫌な出来事が、断片的に溢れ出してきたとき、彼と一緒にいると忘れられた。

もっと早くから、出会いたかった…

性格は全く違えども、つい一緒にいてしまう関係。
何がそうさせてしまうのか、わからなかったけど理屈じゃなかった。
同じ年齢で、何でも包み隠さずに言い合える友人を、どこかで欲していたのかも知れない。
僕の中の彼は、永久欠番みたいな男だから、忘れようにも忘れられない。
ならば、友人として、たまには思い出させてくれ。

僕からの「鎮魂曲」だが、彼の複雑な生涯を表現したようなノートである…  ねぇ、よっちゃん!
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2012年09月24日

自分の言葉

自分の言葉で、スピーチできる人は魅力がある。

大相撲秋場所千秋楽、大関の日馬富士が全勝優勝で横綱昇進を決めた。
表彰式では、内閣総理大臣賞として、野田佳彦首相が表彰状を読み上げたあと、自分の言葉でも   地味に祝辞を述べたが、これがまた結構印象に残った。
しきたりなので、表彰文を棒読みするのをおもしろいと思ったことはない。
それを初めておもしろいと思わせたのが、小泉純一郎元首相だった。
個性溢れる、自分の肉声でスピーチしたからだ。

会社でこんな経験ないかな…
朝礼で社長のスピーチが、予め用意してきた雛形な内容だったので、少しガッカリしたこと。
会議で上司のスピーチが、自分の言葉で話をしているようでなく、どこか浮き足立っていたり。
つまり、形式的なスピーチを延々と聞かされると、直感的につまらないと思うからだろう。

人気がある人の共通点は、借り物の言葉でなくて、自分自身の言葉でキチンと語れるところにある。
スピーチは本音と建前が交じり合うけど、「もう少し本音で語れないかな…」と思うときもある。
その内容ともかく、人気の高い政治家ほど、意外と共通しているところでしょ。
そこに冗談や説教、喜怒哀楽が見え隠れしているから、興味が尽きないのであって、感情を抑制し   過ぎる肉声ほど聞いていて退屈なものはない。

それに、自分の言葉じゃないと疲れる…
どこか言い知れない不安を感じているときほど、逆に建前論に終始しているものだ。
その姿、「本音隠して建前隠さず」な状態では、あまり健康的とは思えない。
ジャズと同じで、譜面キッチリよりも、息抜きのフリースペースがないと演奏に味気がないでしょ。
要するに美辞麗句は聞き流して、最も素に近い肉声を聞き手は待っているのだ。

建前論は社会の立派な術かも知れないが、出世も顧みずに自分の言葉で語れる人は魅力がある。
魅力的なら、自分もそうすればいいんだろうけど、それができないから立ちすくんじゃうんだろうね。
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2012年09月23日

見知らぬ顔なじみ

万代には、素性は知らぬが顔だけは知っている、「見知らぬ顔なじみ」が多い。

日常生活がパターン化してくると、近所で見かける登場人物もだんだんとわかるようになる。
それがお店なら、それまでの接客用語「ありがとうございます」の頭に「いつも」が添えられてくる。
距離感が増せば、僕も自然に「いえ、こちらこそ…」と、つい返してしまう。

そうなると同じモノを買うのなら、気軽に言葉を交わせるほうに足が向く。
購買心理は、思っている以上に単純である。
顔なじみなら寛容でいられるし、些細なことでクレームをつけたり、謝罪を要求することも滅多にない。
生活圏に気持が潤う人がいれば、その店はお客にとって、「理想郷」になれるんだ。

また、素性はどうあれ、顔を知られていることで、公共態度に抑制が効くようになるもの。
地域で顔が広い人はいるけど、どのような理由で顔が広いのかは、根本的に別問題だからね。
僕の人づき合いは、顔の広さよりも、深さを重視するようになっている。
だから、頭の「いつも」に加えて、「まいど」という言葉の響きは好きである。

昔は、古町地区で「まいど!」って声をかけられると、「どいま!」って返していたんだけど…
ここ、万代地区では、あんまりウケないね。   ノ(´д`) ヘヘヘ
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2012年09月22日

寺小屋教育

21日、文化庁の国語世論調査によると、普段日常で使用される言葉の意味や慣用句を多くの人が   誤った身に付け方をしているとの結果が発表された。

新聞の調査問題と照らし合わせてみると、僕は7問中、「2問不正解」があった。
 「にやける」→     正解「なよなよ」     誤答「薄笑い」
 「うがった見方」→  正解「本質をとらえる」  誤答「疑った見方」
とてもいい、国語の勉強になった。

言葉って、意外と誤って使っていることがある。
僕も過去、「歯に衣(きぬ)着せぬ」を、「歯に衣(ころも)着せぬ」と読み違いしていた。
誰でも会話中、「おやっ…」と思うことがあっても、実際は会話の流れをさえぎる真似はしないから、   後からわかることも結構多いだろう。
改めて、「衣」違いをしてたのは、若い頃の伝聞によるものと思われ、調べもせずに認識した言葉ほど 怪しかったりもするものだ。

会話なら修正できるが、文章だと修正が利き難く、とんでもない方向に意味が飛ぶことがあるからね。
よく間違えられることだが、「気のおけない友人」と使うと、「心を許せない友人」と勘違いされやすいのと同じように、国語力は難しい。
そう思うと、国語力とは、50代あたりから完成してくるんじゃないかな。
その代わり、「あれ」「これ」が多くなるけど、そこは大目に見てもらいたいんだけどさ。

僕は一般的な言葉違いは気にしないけど、「妙な流行語」は安易に使わないようにしている。
例えば、「チョー、なんちゃら」とか、「コクる」に「うざい」とかさ。
言葉の難しさ以前に、意識していれば使わなくてもいい言葉。
流行語は、軽佻に思えてしまうものだ。

最近、長文をバカにする傾向がある。
しかし、読解力がなさゆえのこと。
短い文章や短い言葉を乱発するのは得意だが、文章を考えながら読んだり、人と膝を付き合わせて  語り合うことを避けるようになってきた頃から、どこか会話が噛みあわなくなってきた気がする。
一般的に、「字」を書かなくなってきたことで、文章慣れできず、メールの影響でしゃべらなくても許せる 環境が悪いほうに整ってきた。
しゃべらなくなれば、ロクに挨拶もできない人間も現れてくるから、暮らしにくくなってくるわけだ。

それこそ、寺小屋教育の原点、「読み」「書き」「そろばん」に、戻らなきゃいけないかもね… 
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2012年09月21日

大相撲ダイジェスト

毎年奇数月の二週間、我が家のリビングは「ひとり桝席状態」となる。

本場所中は深夜に録画した、「大相撲ダイジェスト」を見ながら、一杯つける時間が何よりも楽しい。
夕方からの中入り後の取組では、開店の準備や家の雑用などもあり、生中継を見ていることは少ない。
寧ろ、結果のわからない状態から、一番一番の勝敗を予想しながら、解説者気分で見るほうが好きだ。

それこそ、今場所の立ち合いや取り口を振り返り、所作や表情を見て瞬時に東か西に勝敗を予想する。
瞬間のスポーツなので、「強いものが勝つとは限らない」のが相撲の魅力だ。
だから、予想する難しさもあるんだけど、我ながら的中率は高いものがある。
満更、経験のないスポーツではないので、攻防の中で「こう来るぞ」と勘が働くことも稀にあるんだ。

それでも、「ひとり解説席」は止まらない。
相撲の解説と言うよりも、不甲斐ない相撲をやった、力士に対する文句の方が多い。
中途半端な立合いなら… 「下痢でもしてんのか。ケツの穴にコルク栓をしておけ」
変化ばかりしていれば… 「変なゲン担ぎでも、始めたんかいな」
不甲斐ない負けならば… 「おまえは、夜勤明けか」
力士の中には、「時給を下げられて、やる気をなくしたバイトが、ムカついた表情で職場に出勤してくる」ような顔で、土俵に上がっている様子も伺える。 (我ながら、なんちゅう例えであろうか…)

こんな具合に取組とは関係のない、「ひとり語録」を並べて、毎晩「大相撲ダイジェスト」を楽しんでいる。
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2012年09月20日

凛とした恋

平凡な日々で、年齢を重ねていくと感じたら、恋をすることをお薦めしたい。

既婚者の愛は不変である。
だが一歩外出すれば、女性を恋心で見ることは、結構大切なことだと思っている。
外出先では、自分の時間でもあるので、自分のために使うべきである。

どこかの店員に恋心を抱いてもいいんだし、知人の女性と楽しく会話をしてもいい。
要するに高揚した気分に後押しされて、自分らしくない行為をしなきゃいいと思う。
女性の意思に反して、しつこくつきまとったり、負担に感じるような贈り物をしたり、あくまでも理性の範囲で恋をするのが、長いつき合いの秘訣なんじゃないかな。

女性店員なら、「今日はあの人来るかしら…」と思えば、メイクだってきちんとするでしょ。
自分を立て直すためにも、「凛とした恋」は必要だとは思える。
僕は外出したら、独身気分になるけど、日常の空気を入れ換えることで家庭を大切にできるものだ。

そういう、心ときめく気持をいつまでも持っていないと、男も女も早く老化していくように思うね。
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2012年09月19日

電話帳登録

せっかくの休日だったのに、携帯電話の設定から周辺操作に時間を費やしてしまった。

旧式は物持ちが良すぎて、約7年近くも使っており、電話帳の登録だけが増える一方だった。
この際、登録件数を一度整理しようと電話帳を開くと、それはもう大げさな数に上っていた。

最初は「必要とするときもあるだろう」と思って登録するのだが、実際には何年も連絡を交わしていない番号の方がはるかに多い。
登録件数を人脈作りにしている気はないので、長年、音信不通な関係はキッパリと消去した。
するとホルダーにあった、登録件数が「5/1」にまでなった。
きっと、何かのときを想定して、登録することだけを目的にしていたのだろう。
本当にかかわりのある人は、そんな程度なのである。

そうやって、親指操作で登録した名前や会社を眺めていたら、人の記憶なんて曖昧なんだなと思った。
矛盾しているようだけど、名刺の交換と似ていて、ばらまきだけであまり記憶にはとどまっていない。
つまり、電話帳に登録してある名前こそ、その人の内面が表れているものだ。
愛称で登録してたり、律儀に敬称で登録していたり、本音の呼び方が描かれていると思う。
その時々で、手を組んでいたビジネスパートナーなどは別としても、違和感なく登録できるのは「ピュア」な間柄だけになってしまうもの。
それに、何年もつき合いのない人を拠り所にしていると、人生に清さがなくなってくるんじゃないかな…

そうして、「5/1」までに登録を絞ったんだけど、あまり細かくグループを仕分けすることもなく、登録件数が多く占めたのは、「FRIEND」(私生活) 「GIG」(店から生まれた関係)が二大グループになった。
50音順「FRIEND」のトップは頭文字「I」… 約30年前、仕事先で知り合った友人からはじまる。
同じく「GIG」のトップは頭文字「I」… 開店当初から、ひいきにしてくれている若き料理人である。
携帯画面に名前が表示されたら、空々しく、「もしもし」なんて気張らずに、僕の方から相手の名前を  呼ぶようにはしている。

それが、自身の電話帳に登録した相手への礼儀だと思っている。
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2012年09月18日

取扱説明書

ついに携帯電話のヒンジが劣化したため、家電量販店へ買い替えに出かけた。

とは言え、「スマホ」とかじゃなくて、従来型のシンプルな折りたたみ携帯。
「通話とメールができりゃいい」と申し出ると、売場の片隅に追いやられたコーナーへ案内された。
手にしたのは「FOMA」シリーズなんだけど、まるでワープロが人知れずに消えていく頃のようだ。
隣では未来型の新機種に購買客が訪れており、ここ従来型のコーナーは誰も見向きもしていない。
店員に尋ねると、購買客の9割は新機種「スマホ」タイプを求め、僕のようなアナログ客は1割だという。

俗に、「ガラパゴスケータイ」と呼ばれるものなのか… 上等である。
それはね、お店のために一生懸命に勤めていたホステスさんがだよ…
時代と共に、若くてきれいなキャバ譲の人気に押されても、自分を指名してくれるお客さんを店の隅で ウーロン茶を飲みながら、静かに待っているような健気さがあっていいじゃないか。
気に入った… 僕が指名しようじゃないか!
そのニーズは1割だけど、従来型の携帯電話は愛情豊かな「熟女ホステス」なのである。

家族割りの特典がつくので、相方にもこの機会で買うことを薦めて結局は2台購入した。
僕らは携帯電話は連絡ツールでしかなく、年齢的に「遊ぶ感覚」があまりない。
せいぜい、親しい友人とメールで、じゃれあうぐらいだしね。
誰もが最新機種を欲しがると思うけど、年齢を取るに連れて、極端なこだわりはなくなってきた。
まあ、せっかくの休日だったけど、設定なんちゃらで夜は家に閉じこもるはめになってしまった。

こうして、キーボードを前にしながらも、実は携帯の初期設定を並行操作しながら書いている。
困っているのは、携帯の待受画面に「タキシードを着たひつじ」が、所狭しと駆け回っているんだ。
人をバカにしたように、チョコチョコと動くから、画面表示したカレンダーが見難くてしょうがない。
さっきから、このひつじの動きにイラだっているので、書いていることも支離滅裂になってきたよ。

このふざけた、「変態待ち受けキャラ」を消してやろうと、目下「取扱説明書」と奮闘中である!
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2012年09月17日

高齢愛の日

今日は敬老の日。

65歳以上の方を敬老とするのか、精神的による部分とするのか、演出がハッキリしない祝日である。
家族と食事をしたり、孫を交えて親孝行されたり、誰かと一緒にいる高齢者はまだ幸せだ。
でも、そうじゃない高齢者も多いはず。
そういう、孤独な人たちのためにも、この日だけは手厚く「高齢者の祭典」を企画したらどうか。

例えば、身寄りのない高齢者が気軽に集合できて、楽しめる場所を提供する。
その集合施設を自治体が設定して、各地域からマイクロバスで送迎し「高齢者合コン」をするんだ。
何か催しを用意して、お茶菓子なんかも配り、高齢結婚を誘発する場を演出。
念のため、会場には医師と看護士に待機してもらってさ。
まずは、ひとりの状態をなくすことで、晩年の気持にハリを持ってもらう。
高齢者のひとり暮らしは寂しい… 「気が楽でいい」なんてのは強がりだと思う。
同じ者同士、気軽に出会える場所があれば、敬老の日は「出会いの楽園日」になるんじゃないかな。

呆れた成人式に税金を投入するぐらいなら、敬老の日に予算を充てたほうが実りある福祉活動となる。
集まる高齢者は、家族の世話にはなりたがらない、ある意味では自立した考えの持ち主でもある。
それに晩節意識の高い高齢者ばかりだから、人に無駄な世話を焼かせることも少ないでしょ。
高齢化対策とは、身寄りのない男女を結び合わせることでもある。
そして明日から、「がんばって、楽しく生きるぜ」という、前向きな気にさせるんだ。

好きな相手ができれば、その人の家へ出かけたり、公園で待ち合わせるだけでも、行動する気力が  湧いてきて心身ともに満たされるようになる。
僕ならスキップをふんで、「ヒョッ、ヒョーイ」とか叫んで、喜んで会いに出かけちゃうね。
女性の性欲は灰になるまでとは言うが、男だって負けちゃいられないでしょ。
やっぱり、男と女は求愛しあう生きものであり、最期は抱き合える人生が幸せだと思える。

敬老の日は、「高齢者の出会いの日」に認定するべき!
この先、僕らの世代が高齢未来を創るんだから、それこそ「高齢愛の日」にすべきだ。 \(^o^)/
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2012年09月16日

反日デモ

15日、夕方のニュースで中国における、反日デモが暴徒化している映像が流れていた。

国際規準に発想転換できない、先進国は危なっかしい。
民度を語るまでもないが、何とかならぬものだろうか。

中国は「一人っ子政策」によって、甘やかされて育った若者が多い気がする。
どこにでもいそうな、ごく普通の若者ではあるが、そのプライドだけは高い。
集団心理で暴徒化した相手を、やみくもに怒っても効かない。
ならば、恥をかかせて自覚させる方法が最も効果的であろう。

僕の身近でこんな話がある。
その昔、繁華街で泥酔して大虎に変身した挙句、警察に連行されて一晩豚箱に入れられた男がいた。
相当にクダを巻いたのであろう… その様子を一部始終、ビデオカメラに収められたという。
正気に戻った朝、取調室で昨晩の酔った醜態を見せつけられた。
その瞬間、顔から火が出そうになり、見るに耐え難いその姿に後悔したという実話だ。

何を言いたいか、もうわかったであろう。
中国に形式的なルールやマナーを説くより、恥をかかせることに切り替えればいいんだ。
暴徒化した映像を全世界に発信して、中国の抑制が効かない蛮行ぶりを見てもらうんだ。
器物破損したり、現地の日本人を襲撃したり、やればやるほど中国民度が疑われるだけ。
それに自分たちの生々しい姿を見ることによって、少しは客観的になれるであろう。
まずは余計な感情をクールダウンさせることを、覚えさせなきゃいけない国である。
つまり、世界中からさげすさんだ目で、見られていることを気づかせてやるべきだ。

以前、尖閣諸島で中国の漁船が日本の監視船に体当たりした映像が流失した。
秘密保持もあったのだろうが、あれだって公開されたことで真実がわかり、日本人として誇りを保てた。
だから、一概にダメだとか、決めつけられなかったでしょ。
元々、中国人は面子を重んじるらしいが、世界に蛮行を発信することにより、少しは客観的に風評を  気にしだすようにもなるだろう。

日本は屈辱的な真似をされても、やり返さないのは弱いからじゃない。
武士道精神から受け継いだ、行動基準を持った国だからだと思いたい。
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2012年09月15日

便秘に注意

夫婦生活ほど、日常の小さなストレスを発散しないと上手くいかない。

妻が外出先で、嫌なことがあったとする。
妻が不満を口にしている間、夫は口を挟まず、最後まで言いたいことを吐き出させることが役目となる。
それは不満を小爆発させておかないと、いづれは大爆発してしまうからだ。
便秘が身体によくないのと同じ理屈である。

僕が決まって怒られることは、使った物を元に戻さないとき。
他人の家庭はわからないが、女性の怒りどころは似ていると思う。
そういうときは、新聞を持ってトイレに籠城するか、自室に籠もるか、近くの喫茶店に避難するに限る。

そのくせ、相方は店で飲みかけのマグカップを、出しっ放しで帰ろうとするときがある。
そのときは、チェンバル語で「%$&!う#…」と抗議するが、本人は何を言われているのかわからず、呆気にとられた顔をしている。
僕もこうして、ストレスをアホに発散しているので、不思議とケンカにはならないんだよね。

それより、女性を「便秘」にさせてはいけない…  馬糞並みの怒りは怖ろしいからである!
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2012年09月14日

プチ旅行

9月は連休が続けざま2回もあるので、どちらかは行楽地へ出かける人も多いだろう。

今は泊りがけでは、どこにも行き難いけど、数年前までは「ブルーノート東京」へジャズを聴きに行くか「両国国技館」へ大相撲を観戦しに行くか、いつも迷うところだった。

宿泊先は浅草が好きだ。
9月は大相撲秋場所が開催されるのでなおさらだ。
初日は上野動物園を散歩して、夕方からは浅草観光を楽しむ。
今は周辺の東京スカイツリーが賑わっているが、我先に見物を競い合うほどの気持は持つことはない。
寧ろ、浅草界隈の道すがらをゆっくりと眺めて歩くだけでもいい。
夕食は江戸情緒を満喫したいので、「もんじゃ焼き」か「天丼」、「すき焼き」なんかもいいだろう。

もう少し酔いたいと思えば、勘を頼りに路地裏のバーを探して歩く。
条件は女性のサービスがなく、ひとりでも気兼ねしないバーだが、見つけるのが至難の技である。
店内には、ヘレンメリルの気だるい歌声が流れており、ジャズを楽しく語れるマスターなら腰が落ち着く。
もちろん観光で来ているんだから、対面ゆえの気遣いがあれば嬉しいものだ。
そんな夜を経てホテルに戻れば、心地良い眠気に誘われて、きっとよく眠れるであろう。

朝は遅めのコーヒーで寝覚め、昼からは大相撲観戦へ出かける。
観戦場所は、二階の椅子席で十分である。
館内では浴衣姿の力士が放つ、びんつけ油の匂いが漂ってくると、相撲情緒を感じずにはいられない。
力士の所作に伝統美を感じて、取組に一喜一憂しながら、結びの一番と弓取り式まで楽しむ。
帰りは正面入口のやぐら太鼓の音色を聞きながら、19時〜20時台の上越新幹線で一路新潟へ。

こんな1泊2日の、「浅草プチ旅行」はいかがですか…
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2012年09月13日

美味しい話

12日、相方は新メンバー1名を加えた女性4名で、「月一会」(単なる食事会)へ出かけた。

場所は、新潟駅前の落ち着いた感じの和食店で、飲み放題付き一人¥3.800コース。
前菜 サラダ 刺身の盛合 揚げ物 焼き物 飯物 デザートのフルコースながら、全体的に味加減も
ボリュームも丁度よく、次の皿が出てくるタイミングも申し分なかったという。

女性同士、表向きはにこやかにお店を去るけど、五歩も進めば「本音」が交わされるもの。
本音を聞かされる身からすれば、情報を得るに越したことはないが、はっきり言って腹も減ってくる。
僕は昔から、仕事前はコーヒーだけで、あまり食事は摂らない。
腹が満足すると、集中力が著しく途切れてしまうから、少し空腹状態で仕事をしていたほうがいいんだ。
それが今食べてきた、料理の話を美味しそうに語られると、胃液が出てきて腹が減りだす。
それは空腹状態で、スーパーの惣菜売場へ出かけるようなものである。

料理が美味しかった話は、あんまりしてほしくない。
ならば、いっそうのこと「今回はハズレだった」と言ってくれたほうが、味覚中枢が刺激されなくていい。
僕は、一日の仕事が終わらないと、腹が減らないタイプ。
だから、寝る前の食事量が多い上に酒も飲むから、身体が栄養分を一気に吸収してしまう。
まだ、恰幅がいいのは、そういう食生活のリズムからなのだろうか。

匂いが漂ってくるほど、美味しい話をされると腹が減ってくる。
そうすると、店の「柿ピー」をポリポリと頬張っていることがある。
相方からは、「また、柿ピーを食べたでしょ…」と責められる。

仕事中、僕の前で「美味しい話」は厳禁だ (笑)
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2012年09月12日

素顔の行方

予期しないところで、偶然に知人とバッタリ出会ったとき、お互いの素顔が見えるものである。

先日、片貝まつりの人混みで、相方が友人と偶然に出会って驚き合っていた。
僕も、意外なところで知人と会ったときは、普段よりも親近感が沸くと思う。
近所で会うのと、遠出した先で会うのとでは違うと思うが、空目を使ってぎこちなくしているよりも、その間を挨拶で埋めたほうが、過ごしやすくなるものだし、その人の器量もわかると言うもの。
そういうときほど、構えのない素顔に出会えるものだ。

しかし、偶然の出会いも厄介なときもある。
過去、顔見知りの男が風俗店に入っていく場面や、これも顔見知りの女性がどこかの男と腕を組んで  ホテルに入っていく姿を目撃したことがある。
そんなとき、気づかないふりがマナーになるけど、相手がこちらに気づいてたらバツが悪いものだ。
それが親しい間柄であれば、冷やかしの一言で軽く済ませておきたいのだが… (笑)

後から本人に言えば、「何で声をかけなかったの…」と、白々しいことを言われるだろう。
黙っていれば、僕の中のもやもやした気持が、いつまでも晴れないだろうし。
第三者に言えば、尾ひれがついて話が大きくなるだろうし。
たとえ口止めをしたとしても、話が洩れてしまい、出どころを手繰られればトラブルにもなりかねない。
そうすると最初から、秘密は秘密として、誰にも口外しないことが賢いであろう。
それでも万が一、秘密を洩らすとしたら妻や恋人、浮気なら口の固い親友ってところかな。

その点、僕は身に詰まされることはないので、こうして平気で書けるんだけどね。
でも大概の男は、修羅場になると「忘れた」「覚えがない」と言い張り、それに対して女は男を嘘つき   呼ばわりして攻め立てるものだ。
急に、浮気に話が飛んじゃったけど、各論を言えば「見つかる浮気はするな」ってことかな。
最近では、平気で浮気をカミングアウトしちゃう時代だからね。

素顔で堂々と浮気する時代も、意外と近いのではないだろうか…  1.2.3. ダー!
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2012年09月11日

片貝まつり

9日、日帰りバスツアーで、世界一の四尺玉といわれる、小千谷「片貝まつり」の花火鑑賞に出かけた。

説明によると、直径(120cm)重量(420kg)の四尺玉を上空(800m)まで飛ばし、開花の大きさ(800m)はギネスに認定されているらしい。
相方ともども、新潟まつりの花火しか見たことがなく、僕らにとってはそのスケールは驚きであった。

夜空で大輪に咲く色彩以上、印象に残ったことは、四尺玉の「ドスン」とつんざく重低音の衝撃波だ。
太鼓の乱れ打ちのような、乾いたスターマインの連続音。
それぞれの音がドラムのパーツのように思え、夜空のドラム合戦にも聞こえた。
スネアがかん高く鳴り響き、タムタムの連打に加えて、バスドラの重低音が響き渡る。
火花が「シャー」と消え行くとき、ワイヤーブラシの柄の部分でシンバルを引くような残像音だった。
それに一発一発が奏でる音と色彩は、「ジャズ」のフィーリングにとても近いと思うね。
僕はそんな感覚で、「片貝まつり」を楽しめた。

それにしても疲れた…
新潟駅南口から出発して、現地には17時に到着。
19時30分の打上げまで、桟敷席で時間を持て余し、簡易トイレの行列も30分待ちの混雑状態。
ビールを飲みながら、優雅に鑑賞と思っていたが、下手に水分を摂ると、後々大変になると思い直して弁当のお茶だけに止めておいて正解だった。
待機時間も含めて、22時30分までの鑑賞は少し辛かった。
マス席が狭苦しく、小高い山に席が設営されているので、打上方向と逆スロープとなり首が凝ること。
帰りは一足早くバスに戻ったもの、乗客のトイレ待ちや交通渋滞で新潟に着いたのは深夜1時30分。
僕らは宵の口だが、3時間近く夜空を見上げた疲れからか、ベッドに入った瞬間「スッー」と寝入った。

2日間、ブログを空けていたのは、そんな理由からだった。
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