2012年05月01日

クラシックカー

30日、某スーパーの一画から、怒鳴り声が響いてきた。

何かのクレームらしいが、感情的でとにかくしつこい。
目を向けると責任者らしい人が、初老の男に謝罪をしているようだが、たいそうなことでもないらしい。
こういう場面、二度ほど居合わせたことがあるが、本当に不快な気持ちにさせられる。
女、子供、ご老人が買い物を楽しんでいるのに、時間、場所、場合の判断もつかない、大変なおやじ  だなと思いながら店を後にした。

60歳過ぎの団塊世代に多い。
傾向的に会社の元重役タイプに多く、退職しても偉いと思っているようだ。
普通、その立場が人格や体裁をつかさどると思うけど、いつまでも会社のポストで社会生活するから、大らかになれないんだ。
例えば、定年退職した人が、町内の行事に参加するようになる。
会社では重役だったかも知れないが、町内会では地域の一員として、謙虚にならねばいけないのに、 それがわからない。
会社では周りが頭を下げていたのに、辞めた途端、誰も頭を下げなくなることに憤ってくるんだと思う。
団塊世代の大きな勘違いはここであり、頭で考えている以上に切り換えができない。
今後は特別待遇のない場所だからこそ、その人の器量がわかるというものだ。
自分だけにしか見えない、会社の勲章をつけて社会参加しているようでは、裸の王様と変わらない。
傍若無人な晩年なんて見たくもないし、気持ちの整理がついてない人がいかに多いこともわかる。

僕自身、店を通じて団塊世代との交流がある。
その人達は現実を受け入れて、前を向いて構えがないから魅力的なんだ。
だから世代を越えて、よくしゃべるし、よく笑うから、まっすぐな人望が自然と集まる。
さっきの団塊世代と比較してしまうと、解き放たれたいい顔をしていることに気がつく。

希望は希望として、晩年はきっと誰もが、「クラシックカー」になりたいはずなんだけどね。
僕はクラシックカーとまで行かなくても、「ポンコツカー」でもいいと思っている。
だけど車検が通らない、欠陥車にだけはなりたくないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする