2012年07月30日

気のきいた沈黙

女子柔道「52k級」2回戦が、実質上の決勝戦だったように思える。
中村美里、負けちゃったね…  2夜連続、女の悔し涙を見てしまった。

彼女は4年前の北京五輪で、同階級の「銅メダリスト」だった。
祝福のインタビューでは、「金メダル以外は全部一緒です」と強気なコメントをした。
僕は正直、「可愛げのない不器用なコメントだな」と思ったし、周囲も「他のメダリストに失礼である」と、軽い論調もあったようだ。
でも、しばらくしてから、彼女の言葉が気持に響いてきた。

それまでの女子アスリートは「実力」よりも、美貌である「人気」の方が先行していた。
人気が強さの裏づけならいいが、スターに仕立て上げて、実力をお茶に濁しているように思えた。
「負けたけど頑張ったね」… そんな常套句もいいけど、それは過酷な前提条件があってのこと。

女性を取り上げるのは気が引けるので、元プロボクサー内藤大助を上げれば一目瞭然であろう。
亀田大毅を破ったときの輝きを失いはじめたのは、バラエティー番組にうつつを抜かした理由にもある。
年齢的に現役は長くない中、テレビやイベントなど、ボクシング以外の誘惑に中途半端に取り憑かれた。
もちろん、その努力には敬意を表すが、ストイックさを失ったアスリートには感情移入はできない。
プロだから実績をもとに副収入を得ることは否定しないが、彼を極端に勘違いさせてしまったところは、
指導者にも問題はあるし、気がついたら負けていたようでならない。

女子柔道に話を戻せば、結果として「福見友子」「中村美里」の両名はメダルを獲得できなかった。
だが、彼女たちにムダな華やかさなどなく、代表までのプロセスもヤワじゃなかった。
それで負けたんだから、「本当に頑張ったんだね」という一言が、初めてしみてくるというもんだ。
福見がインタビューに言葉を詰まらせながら、ひと筋の涙を流していた。
あの涙が、それまでのことを物語っていたと思う。

次元違いのありふれた同情は必要ない。
北京で中村が放った言葉と、二人が流した涙の意味を考えるべきだ。
つまり、誰の涙が本当の涙なのか、そこを見逃しちゃならないんだ。
そこを理解できないと、日本は国際試合に勝てないどころか、どんどん弱体化していくだけだと思う。

「次の五輪を目指して頑張れ」なんて、安っぽいエールはうるさいだけだ。
彼女たちは自分で判断できるし、何をやらせてもきっとできるはず。

今、大切なことは、無関心な沈黙ではなく、気のきいた沈黙なのである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする