2011年10月11日

年齢クイズ

10日の休日、相方と徒歩で古町方面に出かけた。

万代橋を渡る手前まで、極めて小声のアカペラで、「のど自慢大会」をしていたのも束の間。
今度は橋の真ん中辺りから、すれ違う人を見て、「年齢クイズ」をはじめた。
ルールは簡単で、前から歩いてくる人を互いに指名し、その人の年齢を当てるだけ…?
それには、表情やメイク、服装と髪型、歩く姿勢と持ち物などで判断をする。
そう、すれ違いざまの一瞬(チラ見)で、相手をプロファィリングするのだ。
瞬時の直感力も必要だが、もっともらしい説明も、加えなければならないのがルールである。

 ・「まゆ毛の太さが、バブル期の女みたいなので、40〜45歳ぐらいかな」
 ・「モジャモジャパーマが、売れないフォークソング歌手みたいなので、58〜62歳ぐらいかな」
 ・「ズボンの裾が短すぎて、白い靴下が丸見えの革靴履きなので、50〜55歳ぐらいかな」

まあ、こんな具合に、根拠のない特徴をつかんで、無理矢理に年齢化してしまうのだ。
だったら、その昔、「竹の子族」だった奴らが、今もそんな恰好して歩いているかである。
それこそ、「髪を真ん中わけしている男はドスケベ野郎」と、言われた理屈と同じだよな。
いい加減なクイズと言おうか、ゲームだと言おうか、歩きながらの暇つぶしなんだけどね。
でも、すぐに飽きるのは、正解をその人に聞けないので、せいぜい2〜3人止まりである。
こうして僕は、ふたりでできる、「面白い遊び」を考えては、相方に遊びを、「強要」して困らせている。

女性に年齢を聞くのは、男の愚問である。
僕の年齢は、「36歳の顔を持つ、46歳の男」と、噂されていることは知っている… 噂に問題なし!
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2011年10月10日

秋のレイトショー

映画を観るなら、秋のレイトショーが好きだ。

今秋、劇場作品で、観たい映画が何本かある。
娯楽大作では、「猿の惑星:創世記」、「世界侵略:LA決戦」。
歴史認識を知る上、「連合艦隊司令長官:山本五十六」も候補にある。
本命作品と言えば、12月新潟公開予定の、「カンパニーメン」。 直訳すれば、「会社人間」。
物語は、米国のリーマンショック以降、リストラにあった働き盛りの男達が、どう行動するのかを描いた社会派ヒューマンドラマである。
米国の経済事情を背景に、結果主義の価値観だけに捕われ過ぎた社会を、風刺するような内容かな。
ここで論じても仕方ない… 百聞は一見にしかずだ。

レイトショーの帰り道…
落葉が舞い散る、静かな歩道をゆっくりと歩きながら、僕なりの解釈を考える時間となる。
日曜の夜は、たまに行き交う車の音と、横断歩道の青信号を知らせる拡音器の音ぐらいで、昼の雑音に溢れている万代の街が、嘘のように静けさを帯びている。
そこに肩と肩を並べあった、恋人同士とすれ違ったりすると、クリスマスへの深まりを思わせる。
フト、夜空を見上げると、見事な満月の夜だったら、それはもう、秋のムードが漂って素敵だろうネ。

これこそ、「AUTUMN IN NIIGATA」、そう、「AUTUMN LEAVES」である。
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2011年10月09日

運命の女

女優、鈴木京香のベッドシーンが話題らしい。
映画「セカンド・バージン」で、激しい恋愛シーンを演じたカットは、たまたま昼の番組で見たのだが、その艶かしさに目を奪われた。

40代以上の男からすれば、鈴木京香は憧れの女性像である。
僕も、知的な妖艶さを漂わせている彼女は魅力的だと思う。
だが、憧れる女性が演じるベッドシーンなど、見たくないのが男の純情だ。

この映画は、意地でも観たくない。
だいたい、中途半端な濡れ場シーンを見て何が楽しいのか。
物語上、ベッドシーンは必要なのか。
わざわざ、映画にする必要もあるのかな。
それなら、小向美奈子の体当たりシーンの方が、単純明快のような気もする。
内容は、年下の既婚者との情事であるようだが、物語的に媚びている印象が濃い。

ならば、この映画を推薦する。
2002年米国映画 「運命の女」 (主演:リチャード・ギア & ダイアン・レイン) 
年下の妻を持つ夫の健気な気持と、女が秘める艶かしい、メスの性本能がわかるからだ。
男と女は、「言わぬが花」でありながら、男は女をめぐっては、嫉妬する生きものなのである。

その形によっては、禁断の恋とは破壊的なのだ!
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2011年10月08日

おばさん(2)

第2回 「おばさん講座」のお時間です。
今回のテーマ「フェロモン」について、東京から、アダムタッチを得意とする講師をお招きしました。
ご紹介致します… 「門口 おかず」先生です。 皆様、盛大な拍手でお出迎え下さい… どうぞ?
 
先に結論から言えば、「色気のないおばさん」は、あらゆる形と数ある恋愛対象から外れてしまう。
つまり、男を意識していない女のもとには、男は近寄らないのである。
ここはぜひ、押さえておきたいポイントだ。

女は男を意識して、スキを与えてくれるから、男はその小さなすき間を利用して、アプローチをするのが口説きのセオリーとなる。
そのため、女は香水を振り掛けてモーションをかけてくれたり、夜は少し艶めかしいムードあるメークに変身したりして、その気があれば、男に行動しやすいスペースを与えるのも駆け引きである。
要するに、おばさんも、「フェロモン」を出してこその女なのだ。

その男がイヤであれば、フェロモンを出してはならない。
ただ困ったことに、女がフェロモンを出してもいないのに、無理矢理に強気で口説くおじさんがいるけど、あれは男の負け戦でしかない問題行動だ。
ここは、男をヤンワリとあしらうぐらいの、女の器量がわかるところであろう。
まあ、男が言い寄ってくることは、行けてるおばさんなので、ロマンスはまだまだ続くと思う。
ここぞというとき、フェロモンを出せる女こそが、抱けるおばさんなのである。
しかし、フェロモンを出そうにも出せないおばさんは、それなりのロマンスは… あるのかな?

以上、これを持ちまして、今年2月、新潟駅前で人妻に突き飛ばされた、「クール・ダンディ 門口おかず先生」の講演会を終了させて頂きます…  ご清聴のほど、誠にありがとうございました? 
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2011年10月07日

おばさん(1)

おじさんを書いたなら、「おばさん」も書かねば…  覚悟しいや、なんてネ。

おばさん化にも、はっきりとした、ボーダーラインがある訳でもない。
女性特有の現象が終わったときなのか、それとも見た目年齢であろうか。
個人的には、身だしなみに気を使わなくなったら、劣化したおばさんだと思っている。
年齢は、品格と色気を持ち合わせるが、身だしなみの悪い女性に、男は何も期待しない。

その基準は、「わき毛の処理」にあるとにらんでいる。
わき毛は見えないが、今の内面を映している部分であり、処理は日常の洗顔や歯磨き、男の髭剃りにも値する。
極端だが、女性のわき毛は陰毛と同じく、若干の手入れが必要であり、そこを怠るということは、もはや女性を通り越し、おばさんなのである。

つまり、男に抱かれることを想定しておらず、男と女の情事を放棄したのと同じこと。
だから、色気が薄いので、男から見て抱けない女こそが、「完全なおばさん」として成立するのだ。
実は簡単な、判断基準なのかも知れない。

こんなアホなブログを読んでいる、女性は少ないと思うが、今、わき毛をチェックしてみたらどうだろうか。
いや、もう、無意識にわきの下に指を這わせてたりして。 あなた…もしかして、わき毛、ボウボウ…?
男の気持ち、こっそりと教えちゃいます。
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2011年10月06日

おじさん(4)

おじさんは、更にもう一歩、おじさんに前進したようだ。

これまで、複数の「おじさん化現象」について記してきた。
ここで、もしかしてと思われる、新たな現象を紹介しておきたい。
自宅内で、次の行動を予告するようになってきた。
相方の話をもとに報告すると…
 ・「そろそろ、着替えようかな」
 ・「よーし、風呂に入ろうかな」
 ・「そろそろ、寝っかな」
そう、全てが 「?」(疑問形)なのである。

最近では、「うんこ、すっかな」まで、宣言するので、「黙ってしてこい」とどやされる始末だ。
それは、「俺はここにいるぞ」と、存在を知らしめているようである。
狭い間取りの我が家、どこで何をしているのか、言うほどのことではないが、居場所を宣言してしまう。
それこそ夫婦喧嘩をして、「俺は出て行く」と啖呵を切っても、無意識に自分の行き先を宣言してしまい、家出にならないかも知れない。

そのうち、スーパーで買い物をするときでも…
 ・「今日は、キュウリが高いな」
 ・「おっ、たまごが特売だな」
 ・「海老フライ10本パックが安いぞ」
声に出しながら、買い物かごに入れていたら、少しヤバイよね。

お店でも、「ブランデー30ml… コアントロー15ml …それから」なんて、レシピーを声にしてたりね。
もしかして、誰かにどこかで、見守っていてほしい心理なのかな。
と、言うことは、俺って、寂しいおじさんなのか。

「よっしゃ、飯を食うかな」… あっ、また言った!
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2011年10月05日

おじさん(3)

自分の年齢に、タメ息をついては、愚痴ばかり言っている、おじさんを見かけるときがある。
若者らは、そんなおじさんを見て、「年を取ると、つまらなくなるのかな…」と思うはずだ。
だから、僕らおじさんは、楽しく過ごさなければ、若者に示しがつかない。
おじさんが、湿気菓子のような発想をしながら、若者に無責任なエールを送っているようじゃだめだ。
現実にいいことなんてそう多くないが、人に見られていることを考えれば、そういうネガティブな発想から少しは襟を正せるようになるであろう。

3日夜、テレビ番組「SASUKE 2011 秋」を観ただろうか。
単純に言えば、あんなのは障害物競走である。
あれをクリアーしたところで、何が面白いのかなと思う人もいるだろう。
だが、あれこそ、おじさんの生き方を投影した、ドキュメンタリー番組に思えないか。
地に足が着いていないことにも、一生懸命になっている、あの姿を見て何かを感じないか。
池に落ちたり、泥まみれになったり、制限時間に間に合わなかったり、あれこそ人生そのまんまだ。
それでありながら、笑顔を絶やさず、今をイキイキ生きている姿が共感できる。
若者は、つまらない、「オヤジギャグ」を疎んじているけど、はたして、バカなギャグのひとつも言えないおじさんに魅力を感じるであろうか… 僕は感じないね。

おじさんたちは、名作映画、「ロッキー」の主人公になろうとしているのだ。
つまり、「ロッキー」のように、挑戦できる喜びに、「男の原点」があるのだ。
そこに、恋人エイドリアンの緊張を解した、「オヤジギャグ」があれば、みずみずしいではなかろうか。

「どうでもいいようなことを、何でこんなに夢中になるのか、気が知れない」と言われたことはあるか。
僕は、こう思っている。
容姿は変わるが、いつまでも、「青春の匂い」を感じさせる、おじさんは魅力的である。
少年の目を忘れていない、ひたむきさとでも言おうか…
若者に道標を残していくおじさんは、こういうタイプなんだと思う。

だから、タメ息ばかりついて、「若者の夢を壊すな」である!
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2011年10月04日

おじさん(2)

男はいつから、「おじさん」になるのかな…

ボーダーラインがない分、その判断は見た目の年齢だろうが、寧ろ精神的な面の方が大きいと思う。
それに、青年から中年に変わる、呼び名の切り替えどころもはっきりしていない。
年齢の自覚で判断すれば…
 ・結婚した年齢か子供が産まれた年齢。
 ・誰かを名義に生命保険に加入した年齢。
 ・健康診断でバリウム検査が加わった年齢。
 ・介護保険料を徴収される年齢。
 ・求人募集のおおよそな年齢。
人それぞれであろう。

肉体的な兆しであれば…
 ・髪の量、皮膚のたるみ。
 ・老眼、歯茎の衰え。
 ・足腰の衰え、筋肉痛。
 ・胃もたれ、食が細くなる。
 ・インポテンツ、勃起の角度が中指あたりになったとき。

精神的な兆しであれば…
 ・気力が湧かなくなる。
 ・人の名前がすぐ出てこなくなる。
 ・同窓会で異常にハッスルしてしまう。
 ・雑誌の袋綴じ頁を破かなくなり、女に欲情しなくなる。
 ・自分の行動は遅いのに、人の行動にはせっかちになる。
何かあてはまるであろう。

生活的な兆しであれば…
 ・朝早く目が覚めてしまう。
 ・NHKの国会中継や時代劇を好み、時にはテレビに向かって抗議している。
 ・和室にいる時間が長くなり、和菓子とお茶を好んでしまう。
 ・容姿の清潔感は意識するも、それほど恰好は気にしなくなる。
 ・夕方6時を回ると、仕事をする気力がなくなり、飲みに行きたくなる。
どこかしら、かすっているであろう。

僕は41歳のとき、「逆流性胃腸炎」で、胃カメラを飲んだとき、おのれのおじさんぶりを自覚した。
あれから5年…、更なる「おじさん道」を究めるため、いっそうの努力と精進を重ねて突き進むぞ。
理屈とは違う感性で、年を取るのは楽しいな…ルンルン、嬉しいな…ワクワク、素敵だな…ウキウキ。
もう、「やけくそ」という名のファンタジー、 そう、「ザ・リアル・ファンタジー」だよ! Yeah! (笑)
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2011年10月03日

おじさん(1)

2日夜、韓国映画「アジョシ」を観てきた。
R指定なので、暴力描写が苦手な人にはお薦めできないが、事実として裏の世相があるから、こうして映画で表現されるんだろうね。
今日は映画の感想を書くつもりはなく、タイトル「アジョシ」は日本語で、「おじさん」の意味だそうだ。

僕は正真正銘の「おじさん」だが、「おにいさん」から、初めて「おじさん」と呼ばれたのは41歳だった。
そう呼んだのは、小学三年生の女児で、呼ばれた場所は、鹿児島の桜島が一望できる遊歩道。
「おじさん」の後、続いた言葉は意外だった…

41歳10月秋、2泊3日で相方と鹿児島で過ごした。
現地では、相方の友人夫婦が、車で観光地を案内してくれて、風景は広がり充実感はより増した。
滞在2日目までは、大人4人と先方の女児1人を含む5人で、食事も兼ねて観光名所を巡ったのだが、その子が僕に懐いてしまい、結果的には子守役となってしまった。
正直言うと、僕は、「こども嫌い」なので、上手に相手することはできない。
だが、その子の感性はそんな僕を、「シャイな大人」と感じたらしく、様々な話を聞かされては、次から次へと、子供の遊びにつき合わされてしまった。
こうして、子供の相手もしながら過ごした、晴天に恵まれた2日目の夕方近く。
みんなで桜島の見える場所へ行き、別れまでの時間を名残惜しくも、それぞれ満喫することになった。
桜島を眺めていると、その子が僕の左袖を小さくゆすってから手招きをして、親の目を避けるかのように人目につき難い遊歩道に誘った。
すると、少し寂しそうな目で、下から見上げながら、「おじさん、抱いて…」と両手を差し出した。
僕は自然に高く抱き上げ、強く抱きしめると、少女は「ありがとう」とだけ残して、親もとに走って行った。

最後の夜、宿泊ホテルの展望バーで、相方に今日あった出来事を話した。
わかったことは、子供の教育と夫婦の今後をめぐって、夫婦仲があまりよくないことだった。
親の愛情だからこその衝突だと思うが、その子はそんな両親の冷めた表情を気にかけていたようだ。
親に甘えたい年齢であるが、忙しい共働きとかで、なかなか愛情が伝わらないこともあるんだろう。
あえて僕に懐いて見せたのは、「本当はね、パパとママに甘えたいの…」という表現だったと思う。
子供は想像以上に感性が働くし、言葉が発達していない分、目に表現があることもよくわかった。
そんな出来事を鹿児島の芋焼酎「魔王」を飲みながら語り合い、初めて、「おじさん」と呼ばれて過ごした戸惑いと、自分の子ではない少女と向き合った、2日間を振り返っていた。
「おじさん」であることは、「父親」でもあることを知った、貴重な鹿児島の夜だった…

こうして僕の、「こども嫌い」は、少し直ったようである。
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2011年10月01日

2011 October

10月定休日 
   2日(日) 10日(月/祝) 16日(日) 23日(日)
 < 9日(祝前日営業)、30日(月末日曜営業/深夜1:00) >

 住所   新潟市中央区 東大通2−9−5  (新潟駅万代口周辺からの地図を画面右下に添付)
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 (祝前日営業/月末日曜営業)

【徒然なるままに…】

あの日以来、ブログを書く気が失せていた。
理由はわかっている…  小休止して、呼吸を整えている感じかな。

その間、普段は読まない時代小説を流し読みしたり、持て余したビデオをぼんやり観ながら過ごしたが、意識は集中できなかった。
ひとりになると、彼の笑顔が頭を過ぎり出すので、振り払おうとする日が続いた。
彼の裏に隠された生き様は、極めて退廃的な姿であり、まるで幸福を放棄したような男でもあった。
過去を明かすのは、仁義に反するのでふせる。

最期を看取るまで、一緒にいてやりたかった。
無言で拒んだ、彼の感情に苛まれてしまった。
とは言え、思い出に縛られて、気持がさまよっていたのでは、彼の優しさを裏切ってしまうことになる。
悲しみは、僕だけの悲しみだけではないんだしね。

大切なことに、気づかされた。
昨日とは違う今日だから、気持は生き返れるのだ。

僕は今日、5日ぶりにパソコンの電源を立ち上げた。
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