2012年04月05日

星影のステラ

乱暴過ぎる、「春一番」だった。
しかも、プロレスのリングネームみたいに、「爆弾低気圧」だのと呼ばれて日本列島を襲って来た。
どうせ来るんだったら、もう少し可愛らしい、レディースネームで来ないかな。

台風並みの強風や暴風雨が過ぎ去った後、街の雨音だけが残り、星がきれいな夜空が好きだ。
期待して夜空を見上げたら、煙るようなモノトーンが全体を覆っていた。

キース・ジャレットの「星影のステラ」を店内に流した。
最初のイントロがはじまると、まるで目の前で、プラネタリウムが広がる感じがした。
キンキンに冷えたギムレットと、気が合う女性がいたら、思わず恋仲に堕ちそうになるメロディーだ。
こんなに人を魅了する曲なのに、原曲はオカルト映画「呪いの家」(邦題)のテーマである。
ファンタスティックなメロディーとは、ずいぶんと印象が変わってしまうだろう。

男の「最大の弱点」はここである。
媚薬なカクテルで酔ったとしても、古典的な「お色気うっふん作戦」に、引っかかってはならない。
気をつけよう、暗い夜道と甘い誘惑…    俺は何を言ってるんだろうか!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

世代構造

近頃、街中に真新しいスーツや制服に身を包んだ、新入社員と思しき若者を多く見かけるようになった。

僕は入社式の経験はないが、新しい会社に初出社する朝は、期待と不安が入り交じった心境だった。
20歳の中途採用なので、同期と呼べる仲間もおらず、全員初顔の朝礼でポツンと紹介されただけ。
まばらな拍手を耳にしながら、定着率が高い会社でないことは、雰囲気で何となくわかった。
その朝の気だるい空気は、会社の民度が表れているので、逆にやる気をかき立てられた。

正規な新人研修もなく、新人の相手(育成)はもの好きがやる仕事として、不名誉な感じが漂っていた。
そんな調子だから、格言のように「仕事は見て覚えろ」と言われたが、早い話、担当者も何をどう教えて良いのか、わからなかったんだと思う。
それに時代が多くの転職先を可能にしていたせいか、手間ひまかけて教えても、どうせ辞めることを  前提に教えていたようなので、研修は建前上ということは、若手の僕でも嗅ぎ取れた。
だから、体系的なカリキュラムも存在しておらず、本当に黙って見て覚えて、時には反すうしながら、 わからないところだけは質問する形式だった。
結果として、放り投げられていた状態だったので、自分で考えて行動していたが、それがいいのか悪いのかもわからず、凹んでいる余裕もなかった。
その代わり、「あいつはほっときゃいい」と烙印を押されたようなので、自由にやらせてもらっていた。
そんな研修期間も一ヶ月を過ぎれば、上司や先輩の中で、誰が本当の実力があるか判ってきた。
だが、不思議なもので、力があると思われる人ほど、正当な評価をされていないような、不遇さに疑問が芽生えてきたのは、若さゆえの感性だったのであろうか。
僕の新人時代を振り返れば、「今の若い奴はさあ…」で、済ませられないレベルだった。

47歳から見れば、25歳も年下の新人を頼りなく思うのは、当然の成り行きではあるが、大人扱いする ことで、早く大人になれると思っている。
それを一人前にすることが役割なのに、仲のいい者同士だけで集まり、世代の違いを理由に言葉の  手間ひまを惜しんだり、距離感を測っているようでは、いつまでもギャップは埋まらないのだと思う。
どこか世代を隔絶することで、無意識な保身に走っているようなんだ。

世代は巡り25年後… 47歳になった今の新入社員が、22歳の新入社員をどう語るんだろうね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月02日

休日ふらり(10)

1日、夜の8時半に待ち合わせた、沼垂の居酒屋へ向かった。

暖簾をくぐると、Kさんが小上がりに座っており、手で導かれるまま、まずはビンビールで乾杯。
遅れて、東京から単身赴任中のM君も合流し、再度乾杯を済ませてからは、硬い作法は抜きとなる。
こじんまりとした店内、年期が入った天井や柱の色、テーブル上の調味料や短冊の色加減など、   老夫婦が営む古めかしさに、昭和の懐かしい世界観を感じた。
地元の常連と思しき人も、慣れた様子で静かに飲んでいる。
懐古趣味はないが、こういう味のあるお店は大切にしたいものだ。
47歳の僕、63歳のKさんに26歳のM君と、焼肉をつまみに世代を越えた楽しいひと時だった。

解散後、知人がシェフをしている、万代のダイニングバーに行くも、あいにくの休店日だった。
飲み足りないと思いながら、一緒に飲める仲間を思い浮かべるが、あー、今日は日曜の夜である。
あきらめて、夜風に吹かれながら、万代の街中を気持ちよくふらつく。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返っているが、耳を澄ますと場所は違えど、仕事で十数年関わった  原宿の夜と同じトーンのように感じてしまう。
どちらの夜も、どこか安らぎを与えてくれるようで、僕の好きな街でもある。
そんな街でも、夜になれば、若い女性が寂しそうに、横断歩道を渡る姿を見かけるのが万代。
ふと横顔を見ると、泣いているようにも見えたけど、失恋でもしたのかな。
いいさ、泣けばいいさ、 傷心を経験して、大人の恋がわかってくるんだから…  なーんてね。

こうして、12日ぶりの短い休日が終わった。  また、明日から、がんばんべ〜!
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

自己投資

大震災以後、偽善的な発言も多くなったと思う。

自然回帰な生活をしよう、自然食品を食べよう、老後に備えた貯蓄だの、そのスローガンは自由だ。
しかし、文明社会の現代、偏りすぎた思考は妥当じゃない気もする。
僕が胡散臭いと思うのは、裕福層が「庶民の味方」みたいな態度をする姿。
審議中の増税案にしても、反対の立場の著名人は、増税に重みを感じるような低所得者ではない。
それこそ、絶対に倒産しない組織で生活に不安なく、老後も安泰な人に増税の痛みはわかるのかな。
お金は大切だけど、お金は回してこそのお金である。
裕福層は庶民の味方で関わるんでなく、経済発展のために潔く、投資マインドを持つべきだと思う。

僕の年上の知人で、親が開業医をしており、若くしてマンションと高級車を買ってもらい、さらに仕送りで暮らすひとり息子がいた。
近隣の手前もあるので、さしあたりの仕事で体裁を取り繕っていたが、その給与の全額を貯金していた。
事欠いて言うには、人づきあいはしないという。
理由をたずねたら、「人間関係が広がるとお金がかかる」と、人の目の前でシャーシャーと述べた。
しかも恋人を妊娠させておきながら、中絶費用だけポイと渡して、側にも居てやらなかった非情さ。
男の日常、一円単位まで割り勘、たばこ一本、缶コーヒー一本ですら、後で回収するほどのセコさ。
当然、仲間には愛想を尽かされ、男友達はいなかったようだ。

3年ほど前、旧大和デパートの地下食料品売場でのこと。
夕方のタイムサービスで、年金暮らしと思えるご老人の列の中、ひとりで並ぶ彼の姿を見かけた。
金持ちほど金を使う器量がなく、慈善活動するでもなく、ただお金を見てニヤついてるだけなのかな。
自分の金は百円でも減らさず、庶民の味方らしく振舞っている姿には、どこか違和感がある。
こうして考えれば、庶民レベルが自転車操業でお金を回している訳であり、お金を使わない金持ちが  何かにつけて反対活動に便乗していると、「心にもないマネするなよ」と言いたくもなる。

無い袖は振れないけど、浪費でなく、少しの投資マインドがないと、「人・モノ・金」は動かない。
その中でも一番重要なのは、身の丈に合った自己投資じゃないかなと思うけどね。

日曜午後、久し振りの休日、少しまったりとした気分でブログを書いている。
これから、銭湯で体をほぐしてから、夜は某居酒屋で人と落ち合う…   楽しい夜になりそうだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする