2012年03月29日

Jazz Talk Vol.10

時は80年代、「ナベサダ・ブーム」
何かの音楽雑誌で、サックス奏者の渡辺貞夫さんのエピソードがとても印象に残っている。

全国津々浦々、コンサートツアーで回っていた頃の話。
地元の興行主や有力者が終演後、ジャズクラブにメンバーを招くことはよくあった光景。
それまでの店内では、店主好みのジャズを流しているが、そこに本人が来店すれば、ツアータイトルのレコードに切り替えるのはお約束となり、過去のリーダーアルバムを流すこともある。
店主は歓迎の意で流しているんだけど、本人からすると複雑な心境であり、若かりし過去の洗礼を受けているようで、結構きつかったりもするらしい。
若さゆえ、必要以上に怒鳴りまくっていた我が音。
つまり、今とは比べものにならない、過去の音色を聴かされるんだから無理もないだろう。

進化を遂げたミュージシャンは、必ずこういう思いを抱くことは知っている。
キース・ジャレットも、過去の名盤には触れたがらない。
ケルン・コンサートにしても、周りが騒いでいるだけで、本音はどこ吹く風かも知れない。
それは前進するためには、名盤で立ち止まってはいられないと解釈できるんじゃないかな。

僕自身、似たようなエピソードがある。
昨日のブログで紹介した、益田幹夫さんことミッキーとは、ほどよい距離で親しくさせてもらった。
場所は、旧新宿ピットインでのこと。
白熱した1ステージが終わっても、まだ店内には熱気がこもっており、誰ひとり席を立たない状態。
客席の通路から楽屋に戻る途中で声をかけたら、そのまま後方席に移動して水割り片手に談笑した。
ライブの印象を短く伝えると、いつもの甘美な表情をしながら、額の汗を軽く指ではじいた仕草が、とても孤高な味わいを感じさせる人だった。

フュージョンブームで、キーボード奏者のイメージが強かったが、85年以降はアコースティックピアノ  しか弾いておらず、本格的にジャズピアニストとしてカムバックした。
経緯は知りつつ、透明感のあったフュージョン時代のことを、うかつに会話に取り上げてしまった。
すると表情がにわかに曇り、「あの頃は忘れて…」と、チラッと苦い視線を向けられた。
一瞬、「言葉足らずだったかな」と思ったが、当然他意はないし、寧ろ過去の作品冥利に尽きる。
後で知ったのは、フュージョン時代の功績は残したが、行き詰ったことが本音にあったという。
アコースティックなジャズに専念して、意欲的な活動を続けているが、なかなか印象を拭いきれない、 プロとしてのいらだちもあったかも知れない。
「現在と過去の名声に酔いしれる訳にはいかない」… そんな気持ちがあったんだと思う。

10年も前の作品を持ち出されるのは、方向性が定まっているミッキーにとって心外だったはず。
そう言わせてしまった僕もいけないが、ファンとクリエイターの心理は異なる場合もある。
進化している人についていくには、こちらも進化せねばということに相通ずるのかも知れない。
どこか僕にだけ、つぶやいてくれた本音のようで、ますますミッキーのことが好きになったね。

冒頭、渡辺貞夫さんのエピソードに直結するような、僕自身のエピソードである。
未来語れど、過去語らず。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする