2011年12月31日

2012 January

 年始は、1月4日より営業致します
【1月定休日】 
    9日(月)・15日(日)・22日(日)
【1月日曜営業】
  29日(日)/ 深夜1:00 まで

 住所   新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 
 客席数  カウンター10席  ボックス席(5~7名)有。

【新年を迎えるにあたり】

去年、2010年末尾は、「いい年だった」で締め括ったと思う。
今年、2011年は、「忘れたいけど、忘れられない年」だった。

個人的には、友人の死去、友人の壮絶な闘病生活を目の当たりにしたり、見るもの知るもの、あり様を考えさせられた。
だからと言って、そこには宿れないし、彼らもそんな感傷など望んでないはずだ。
だが、彼らの気持ちは、想像しなきゃいけないとは強く思う。

この先、そんな出来事にも、直面していくであろう。
だけど、そのたびに、「悪い年」と悲観していたら、せっかくの、「いい年」も感じにくくなる。
寧ろ、そういう出来事も、前向きに吹っ切れるようになりたいと思っている。

今年も残すところ、後2時間あまりとなった。
早くもケータイに、年賀メールが二通届いた。
NHK紅白歌合戦では、後半赤組の「KARA」がステージ狭しとキュートに歌い上げている。
相方に「少女時代が出たら教えてくれ」と頼んだが、しょうがねえ「スケベおやじ」だよね。

2012年 辰年。 Happy New Year!
今から、アイラウイスキーを飲みながら、新年を迎えるとするか… それでは皆様、よいお年を!
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2011年12月30日

当て逃げ

29日、18時に店入りしたら、ファザードの屋外照明が全損していた。

周囲の破損状況から判断して、トラックの当て逃げにほぼ間違いないだろう。
早速、警察立会いの事故処理後、各方面にもしかるべき連絡を敷いた。
物損事故は、現場を取り押さえるか、目撃者がいないと、ほとんどは逃げられてしまう。
対象が人だったら、事件扱いで大変である。

きっと、怖くなって逃げたんだろうけど、その場で冷静な事後判断をできない不適格者が、最も破壊度が強いトラックを運転していることの方が怖いよね。
逃げたことに味を占めたんだから、性格的にまたどこかの同じ場面で、同じような繰り返しをすると思う。

よく黄色信号で走り切ろうとして、急激にアクセルを踏み込むドライバーがいる。
その場は無事でも、黄色でアクセルを踏むことが癖になっているから、事故に遭う確率は極めて高い。
物事の多くは、習慣から起きているので、早かれ遅かれ、こいつも大変な目に遭うタイプだろうね。
まあ、器物破損で処罰されることも視野に入れて、しばらくビクビクしながら、過ごしてりゃいいさ。

今件、迅速な一時対処してくれたお客様方にも、この場を借りてお礼申し上げます。
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2011年12月28日

連続小説

会社の仕事納めは28日、仕事初めは4日が多いようだ。
バーは単身赴任者も多く訪れ、連休中は顔ぶれが変わることが特徴的となる。

深夜1時、〇〇と名乗る男性からの電話は、2年ほど前に新潟を転勤で離れて行ったお客さんだった。
声の再会に顔がほころび、来年2月頃に新潟で仕事があるため、短期間の滞在予定だという。
電話は僕がいるか、そのための確認だったらしい。

会社であれば人事異動があるように、飲食店でもチェーン経営ならば、店舗間異動は不可欠だ。
僕は組織ではないので、店をたたまない限り、お客さんとは長いつながりを保てる場所となる。
そのときの記憶も、パズルのピースを合わせられることが、個人店にしかできない強みかも知れない。
飛び石ながら、もう何年越しで通って下さっている、お客さんも多くなってきた。
今晩のように、ふと思い出したり、節目で気軽に再訪できる場所であり続けたく思う。
そう思えば、バーは何年にも続く、連続小説みたいなものである。

Nさんは、「クラガンモア」のダブルロック… 好きな一枚が、うーんと、ほら、「ソニー・クラーク」だ!
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2011年12月27日

師走の街中

日銀新潟支店が発表した、新潟県内の景況感は二ヶ月連続で回復傾向にあるというが、それは大企業のことであり、依然と中小零細企業からすれば、どこが景気回復なのか、さっぱりわからないであろう。
当然、自営を営む立場からしても、データーの根拠がさっぱりわからない。

師走の街とは、到底思えない静けさは、個人消費の落込みであろう。
世間を総決算すれば、人々の心は委縮に次ぐ委縮で、肝っ玉が小さくなったと思う。
東日本大震災に便乗自粛しているうちに、何だかそこが定位置になってしまったようだ。

僕が知る師走の街の雰囲気は、年内で仕事を終えようと急ぐ、サラリーマンが忙しなく溢れていた。
不景気になると街を活気づけようと、景気づけのクリスマスソング、売場販売員の威勢のいい掛け声が、至るところで大きく鳴り響いていた。
街中では車の渋滞音、人の忙しない足音、携帯電話の会話、待ち合わせの集合体など、すべてが交錯して、忙しい街をさらに忙しく感じさせたものだ。
これが本来、師走の慌しさだと思うが、今年は、「ざわめき感」が薄いのがわかる。

最初は気分による見方かと思ったが、見識者に聞いてみると、思い過ごしでもないらしい。
1年先のこともわからないのに、10年後のことばかり考えて、閉塞感が蔓延した雰囲気なんだ。
お先真っ暗と思える時代に翻弄されているのなら、その考え方自体がお先真っ暗だと思わないか。
そんな我々、40代の考え方も大きく割れ出している。
40〜50代が、リーダー的な考えを示さず、最大の関心事が「年金問題」「老後生活」と言うではないか。
僕にリーダーの資質はないが、男の立場で言わせてもらえば、こんなに情けないこともないんだ。
もっと、イキイキしていたいよね。

奇しくも、来年辰年(昭和39年生まれ)は、暗雲に風穴を開ける気持ちで、少し頑張りたいと思う。
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2011年12月26日

旅は道連れ

年賀状を投函した。

今までは、外注の年賀ハガキに宛先を印刷して済ましてたが、それでは受け取り側も味気がなかろうと昨年から、何か一筆入れるようにしている。
毎年届く、年賀状語録を読み返すと…
「独身のわたくしに、バックアップヨロシク」
「人生の格闘終わらず、闘魂あるのみ」
「リストラ予備軍、バンザイ、さあ来い」
「なんとか、生きてます… ト・ホ・ホ」
そんな一筆に、初笑いを誘われてしまう。
それに酔っ払って書いているようにも思える。(笑)
いつも連絡を取り合うほどの関係ではないが、過去に敬意を示し、長く気にかけあうことが、年賀状の 軌跡なんだろうね。

振り返って見ると、素顔を見せ合った友人や、時の戦友が多いことに気がつく。
若い頃、むき出しになってやりあった人間なら、そのときは、「この野郎」と思っていても、時間が経てば仲間になれるもんだ。
きっと、前提はすべてが真剣だったから、今のつきあいがあるんだろうね。
だから、自虐的な冗談を交わせることは、もう気持ちは通じているもんなんだ。
世話になった目上の方への挨拶は仁義として、同世代とは「旅は道連れ」感覚でつきあうこと数十年。
この先、遠方者とは会えないかも知れないが、道は違えど年一度、所在を確認しあってる感じである。

一足お先に、 How's Everything ?
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2011年12月24日

戦場のXmas

今日24日は、いろんな街角で、「Xmas Song」が流れているだろう。

83年日英合作映画、「戦場のメリークリスマスのテーマ音楽」(坂本龍一)が好きだ。
舞台は、第二次世界大戦下のジャワ島奥地で、Xmasとは縁のない捕虜収容所での物語である。
灼熱感がXmasとは似つかないが、人の心を包むように響くメロディーに、誰もが虜になったと思う。

南の島なら、静かなサイパンが好きだ。
夕暮れ時は、ビーチに寝そべって、この曲を繰返し聴いていた。
実際、サイパンは灼熱の戦地だったから、映画のロケーションとメロディーが絶妙に交じり合う。
シンプルなノートの繰り返しながら、急に曲のムードが変わり、苦悩と混乱、雲のすき間から光りが差し込むような、希望と平和を表現した、厳格な展開が魅力的な曲である。
歌詞が入ると、ビジュアルは型にはまってしまうが、インストは創造に広がりがもてる。
アレンジはすごくシンプルながら、「自由なXmasがある」ことを歌ったテーマだと思う。

映画では、北野たけし演じる鬼軍曹が、「Merry Christmas, Mr. Lawrence」と、声がけした場面は、戦争という心のわだかまりを洗った台詞のように聞こえた。

僕の中にあるXmasは、季節はずれの「戦場のメリークリスマス」である。
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2011年12月23日

上田馬之助

21日、金狼レスラー・上田馬之助(71)が、呼吸不全のために急死した。

プロレスに夢中になったのは、アントニオ猪木の影響だが、ヒール(悪役)の存在もなかなかだった。
入場シーンから、竹刀やサーベル、チェーンやパイプ椅子などを振り回し、客席を所狭しと暴れまくる スポーツなんてない訳だ。
初めて、タイガー・ジェット・シンの場外乱闘を見た日には、「世の中には、こんな凶暴なおやじが野放しにされているんだな」と、口がポカーンとなったものだ。
しかも白昼堂々、新宿の伊勢丹前で買い物帰りの猪木夫婦を襲撃して、逃走するなんて、到底まともな人間がやることじゃないでしょ。(笑)

そんな別名、“インドの狂虎”の相棒を務め上げたのが、別名、“まだら狼”の上田馬之助である。
あの体型なので、得意技のコブラクローはわかるが、もうひとつの秘密兵器がこりゃまた、凶器攻撃とは恐れ入ったよ。
それってありか… 得意技が凶器攻撃だよ、凶器攻撃! 「このおやじ、何を考えてるんじゃい!」
あるときには、リングの下に釘を敷き詰めて、猪木に挑戦して、自分が釘の上に落ちちゃったという失態を見せつけられたときには、「このおっさん、酔っ払っているんかい!」と思ったほどだった。
この凶悪タッグはプロレス界を盛り上げただけでなく、その後に多くのヒールを生み出したが、やっぱり元祖は元祖である。

しかし、いくら仕事とはいえ、まだプロレスの内幕が、カミングアウトされていない時代だ。
憎まれることがヒール冥利なだけに、公私で心ないファンから嫌がらせを受けたらしいが、それでこその上田馬之助だったと思う。
繁華街を歩くときは、酔って絡んでくる奴を蹴散らすため、いつも新聞紙を丸めていたとも聞くが、覚悟がなきゃできない役割だ。

上田馬之助の悪役人生をモチーフとして、描かれたと思える短編小説が、「お父さんのバックドロップ」 (中島らも)であり、悪役レスラーの素顔と葛藤に触れると思うので、参考までに紹介しておきたい。
漫画の世界であれば、「1.2の三四郎」(小林まこと)で、見事に風ぼうが模写されている。

96年の自動車事故から、寝たきり生活だったが、またひとり、昭和の古典レスラーが逝ってしまった。
上田馬之助は、僕らプロレス小僧だったおやじの心に、いつまでも竹刀を振り回して生きているのだ!
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2011年12月22日

家族ゲーム

21日、映画「家族ゲーム」(1983)の監督で知られる森田芳光(61)が、急性肝不全で死去した。

今映画の主演「松田優作」、配役に「伊丹十三」「由紀さおり」ら、豪華な顔ぶれが異彩を放った。
有名なエピソードだが、森田監督は企画会議で松田優作の主演を渋りながらも、ダメもとでオファーしたところ、本人が脚本を読んで即座に引き受けたという。
アクション俳優のイメージから、脱皮したがっていたときなだけに、お互いの利益が一致したと思える。
しかも、製作4千万の低予算に対し、当時の松田優作のギャランティーは一本1千万だったのに、この映画は、百二十万で引き受けたと聞く。
金額だけではなく、森田監督に惚れなければ、到底できなかった決断だったであろう。

肝心な映画の評価は、リアリティーの部分で、多くの意見が真っ二つに割れると思う。
僕の意見をはっきりと言えば、つかみどころのない映画は好みではない。
だが、それまでの映画になかった、自閉的な演出は印象に残った。
淡々な台詞と生活の音だけで、音楽のない映像に浮き足立った世界を感じた。

その昔、東京原宿のバーで、映画関係者と雑談しているときに聞いた業界話だ。
映画に音楽を乗せるときは、画面が弱いシーンを補う場合であり、強いシーンでは逆に音楽はうるさく 感じるそうだ。
それが、映画音楽のセオリーであれば、セオリーを無視した映画なだけに、見慣れない不気味な映画に仕上がるため、賛否両論が起きることは、無理のないことであろう。
日本では独特しく不評でありながら、ニューヨークの映画祭では、逆に評価が高かったという。
僕はその評価に対して、日本人を奇異な目で見た、皮肉交じりな評価だと思っている。

映画のシーンで、食卓に横一列で並び、黙々と食事をするカットは有名だ。
実はあのアングル、バーテンダーがカウンターの中から、見ることができるフレームに近い。
僕からすれば、毎晩がリアルなレイトショーであり、大げさな言い方をすれば、ジャズが流れる空間で 毎晩配役(ゲスト)が変わり、自由気ままな台詞が交されて、やがて静寂が訪れる… そんな感じかな。
それに、森田監督が松田優作の、「違う顔」を引き出した映画でもある。
僕もお客さんの、「夜の顔」を見ていると締め括れば、この私見な文章は収まり着くであろうか。

そんな「家族ゲーム」は、松田優作の家庭教師役が生んだ、「ミスキャスト」が成功した感が強い。
また、アクの強い役者で有名な松田優作を使い切ったところに、森田監督の非凡さを感じた。 合掌。
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2011年12月20日

草食系将軍

19日、昼過ぎにテレビをつけたら、北朝鮮の「キム総書記」の死去が報じられていた。

死因に信憑性はないが、10月に殺害されたリビアの最高指導者、「カタビィ大佐」と比べれば、同じ  独裁者でありながらも、ずいぶん穏やかな死であった。 (2011.10.22)
その死はいずれ長いスパンで見て、どう変わるか歴史が判断すると思う。
そんな北朝鮮のブックカバーは変わったが、肝心な本の中身に注目が最も集まるところだろう。
だが、いつまでも、ああいう、ケンカ腰外交を続けていく限り、孤立は避けられないだろうね。
後継者「ジョンウン」にしても、とてもリーダーシップに必要な要素を、持ち合わせているように思えない。
親の七光りで、自分は特権的な人間だと勘違いしていたら、それこそ救いようがない国となろう。

僕が思うには、あの若さで虚勢を張り続けられない気もする。
韓国映画「トンマッコルへようこそ」で、北朝鮮人民軍の中隊長がトンマッコルという村の村長に、指導者である秘訣を尋ねると、「腹一杯、食わせることじゃ」と語る場面があった。
答えはシンプルで、国民を食わせられない指導者は失格なんだよね。
それ以外は、どんなに軍事的だろうと、恫喝的になろうが、策を講じても効き目はないと思う。

もしかして、求心力が分散する契機で、側近らがクーデターを起こす可能性もある。
その意味では、北朝鮮は行き詰まった新体制で、いずれ足並みを乱していくような気もする。
それこそ、世襲の失敗で、逆に国が良くなる場合もあるだろうしね。

後継者ジョンウン大将が、「草食系将軍」だったら、なんかドラスティックな展開になりそうだ。
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2011年12月19日

昭和の歌謡曲

40〜50代を中心に、「昭和の歌謡曲」ブームが静かに起きているという。

70〜80年代半の歌謡曲は、シンプルな楽曲ながら、リズムやメロディーもしっかりしていたと思う。
歌詞も文学的であり、日常で自然と口ずさめる暖かさが、大きな特徴だったとも言える。

そんな今、昭和の歌謡曲を共通テーマにした、サークルや酒場が盛り上がりつつあり、サビの部分を 一緒に合唱したり、振り付けを合わせることで、同世代がノスタルジーを楽しんだりしてるらしい。
僕個人では、雰囲気で聴いて楽しむにはいいけど、キチンと聴くとなると少しキツイかな。

僕も40代だから、それでも気持ちはわかるし、そりゃきっと楽しいさ。
でもさ、年中懐かしがって、日常生活で浸る年齢なのかなとも思うんだ。
来年のロンドン五輪だって、四年に一度の祭典だから感動するんであり、あれが毎年だったら、気持ちは薄らいで離れていくでしょ。
それと同じことで、「懐古の情」は、そう長くは続かないからね。
40〜50代は、心身のターニングポイントだから、若い頃の歌謡曲を聴き返したくなるときもあるけど、 まだ引き出しから取り出して、懐かしむ年齢じゃない気がする。

もし僕が、西城秀樹の「YMCA」で、両手をかざして踊っていたり、沢田研二の「勝手にしやがれ」で、 両手をウェーブしていたら、後ろからハリセンをかましてもらっても構わない。
女だって、ピンクレディの「UFO」で、三段腹の腰をフリフリして踊っていたら、パンツを裏返しにはかせて、ジャイアントスイングで、火星までフッ飛ばしてやる。
そんなことで、パワーを得られるようであれば、僕は喜んで、バンダナにタンクトップ、ローラースケートを履いて、万代シティを走ってやるよ。
それこそ「光ゲンジ」改め、「え〇〇ゲンジ」(本名)に変身したるわ。
別ユニットでは、センターは俺、右に高橋達人、左にコンチを従えて、「しもまち隊」で、西堀ローサの  旧噴水広場から、ゲリラデビューしたるわ。

それに昭和の歌謡曲から、「パワーをもらった」と言いながら、そのパワーをどこで使っているの?
もしかして、ひとりで布団の中で、変なパワーを使っているんじゃないだろうな!
パワーは、発揮してこそのパワーであり、懐かしんで引きこもるための歌謡曲ではないのだ。
40代から、懐かしむ真似ばかりしていれば、来るべき感動を得られなくなると思うがね。

僕は60歳から、昭和の歌謡曲を味わう。  それまでは、不器用に仕事して、一生懸命、遊ぶわ!
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2011年12月18日

お客の人柄

フッと思い出してくれたのであろうか、見覚えのある顔ぶれも多くなってきた。

僕は新潟に戻ってきて、「なじみの店」を欲しくなったのは、今から8年ほど前だったかな。
数年間は「関係各位の店」をひいきにしながら、人脈ゼロからの人間関係は築いてなかった。
それがある光景を見て、「新しい扉を開けなきゃ」と、思ったのが店探しのはじまりだった。

あの日、年末の極寒な夜だった…。
仕事を終えて、古町の繁華街をすり抜けているとき、小さな店の扉が開いた。
中から、二人組のサラリーマンがほろ酔いで出てきた後、店の主人と年越しの挨拶を交わしていた。
普段なら、気にもかけない光景だったと思うが、その夜は違った。
その光景に、温かみを感じて、すごく大切な時間のように思えた。

それまで飲みに行くのは、いつもの顔ぶれと共通の話題だから、一緒にいても楽だったと思う。
だが、つきあう人が固定化し過ぎると、行動範囲は広がるどころか、逆に狭くなっていくものだ。
会社のように、同質とばかり群れていると、次第に他の世界が見えなくなる。
見えなくなることは、他人の才能に触れることなく、社内レベルの、「愚痴り酒」に陥りやすい。
そうなったら、「劣化したおやじ」になった証拠である。

バーでは、どこの会社のどんな肩書も関係なく、個人力というか社会力が交わされる空間だ。
他人の多様性もわかるし、計算のない他人の目だからこそ、自分自身を確認できたりもする。
「俺、仕事帰りに立ち寄って、暮れの挨拶ひとつ、気さくに交わせる店がないよな…」
そう思ったら、会社や肩書とは無縁の世界を探そうと、新年早々から店探しに動き出した。

会社の人間関係は所詮は会社の枠であり、社会の方が誠実な関係が存在していると思う。
当店のお客さんは、そういうこともキチンと、わかっている人が多い気がする。
僕が自信を持って言えることは、安心できる客層であり、それこそが、「お客の人柄」である。
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2011年12月17日

ビジネス手帳

来年度に向けて、ビジネス手帳の売れ行きが好調だという。
しかも、需要と供給は毎年安定しているらしい。

僕は過去20年間、黒の「A4」タイプを愛用していた。
主な書き出しは、第3四半期の結果と検証に次ぐ、第4四半期の見込みと行動についてが多かった。
また、来期からの年間予算や今期の見込みなど、数字や記号が目立つ3ヶ月だった。
そんな、来期の予算や計画さえ確定すれば、机上から解放されて頁にも余白が出る。
それ以降は、大雑把な予定ぐらいで、細々としたタイムスケジュールを書くこともなかった。
書くとすれば、面談記録や打ち合せメモ、センテンスの短いモノばかりだったと思う。

そんな具合に余白には、手持ち無沙汰で書いたと思える、妙な落書き(イラスト)も目立つ。
ムダに退屈な会議では、口上が長いだけの肩書の似顔絵を描いてたり、結構いい加減な手帳だった。
最近では、何でも電子化され、ペーパーレスが進んでいる中、自筆で書くことが少なくなった。
それでも、ビジネス手帳が売れている理由は、儀礼的な習慣もあるが、なんでもかんでも、ちまちまと 電子化に依存するのが、うっとおしいのだと思える。
僕も正規な書類でない限り、さっさと手書きで済ましていたのは、慣れた発露だからである。

今の仕事は、ルーティーンが決まっているので、ビジネス手帳を必要とするまでもない。
私生活の予定を記すのも、せいぜい部屋のカレンダーに、歯医者の定期健診日に丸印をつけるぐらい。
意外と人の予定なんて、そんな程度であり、スケジュールを書き込むことで、忙しい気になっていたり、ビジネス手帳を所持することが目的になっている人も多いと思うね。

「忙しいと言う人ほど、暇な人」… ソレと一緒だろ。 俺…? 本当に暇だよ。 それがどうしたの…(笑)
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2011年12月16日

悪い冗談

数日前の新聞を何気なく読み返していたら、社会面にこんな記事が載っていた。

国内線の航空機に搭乗した男性客(33)が、自分の手荷物を指し、客席乗務員に「爆弾が入ってる」と冗談を言ったため、出発が1時間遅れたという。
確か十年ほど前にも、社用で訪れた日本人が、国際線の客室乗務員に、「Bomb」(爆弾)と冗談を言い騒然とさせ、後から賠償請求された事件があった。

総じて、日本人はユーモアのセンスがないと言われる。
ユーモアは、テレビのお笑い芸人に任せておき、もっぱら笑う側になろうとする気質がある。
昼の長寿番組、「笑っていいとも」なんかは、日本人の笑いの構造を表してるようにさえ思える。
普段から笑いが受身過ぎるので、自分が冗談を言おうとすると舞い上がってしまい、とんでもないことを言ってしまうのかな。

その傍ら、気さくな間柄や酒の席にもなると、なかなかのユーモアを発揮する。
特定の人、特定の場所だけで取り交わすユーモアは、抜群の個人芸のようにも思える。
日本人はシャイなので、あまり表舞台では言いたがらないけど、内気な笑いを好む性質があるのかな。
きっと、「照れ屋の目立ちたがり屋さん」なのかも知れないね。 (笑)

新聞の末尾に男性客が、「お騒がせして申し訳なかった」と、極めて常識的な謝罪コメントが載ったが、おおむね、真面目な人が言い慣れない冗談を言ったがための、珍事件だったと思える。
「自爆おやじ」は、搭乗を拒否されたというが、場所によって、冗談では済まないこともあるからね。
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2011年12月15日

Jasmine

15日、深夜1時45分…
最後のお客さんを見送り、「今晩は、もう来ないかな…」と思ったら、急に強い雨が降り出した。
風はないので、雨音が規則的に聞こえて心地よかったが、通り雨らしくまた静かな深夜に戻った。
もう少し気分を持続したいと思い、自然に手元へ引き寄せた一枚のジャズアルバムがこれだった。

Jasmine/ Keith Jarrett(P) With Charlie Haden(B)

30年ぶりの共演作は、「やあ、久し振り」と二人が自然に歩み寄り、気づけば会話(演奏)していたようなリラクゼーションを感じさせる「ラブソング集」である。
キース(P)の魅力は、これまで何度も僕のつたない文章で紹介したが、このアルバムを聴いていると、 暖かい部屋の窓から見上げる、冬の星空をイメージさせられるようだ。
チャーリー(B)も、真夜中の静かな街を描いているような、どこか郷愁を思い浮かべさせる。
その重低音は、ひたすら地をはうようなスローテンポであり、深く包み込むような浮遊感を与えてくれる。
音楽的なことを言えば、地味なベースだけど、音程の安定感は随一のような気がする。

そんな二人の共演作 「ジャスミン」は、夜の部屋で静かに過ごす、円熟味溢れる大人の夫婦(恋人)をイメージさせるほど、落ち着きとやすらぎを与えてくれるアルバムだ。
きっとクリスマスにも、相性はピッタリ合うと思う。
重複するが、大人のクリスマスには、この三枚をオススメしておく。

部屋で食事をしながら…
Moon Beams / Bill Evans(P) Trio (1962)
部屋で寛ぐなら…
Jasmine / Keith Jarrett(P) With Charlie Haden(B) Duo (2007)
寝室でピロートークするなら…
The Melody At Night With You / Keith Jarrett(P) Solo (1998)

この三枚は店にあるので、リクエストOKだが、男(おっさん)だけのときは、ご遠慮願いたい。

以上、「ジャズバー」なんだから、たまにはジャズも書くけど、今の僕はこんな心境かな…。
例えば、蕎麦屋で期間限定でカレーライスを出したら、予想以上にカレーライスの方がウケてしまい、 「おいおい、蕎麦はどうした?」って感じ… (笑)
こんな具合に、会話や沈黙もジャズで言うところの、「ジャムセッション」である。

それも、人間そのものが、「楽器」であることから、「ギグ」と同じ意味を持つ。 それでいいのだ。
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2011年12月14日

中華料理屋

新潟駅前を正面に、左右の繁華街で中華料理チェーン店が、食のニーズを大きく二分している。
何でも、行列ができるほど盛況らしく、多くの人の胃を満たしていると聞く。

僕は中華料理に限らず、美味かろうが安かろうが、並んでまで食べたいと思うほど欲求はない。
並ぶぐらいなら、周辺の空いている飲食店を探して入るタイプだ。
「空いてるから、不味い店」と考えるのは、誰もが起す錯覚である。
飲食店は味や技術より、まずは衛生管理だと思うので、その敷居を見誤らなければどこでも入れる。
それから、「ゆっくり食べたい」ことが根底にある。

中華料理屋なら、まずはビールに餃子、鳥肉のカシューナッツ炒めから入る。
口直しをしたければ、チンジャオロース、酢豚、八宝菜なんかもいい。
小腹が空けば、焼き飯に焼きそば、〆に杏仁豆腐だってある。
何も並ばなくても、ホテルの高級中華でなくても、街の小さな中華料理屋で胃を満たせる。
行列の中にあっては、ゆっくりと食べることが満たされず、ランチのように早食いするものではないし、 ましてや食い漁るものでもない。
とは言え、「食の知ったかぶり」なんて、年齢的に愚かしい真似になるからね。
年齢とともに、味覚の枠はシンプルになってくるものだ。

90年代、第2次居酒屋ブームで、時の繁盛店に入ると、「混み合ったら、お席は二時間でお譲り下さい」とか、店員にサジェストをされた。
「ガキじゃあるまいし、空気を読めずに、長居するつもりはないよ」と、内心で反すうした。
活力ある繁盛店の雰囲気は好きだが、客あしらいが事務的になりやすく、浮き身で飲食しているようで、何とも落ち着かないものだ。

地味に打ち解けるので、まじまじと情報誌で新店を探したり、ネットでカチャカチャと探ることも少ない。
情報には乗り遅れるが、自分がひいきとする飲食店ぐらいは、自分で探す主義だ。
寧ろ、五感を頼りに、派手な飲食店よりも、素朴な飲食店に惹かれてしまうのは性格だ。
自分もこうして、商売を営んでいるから、情なる性分ゆえの店探しになるのであろうか。

僕はこうして、五年ほど前に閉店で失った、「街の小さな中華料理屋」を、探すこと六年目に入った。
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2011年12月13日

「絆」遊び

今年の世相を締め括る、漢字一文字は 「絆」に決定した。
選考は東日本大震災の復興支援など、人と人との絆の大切さが反映された結果だろう。

「絆」の一文字には、様々な思いが込められている。
震災から得た教訓は、命の大切さであり、絆の見直しである。
傍ら、その言葉に陶酔しているだけで、軽々しく引用しているだけの矛盾を感じたのも事実だ。
絆とは、相手を信じて、それに応える行動でしか、結びつきは証明されないと思う。
絆を交わすことは、リスクがともなうという、肝心なところも忘れている。

最初は誰もが、純粋な気持ちで支援に理解を示すが、それが自分たちの周辺に火の粉が降りかかってくると、極めて神経質なまでに振り払おうとする。
そりゃ、普通に言いたいことはわかるよ。
放射能汚染を懸念する声が多く、ガレキの受け入れ場所は進まず、被災地の樹木は低い放射性濃度であっても危険だとして、鎮魂の儀式すら住民に反対されている始末だ。
過剰に守ろうとするのは、風評被害に胡坐をかいた便乗エゴであり、支援を表明したのであれば、その矛盾に気づくべきだろう。
そんな、「絆」の中に詰まった、「夢」や「希望」が、所詮は裏切るための前提だったら虚しいね。

僕はまだ口先だけの、「絆遊び」のように思えるし、「言葉や行動なき絆」なんて、聞いたこともない。
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2011年12月12日

サンタクロース

子供の頃、サンタクロースをいつまで信じていた…?

M屋さんは、物心がついたときから、信じてなかったという。
S野さんは、親が最初から、正体を明かしていたという。
相方は、小学一年生までというし、僕は、小学三年生まで信じていた。

朝起きると、枕元にプレゼントが置いてある。
包みを開けると、欲しかったオモチャがある。
喜びの後、「何でサンタさんは、欲しいオモチャがわかるのかな?」と、いつも不思議に思っていた。
小学三年のとき、サンタを見るため、左手首にヒモを巻きつけて、何か仕掛けを作って寝た記憶がある。
それに引っかかる単純な親ではなかったが、何かで正体を知ったとき、そう言えば母親からさり気なく、聞かれていたことを思い出した。
その頃は純真無垢だったし、まだ不思議なことに興味を示すガキだった。
空に向かって、空飛ぶ円盤を呼び寄せる呪文を唱えていたり、スプーン曲げにも挑戦した。
好きな女子に念力を送ったり、人の答案用紙を透視していたり、疑うことを知らない単純さはあった。

「サンタクロースは存在しない」
だが、ファンタジーの世界では、みんなが信じてるふりをして、その役になりきることで、幸せを呼べる。
幼い子供がいる家庭なら、その曖昧さが想像力をかきたてるであろう。
僕らが該当する家庭だったら、サンタ役は相方に「おばさんサンタ」をしてもらい、僕は基本的に照れ屋なので、着ぐるみ姿でナマケモノのトナカイ役を演じ、黙ってご馳走を食べている方が性に合っている。
子供がそっと寝静まったら、夫婦でスローなジャズボーカルを流しながら、シャンパンを開けるとか。
そんな夜があっても、素敵だと思わないか… 音楽は、「Till Bronner」なんか、オススメするね。

我が家のクリスマスは、相方がホールケーキを注文したらしい。
食べ切れるまで、3日は要するだろうし、それと鶏の唐揚。  うっ… 逆流性食道炎が怖い。
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2011年12月11日

男の祝砲

10日、開店準備を進めていたら、古い友人から電話が鳴った。

彼は現在独身であり、意気揚々な声で、「2年ぶりに、女とブッこいたぞ!」と豪語する。
僕にそれを、いちいち報告してくることは、男として何かしらの喜びを得たからであろうか。
まあ、ボーナスも入ったことだし、調子こいて、男を取り戻しに行っただけのようだが。
この先、鉄板ネタになるが、彼という主人公を知っているだけに、爆笑地獄に叩き落された。

予め、グラマラスな熟女タイプを、前日から指名していたらしい。
だが、「Nice To Meet You」で現れた女性は、地味なフェイスで、全く逆なタイプだったという。
語尾を、「Too」で返したのは、彼の優しさだろうが、その世界ではよくあるパターンだろう。
たぶん、自分好みの熟女タイプを妄想しなくては、モチベーションは上がらないんだと思える。
意識は、ハイレベルにルックスを膨らましてるんだから、ギャップが大きくなるのは決まっている。
それでも、昔から絶倫を自称する彼は、優しさで抱擁を交わしたようだが(元をとるため)、やっぱり年齢には逆らえず、何回もロスタイムで中断したらしい。
会心のゴールは知らないが、その後、彼女の身の上話を聞かされたという。
何でも、高級風俗店の面接で不採用となり、落ち込んでいたときの指名(?)で、嬉しがられたとか。
シーツに身を包む彼女を慰めていたら、逆タイプではあったが、不思議な一体感に包まれたという。
うーん、ロマンチックではないか (笑)

そんな情事の後で、僕に報告すること自体、失われた何か(自信)を取り戻したのであろうか。
どこで蒸気機関車になったのか知らないが、きっと久し振りで嬉しかったんだろうね。
男の下半身は時として、プライドレスになるが、マジックが点滅してきた表れなのかな。
ともあれ、ハニートラップに遭わないことを祈りつつ、男の祝砲にワンダーランドを感じたぞ。

以上、東京発の続報を待つ… 47歳・誕生日おめでとう。  われわれ、あと三年で50代だぜ…!
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2011年12月09日

恋愛序幕

「あ、あの…、%&$#%☆、&$#%☆、#%☆、&$#%☆…?」

8日、万代の交差点で信号待ちをしていると、20代に見えるOL風の女性から道を尋ねられた。
幸い、指を差して教えられる場所だったので、そのまま礼をされて、今来た道を引き返していった。
ただ、それだけのことなんだけど、かすかに興奮した気持ちが残ったのは何でだろうな?

人から、道を尋ねられたのは久し振りだ。
人が他人に道を尋ねるときは、近い年齢の同性や、人が良さそうな容姿を選ぶと思う。
交差点には、他に若い男女4〜5人はいたはずだが、僕を選んだということは… 心がときめいてきた。
この先、会えることもないだろうし、今となっては彼女の顔も思い出せない。
残ったことは、僕に聞いてくれたという、選ばれた事実だけが嬉しかったりもした。
冷静に考えれば、同年代ではなくて、この年齢だからこそ、安心感を持ったのかも知れない。
ここまでは、「雨の日の恋愛序幕 素敵な出会い PART-1」のように、思えなくもないであろう。

だが、僕に尋ねた理由がわかった気がした。
「あ、あの… お尋ねしますが、大森内科医院はどこにあるか、ご存知ですか…?」
はーん… いや〜 まいったよ…  そういうことね… そういう意味で、お声がけされたのね。
そうだよな… 甘い夢を見させてくれて、ありがとうよ、一瞬は嬉しかったよ。

ちくしょう! 俺はまだまだ、医者要らずの体であると自負している。 「うんこ〜」と叫ぶぞ。
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2011年12月08日

新潟弁万歳

当店、徒歩圏内に、大小さまざまなホテルが点在しているので、県外からの出張客も少なくはない。

最も多いのは、東京23区に勤務先があり、沿線に住居を構えている方。
僕は、新宿・原宿・吉祥寺を盛り場にしていたので、地理だけで親近感がわいてしまう。
次いで、新潟県内でありながら、新潟県広しで、新潟市以外にお住まいの新潟県民も多い。
会合などで、新潟市入りする度、顔見せに来て下さる律儀な方もいる。
関西圏は少ないが、これまた会話が強烈で、残像感を残していかれる。
相方が標準語の神戸出身なので、関西人とは自然と打ち解けるようだ。

会話はコミュニケーションなので、話をしやすい人もいれば、話をしにくい人もいるのは当然だ。
相性は仕方ないが、表情や声のトーンにテンポ、会話術や内容など、環境や出身地で違いもある。
関西弁を音楽に例えれば、ロックに近いノリを感じる。
話の展開が早いから、瞬間と瞬間でビシッと、ブレークさせないと次に進めない。
語意に反応しないと、会話の流れがもたついてくる。
会話そのものは、関東圏は繊細でメロディアスに富んでおり、関西圏は大胆でリズミックに優れている。
日本全国、それぞれに特色があり、会話と方言のカラーは楽しいものである。

そんな僕は、相方と口論になるとタジタジにされるが、形勢が不利になると新潟弁でかく乱する。
「おめさんは、すっつらがんこというけど、なーからしてみれば、こんげしょったれげに、ちょうしてねんだわいや」。    (おまえは、そう言うが、俺からすれば、そんなにきたなく、さわってないぞ)
その瞬間、相方は、僕がキツネにでも憑依されたとか思い、ポカーンと口を開けて驚いている。
このように、危うくなったら、新潟弁を巧みに使って逃げるのである… なっ、ロックだろ!

それが僕のフリージャズであり、「新潟・オブ・ロック」である。  新潟弁万歳… でへへ。
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