2011年09月13日

新潟の下町

新潟の古町通りから、北へ一直線に下った町こそが、僕の小さな故郷、下町(しもまち)となる。

しみじみと懐かしむことはないが、いつ行っても所々で記憶がよみがえる下町である。
その風景を目にしたときはもちろん、海風の香りを嗅いだとき、小さな町工場から旋盤の金属音を耳にしたとき、油が焼けたようなすすけた臭いを嗅いだとき。
ずいぶん町工場は減ったが、路地裏の生活臭が漂ってくると、下町に活気があったことを思い出す。
しかも、不思議と楽しかった思い出しか浮かんでこない。

そういう僕は昔から、過去の場所には立ち寄らないタイプだ。
東京と新潟、交互の暮らしに思い出こそあるが、そこに戻って懐かしむ真似はしない。
だから、母校や前に勤めていた会社を懐かしんで、訪ねたことは一度もない。
僕の中で、終わりと決めたら終わりであり、人でない限り、後ろ髪を引かれることはないのだ。

しかし、生まれ育った新潟の下町だけは、そんな乾いた空気をかき消してしまう雰囲気があるんだ。
それは何ごとにも警戒心を持たず、好奇心で育った町だからだと思っている。
下町の気質を表す例に、「下町の人間は、家に鍵なんて掛けやしない」と言われた地域である。
人懐こくも、自分の責任で家族を守る、気概の表れでもあったのだ。

その少しアバウトな下町の気質は、進学校の地域から見ると、何かと誤解の多い町だったようだ。
例えば、泥沼に咲いている蓮の花を見て、「きれいだ」と思えるだろうか。
きれいだと思えたら、きっと僕と仲良くなれると思う。
だが、見た目はきれいでも、「泥沼で咲いている蓮の花であれば、どうせ薄汚い花に決まっている」と思ったら、僕とは相性が合わない人間だと思える。
咲かせようとする花は同じなのに、そういう感性は人間軽視、ひいては無意識な差別につながるからだ。
下町を泥沼に形容している訳ではなく、偶然に生まれ育った家柄や家庭環境、出身校や会社の権威やその履歴書だけで、「人を色眼鏡で見るな」ということだ。
そういう経験があるから、差別意識を平気で口に出すようなタイプは、軽蔑の対象になっている。

新潟の下町には、「サラブレット・タイプ」は少ないが、「ハイブリッド・タイプ」は多い気がする。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする