2011年11月08日

豚骨スープ

7日朝刊、6日「BSN杯・高校柔道選手権大会」が中央区で開催されたことを知った。
今年こそは、観戦へ行こうと思っていたが、アー、すっかりと忘れていた。

僕は高校二年のとき、先の秋季大会で個人2位の実績にて、無条件で今大会へ出場した。
試合結果は、それはもう無残な内容で一回戦負け。
過去、個人戦での初戦、こんなにまでコテンパンにされて、負けたことは初めてだった。
その対戦相手は、中越地区ベスト8選手だったので、完全に眼中から外していた。
すでに対戦意識は、準決勝で順当に勝ち上がってくると思われる相手へ意識は飛んでいたからだ。
こういう、思い上がりの精神が一番いけない。

組んだ瞬間、引き手の強さに驚き、自身の得意とする体勢に持ち込もうとした動きに合わせられ、小内刈りで、まずは技ありを取られた…  「こいつ、強えぞ!」
開始線に戻り冷静になるべきはずが、頭に血が上り、今度は強引な組み手から内股で飛び込んだ。
力めば体崩しが甘くなり、手足の方向はバラバラ、動きもバタバタになるので、技がかかるはずない。
それでも体を戻してから、もう一度、角度を変えて内股で飛び込んだが、浮き足立っている軸足に大内刈りをかけられ、背中ごと激しく畳に叩きつけられた…  「完敗だ」
負けたことよりも余計にショックだったことは、その相手が2回戦で負けたことを知ったときだった。

スポーツ観戦とは、どこか自分を投影しているもの。
また、スポーツに打ち込んだ男であれば、誰にでも夢破れた悔しい過去を持っていると思う。
経験した競技であれば、生身の記憶が刻まれているから、胆を落ち着けて静かに観戦できる。
逆にユニフォームを着てまで、同一化して騒いでいる男は、だいたい経験のない競技に終始、感情的になっている姿が大半であろうが、それはそれで良しである。
なぜなら、間延びした顔で、恋愛ドラマばかり観ている男の方が、少し気色悪いとは思わないか。
こうして、男とスポーツは生涯にわたり、切り離せないものとなるのだ。

思い上がった精神を打ちのめされ、ひとりボロ雑巾状態で自宅へ向かう帰り道。
学ランのポケットの小銭を確かめてから、上古町の「きんしゃい亭」へ入った。
ザクザクに切れていた口の中を、豚骨スープが沁みて痛かったのは、青春のいい思い出になっている。

今から、30年前、秋の出来事である。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする