2012年01月30日

Jazz Talk Vol.9

29日、月一度の日曜営業。
日曜の夜は、お客さんの意識が月曜に飛んでいるせいか、どうしても客足が鈍る。
その上、この寒さと雪だ…  今晩はCDを、ざっと3枚ほど集中して聴き込めた。

@Jackie Mclean Quintet (1955)
AMulgrew Miller Trio (1986)
BChick Corea Super Trio (2004)

こう書くと、「好きなことを仕事にできていいね」と思われるかも知れないが、必ずしもそうではない。
ジャズに関して言えば、まあ、飲食店の 「賄い飯」だと、思ってくれればいい。
僕は音響設備に投資したり、音源の数を誇れるほどの「マニア」ではないが、ジャズを聴かぬ日はない。
それに、平均以下の知識しかないと思っているので、逆に、お客さんから教えられる部分も大きい。
往年のファンは、自宅がオーディオルームと化し、それはもう膨大な音源を保有している環境を持つ。
ジャズ喫茶へ聴きに行くより、紳士的に、「ジャズ談議」を楽しみに行く、そんな感じじゃないかな。

僕もジャズ喫茶は、音楽を聴きに行く以上に、店主の個性を求めて行くことの方が、動機は強かった。
97年まで東京渋谷にあった、ジャズ喫茶 「渋谷スイング」の店主がそんな感じだったかな。
当時は年の差50歳だったけど、ジャズを軽い切り口にしながら、世代を越えた会話が心地好かった。
当店、「ジャズバー」ながら、視覚的に見れば、けして、「ジャズの店」らしくないかと思える。
いや、ジャズらしくないから、誰にでも垣根を作らずに、あまり間口を意識せずに入れるのかもね。
それに、ジャズをオシャレ感覚に利用して、「木で鼻を括る」ような雰囲気にはしたくないし。

【当店比】ながら…
 ジャズが詳しいお客さん    10% 
 ジャズが好きなお客さん    35% 
 ジャズを意識しないお客さん  55%
そんなもんなんだよ… 意外だった?

ジャズの接し方は、多様で気軽になってきている。
日常生活の中でも、ジャズが街中のBGMとして、いろんな店や場所から流れているご時世だ。

全店主がジャズに詳しいかどうかは、まゆつばものではあるが… (笑) 
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2012年01月29日

恋愛バージン

45歳位から、恋愛が自然と楽になるのは、酸いも甘いも知るからなんだろうね。

若い時は、演技志向な恋愛も多い。
例えば、知的に思われたいから、無理に知識を詰め込もうとしたり。
朝の生活様式をブラックコーヒー、クロワッサンとサラダに変えてみたり。
日常を恋愛視点で過ごした、そんな経験は誰でもあるんじゃないかな。

ひとり暮らしであれば、女性を部屋に招き入れることを前提にコーディネートしたであろう。
普段は着ないのに、ナイトガウンでワインを飲みながら、クラシックを聴いてたりさ。
それが木造四畳半、畳の部屋だったら笑えるな。
一度は通り抜けする演出だろうが、本音とは遠い無理な演出は続かないもんだ。
若い時は、金と暇を使って、理想の恋愛イメージを作りたがる。
後で知ることは、やっぱり素直な生活が一番であること。
恋愛バージンほど、あれこれと身の回りを考えたくなるからね。

20代の頃、新宿で飲んでから、そのまま友人宅へ泊まりに行った。
部屋に入ると、リビングのガラステーブルにチェスが置いてあり、キッチンテーブルのバスケットには  フランスパンが2本、オリーブオイルが1本。
その脇には、STEVIE B  “Because I Love You” のCDが一枚ある。
しかも、チェスはやったこともなければ、フランスパンも食べずに飾ってあるだけ。
一瞬「隠れホモか…」と思ったが、架空の恋人が部屋に来たときの想定演出だという。
それを聞いて安心したが、一応シャワー室には、内鍵を掛けさせてもらった…

若い時は、架空の恋人を想定して、嘘の多い部屋を演出しているものだ。
その点、僕は色気がなかったな…
寝覚めはコーヒー、食事は卵かけごはん、興味はプロレス。
冷蔵庫の中は、6Pチーズといかの燻製にバーボン、音楽はジャズだが、俗にエロジャズではない。
女の存在を排除したような、生活感むき出しの部屋だった。
それでも、女性を意識した高価なモノといえば、ダブルベットぐらいで、空振り生活は長く続いた。

まあ、どちらがいいかはわからないが、演出的な生活は長続きしないし、本音じゃないことは疲れる。
無理して、ブラックコーヒーなんて飲まずに、砂糖とミルクを入れなよ。
無理して、クラシックなんて聴かずに、素直に「KARA」でも聴きなよ。
無理して、ナイトガウンなんて着ずに、よだれのあとがついたジャージでも着てろよ。
この年齢になると、本音の生活が一番いいなと思うようになる。
何か、本音の時代はもう、すぐそこに来ているようにも思える。
私生活の本能は許される限り、自然であることが、ストレスの発散にもなるので本音は大切だ。

だが、男と女には、イメージがあることも、肝に命じておくべきことだと思う。
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2012年01月28日

Simone (Vo)

ジャズのオムニバスアルバムで耳にした、女性ボーカリスト 「シモーネ」の歌声に惹かれた。

スローバラードに、溢れんばかりのジャズフィーリング。
ハイテンポな曲では、フェイクでメロディーを弄んだり、無理に声量を込めたりせず、寧ろ、素っ気無い。
どちらかといえば、原曲に忠実で流れに添って歌い上げる、スムースなフレージングが小粋である。

彼女のイメージを、何かに例えるとしたら、香水である。
それも、すれ違いざまにさりげなく香る、自然な香水が似合う。
いかにも、「香水をつけました」という、過剰なアピールではなく、「あぁ、彼女の香りが漂っているなぁ…」と思わせるような、自然な色香である。

僕は、そんな女性ボーカルを香水代わりに聴いている。
いろんな香水(歌声)が存在するが、好みを言えば、シトラス系のサラリタイプが好きなんだと思う。
そのくせ、耳元から胸元あたりまで、ねっとりとまとわりつくような、ポアゾン系の低音も好む気の多さ。
歌声は、自分の周波数との相性かも知れないが、「この声の女と会話したい…」と思えたボーカリストがきっと合っているのだと思える。

女性ボーカリストは、Perfume (香水)である。
−Taking a Chance on Love/ Simone-   ♪ “ Don't Let Me Be Lonely Tonight ”
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2012年01月26日

雪道走行

25日午前10時、寝室のカーテンを小さく開けると、きれいに雪が降り積もっていた。

午後から、全豪オープンテニスを観ていたが、出かける時間が迫り、結果を知ることなく家を後にした。
行き先は近場ながら、荷物も予想されたので、自転車で向かったのだが、途中から吹雪に見舞われて全身雪まみれ状態になったそのとき。
万代の交差点でテレビクルーらが、街中の様子をカメラに収めていた。
夕方のニュース映像のようだが、これには少しあせった。
普段ならどうってこともないが、吹雪で全身雪まみれになって、自転車をこいでいる姿をニュース映像で流された日には、こりゃ、とんだ笑い者にされてしまう。
周りを見渡しても、こんな大雪で自転車に乗っているのは僕だけだ。

慌てて進行ルートを変えたが、先の横断歩道には、傘を差して信号待ちしていたK田さんだった。
すると、「雪でもチャリなの…(笑)」と冷やかされ思わず、「お願い、そこは突かないで…(笑)」と懇願。
さすがに吹雪が少し止むまで、ビルのひさしで待機したが、妙に気恥ずかしくなってきた。
こんな日に自転車へ乗って、ガキのように雪道を走っているんだからね…
今の僕にとって、三種の神器が自転車であり、この先、手放せない重要パートナーである。

そんな彼(自転車)の愛称は、「チャリンコ・パーカー」、 僕は、「バード」と呼んでいる。
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2012年01月25日

冬眠感覚

大雪注意報が発令の県内。
ここ、中央区万代においても、少し警戒が必要である。

深夜の帰宅ルートに、いくつもの大型マンションが立ち並んでいる。
普段の深夜なら、マンションの窓明かりがまだ点在しているのだが、今日に限っては、ある棟はひとつも明かりがなく、またある棟ではカーテン越しの薄明かりが、多少もれている程度である。
こう冷え込むと、早く布団につきたくなるだろうし、部屋の温もりで目も覚めにくくなるんだろうな。
それこそ、「冬眠感覚」で明日に備えているようだ。

こう静まっていると、どこか人間であることを、素朴で原始的に問い直されている気もする。
黙りこくった、静かな雪道を歩いているのは、どこを見渡しても僕しかいない。
街が孤独なのか、僕が孤独なのか、いったいどっちなんだろうね…

途中、コンビニへ立ち寄ると、なじみの店員さんが働いている。
同じ深夜に働いている人を見ると、余計なことは言わないが、少し情緒的になれる対象だ。
深夜こそ、「都会を生きている現代人」であることの証なのであろうか。

コンビニから、家へ帰る道すがら、僕はそんなことを思っていた…  (今日は早く寝ようか)
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2012年01月24日

田中さん

芥川賞を受賞した、「田中さん」(39)の不機嫌会見が話題である。

田中さん、いいよ、ここまで不機嫌を徹底しているなら、いいよ、田中さん、その調子だよ。
一度も仕事をしたことなく、母親の収入と年金で暮らし、紙と鉛筆だけで受賞作を執筆したんだからね。
今だ、ケータイにパソコンも使っていないという、初心貫徹ぶりも気に入った。
4回も落選させられた怒りからか、「私がもらって当然」と豪語するあたり。
しかも、「教師に嫌われていた」、「友達もいない」、地元の下関を、「乾いた街」とする表現。
いいよ、ハンパじゃないよ田中さん、徹底してるよ。

「芥川賞は、もらっておいてやる」じゃなくて、「俺の才能を認めなかった、おまえらはバカだ」と言い放ち「目的を果たしたので、こんな賞は返上してやる」と言いながら、ネクタイを放り投げて退席したら、本当の大物であったに違いない。
積年の恨みで、芥川賞を辞退して立ち去ったら、それこそ殿堂入りである。
その才能を、ほったらかしにされていた怒りだよね、田中さん。
世間は「けしからん態度」とやらで、道徳的な説教も飛び交っているが、田中さんはそう言われることは先刻承知なんだ。
つまり、確信の範囲だから、世間が騒ごうが何とも思ってないだろうし、それこそ、「柳に風」だ。
ある意味、個性に乗せられちゃった訳だ、ねえ、田中さん。

記者会見の質問もつまらなかったでしょ。
あそこまで不機嫌なんだから、最後はきれいにぶち切れなきゃ、中途半端な退席だったであろう。
僕が記者だったら、こう質問するよ… 「田中さん、パンツ履いてますか」、発狂しちゃうかな。
もしかして、「ノーパンのどこがいけないのでしょうか」と、不機嫌に言われるかな、田中さん。

田中さんは、どこか不当な評価をされている、「ジャズメン」ぽいんだよね。
それも単独行動が好きで、思ったことだけを表現する個性派。
そうだ、個性の強さで聴かず嫌いとされていた、黒人ピアニスト「セロニアス・モンク」に似ている。
うん、田中さんはジャズ寄りの人で、「モンク」ばっかり言っていることから、セロニアス・タナカだよ。
いいよ、そのスイング感、気に入ったよ… ノッテルね、田中さん。

僕は、芥川賞作家、田中慎弥「共食い」、ちゃんと読むよ。
アラ、あとひとりの芥川賞作家と、もうひとりの直木賞作家って誰だっけ…? おそるべし、田中さん。
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2012年01月23日

Chihiro Yamanaka (P)

女性ピアニストが奏でる旋律は、繊細で透明感が溢れている。
原曲を素直に活かして、情緒豊かな演奏が特徴的だ。

先月、東京のN塚さんから、NY在住の女性ピアニスト 「山中千尋」 のライブ映像を頂いた。
予てから、名前は知っていたが、今更ながら、5年間は完全にノーマークだった。
そのライブ映像を観て、ひとつのパターンに陥ることのない、「スリル」を感じた。
聴き込めば、もっと語彙もわくんだろうが、その一言で大枠は伝わるかと思う。

ピアニストにとって、トリオは自分の実力を知らしめるには、最もベストな選択ユニットだ。
3人の音楽的な自由さからすれば、個人が極めてソロに近いからである。
空間を音と間で満たせる喜びがある反面、スペースが大きいだけに誤魔化しも利きにくい。
ゆえに 「三位一体のトリオ」 は、小さなオーケストラと呼ばれる所以であろう。

山中千尋からは、卓越したテクニック、ノリの取り方はもとより、「私」 の強いスピリットを感じる。
ジャズは生きものだから、メンバーに試行錯誤すると思うが、筋が良いブッキングを繰返していくうちに、どんどん良くなる可能性を秘めているようだ。
こういうタイプは、好む好まざる関わらず、メンバーを変えて、好きなことに挑戦して行けばいいと思う。

セットリストには、故郷の民謡 「八木節」 を、ジャズ風にアレンジした曲を必ず加えている。
それこそ 「私」 = 「 山中千尋」 である。

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2012年01月21日

音楽隠語 GIG

21日 冬の新潟ジャズストリート。

全体を見渡せば、新しい音楽を発見するつもりで、会場を聴き歩くにはいいかと思う。
音楽なんて、それまでの音楽体験から培われただけの耳でしかない。
僕の場合、それがジャズだっただけのこと。

ジャズにありがちの変なエリート意識はないし、「これはジャズではない」などと、狭い聴き方もしない。
それが予め、構成されたフュージョン音楽だとしても、何の抵抗もない。
そもそも、個人の曖昧な基準で聴いている訳だから、本質もへったくれもない訳だし。

僕はジャズが持つ「グルーヴ」や「インタープレイ」が好きなので、耳ざわりはどうしても即興的で瞬発力あるジャズが中心になっている。
その中で、好みの演奏スタイルやプレイヤーを、自分なりの方法で見つけ出すようにしていた。
当然その志向において、聴いている客層や雰囲気、聴かせどころなんかは全く変わってくる訳だ。
CDで聴くジャズは、告白的で情感溢れる演奏を好むんだけど、ライブで体感するジャズは、野生的で泥臭い演奏を好んでしまう。
寧ろ、そうじゃないと強烈なインパクトを与えられないし、そのためのフリーフォームなんだからね。

人前で演奏する以上は、プロであるべきだと思う。
ギャランティーが発生するのであればなおのこと。
前にも書いたと思うけど、上手い下手はともかく、どこか間延びして緊張感がないジャズは、積極的に 聴く気にはなれない。
ただ、楽しく演るためだけに、技量や緊張感を排除したグループもある。
だが、それは自分たちの純粋さを、証明するための錯覚にも思えるんだ。
変化の過程で受け容れ難い、新感覚があることもまた事実である。

その上での、エンターティメントであるべきだし、ハイレベルに新潟が賑わうことが望みでもある。
それが、新潟のジャズプレイヤーの願いだったはずなんだよね。
僕もライブを体感する分には、一緒に楽しんでいるが、どこか硬質な目を持つもうひとりの自分がいる。
当然、良し悪しの問題ではなくてね。

たまには、こんな文脈があってもいいでしょ…
店では他愛のない会話以外、たまにお客さんとコミカルなジャズ談議で盛り上がるときもある。
これも “GIG” (音楽隠語=言葉の意味はお調べ下さい)である。
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2012年01月20日

資格あるの…

誰もが、お店に点数をつけられる時代になった。  (1月9日の続編になるかな…)

僕らの世代、食卓のおかずに文句なんて言おうもんなら、「じゃあ、食うな」と皿を下げられた。
好き嫌いはあったけど、食事にいちいち文句を言っていれば、誰だって嫌な気持ちになるでしょ。
「おいしい」と言って、食べている人もいるんだから、一緒に食事をするときの作法だと思える。

若い頃、上司と居酒屋に出かけて、自分で頼んでおきながら、つまみに手をつけなかった。
 「自分が頼んだのなら、ちゃんと食べろ」と叱られた。
上司の行きつけのスナックへ誘われて、女性が来るまでの間、足を投げ出して待っていた。
 「おまえの家じゃないぞ、行儀よくしろ」と叱られた。
もうわかったと思うけど、食事に行く、社交をすることは、最低限のマナーを仕込まれた。
大人扱いされているのに、それに気がつかなかったことは、社会人として反省させられた。
最近の上司はわからぬが、年上の立場で言えば、そういう行儀の悪さは許し難いであろう。

最近はどうだろうか…
もしかして、上司にご馳走になっていながら、「不味かった」なんて言うほど、失礼な感想はない。
それに人の金で飲んでいながら、スナックの女性を口説くなんて、これほど浅ましいこともない。

この5年ほど、最低限の作法を知らない連中から、お店の点数をつけられるような世の中になった。
箸も満足に使えないのに、和食店の点数なんてつけられるのか…
口の中でクチャクチャ言わせながら、洋食店の点数なんてつけられるのか…
明らかな知ったかぶりで、バーの点数なんてつけられるのか…
大変な状況のようである。

会社なら数字が読めないのに、経営会議に参加しているようなものだ。
それよりも、ビジネスマナーの方が、よっぽど対外的に大切なことでしょう。
それでも、僕は点数をつけるのを真っ向から否定しないのは、本当にしっかりしたモノもあるからね。
でもさ…、店に点数をつけれるだけの、その資格があるかないかぐらいは、落ち着いて考えるべきだ。

僕は人の店に、点数をつけるほどの自意識はないし、そんなお節介を焼くつもりもない。
別に、資格のあるなしではないが、粋には思えないんだ…   ただ、それだけ。
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2012年01月19日

ドラゴンへの道

今年の干支にちなんで、香港映画「ドラゴンへの道」(1972)を観かえした。
日本公開は、1975年ごろで、もしかすると一番最初に観た映画のような気もする。

ブルース・リーといえば、「筋肉隆々の肉体美」「怪鳥音から繰り出される高速攻撃」「目にも止まらぬ ヌンチャクさばき」と、アクションに関する話題は事欠かなかった。
僕は、ブルース・リーの最大の魅力は、あの「目」にあると思う。
今作品では、気が優しい青年ながら、実は超ド級の強さを秘めた役を演じた。
諺で表現すれば、「能ある鷹は爪を隠す」を演じ、強さと勇気を示してくれた映画である。
彼の目の奥に宿る、「喜怒哀楽の目」こそが、台詞代わりなのだ。

マフィア対策で従業員が空手の稽古をしているとき、素人師範が「大先生の拳法やらを拝見しましょう」と、皮肉った場面があった。
すると眼光鋭く、「ケガするよ」と声のトーンが一瞬変わったのはしびれた。
本当の武道家は強さを封印して、戦わざる得なくなったとき、その凄腕を発揮するのだ。
コロシアムでの死闘を終えた後、彼の寂しそうな目の奥には、過酷な修行に耐えた者同士でしか通じ合えない、敵ながら尊敬できる男に値した眼差しがあった。
仲間とはショッキングな別れとなったが、坂道を歩いて帰る後ろ姿は、幼心で初めて見た「男の背中」が目に焼きついたものだ。

現代の映画は、「おしゃべり」だけど、昔の映画は、「行間を感じろ」と言われてるように思える。
ブルース・リー映画の中では、最もコミカルに仕上がってはいるが、僕が一番好きな作品である。
男なら誰もが夢中になったが、はじめて観た年齢、改めて観かえした年齢で、映画の印象や感想が  ガラッと変わってしまうところも、観かえしがいあるというものだ。

それにしても、各配役の大根演技が時代的で笑える。
刺客の日本人空手家を演じた男の調子はずれの名台詞、「おまえはタン・ロンか」と「あぁ〜痛ぁ〜」は、記憶に残るお笑い名場面である。
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2012年01月18日

カレーライス

17日夕方、特売日となるスーパーへ出かけた。

冷寒のためか、店頭に並ぶ生鮮野菜が品薄で価格も高騰している。
野菜の価格は、葉ものを見れば総じて傾向がわかる。
それにサラダミックスすら見当たらない。
今晩の献立は、「カレーライス」なので、付け合せのサラダは欲しいところだが…

福神漬けは冷蔵庫にあるし、おー、そうだ、らっきょうだ、らっきょう、らっきょう。
それとサラダ代わりに、ホワイトアスパラにマヨネーズをつけて、食べようかな。
カツカレーは、我が家の外食メニューなので、カツの代わりにハムカツを探しに、惣菜売場へ向かう。
ないぞ、ハムカツもないのかよ… う〜ん、考えること10秒、うずらの卵フライでいくか。
いや、待てよ… 相方は卵をつけあわせに茹でるはずだ。
おっと、あぶない、ダブるところだったぜ… ここは、ミニヒレカツで代用するとしよう。

おっ、隣にある、天ぷらの盛合せもいいな… でも、天ぷらカレーなんて、聞いたこともないし。
天ぷらといえば、お蕎麦… おー、カレーそばもいいではないか。
つけあわせに、助六寿司も添えると、腹持ちがいいかな。
寿司なら、刺身もつまみたいと思い、鮮魚売場に向かう。
気に入った鮮度の刺身が見当たらないため、またもや惣菜売場へ戻る。
すると、そこにカートを押した、相方が待ち構えていた。
僕がひとりでゾンビのように、あっちこっち、ふらふら、くねくねと歩き回る姿を不思議そうに見ていた。

我に返った… 「あっ、そうか、今晩はカレーライスだった…」ことを。 
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2012年01月17日

男の本質

毎週月曜19時、「炎の体育会TV」だけは、録画予約で観ている。

ハンディキャップマッチながら、世界的な有名プロアスリートが、芸能人の挑戦を受ける番組である。
挑戦者は経験した競技なので、気の入れ方も違うし、何よりも賢かった肉体を取り戻して挑んでくる。
プロ選手も普段は温厚とはいえ、勝敗を決するとなると、体中の血がたぎり始めるのだろう。

こうしてみると、挑戦者は少年時代に夢破れた過去があるから、汗をかくことで、そのときの記憶が沸々と甦ってくるんだろうね。
運動会と同じで、そこに観客や愛する者が見ていれば、力以上の意地を発揮するのだと思う。
負けたとしても、判定に批判的な言動をしないのは、勝敗を越えたところに、男の本質があるからだ。
証拠にプロ選手も本気で迎え撃っている。
その姿勢はプロの意地を感じるし、どうも弱いプロ選手は、この意地が欠けているような気がするんだ。

余談だが「筋肉番付」番組を見ていると、アクション俳優、「ケイン・コスギ」がよく常連で出ていた。
バラエティーな側面ながら、彼はあまりにも真正直過ぎて、表情に余裕が見られなかった。
それは、何ごとも真剣に取組む姿勢を親である、「ショー・コスギ」から、叩き込まれているからだ。
意地の出し方は、人それぞれだが、彼の健気な性格は男として好感を持てる。

それらの番組の良さは、裸になった、「男の本質」が見えるからである。
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2012年01月16日

銭湯帰りの夢

連日、こうも冷え込むと行きたくなるのが銭湯。
僕の夢の1日はこうだ。

自宅から、徒歩の範囲で銭湯がある。
洗面道具は番台に預けてあるので、タオルだけ持って行ける。
脱衣場で新聞を広げたり、大相撲中継を観たり、近所のおやじさんとヘボ将棋を指したり。
とにかく、ダラダラして過ごす。

銭湯の帰り道、小さな灯りに誘われ、夫婦で営んでいる小料理屋の暖簾をくぐる。
小さく、「いらっしゃい」と声をかけられ、カウンターでビールを手酌で注ぐ音が風情に聞こえる。
小鉢は、「ネギぬた」 「もずく」、小腹が空けば、「ハムカツ」 「かつとじ煮」があれば嬉しい。
隣には、「なぎら健壱」 「泉谷しげる」のような、下町が似合う粋なおやじがいて、どうでもいい会話で 楽しく酔える。
そんなひと時があれば、明日からの活力源にもなる。

ほろ酔い気分で過ごしていると、ガラガラ… 格子戸がゆっくりと開く。
すると、和服姿で笑顔が素敵な美人が現れて、僕の隣に寄り添うように座る。
「あんた、やっぱり、ここで飲んでいたの。 じゃあ、私も一杯飲んじゃおうかな…」と、グラスを傾ける。
「あの女、どこかで見たことあるよな…」と、客がささやく。
そこで僕が、「あっ、言わなかったっけ  俺の女房は、演歌歌手の伍代夏子なんだよ…」

なんか、男のロマンだと思わないか。 これぞ、男の至福である。 こんなこと、言ってみたいよね。 
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2012年01月15日

大相撲中継

年間の奇数月、中2週間は大相撲中継を楽しんでいる。

とは言っても、大相撲ダイジェストを録画して、酒の肴に加えている程度で真剣には観ていない。
そうというのも、連鎖的な不祥事に嫌気がさしてしまい、次第に萎えてきた感じかな。
あまりにも、裏切られることが多過ぎたからね。

大相撲の醍醐味は、心・技・体 を競う、総合力である。
「強ければいい」単純発想とは違い、日本の所作が息づいている。
近年は、所作がハリボテめいてたが、そうたやすく「型」あるものを、突き放せないのが日本人の情だ。
大相撲は財団法人に、胡坐をかきっぱなしだった。
伝統といえども、摩訶不思議な世界でもある。
八百長力士と八百長組合に翻弄されたが、頼れるのはガチンコ力士と過去のクリーンな親方である。
それか、潔く過去の罪状を認めて、今後の生き方を見守ってもらうしかないだろう。
サジ加減で言えば、人情相撲には目を伏せたとしても、私欲の工作相撲は伝統の崩壊となる。

今は、所作のいい、「プロレス感覚」で観ているが、心境に変化があれば、いづれまた書きたく思う。
それでも観ていることは、どこか惹かれるところがあり、見放してはいないことの表れである。

読んだ人が、そこに気がついてくれたら、その読解力に敬意を払いたい。
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2012年01月14日

固形石鹸

浴室に、新しい固形石鹸を置いた。
液体石鹸よりも、固形石鹸の方が気合が入る。

寝覚めの熱いシャワーを、頭からかぶることが、1日のはじまりとなる。
次は、固めのナイロンタオルに石鹸を泡立て、「ワッサワッサ」、「ゴッシゴッシ」と全身を擦る。
そのまま、顔も泡まみれにしてから、ひげをそる。
泡を洗い流しながら、歯磨きを済ませて、ハイOK。

日常のシャワーは、清潔様式な感覚でしかないので、短時間で素早く、豪快にがモットーである。
だから、新しい石鹸の泡立ちは、爽快でなければならない。
1日の始まりから、液体石鹸で赤ちゃんのデリケートな肌を洗うようにしてたのでは、気合が入らん。
浴室から出ても、いちいちバスタオルなんて使わずに、寝覚めは絞ったタオルで全身を拭くだけ。
「体よ、目覚めよ」とは、短時間でシャワーを済ませてから、ゆっくりと飲むコーヒーだ。
寝覚めの強力アイテムこそ、固めのナイロンタオルと、ガッツある固形石鹸である。

あなたは、「ハード」な固形石鹸派、それとも、「ソフト」な液体石鹸派…  どちらであろうか。
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2012年01月13日

洋服選び

12日、相方は今年最初の「月一会」へ出かけた。

今回は予め、お店非公開で集合した、ミステリーディナーだったらしい。
僕からすれば、それって、鍋の具がわからない、闇鍋みたいなもんだろうと思ってしまうのだが。

そんな夕方、来るなと思っていたら、「これとこれ、どっちがいいかなぁ…?」と、やっぱり来た。
珍奇なブログをご覧になっている方なら、もうお分かりだと思うが、そう、洋服選びのことである。
普段の相方は、はっきりしているが、洋服とかになると迷うのは、やっぱり女なんだなと思う。
僕は迷わず、「こっち」と指差すが、「そうかな…?」と、どうも納得がいかないご様子。
するとまた、「今度はどう…?」とか言って現れるが、「そっち」と素っ気無く答える。
「ねえ、見てないでしょ…?」と抗議されるが、「華麗なる瞬間判断だ」とうそぶく。

そのうち、「天気はどうかな…?」とか、「道は凍ってないかな…?」など、質問の波状攻撃をするので、「俺は、気象庁じゃねえ」と突っぱねる。
さらに、「じゃあ、これは…?」と、背後から、またまた現れた。
僕は、「どこへ食べに行くのかわからないのに、服のコーディネートって、難しくないか。 ホテルのバーに飲みに行くような格好して、そこが昭和レトロな焼き鳥屋だったらどうするの」と質問した。
「女同士の食事会なんだから、おやじが行くようなお店じゃないの」と答えるが、そりゃそうだ。
「じゃあ、熟年合コンでもするのか…」と冷やかすと、「しねーよ、そんなこと」とお冠のご様子。
「俺は、あるかも知れないぞ」とかまうと、「おっしゃ、頑張って、いってこーい!」と気合を入れられた。
今日の会話のセンテンスも、絶対におかしい。  うん、やっぱり、おかしい。

洋服の話からはじまって、どうして、僕が気合を注入されなきゃいけないのだ…    負けたよ。
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2012年01月12日

雪道転倒

あいたたた… 1時間後の今になってから、少し右半身が痛む。

店の行き道は、猛吹雪だったので徒歩にした。
逆に帰り道は、天候が好く、パウダースノーで歩きやすかった。
コンビニへ立ち寄るため、いつもの帰宅ルートを外し、ホテル脇の歩道をテクテクと歩いている途中、 緩いカーブに差し掛かると、一部の道路がいい具合に凍結しているではないか。
足元に気をつけて、黙って通ればいいものの、滑りたがるのが変な癖である。

ブーツ姿で少し助走をつけて、氷結した道路上を滑ると、意外にも、「スッー」と流れに乗れた。
それでやめればいいものを、偶然の滑りに調子づいてしまい、もう一度滑り込んだのがいけなかった。
片手で荷物を持った状態が高すぎたので、右足がとられても、体勢を立て直せずに右半身から転倒。
厚着なので、それほど痛くはなかったけど、深夜ひとりとはいえ、恥ずかしさが先行してしまう。
その脇を遠巻きにタクシーが徐行していったが、何だか冷やかされているようで赤面してしまった。
女はしないけど、男がすることって、こういうくだらないことかもしれないね。

今度は雪山を見つけて、ミル・マスカラスばりに、「フライング・ボディ・アタック」の練習だ!
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2012年01月11日

タルタルソース

夕飯の支度をしていた相方から、「タルタルソースいる?」と聞かれた。

今晩の献立は海老フライなので、ウスターソース以外、タルタルソースも付け合せるかとのことだ。
「うん、食べる」と返事すると、「えー、本当に食べるの…」と面倒くさがられた。
「じゃあ、なんで聞くんだよ」と抗議すると、笑いながら台所へ戻って行った。

家で、「タルタルソース」を作るとなると、我流ながらも結構と手間がかかる。
玉葱とピクルスをみじん切りにした上、さらに細かく刻み込む。
そこに甘酢をあえて、ゆで玉子を砕いて、マヨネーズと塩コショウで味付けをしてパセリを彩る。
時間で見積もれば、ざっと「15分」って、ところであろうか。
どの道、手間がかかることは、避けられない調理法である。

もし僕が、「食べない」と答えたら、調理時間が短縮されて、内心は「ラッキー」だったであろう。
それが、「食べる」と言われたので、つい本音が口をついて出たようだ。
いわゆる、「本音と建前」というやつね。
まあ、手際よく作るので感心するが、食べないこと(断られること)を前提にした質問って、これ変だよね。
それなら最初から、「今日、作らなくてもいいよね」と否定形で言われれば、僕も質問コードに合わせて、「うん、いらない」と、返事をしたと思う。
それにしても、会話のセンテンスが妙だ。

だから、台所まで出向いて、唇を大きく震わせながら、巻き舌でこうリクエストした。
「たるぅん、たるぅん、そぉーす、大盛で!」と叫んだ。
すると、今から茹でる生卵を冷蔵庫から取り出しながら、「ヒョエー」と悲鳴を上げていた。
おい、相方よ、質問に答えろ!  君はその、「15分間」で、なーにをしたかったのだ… ?

こんなアホな会話をしているのは、我が家だけであろうか、うーん、少し不安になってきた。
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2012年01月10日

静かな場所

静かに過ごせる場所は、意外と少ないものである。

南万代へ、古本を眺めに出かけた。
キャンペーン期間らしく、普段よりスタッフの声が店内に大きく響いて、やたらに元気がいい。
リーダーの接客用語に合わせて、全員が一斉に連呼する間は、アミューズメントパークのようだ。
活気ある連帯感は認めるけど、書店なんだから、少し声のトーンを抑え目にしてもらえるとありがたい。
それとも、僕が時代の接客ルールになじむべきであろうか…

静かに過ごせる代名詞に、喫茶店や図書館などがある。
日中は、おばちゃんたちの井戸端会議が多いし、夕方になると、学生たちに占拠されてしまう。
気分転換も兼ねて、静かに読書をしたいと思って外出したのに、気分を損ねたこともある。
最近では、甘党の男が菓子パンを食べながら、声高らかに話し込んでいる姿が多くなった。

そうなると、ホテルのラウンジなんて天井が高くて、調度品も落ち着きがあるのでいい。
だが、場所が変われば客層も変わり、駆け引きめいた社用談議なども多くなる。
また、男女の密会なのか、煮え切らない会話に間が悪くなり、席を立ちたくなるときもある。
いづれにせよ、周りを気にせず、人が少なくて静かな場所は、思いの外ないことがわかる。

世間の昼過ぎは、僕にとっては朝であるので、少しスローでいたかったりする…
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2012年01月09日

やらせ疑惑

5日、飲食店の口コミサイトに順位の上昇を請け負う、ヤラセ投稿業者の存在が明らかになった。

それから今日まで、複数のお客さんと話題に触れたが、基本的に、「どこ吹く風」である。
今サイトは、本当の利用者が理性を持って書き込むことで、店の信頼性が高まることが主となるが、  そもそも投稿とは考えている以上に、説明文(コメント)は難しいものである。
開き直れば、飲食店同士や仲間内の偽装投稿もあるだろうが、すぐに文脈が頭打ちになるはずだ。

飲食店の評価はTPOなので、万人ウケするようなことはなく、極端な高評価は逆に不自然に映る。
それに美味しい店が、そこらじゅうにある訳ないだろうし、あったらあったで、人間の独占欲からすれば、普通は黙っておくに違いない。
疑い深い性格ではないが、グルメを謳った雑誌や番組を見る気が起きないのは、今更、僕の舌足らずの言葉で語るべきものでもないだろう。
それに新潟は、全国でも有数の縁故関係(コネクション)が太い土地であり、人脈が幅を効かせるため、 その情報に信憑性があるか否か、判断を要する場合もある。
新しい情報を発信する側が、同じような記事構成を繰返していることは、クライアントの要求だけでなく、お互いの相関図が見て取れる。
情報で目を曇らせられることもあるが、情報操作が与える波紋も考えなきゃいけないだろう。

それらを意識したのは、6年程前にある社会事件で某新聞社の取材インタビューに応じたことがある。
相手は新米のかけ出し記者だったが、質問とは異なる人たらしに近い、誘導記事を書かれた。
社に抗議したところで、訂正記事が出る訳もないから沈黙したが、金輪際、関わることをやめた。
これを機会に、あまり情報を道徳的に見過ぎないようにしているが、でも、哀しいかな…
人には信じたいと思う本能があるので、人や情報に惑わされても、黙っていることが多いものだ。
騙した方は、姑息な喜びを味わえるが、騙された方は、プライドがある以上、しっかりと覚えている。
関わり合いを遮断されたことは、疑惑を持たれた場合もあるのだ。

情報と一緒に生活するが、その判断能力は自身にあることだけは、絶対に忘れちゃならないと思うね。
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