2012年04月18日

坂道にて…

新潟大学病院から、東中通りに抜ける坂道がある。

某日深夜、病院から一歩外に出て、ひとりで坂道を下っていたら、言い知れない孤独感に襲われた。
そのまま、ネオンが弱くなった古町に身を置くと、フッと他人事じゃない思いを馳せた。
身内の不幸ではないにしろ、いるべき人がそこにいて、あるべきところにそれがあること。
つまり、何の変哲もない日常こそが幸せなんだと。

震災以来、絆の尊さがうたわれたが、絆を育てようとする精神は少ない。
絆という言葉が少し負担になるのであれば、じゃあ、関わり合いでもいいだろう。
だけど言葉を換えても、きっと関わろうとはしないでしょ。
震災の被災者を早く日常に返すことが絆なのに、ガレキの受け入れさえ拒んでいるんだからね。
何かを通して、考えを深められないことは、わかっていながら避けているのと同じだ。
僕も人の子なので、そりゃ、自分の問題でなければ避けて通りたいよ。
でも、そうやって避けてばかりいると、いずれ自分の問題として振りかかってくるものだ。

それに、耳ざわりのいい言葉に酔いしれる体質も嫌いだ。
結果以前に、人は行動でしか信用できないと思っている。
結局は、想像力がゼロなんだ。
社会的に必要とされる人は、友人や仲間どういう年齢や立場であれ、利害抜きで人の役に立つわけ。
そうじゃなきゃ、絆なんて育めないし、本当のところ仲間にもなれないでしょ。
長年の人間関係を清算される原因には、人と誠実に付き合わなかったことも考えられる。
これを書いたのは僕だけど、書かせたのは人間関係の力でもある。
興味が無ければ、このブログの頁は忘れてくれ。

東中通りに抜ける下り坂道では、多くの人がいつになく、いろんなことを考えて歩くんだろうね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする