2012年01月04日

古町新年会

3日夜、古町の某居酒屋で、中学時代の柔道部の後輩らと、新年会の名目で集まった。

昔話が主となるが、記憶が定かでないことも多い。
体育会の先輩と後輩は、上下の体系的なわかりやすさが、部活の士気を高めるのに役立っていた。
海岸の波打ち際で稽古させたり、スポ根漫画の影響ながら、馬鹿げたことを楽しめた時代だった。
そのくせ、部活帰りには、肉まんやらタコ焼きをご馳走していたらしい。
そういえば、いつも腹を空かせていたし、こずかいもなかった気がする。
記憶の真偽はともかく、そこに確実に存在していた、そのものが貴重なのである。

新しい驚きは、それだけではなく、彼らが事細かい部分まで、逐一覚えていたことだ。
そりゃ、数ヶ月前まで、小学生だった彼らにしたら、見るもの全てが新しい出来事だったと思う。
中3からすれば、「何でこいつらがいるんだ」程度で、部活は遊び、町道場が本気の括りだった。
僕は部活は軽く流して、夜の8時から開始される、下町の道場稽古にウェートを置いていた。
県下でも有数な道場だったので、高校生以上の名立たる猛者も多く、国体級も参加している中で交じっては、その強さだけに一喜一憂していた。
それでも、学校の部活が楽しかったのは、後輩が真面目に来るからだった。
「そろそろ、こいつ、来なくなるだろうな…」と思っていても、ちゃんと時間通りに部室に入っている。
そうすると僕も、「強くせねば」と、主将としての自覚が生まれてくる。
顧問の先生もいたにはいたが、糊付けされたような固い柔道着をまとっただけで、何をどう教えていいかわからなかったんだと思う。
そういう環境だったので、3年生が部室の空気を実行支配していた。

僕も技術的な柔道理論など知らないので、野生的な稽古で鍛え合うことしか出来なかった。
袖の切り方、体の崩し方、体重の使い方などの体系術でなく、憂さ晴らしの乱暴な実戦も多かった。
道場がそんな流れを汲んでいたので、部活で伝えることといえば、腕力至上主義にも似た自己陶酔。
それでいながら、柔道部はまとまっていたんだから、不思議であった。
前後には、今も親交のある同級生もいれば、僕を主将に推薦した先輩達もいて、今思えば反抗期でありながらも、一番充実していた時期だったかも知れない。
あの頃は、斜に構えながらも、今の時代、そんな熱気がやけに懐かしくてしょうがない。

そんな関係が復活したのも、東堀のバーで僕の話を聞きつけ、おそらく酒の力も借りて、最初は勇気を振り絞って来たに違いないだろう。
そんな後輩らの可愛げに、胸を強く打たれたのが、一昨年の夏だった…

古町十字路で人目もはばからず、後輩ひとりひとりと握手して抱き合ってから、タクシーで帰宅。
万代橋から、港の夜景をボンヤリと眺めながら、酒が弱くなったことを自覚した…  今年もヨロシク!
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする