2012年07月31日

2012 August

【8月定休日】 
    5日(日) 12日(日) 13日(月) 19日(日) 26日(日)

 住所    新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話    025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日   日曜日 
 客席数   カウンター10席  ボックス席(5~7名)

【徒然なるまま…】

浴衣 履物 扇子 日傘 帽子 水着 サングラス…
夏は小物をまとい、自己演出するときである。

盆踊り 花火大会 海水浴 夏祭り ビアガーデン…
夏は「あっ」という間なので、瞬間を演出するのだ。

ちんたら、コーディネートしている場合ではない。
夏の勝負服でビシッと決めて、外出するのである。

ホレ、夏が終わるぞ、ぼやぼやするな!
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2012年07月30日

気のきいた沈黙

女子柔道「52k級」2回戦が、実質上の決勝戦だったように思える。
中村美里、負けちゃったね…  2夜連続、女の悔し涙を見てしまった。

彼女は4年前の北京五輪で、同階級の「銅メダリスト」だった。
祝福のインタビューでは、「金メダル以外は全部一緒です」と強気なコメントをした。
僕は正直、「可愛げのない不器用なコメントだな」と思ったし、周囲も「他のメダリストに失礼である」と、軽い論調もあったようだ。
でも、しばらくしてから、彼女の言葉が気持に響いてきた。

それまでの女子アスリートは「実力」よりも、美貌である「人気」の方が先行していた。
人気が強さの裏づけならいいが、スターに仕立て上げて、実力をお茶に濁しているように思えた。
「負けたけど頑張ったね」… そんな常套句もいいけど、それは過酷な前提条件があってのこと。

女性を取り上げるのは気が引けるので、元プロボクサー内藤大助を上げれば一目瞭然であろう。
亀田大毅を破ったときの輝きを失いはじめたのは、バラエティー番組にうつつを抜かした理由にもある。
年齢的に現役は長くない中、テレビやイベントなど、ボクシング以外の誘惑に中途半端に取り憑かれた。
もちろん、その努力には敬意を表すが、ストイックさを失ったアスリートには感情移入はできない。
プロだから実績をもとに副収入を得ることは否定しないが、彼を極端に勘違いさせてしまったところは、
指導者にも問題はあるし、気がついたら負けていたようでならない。

女子柔道に話を戻せば、結果として「福見友子」「中村美里」の両名はメダルを獲得できなかった。
だが、彼女たちにムダな華やかさなどなく、代表までのプロセスもヤワじゃなかった。
それで負けたんだから、「本当に頑張ったんだね」という一言が、初めてしみてくるというもんだ。
福見がインタビューに言葉を詰まらせながら、ひと筋の涙を流していた。
あの涙が、それまでのことを物語っていたと思う。

次元違いのありふれた同情は必要ない。
北京で中村が放った言葉と、二人が流した涙の意味を考えるべきだ。
つまり、誰の涙が本当の涙なのか、そこを見逃しちゃならないんだ。
そこを理解できないと、日本は国際試合に勝てないどころか、どんどん弱体化していくだけだと思う。

「次の五輪を目指して頑張れ」なんて、安っぽいエールはうるさいだけだ。
彼女たちは自分で判断できるし、何をやらせてもきっとできるはず。

今、大切なことは、無関心な沈黙ではなく、気のきいた沈黙なのである。
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2012年07月29日

組み合う柔道

今日から一週間、僕の「アドレナリン」は出っぱなしであろう。

ロンドン五輪の先陣を切った柔道。
各階級の見どころは、重量級の奥深い破壊力、中量級の安定したパワーとスピード。
軽量級になると、立ち技 寝技 締め技 関節技が多彩で、匠の柔道技が光る。
凄まじい連続技(つなぎ技)から、一瞬をとらえる瞬発力。
どの組み手で、どんな角度から何の技がくるのか、見当がつかない。
世界柔道の実戦レベルは、急激に高くなったと思えた。

理由のひとつに、「効果」ポイントが廃止されたことが上げられるだろう。
それまではタックルのように、組まずともかけられる技が横行していた。
ポイント勝負だから、柔道の流れが悪い方向に変わってしまったんだ。
ひどい試合になると、極端な前傾姿勢から、決める気のないムダ技を繰り返しているだけで、審判の 心象を惹くだけのポイントゲームと化していた。
今の篠原監督がアテネ五輪かで、「このままでは、柔道が柔道でなくなってしまう」と警笛を鳴らした。
そんな柔道を、次の北京五輪で見せつけられたことは、まだ記憶に残っている。

4年後のロンドン五輪…
初日の「男子60k級」と「女子48k級」を見た限り、試合結果は残念だったが懸念は和らいだ。
世界レベルで、「しっかり組んで戦う柔道」に、外国人選手は少し戻りつつあると感じた。
組み合わない柔道は柔道ではなく、本質的に正々堂々と一本を取りにいく、柔道こそが柔道である。
義務教育に「柔道」を奨励しているのなら、意義のある見方を推進したいよね。

余談だが、「男子100k級 穴井隆将」の攻め抜こうとする柔道が好きだ。
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2012年07月28日

選ばれた純情

27日夕方、あまりの暑さに万代のフードコートで、アイスコーヒーを注文して涼んでいた。

しかし、時間と場所を間違ってしまったのに気づいたのは後のこと。
夏休みもはじまり、店内は瞬く間に学生たちに占拠されていった。
一番右隅の席だったので、無駄なざわめきには我慢できたが、隣の席だけは依然ポツリと空いている。
すると、誰かが横に来た気配に顔を上げると、まだあどけない感じの女子高生が隣へ静かに座った。
同じフロアで買ってきた、小ぶりのアイスクリームをひとつ、木のスプーンで小刻みにすくいながら、   とても美味しそうに食べている。
スポーツ部に所属している感じではなく、図書館で本を読んでいるようなおとなしい子に見える。

周りの学生らは、ジュースやスナック菓子を頬張りながら、ペチャクチャと大声でおしゃべりしていたり、ケータイをいじくり回していたりと、高校生にありがちな行動パターンで過ごしている。
そんなやかましい中、その子だけはひとりで美味しそうに食べながら、会計したレシートを丁寧に折り、赤い小銭入れにお釣りと一緒にしまっていた。
まじまじと見ていたわけではじゃないが、僕はその女子高生の初々しさに好感をもった。

学生の大半は、親からのお小遣いで、放課後や休日を過ごしていると思う。
なのに、子どもの中には親が、「打ち出の小槌」を持っているとでも思っているような子もいる。
それはお金のあつかい方で、何となくわかるものである。
僕はお金やレシートを、丁寧にあつかう子には感心する。
小さいときから、親がどのようにお金をレジであつかっていたか、ちゃんと見ていたからだ。
お金の価値観を、親から躾けられた証拠である。
学生に声を荒げて怒りたいこともあるけど、逆に言葉に出して褒めてあげたいときもあるものだ。

それより、僕の風貌を怖がらず、隣の席に座ったことの方が嬉しかったんだけどね… ああ、純情。
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2012年07月27日

土用丑の日

土用丑の日、どこのスーパーでも「うなぎ」の価格が高く、国産であればなおさらだ。

毎年、景気づけで専門店へ食べに出かけるか、自宅でほどよく酒で蒸して食べるかしている。
大衆的なエネルギー源とはいかないが、夏の風習として味わっておきたい一品である。
でも、「今年は食べる時期を外してもいいかな」と思っているんだ。

うなぎ屋も価格が沸騰したなりにも、風習として根強い需要があるだろう。
それなら、本当に食べたいと思うまで腹を空かせて、今は背を向けておいて待ちわびながら食べる。
何でもかんでも、その日に食い漁るよりも、ちょっと時期を外して食べるほうが粋じゃないかな。

去年の今頃、「うなぎ」と題して、僕のうなぎ好きのエピソードを書いたと思う。
若い頃は、山椒を大量に振りかけて、平気でペロッと二枚は酒の肴にしていた。
同僚の女性からは、「この後、変なこと考えているでしょ…」なんて冷やかされていたほどだ。

うなぎは値段関係なく、当たりハズレがあるような気がする。
シズル感を再現するまでもないが、問題はハズレでゴムのように噛み切れないほど硬い。
素材をそのまま大事にする一品なだけに、価値を見出したいと思うのはうなずけるであろう。

うなぎを語れるほどグルメではないが、空腹こそが最高のグルメという感覚はわかっている。
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2012年07月26日

宮本武蔵 「31」

米大リーグ、マリナーズのイチローが、ヤンキースに電撃移籍したニュースは記憶に新しい。

ハツラツとしたプレーが、魅力のイチローもすでに38歳。
チームの再編を考える球団であれば、若手を中心に人選し、外部から補強をするのがセオリーだろう。
そうすると衰え著しい、高年俸のベテラン選手を、いつまでもクリーンナップに添えるわけにはいかない。
そのためには、密かにベテランを排斥する動きが、水面下で企てられてくる。
他の選手には知らされていなかったというが、密室で体制は整えられていただろう。
こうして次第に追い詰められていったのが、電撃移籍の真相のような気がする。
物事には、「本音と建前」、そしてもうひとつは、「真実」というものがある。

個人的には、マリナーズへ12年近く在籍し、数多くの貢献をしてきたわりには少し冷たい気がした。
だが、記者会見では「前向きな挑戦」を強調しており、実にすがすがしく末尾を締めた。
僕はこの電撃移籍は、今の中高年の気持を代弁したような気もした。

若手の頃は「可能性」や「未来」など、耳障りの良い台詞で会社からその気にさせられる。
その言い方と受け取り方によっては、若手は次第に「上はダメだ」と嘆きはじめる。
管理職候補であれば、酒の席で上役から、耳打ちされた経験はあるんじゃないかな。
そして時が流れ、今度は自分がベテランの域に入ってくると、次第にその頃がフラッシュバックしてきて、
言い知れない不安に駆られてくるわけだ。
だから、ベテランになればなるほど、水面下で足の引っ張り合いが起きるんだ。
そうなると組織の活力が内向きとなり、不毛な職場環境で耐えざる得なくなる。
売上で会社が成り立っていることを思えば、外を見ることの方が、よっぽど大切なことなんだけどね。
そこで耐えることも選択だし、飛び出ることも選択である以上、どこにも絶対的な正解などない。
人生なんて大げさな言い方はしないけど、「開き直る」か「耐え抜く」かの選択のようにさえ思える。
ただし、自分の考えなく、その時々の権力に便乗しているような奴を信用すると必ず痛い目に合うよ。

照らし合わせれば、イチローだって特別な人物ではなく、普通の人物だったってこと。
移籍の理由は「未来を考えれば、僕はここにいるべきではない。環境を変えて刺激を求めたい」とした。
「それがお互いのため」と末尾を締めたときは、過去を振り返らない、潔い男だなと感じた。
その証拠に慣れ親しんだ背番号「51」にこだわらず、新背番号「31」にした姿勢が覚悟の表れである。

その意味では、イチローの電撃移籍は、やっぱり中高年の気持を代弁したと思える。
当然良し悪しの問題ではなく、意思表示をはっきりしたということが正解なのである。
つまり、世代は巡ることが教訓であり、それに「なるようにしかならない」と開き直っていたほうが世の中、よっぽど生きやすかったりするもんだ。
僕は、社会的に役立つ人間って、イチローのように自分の意思をハッキリと言える人だと思う。
だから、人種差別が著しいアメリカでも差別をされてないし、寧ろ頼られる存在になったでしょ。

宮本武蔵の名言葉 「われ事において後悔せず」…  彼、イチローから学べると思わないか!
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2012年07月25日

高嶺の花

3ヶ月ぶりのご来店となるお客さんとは、挨拶そこそこに店を独占できる時間帯で会話が弾む。

僕と年齢が近いお客さんは、第2の青春を夢見て、偶然の出来事に期待を膨らましている。
ある日、高校時代の女子同級生と飲食店で出会い、今度飲みに行く約束を交わしたらしい。
出会いを模擬恋愛にするのか知らぬが、既婚なのに自棄に鼻息が荒いことだけはわかる。

その女性は昔で言う、「ミス・キャンパス」だったらしく、男から人気があったという。
30年経った今では、もう下がるところは下がるし、それに寄るところは寄っているはず。
当時の美貌がそのまま続いているはずもないが、それでも彼の意識は過去にありすぎる。

もしかして、高嶺の花(当時)を抱けるかも知れないと、口説きの妄想でもしているのだろうか。
酒が入れば入るほど、その妄想は夏の入道雲のように大きくなり、根拠のない自信が湧いてくる。
たのんます…  当店を「決戦の場」にすることだけはやめてくれ (笑)

フォローさせてもらえば、セックスとはスポーツである!   んなわきゃねえか…(笑)
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2012年07月24日

子犬の視線

休日の夜、久し振りに新潟駅前の繁華街をぶらついた。

暇の代名詞、「日曜の夜」らしく、人通りはまばらである。
それでも、お客が入っている店の特徴は決まっている。
僕は静かに飲みたいので、出来る限り空いてそうな店を探しつつ、気心が知れた店も候補に描きながら街中をぶらつく。

歩いている途中、明りが灯ってない小料理屋を通り過ぎようとしたら、そこはかつて、よっちゃんが生前通っていた店だったことに気づき、思わず足を止めてしまった。
そういえば、彼は安いからといって、あまりチェーン店には入らなかった。
入る店といえば、個人経営の小さな店を好み、自分を包み込んでくれるような店主を探していたようだ。
彼には悪いが、どこか捨てられた子犬みたいに、人を恋しがるようなところがあった。
ただでさえ寂しがり屋なくせに、変な虚勢は張るものの、どこか哀しげだった目は忘れない。
その目は店先にたたずんでいる、小さな子犬のようにも見えた。

彼はマザコンだった。
そこの小料理屋の女将さんを、母親代わりに慕っていたと思われる。
それに情の厚い性分ゆえ、行く店はいつも堅い男だった。
「小料理屋で過ごして、GIGに来るのが俺の楽しみなんだ…」 その一言は今も耳に焼きついている。
ルールと秩序に少し欠けてしまうところもあったが、しっかりと反省もできる気持のいい性格だった。
ある日、小料理屋で粗相をしてしまい、女将さんから出入り禁止を言い渡されたという。
数日後、扉を少し開けて頭をかきながら、「いいかな…」と許しをこうむるあたり。
こうして、仲直りをできる素直さが、愛されていたのだと思う。

こんなこともあった…
真夏の夜の暑さもあり、相方がカウンターで立ちくらみをおこして、膝から崩れたことがある。
すると僕よりもいち早く、彼がカウンターに入ってきて、「大丈夫か」と介抱してくれた優しさ。
幸い軽いめまいで大事に至らなかったが、あのときの献身ぶりは絶対忘れることないだろう。
人に対して、情緒的になれることは、優しさなんだと気づかせてくれた。
まるで、子犬のような視線を向けてくる、かけがえのない男でもあった。

最期のオチは、去年9月26日に書いたとおり、こんな悲しい別れもあることを知った。
彼が愛した場所で、物思いにふけってしまうのは、きっと僕の心の中で生き続けているんだろう。
僕はこうしてたまにひとり、会話を交じり合わせることで、生前の彼に敬意を払っている。

なぁ、よっちゃん…  一昨年の花火大会の夜、本当に楽しかったよ!
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2012年07月23日

Jazz Talk Vol.13

万代のCDショップで、さまざまなレーベルからのコレクターズ・アイテムが再販されていた。

僕は、音楽はあくまでも音楽として聴くべきことが持論。
ジャズを聴くことと、ジャズを集めることは別物である。
再生プレーヤーに同じCDが、何日も載っているのはそのためである。
つまり、ジャズを聴くことを目的にすれば、必然的にそうなるものだ。

音楽業界が不況らしいが、リスナーには恵まれた環境である。
しかし、それがかえってマイナスに作用していると思われる。
音楽を幅広く聴くことはいいことなんだけど、何かひとつに徹底する耳がないから浅い。
浅いから耳が届かないし、届かないから次に行く。
本当はその繰り返しに、もう飽きているんじゃないかな。
幅広さを柔軟とも言えるが、錯覚のようにも思えなくはない。

新学期の教科書に加えて、参考書を本棚に並べたのはいいが、最初の数頁を開いただけの感覚。
ビジネスバックの中身と同じく、無駄な資料や余計な書類を詰め込んで、仕事をした気になった感覚。
とりあえず入れておけの発想で、ただ重いだけでパンパンに膨らんでいるバックと同じ。
ジャズに戻せば、誰かのボックスセットを買って、そのまま聴かずに飾ってあるようなもの。
いつの間に「聴く」という原点から、大きく外れていたりしている。

僕の一枚は、10回以上は聴き返すタイプ。
10枚購入して、1回しか聴かないということはない。
人は100枚聴いてるのに、僕は10枚しか聴いていない。
いや、聴いていないというか、「聴けない」という方が近いかもしれない。
原点は聴くということなので、「詰め込む」ようなことはしない。
その意味で言えば、「僕なりの一枚」を選ぶときは気合が入るね。

旋律の美しさに格調の高さを感じ、現在聴き込んでいるアルバム (ジャケットの美しさも魅了)
Eric Reed [Something Beautiful] (2011)
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2012年07月22日

日馬富士

本日22日、大相撲名古屋場所の千秋楽。
結びの一番、横綱の白鵬と大関の日馬富士は、29年ぶりの全勝対決を迎えるという。

僕の優勝予想は、大関の日馬富士。
今場所の優勝争いは白鵬に対して、稀勢の里と把瑠都がからむと思っていたが、八日目あたりまでの取組を見ていると、日馬富士の相撲内容が目を惹いた。
まず、立ち合いの当たりが強いし、つっぱりからの攻め、前まわしをとってからのスピードがある。
パワーがついたことに加え、勝負勘がいいのは、瞬発力によく表れている。
このまま、千秋楽までかけあがる勢いを感じていたほどである。
これほど、今場所の日馬富士は強い。

今場所、結びの全勝対決。
白鵬はがっぷりと胸を合わせて、十分の左上手からの一気の寄りを狙うか。
日馬富士は前まわしを引きつけてから、一気の寄りを狙うか。
どちらも不十分な態勢から、強引な技を仕掛けたとき、逆に巻き返される気がする。
白鵬は後半戦、疲労困憊な様子は隠しきれない。
日馬富士は調子の良さが、足腰の柔らかさに表れているので、正攻法で行けば勝てるんじゃないかな。
僕の予想では、優勝は日馬富士だ。

肝心の日本人力士、稀勢の里 豪栄道 栃煌山の三人は情けないが、勝負に対する執念を感じない。
毎場所をおもしろくしてくれる存在なんだけど、それだけの存在でしかないんだよね。
年齢的に「限界を知ってどうする」立場ではないのに、精彩を欠いていることがとても歯痒いんだ。

現在時刻、午後12時50分… あと五時間後、日馬富士は如何に。 その前に銭湯へ行って来るでー。
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2012年07月21日

秘密の暴露

「橋下徹」の魅力はズバリ、「ココ」だ!

今週発売の「週刊文春」の見出しに、橋下大阪市長の愛人スキャンダルがスクープされていた。
お金を払ってまで、下世話な記事を読む気にならないが、本人は大筋で記事を認めているという。
一過去、大阪市長選挙のときも、父親が暴力団関係者だったとしてスッパ抜かれていたが、寧ろ本人は「それがどうした」と記事を一蹴していた。

世の中、秘密のない人はいるのかな…
それが秘密でなくても、触れて欲しくない部分は、誰にでもあるだろう。
そこを触れないことが、大人のマナーだったりする訳であってさ。
しかし、人の秘密を暴いて、得意げにしているゲスもいる。
もしも、僕が秘密を暴かれた立場であったら、逆にやんわりとこう質問する。
「それを知って、どうしたいの?」… 相手は言葉に詰まること間違いないだろう。

男と女であれば、ベッドの上での情事は共犯関係である。
若い頃なら、性欲で女性と接していても不思議ではない。
だが、そこそこの年齢になれば、頭が体に追いついた状態なので、性欲だけで秘密を持つことはない。
二人にしかわからない、呼吸や間のようなものがあって、理屈では説明できないことの方が多くなる。
その女性、証言にいくら積まれたのかは知らないが、大人の関係としては感心できることではない。
何でもスチュワーデスのコスプレで楽しんだというが、最後の一枚は意地でも脱ぎ捨てないことが、  自分と相手に対するプライドじゃないのかな。
それを公開するようでは、おのれの感情むき出しで、自分の性器を人様に見せつけたようなものだ。
また、それをスクープする方も同じく、その先には「何か素敵な出来事でもあるのかな」と思ってしまう。

情報(噂)を隠せば秘密になるけど、こうして公開されれば、「どうってこともない」方が多いもの。
変に神経質になって隠そうとするから、妙な方向に曲がって行くんであってさ。
それならば、下手に隠し立てするよりも、「ああ、そうだ」と白状して、謝罪を交えて堂々としていた方が、世の中生きやすいんじゃないかな。
人それぞれ、倫理観や恋愛観などの様相はあるが、犯罪とは別次元の問題でしかない訳だし。
愛人スキャンダルって、一般的にはあまり意味がなく、過剰な反応としか思えない。
そういうことに、道徳的な説教をする輩というのは、うさん臭く感じる。

「橋下徹」の大きな魅力は、「リーダーたる者、堂々としている」 ズバリ、「ココ」である! 
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2012年07月20日

RIO

「きっと、全曲同じように聴こえたんだろうな」

先日、某店先の中古CDを眺めてたら、キースジャレットのソロ最新2枚作「RIO」が安価で並んでいた。
まだ、聴いてはいなかったので、すかさず手にしてから連日連夜、夢中になって聴き込み始めた。

それにしても、すぐに飽きられたものである。
たぶん、「全曲同じに聴こえる」、「静か過ぎてつまらない」、「これはジャズではない」。
きっと、否定的な判断のもと、手放したのであろう。
それに本人のうめき声が入っているんだから、初めてなら面食らうとは思う。
そのうめき声の奥にある旋律に耳が届けば、大して気にはならないんだけどね。

ここまでは、会話の中でもよく交わされることだ。
でも、「理解できないから嫌いだ」とする、低レベルの解釈をされるのは不快だ。
いかにも、口当たりのいいワインしか飲まず、愛想のいい音楽しか聴いてないことがわかる。
「キースは聴く価値がない」と言った人がいたけど、意見は譲るし反論するほど単細胞ではない。
許容量の狭いジャズ愛好家に限って、曖昧さを楽しめないから、好き嫌いでしか会話が成立しない。
残念だが、会話をしていて楽しいと思ったことはない。

それにしても、中古市場に出すことは、何かしらの理由があるはず。
さきほどの理由に加えて、「聴きこなせない」、「聴き飽きてしまった」などあるかと思う。
好きな立場からすると、聴く前と聴いた後の感想を聞いてみたい気もするが。

僕にとっての「RIO」は、とても心地のいいソロアルバムだ。
確かにソロやトリオの作品の中には、スピリチュアル過ぎて聴きにくいアルバムもある。
だけど「RIO」は、音の輪廻がハッキリとしているので、とても聴きやすいソロアルバムだと感じた。
すでに片面(1枚目)だけでも、20回は繰返して聴いているだろうか。
そろそろ珠玉の2枚目にも、耳を移動しようかと思っている。

あぁ…  今宵もまた、キース・ジャレットを書き連ねてしまった。
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2012年07月19日

いじめ問題(3)

ロンドン五輪を契機に夢や感動、絆という言葉を多く耳にすることだろう。
夢を持つ素晴らしさを説くには、とてもいい機会である。

「こんな俺にも、夢はあったんだ…」  誰でも一度は、心の中でつぶやいたことがあるだろう。
大人になった今、夢がない訳ではなく、少年期の夢は叶わなかったから、夢のままでもいいともいえる。
そう思う理由に、近頃は夢の強要が激しくなりすぎていると思える。
夢だの希望だの、親の気持が過剰すぎると、逆に夢が遠ざかるのが思春期の心理。

進学校から有名大学を卒業し、有名企業に就職させることを望む親がいてもいい。
今なら、安定志向の公務員が人気であるが、結婚相手にも身持ちの良さを託すらしい。
幼年の頃から、スポーツや習い事に通わせ、英才教育に財を注ぎ込む親も多いと聞く。
「やればできる」は、親の常套句だけど、努力と結果が比例することは稀である。
それでも、努力をしないよりもした方が、夢の実現が高いからした方がいいだけのこと。
結果が思わしくなければ、夢を修正するぐらいの柔軟性も必要であろう。
一部の親を見ていると、夢の実現に熱心すぎるがため、子どもの人格を壊しているようにさえ思える。
レールを敷くのは否定しないが、その前にレールを敷けるだけの資格があるかは別物だ。

子どもに夢を託す前に、親が身近な教育をしているかは、はなはだ疑問である。
「いじめをするな」 「万引きはするな」 「物干し竿のパンツを盗むな」(?) 
人に迷惑をかけない教育の方が、よっぽど社会のためになり重要なことでしょ。
あたりまえの教育(躾)をせず、将来の夢ばかり強要された子どもの性格は屈折するよ。
いじめをやめさせたかったら、あたりまえの教育(躾)を、あたりまえに言い続けることだと思う。
それを言わずして、口当たりのいい言葉ばっかり並べ立てられれば、子どもは勘違いしちゃうよな。
夢や感動、絆という前に、「躾」という言葉を優先すべきである。

教師も教師で、いじめと判断したのであれば、いじめはあるとして動くべき。
あれこれと言葉をいじくり回さず、ダメなことはダメだと気勢を上げればいい。
それに「何か嫌な感じ」があるのは、どんな子どもの意見にも相槌を打つ八方美人の大人が多いこと。
もしかすると誰にでもいい顔をする、大人の曖昧な態度がいじめの温床になっている気さえする。
「いじめ問題」は、妙に物分かりがいい大人に慣れ切ってしまった、子どものずるがしこさであると思う。

僕自身、褒められた青春じゃなかったけど、大人のキレイごとだけは言わないように心がけている。
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2012年07月18日

Jazz Talk Vol.12

青春期、音楽をレコード盤で聴いていた世代にとって、ジャケットの個性も楽しみのひとつだった。

ジャズの有名どころなら、「ジョン・コルトレーン」「ソニー・ロリンズ」、「マイルス・デイビス」などは肖像画を感じさせるような迫力があった。
今のCDジャケットに至っては、絵画として味わうには物足りなさ過ぎる。
それに昔のミュージシャンと比べて、同年齢であっても幼い気がして風格を感じない。
それが無理に大人ぶった写真ほど、どこかスナック菓子のような軽さを感じなくもない。
そうだと音が透けてしまうようで、ビジュアルと音源には無意識な相関図があるようにさえ思える。
レコードジャケットは、音楽と個性を知らせるものであって、少しこだわりがなくなってるようで寂しい。

僕が一番最初に聴いた音楽は「ボサノバ」だった。
それも、「マシュ・ケ・ナダ」で一躍有名になった、「セルジオ・メンデス&ブラジル66」である。
そのアダルト感覚が漂うレコードジャケットが、子供心を刺激して「大人ってカッコいいなあ」と思った。
ジャングルの中で、黒いスーツを着込んだ4人の男たちが、無表情で鋭い眼光を向けている。
少し離れた木陰から、原色のドレスを身にまとった、妖艶な大人の女が2人。
ジャケットを眺めながら、「誰と誰ができてんのかな…」などと、ませた空想をして楽しんでいた。
それほど昔のジャケットには、「大人の香りが漂う色気」みたいなものがあったと思う。

若者がジャズを聴かなくなったのは、ジャズを演奏する大人がカッコ悪くなったからもある。
ズボンをハイウエストではいていたり、演奏中の笑顔が不自然に引きつっていたり、バーコードの髪型で黒いサングラスをかけていたり、外見的な特徴にダンディズムが欠けているのだ。
それが「女殺しの口説きのバラード」とか言って、演奏者が「とっちゃん坊や」みたいなルックスだったら、ムードが浮いちゃうよね。
それに、テンション(緊張感)の高い音を聴きたいと思えば、かっこよさもともなってのジャズである。
近年、渋いルックスで情感的にバーボンが似合う、ジャズメンらしい、ジャズメンが本当に少なくなった。

人前で演奏する以上、見た目がほどほどかっこよくないと、場の支配力に欠けてしまうんじゃないかな。
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2012年07月17日

モヒート

近頃、ラムをベースにした、カクテル「モヒート」が人気である。

正式なレシピはあるが、その通りに作らないのがへそ曲がりなところ。
クラッシュアイスに、ミントの葉をタップリと交ぜ合わせ、スライスライムを添える。
ラムのラベル、色や風味にはこだわらないが、極力甘く仕上げないようにはしている。

だが、シーズンにブームが加わり、小売店でミントを手に入れにくく、葉の量を調整している限りである。
幸い、新潟駅前のバーテンダーと懇親があり、頂戴したミントの鉢植を栽培して、予備に加えている。

毎夏、同じミントでも、バーボンベースの「ミントジュレップ」を、ゆっくり楽しめるのがこの季節。
ここにきて、主役の座を奪われた形となったが、残暑と同時に消え行く「モヒート」になるのかな。
このように、夏のカクテルとは、若いお姉ちゃんの水着の流行色みたいなもんである。

せめて、この夏だけでも、ラムで「海賊気分」を味わってほしいね。
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2012年07月16日

2012 新潟ジャズストリート

「2012 夏の新潟ジャズストリート」の会場を早足で回った。

自身の開店時間は押せないので途中退席してきたが、今や新潟の風物として定着してきた様子だ。
感覚的には、祭りの出店を眺めているつもりなので、上手い下手なんて表現は妥当ではない。
音楽の祭典なんだから、素直に楽しむべきなんだ。
演奏も各会場の雰囲気に合わせて、神経の行き届いた選曲である。
ジャズの基本路線は外すことはないが、時代的に極度のジャンル分けは望まれてなく、音楽そのものの交流場に変化を遂げてきたと思われる。

今回は聴きそびれたんだけど、高等学校の吹奏楽部(ビッグバンド)を直に見たかった。
と言うのも、一般のアマチュアグループと比べて、学生は圧倒的に練習量が豊富なのが強み。
それにひとつのグループで、キッチリと練習を積み上げてくるのでやる気も感じる。
テクニカルな部分は、次第にかたどられていくので、今からそんなに焦ることもない。
練習したからいい演奏ってことはないけど、シャカリキになって練習した曲は耳に心地良く届くものだ。
次回の楽しみにしておこう。

ジャズはメンバーやジャンルの取り合わせに自由度がある。
それが逆に、譜面合わせの演奏に陥ってしまう場合もある。
聴き手の耳は、いつまでもとどまっていないから、聴くたびに変化を与えてこそ出演者冥利に思える。
寧ろ、演奏スキルよりも、音楽的な味わい(情感)の方にほど近い。
シビアなことを言えば、出演グループが多くなればなるほど、全体レベルが下がることは仕方がない。
物理的にあたりまえのことだが、線引きは必要という声もあるにはある。
それだけ、耳がこえてきたと思うし、期待されているからであろう。

今は音楽環境も恵まれており、平均点も高くなっているが、肝心の個性が失われつつある。
昔は「弾いた・吹いた・叩いた」だけで、「あの人かな…」と思わせたジャズがあったと思う。
近年では仕事が忙しい立場ながら、「イベントはミュージシャンに変身します」人がほとんど。
仕方ない話なんだけど、気分だけじゃいいソロに、なかなかめぐり合えないのは本当のところだ。
職業プレイヤーは数えるほどしかいないが、やっぱり現役の専従は何かが違うのは明らかである。
当然、良し悪しの問題でなく、名前で聴きに来てくれた人の期待を裏切らないようにする意味でもね。
近年、様変わりをしていったプロアマの音楽シーンでは、今こそフュージョン(融合)の時代であろう。

僕なんか、その上で、「ジャズが一番好きだ」と公言しているんであってさ…
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2012年07月15日

並ばぬ理由

三連休の初日、万代は若者を中心に賑わっていた。
あいにく、グズついた天気ではあるものの、どこも人出が盛況のようである。

過去、何度か「食事」に関することを書いた。
とは言え、作法やマナーについて、いっぱしのことを並べたことはない。
いつだったか、「行列にまで並んで、食べる気はしない」とは併記した。
その気持は今も変わらないんだけど、過去にこんなことがあったからだ。

昔、出張先で何も知らずに入った飲食店でのこと。
店は和食を主体とした繁盛レストランだったらしく、ピークではファミリー客が目立っていた。
案内された場所は入口にほど近く、順番待ちのお客の様子がわかる席だった。
打合せも兼ねてたが、状況を見て長居する気はなかったもの、待合席の子どもがどうも落ちつかない。
子どもは「お腹すいた」と親を急かし、親は「順番はまだか」と店員を急かす。
食事をしていた我々は、その様子を横目に食後のお茶はおろか、心情的に一服すらできやしない。
それに食事の様子をジロジロと見られているようで、何だか居たたまれない気持にもなってきた。
どこか無言の圧力の中で、食事をしている気分にもなる。
それが流行の美味しい店でも、忙しない環境でゆっくりと食事を味わえるわけもなかろうに。
外出先で動物的な食べ方をしようとは思わないでしょ…

そういう理由で、流行の美味しい店だからと言って、行列に並んでまで食べようとは思わない。
だから、回転寿司なんかで行列を成していたら、潔くやめるか、テイクアウトで家に持ち帰る。

行列を見つけて並ぶ感覚は大衆迎合みたいで、人間らしい食べ方とはほど遠い気がするからだ。
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2012年07月14日

Tamaya Honda (Dr)

好きな日本人ジャズドラマーの筆頭に 「本田珠也」 の存在がある。

1991年 「奥平真吾」 が渡米後、日本快進の若手ドラマーとして、メキメキと頭角を現してきた。
ハードでパワーみなぎるドライブ感が、奔放ながら全体のサウンドをビシッと締めたものにしている。
彼のドラミングは、実践に次ぐ実践で磨き上げられたと思われる。

それにジャズだけにとどまらず、ジャンルを越えたオファーに応じる柔軟性は理屈抜きにカッコいい。
音楽レンジが広いということは、それだけクリエィティブなタイプであろう。
それでありながら 「ジャズドラマー」 の肩書を大切にしてるのは、父親である故人 「本田竹広」(P) への畏敬の念があるのだと思う。

僕の好みは、やや低めに張ったスネア音がハッキリしている。
それに演奏が長尺化しても、衰えるどころか、逆にヒートアップしてくるドライブ感が好きだ。
彼が若手の頃、都内のライブハウスで叩いているのを何度か聴いたが、本田竹広にシゴかれて、プロとアマのはざまでヒーヒー言っていた姿はもうどこにもない。
一流に成長した 「ジャズドラマー」 である。

彼のリーダーアルバムはあるにはあるが、個人的にサイドメンとしての演奏の方に比重を置いてしまう。

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2012年07月13日

なわとび

「いい年してできないこと」って、誰にでもあると思う。

僕はどういうわけか、なわとびの「二重跳び」ができない。
交差跳び、あや跳びはできても、なぜか二重跳びができない。

小中学生の頃は、「できなきゃ、できないでいい」と思っていたので、大して練習もしなかった。
できないことを、とがめる人もいなかったので、余計にするはずもない。
それに体の柔軟度にも、原因があるんだと思う。

体育の科目で苦手だったのは、体操や球技のような無機質なものをあつかう競技。
ひとつには団体競技に向いてなく、複雑なルールも性に合わないのであろう。
そのくせ、格闘技(武道)になるとイキイキして、単純なほど急に積極的になる。
体育で相撲なんかあると更衣室、いや、登校中からアドレナリンが出ていたからね。
本当に、わかりやすい少年だったと思う。

体育祭でも、騎馬戦、棒倒し、綱引きなど、怒号が飛び交う競技だけ出場する。
他の競技には目もくれず、対戦相手を倒すには「誰をどう攻撃するか」、シュミレーションばかりしていたので、団体競技というより、個人競技は相当強かったと思う。
騎馬戦なら、相手を指差して、「まず、あいつからかたずけようぜ」なんて言いながら、特攻していくから、体育祭という名の、「ガチンコ」なわけである。
それに四人一組の騎馬(やぐら)を作ることで、仲間との固い結束が生まれている。
騎馬から落ちそうになれば、全員で助けに行くし、肉弾戦が男のロマンをかりたてたものだ。

そんな「ワンポイント出場」だったので、変な衣装で妙なダンスを踊りながらの応援合戦、男女混合   ダンスなんてあると「やってらんねえ…」と、体育用具室に避難していた。
根っから、対戦相手があっての、トーナメントタイプだったんだと思う。
似たような意味で言えば、ラグビーは経験してみたかった団体競技のひとつだったね。
そんなタイプだったので、ひとりで「二重跳びの練習」などすることはなかった。
するんであれば、うさぎ跳び、腕立て伏せ、腹筋など、派手さとは無縁な練習ばかり好んでいたようだ。

今じゃ満足にできない年齢になってしまったが、誰でもいい年してできないことってあるんじゃないかな。
自転車に乗れない、泳げない、跳び箱を飛べない、スキップができない、逆上がりができないとか…

いい年してできないことに締め切りはないから、僕はこれから「ヌンチャク」の練習でもしようかな。
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2012年07月12日

イワシ男

どんな時代、どんな女性に「好きなタイプ」を聞いても、「一緒にいて楽しい人」が上位にあげられる。

自分のことしか、話さない男がいる。
関心があるのは、自分のことだけなので、会話をしていても次第につまらなくなるという。
すると女性は、「私には、関心がないんだな…」と思って自然に遠ざかっていく。
男女による会話の基本を理解していないと、恋愛は絶対に実らないと思える。
もてない男に共通している、致命的な部分は「ココ」だろう。

それって、セックスと似ている。
二度と寝たくないタイプは、自分勝手なセックスをする男だと聞く。
自分のやりたいことだけやって、勝手に果ててしまうタイプ。
僕は男と寝たことがないので、想像でしかないが、だいたいそんなところであろう。

男はベットで横たわっているだけの女性を、隠語で「マグロ女」と呼ぶ。
それって、「この男、しょうがないな」と、思われているとしたらどうだろうか。
そういう男に限り、なめくじのようにネバネバした体液を口から垂らし、相手の体を湿らせているとか。
ベットでは所狭しに動き回り、いきなりブリッジしたり、逆立ちをしたりし、勝手に果ててしまったり。
「この男、何をやりたかったんだろうか…」と、女性がベッドの上で首を傾げていたりしてさ (笑)。

抱かれてから、はじまる恋もあるだろうが、寝たからといって、勘違いする間男もいるだろう。
しかも、ピロートークで、「女っうもんはよお…」なんて、調子こいていたらこりゃ大爆笑だよね。
自分のことしかしゃべらない、勝手なセックスをする男を隠語でこう呼ばれている… 「イワシ男」!
それは魚のイワシみたいに、落ち着きのない行動で女性を困惑させる。
もし、目の前にイワシ男が現れたら、悪いことは言わない… 逃げろ!

ありゃ、何でこんな話になってしまったのかな…?  あー、俺が、「イワシ男」になってもうた〜!
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