2011年11月17日

アフロヘアー

16日、14時半に予約した万代の美容室「髪細工 万里」で、緩めのパーマをかけてきた。
かれこれ、13年ほど通っている店なので、何も言わなくても安心して任せられるのがいい。

だが、髪は次第に細くなっており、パーマをかけられるのも、あとわずかなのかも知れない。
髪を洗った後、排水口を見てしまうのは、哀しい男の性である。

肌が水を弾いていた一頃?、ヘアスタイルは、パンチパーマ(ニグロ)、アフロヘアーにしていた。
僕は黒人ジャズメンの、グルービィーでファンキーなノリを、髪型で表現していたつもりだった。
しかし、世間は、「パンチパーマ」全盛期だったので、誰もそうとは取ってくれずに、気がつけば僕まで 「ツッパリ High School Rock'n Roll」の部類にされていた。
自分では、黒人ピアニストの「ラムゼイ・ルイス」、「リチャード・ティー」あたりをイメージしてたから、その誤解は大変心外であった。

街中では、夜なのに黒いサングラスをかけた変なツッパリから、お仲間だと勘違いされて近寄られることもあり、その度に、「だから俺は、サミー・デイヴィスJr. だ」と、反論して蹴散らしていた。
そんな僕が、別名、「アフロのサミー?」でいられなくなったのは、チェッカーズの出現だった。
「パンチパーマなんて、ダサいよ」と、目覚めた若者たちがこぞって、フミヤに大変身していったために 僕は完全に時代に取り残された、少数民族になってしまったからである。
それを決定ずけた出来事が、夜の古町八番町で、当時の女子大生ブームに乗った、ワンレンの女集団に指をさされて笑われたとき、「ダメだ、こりゃ…」と思ったことが最後だった。
どうせなら、うんこでも投げつけてやればよかったよ。

僕は鏡に映った髪の量を見ながら、「アフロのサミー」だった、あの日に帰りたいと思った…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする