2012年01月08日

怪しい隣人

7日、日中は寒空でありながら、澄んだ空気が気持ちよかった。

街一面、夕日に覆われたときは、奇妙な夜の前触れのようで、どこか好きな瞬間である。
何だか、「狐の嫁入り」にも思える、不思議な異空間に迷い込むような気もした。

オフィスやマンションが立ち並んだ立地では、奇妙な物語がよく似合う。
同じ建物の住民なのに、挨拶もなければ、話したこともない人も多い。
いつの間に、人が住んでいたり、会社がカラになっていたり。
ある日突然、店が開店したかと思えば、閉店してしまったり。
どこか怪しい隣人に思えてしまうのは、都会化現象でもある。

ご近所には、「ウルトラセブン」に出てくるような、人間に化けたメトロン星人が、畳の部屋のちゃぶ台で、世界征服を企んでいるのではないか…
お隣さんは、「なぞの転校生」に出てくるような、移民型の異星人であり、地球に移住するためのアジト にしているのではとか…
頭の中で変なことばっかり、妄想を張り巡らせては楽しんでたりする。
ばかばかしいのだが、ミーハー気分は生きていく上で、結構大切なことだと思っている。

夜型生活者が増えることは、これもまた顕著な都会化現象のひとつである。
そんな僕もすっかり、夜行性と化してしまったし、深夜のバーも似たようなものだ。
田舎には、居酒屋や小料理屋はあっても、深夜遅くまでやっているバーなどはない。
深夜のバーは、少し怪しきお客さん(?)が主役の、オムニバスなストーリーが集まった不思議な本かも知れないね。
良く言えば、「ファンタジー」、斜に構えて言えば、うーん、そうだな、「ミステリーゾーン」かな。

書くことも考えずに、アドリブで進めてきたけど、どうやら僕の頭の中が、「ミステリーゾーン」である。
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2012年01月06日

引退詐欺

4日、吉本興業の社長が、黒い交際で芸能界を引退した、島田紳助の復帰を記者会見で示唆した。
軽いジャブで様子を伺ったようだが、当の本人はどう思っているんだろうね。

僕は、こういう考え方には、同調しにくい。
プロレス界に例えれば、過去に引退したレスラーが、カムバックすることは潔くない。
「私、引退します」で、派手なセレモニーや引退興行も絡めておきながら、「また、リングに上がります」 では、興ざめしてしまう。
引退の言動が軽すぎるし、ファンを小馬鹿にしたような客寄せはタブーだ。
引退と復帰を線で繋ぐような風潮自体、僕はおかしいと思っている。
だからファンは、リング上からのラストメッセージを、目に焼きつけに行くのである。

具体名で言えば、「テリー・ファンク」「ダイナマイト・キッド」「長州力」「大仁田厚」「船木誠勝」など、彗星の如く輝いていたレスラーだったのに、カムバックしたときのオーラなんて、みじんも感じられなかった。
やっぱり、引退は引退であり、引退とは、「最後のプライド」ではないのか。

「前田日明」は、最後は敗れたとはいえ、伝説になって語り継がれている。
本人いわく、感傷的な引退セレモニーをする訳でもなく、けして恰好にとらわれなかった。
「レスラーとして、あれだけの功績を残したのに、こんな去り際では、前田が可愛そうだろう…」と、もっとキチンとした形で見送りたかった声もあったようだが、彼はそれは求めていなかった。
後に続く、後進たちに道を譲るためにも、自身の感情を押し殺して、静かに身を引いて行った。
これこそ、「男のダンディズム」だと思わないか!

徹底するのであれば、先月70歳でレスラーを引退した、「アブドーラ・ザ・ブッチャー」を見習え。
石にもかじりついて、レスラー生活をまっとうした姿も貴重である。
引退だと騒ぐレスラーほど、自意識過剰にカムバックする可能性は高い。
引退を撤回することは、「引退を肝に銘じてなかった」ことだと思える。

会社で辞めると言っていた人ほど、辞めないのと同じである。
軽々しく辞めるなど言うべきではないし、それじゃ、「辞め辞め詐欺」どころか、「引退詐欺」と一緒だ。
島田紳助が、カムバックするのであれば、晴れて別組織からするか、自分で旗揚げするべきだ。
吉本興業のポストに色気など持たず、古巣へ仕事をもらいに行くようでは、僕が描く島田紳助ではない。
島田紳助は、お笑い界の伝説で語り継がれていくべきだし、カムバックするのであれば、別なキャリアで  頭角を見せてもらいたいと僕は思うね。
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2012年01月05日

勤怠意欲

4日になることを、待ち望んでいた。

一般的に、仕事始めとなる1月4日。
さぞかし、憂鬱な人もいたと思える。
開店以来、初めて4連休を取ったが、いざ休みでも年末の疲労感で、逆にどこも行きたくなくなる。
もっとも、何をしていいのかも決まらないんだから、当てもなく街をさまよっているだけだ。
それに僕らは、帰る場所がないので、結局のところ、時どきの成り行きに身を委ねてしまう。
その意味で言えば、3日の新年会は異例でありながら、本当に楽しいひとときであった。

早く店を開けたくなるのは、何もしない時間に飽きてしまうからであろう。
貧乏性なのか、好奇心からなのかわからぬが、休み明けはかすかに興奮している。
それこそ学校であれば、新学期の登校初日に、友人らと会える心境に近いものがある。
店で人と会うことも、仕事の一部であることから、情に厚い性分の証であると思いたいのだが…。
こうして、僕らは世間の時差とは異なり、約8時間遅れの、「勤怠意欲」に駆られてくるのである。

本年、口開けのお客さんは「ザ・コンチ」に続き、開店当初からお世話になっている「M屋さん」。
ボックス席では、某会社の飲みっぷりの良さが、新年早々の躍動感を示していたようだ。

今年も、「訪れる人を待つ夜」がはじまった… 本年も宜しく御願い致します!
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2012年01月04日

古町新年会

3日夜、古町の某居酒屋で、中学時代の柔道部の後輩らと、新年会の名目で集まった。

昔話が主となるが、記憶が定かでないことも多い。
体育会の先輩と後輩は、上下の体系的なわかりやすさが、部活の士気を高めるのに役立っていた。
海岸の波打ち際で稽古させたり、スポ根漫画の影響ながら、馬鹿げたことを楽しめた時代だった。
そのくせ、部活帰りには、肉まんやらタコ焼きをご馳走していたらしい。
そういえば、いつも腹を空かせていたし、こずかいもなかった気がする。
記憶の真偽はともかく、そこに確実に存在していた、そのものが貴重なのである。

新しい驚きは、それだけではなく、彼らが事細かい部分まで、逐一覚えていたことだ。
そりゃ、数ヶ月前まで、小学生だった彼らにしたら、見るもの全てが新しい出来事だったと思う。
中3からすれば、「何でこいつらがいるんだ」程度で、部活は遊び、町道場が本気の括りだった。
僕は部活は軽く流して、夜の8時から開始される、下町の道場稽古にウェートを置いていた。
県下でも有数な道場だったので、高校生以上の名立たる猛者も多く、国体級も参加している中で交じっては、その強さだけに一喜一憂していた。
それでも、学校の部活が楽しかったのは、後輩が真面目に来るからだった。
「そろそろ、こいつ、来なくなるだろうな…」と思っていても、ちゃんと時間通りに部室に入っている。
そうすると僕も、「強くせねば」と、主将としての自覚が生まれてくる。
顧問の先生もいたにはいたが、糊付けされたような固い柔道着をまとっただけで、何をどう教えていいかわからなかったんだと思う。
そういう環境だったので、3年生が部室の空気を実行支配していた。

僕も技術的な柔道理論など知らないので、野生的な稽古で鍛え合うことしか出来なかった。
袖の切り方、体の崩し方、体重の使い方などの体系術でなく、憂さ晴らしの乱暴な実戦も多かった。
道場がそんな流れを汲んでいたので、部活で伝えることといえば、腕力至上主義にも似た自己陶酔。
それでいながら、柔道部はまとまっていたんだから、不思議であった。
前後には、今も親交のある同級生もいれば、僕を主将に推薦した先輩達もいて、今思えば反抗期でありながらも、一番充実していた時期だったかも知れない。
あの頃は、斜に構えながらも、今の時代、そんな熱気がやけに懐かしくてしょうがない。

そんな関係が復活したのも、東堀のバーで僕の話を聞きつけ、おそらく酒の力も借りて、最初は勇気を振り絞って来たに違いないだろう。
そんな後輩らの可愛げに、胸を強く打たれたのが、一昨年の夏だった…

古町十字路で人目もはばからず、後輩ひとりひとりと握手して抱き合ってから、タクシーで帰宅。
万代橋から、港の夜景をボンヤリと眺めながら、酒が弱くなったことを自覚した…  今年もヨロシク!
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2012年01月03日

ラフロイグ

毎年正月は、自分用に好きな「スコッチウイスキー」を、1本口開けすることにしている。

去年は、ハイランドウイスキー、「グレンモーレンジ・10年」を開けた。
今年は、アイラウイスキー、「ラフロイグ・クォーターカスク」を選んだ。
熟成に、「バーボン樽」を使用しているのが共通点でもある。
その点、去年限定発売された「ボウモア・テンペスト」は、バーボン樽のいい風味を出していたね。

基本的な飲み方は、「ストレート」であるが、冷蔵庫に炭酸を冷やしていたこともあり、炭酸に一番合うと思われるウイスキーをセレクトした。
個人的には、辛口で刺激の強い口当たりが好きだ。
タンブラーにクラッシュアイスを詰めて、炭酸を注いでから、上から原酒を流し込むだけの「フロートスタイル」で味わう。
原酒の香りも楽しめるし、炭酸も抜けにくく、かれこれ6年近く続いている飲み方である。

普段、炭酸で割るのであれば「バーボン」で、ラベルは、「I.W.ハーパー」。
バーボンの中でも、トウモロコシの風味が、一番強く感じるから好きだ。
正月は、シングルモルトを味わうのだが、ヘビーピートのラフロイグを選んだのは、ハーパー同様に個性が強く、力強いウイスキーだからである。
ラベルは、その時の気分でチョイスするけど、傾向的に力強い味わいを好むのは間違いない。

自宅で気軽にウイスキーを飲むのもいいが、どうしても雰囲気が引き立たないのは仕方ない。
個人的に、ウイスキーは大人の嗜好として、日が暮れて明りが灯った、「Bar」で飲むのが好きである。
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2012年01月02日

二年参り

さかのぼること、深夜0時の元日。
例年通り、二年参りは三社神社へ出かけた。

ほろ酔いで参道に並んでいると、参拝から戻ってくる人の流れの中には、よく知る顔も多く、新年の挨拶を交わしながら気さくにすれ違う。
今年は天候が良かったので、深夜にも関わらずに、続々と参拝客の流れが途切れない。
それだけ、万代の住民も増えたことだろうし、小中学生の姿が目立っていたのは、マンション建設などによる人口流入が大きいようだ。
そう考えると今になっては、僕らも地元に溶け込んだ気もしないではない。
神前で軽い拍手を打って、境内で振舞われていた日本酒と甘酒、味噌田楽をいただいた。

気になったことが、老人がひとりで参拝に来ている姿をちょくちょく見かけたこと。
深刻化する高齢化社会を、見通したような気持ちにさせられた。
社会問題として、手厚いありどころを考えなきゃいけない気もする。
社会情勢が、人の心を不安定にさせているかどうかはわからないが、安らぎの場を求めているようにも思えてしまった。

僕も、日本の将来に漠然な不安を感じてはいるが、不安にとりつかれただけの生活はしたくない。
考え出すときりがないし、だいたい極めた不自由をしてないのに、何が不足で不安なのかわからない。
だって、こうして生きて、飯を食べているし、酒だって呑める訳でしょ。
その不安は、贅沢できない範囲の不安なんじゃないかな。
それに未来なんて見えなくても、ここまでは、「時どきの判断」で渡り合ってきたはずなんだ。
不安が増すと、先のことを考え過ぎるのも、あまりよくない傾向のように思えてしまう。
僕も不安だが、身の丈の生活をしているだけで、神経質に考え過ぎないようにしている。

のん気な考えなのかも知れないが、新年に想いを託して神社を後にした。
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2012年01月01日

大晦日の銭湯

さかのぼること、19時の大晦日。
毎年、大晦日の夜は、銭湯で過ごしている。

女湯からは、「あんたんとこ、おせちどうしたん」とか、「紅白は、どっちらかね」だの、他愛のない会話が響いてくる。
脱衣場からも、みな口々に、「よいお年を」と交わしながら、家に帰っていく。
帰り際、銭湯の神様(番台のおばあちゃん)から、「今年もありがとうございました、よいお年を」と言われ逆に、「いえ、こちらこそ、来年もお願いします」と会釈をする。
かれこれ4年、10日に一度のペースで通っているので、自然に距離感は縮まるものだ。
そんな挨拶を交わし、銭湯の暖簾を後にした。

新年を数時間後に迎える大晦日の夜は、過ぎてしまえば呆気ないが、何だかとても貴重な気がする。
自転車から、真冬の冷たい空を見上げたら、雲の切れ間から見えた、三日月がとてもきれいだった。
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