2011年08月20日

着信履歴

盆、暮、正月になると、ケータイの着信履歴に、懐かしい名前が表示されることが多くなる。

挨拶代わりのメールも楽しいが、久し振りだからこそ、その肉声に嬉しさを感じてしまう。
人間関係を養うため、適度なコミュニケーションの中にも、どうしても仕事や私生活の会話は必須だ。
秘密主義でない限り、互いの近況は知りたくなるだろうし、僕も会えばすっぴんでしゃべるだろう。
つき合いの中で、友人の優しさに触れたりすると、逆に僕も、「彼に優しくしてるかな」と思うことがある。

近年、ケータイやパソコンなどの利便性だけに頼ってしまい、書き言葉だけのつながりでしか、人間関係を図れない人が増えているという。
僕も自身のブログで意見を書いても、それは単に自分の言いたいことを書いただけであり、賛成や反対を求めて、意見交換の場にするつもりはない。
コミュニケーションは、肝心なことほど肉声で交わすことと、顔を合わせることができる上での、ケータイやパソコンの利用であり、それらを健全な延長ツールとして使っているだけのこと。

社会が便利になり過ぎて、書き言葉の往来だけは飛躍したが、会話力は低下しているようだ。
それが当たり前になり過ぎると、腹を割って話ができる友人の存在は次第に少なくなる。
長い時間をかけて作った友人なのに、スナック菓子のような軽いノリだけでは、ハナから中身がなかったとしか言いようがないだろう。
ややこしいようだが、体温を感じる距離でありながら、体温を感じさせられない友人は友人ではない。
気軽に肉声で会話できるのが友人であり、腹を割って話ができるのが、進化した友人の形だと思うね。

この時期、僕の着信履歴は東京の友人である、イニシャル「S,K」の名が連なっている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする