2012年02月11日

比較社会

受験シーズンである。

僕の高校入試に限れば、何も考えてなかったな…
中学3年生の夏頃まで、就職志願だったし、進学を決めたのも柔道をしたかっただけのこと。
進学先はスポーツが盛んでもなければ、偏差値が高い学校でもない。
寧ろ、各中学校の素行が悪い連中が集まり、世間から接触を避けられたような学校だった。
その、ありきたりな高校ではなかったのが、結果として多くのことを学べたと思っている。

僕は受験なんて、ただの手続きだと思っている。
それに、受験で将来が決まるほど単純ではない。
学校名や偏差値よりも、どんな連中とどんな時間を過ごしていたかの方が、断然に重要だった。
確かに比較社会だから、学歴の効力は否定しない。
でもね、机上の応用力は思いの外、通用しないんだ。
つまり、偏差値とは、頭の一部が良いに過ぎないのであり、その多くは人の能力に頼るしかない。
実際、社会に出ればわかるけど、偏差値とは全く次元の違う判断を多く求められた。
経験上、全ての能力が優秀な管理者なんて、誰一人いなかったよ。

それでも、出身校をひけらかしたりする風潮は、陰で根強い部分がある。
どこか、「優越感」と「劣等感」のカードを、ポーカーゲームに使ってる感じかな。
これじゃ、自分のプライドを維持する装置が、悲鳴を上げちゃうよね。
その意味で言えば、小手先のモノ知りよりも、人の気持を読める人が、本当の頭の良さかと思う。
たかが、受験による学歴なんだけど、間違った価値判断をおこすのも、学歴による就職である。

老婆心というのには、まだまだ早すぎるけど、この歳になると自然と見えてくることも多くなる。
それが正しいのか、間違っているのかわからないが、はっきりしていることは、その感情を経験したこと。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする