2011年07月31日

2011 August

8月定休日 
   7日(日) 16日(火) 21日(日)

お盆期間
 < 13日 (土) 通常営業  > 
 < 14日 (日) 日曜営業 深夜1:00 >
 < 15日 (月) 通常営業 深夜1:00 >
 < 16日 (火) お盆代休  >   以後、通常通り。

 < 28日 (日) 日曜営業 深夜1:00 >

 住所   新潟市中央区 東大通2−9−5  (新潟駅万代口周辺からの地図を添付)
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 (祝前日営業/月末日曜営業)

【徒然なるままに…】

寝覚めのシャワーを浴びてから、無音の部屋でコーヒーを飲むところから、その日がはじまる。
このパターンは、かれこれ20年間は変わっていない。

用事があるなし構わず、天気のよい日はなるべく外へ出て、仕事までの気分を調整するようにしている。
それが趣味なのかと聞かれれば、ずいぶんとあやふやなんだけど、さりげない時間の中に、少しの刺激を求めているんだと思う。
つまり、習慣で終わるだけの日々だけではなく、すっぴんで何かを感じたいんだ。

僕はブログを書くための前提で、人と会ったり、その場所へ行くことはない。
それを意識すると、自然な感覚で見れなくなる。
ブルース・リーの有名な台詞じゃないが、「考えるな、感じるんだ」の精神である。 アチョー!

だから、徒然なるままなんだ。
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2011年07月30日

健康オタク

男も40代半ばから、更年期障害があるらしい。

テレビCMなどで、サプリメントをはじめ、健康食品から健康器具まで、さまざま取り上げられている。
過去、サプリメントもどきを服用していた。
購入したのは、男の錠剤 「亜鉛」だ。
効能は調べてくれればいいが、効果に個人差はある。
だが、自覚症状のないものを、飲み続けることがおっくうになり、服用をやめた。
それ以来、そういう類を口にすることはなくなった。
誤解ないよう、つけ加えておくが、そっちの方は現役だが、上がるリングがないというか… 冗談だ!

そんな僕は、「一億総健康ブーム」などに影響されず、体に全てを任せておくタイプである。
健康の日課は、「早寝早起き」「ジョギング」「直行直帰」なんて、働き盛りの男がすることじゃない。
健康診断の結果にかこつけて、「禁酒」を理由に帰宅するような男は、ケツの穴が小さい気がする。
酒を飲めない体質だとしても、その場をつきあうぐらいの、前向きな下戸になれないかと思ってしまう。
外食先で、人が食べている物のカロリーを、言い当てている女と同じである。
体の健康を極度に気にし過ぎるあまり、精神構造が四角くなる方が、よほど不健康のように思える。
僕も年齢的に、健康には気を遣うが、うっとうしい、「健康オタク」にはなりたくないね。

世間に蔓延している、健康疑惑に振り回されてたまるか。  【 LET IT BE 】の精神だ。
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2011年07月29日

男の寿命

朝刊で、日本人男性の平均寿命は、「79歳」であることを知った。

僕は46歳なので、単純に人生の60%を生きた計算になる。
平均であるから、79歳までの生存確率は50%であり、33年後は存在していないかも知れない。
存在していたとしても、生命リスクは高いだろうし、リスクパートナーが一緒とも限らない。
そう思えば、人生なんて、結局はひとりで死んで、最後は人任せなんだろうね。

僕の性格からして、肉体を越えた精神の世界に救いを求めることはない。
神だの宗教だの、信仰の自由を否定する気はないが、裏切られることが多すぎる。
寧ろ今になって、神の存在こそが、人間の自由を束縛しているような気もする。
だから、何かにすがりたくても、信用できないのなら、「ひとりでいいや」と思ってしまうのだ。

それに、便宜上だけの人間関係は、40代の早い段階で見切りをつけた。
だから、この先、世間の目を気にしている時間などない。
自分が置かれている立場で、やりたいことをやればいいのだ。
単純に余命40%の確率で考えた場合、いい歳の取り方はしたい。

いい歳の取り方とは、人生の着地点まで、精神的に自由でいられることだと思う。
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2011年07月28日

ストロー論争

暑い日、コーヒーショップで飲む、クラッシュアイス仕立てのコーヒーは格別に美味しい。
飲み方はブラックなので、ストローは必要ない。
カウンターで、手渡されたグラスをヒョイと持って、空いている席に座るだけだ。

そんな周りを見渡すと、大の男がストローでチューチューと、中身を飲んでいる姿がやたら目立つ。
かき回すためのストローなら、まだしも、吸うためのストローなど、男はいらないんじゃないかな。
赤ん坊じゃあるまいし、口紅を塗っている訳でもないんだからね。

僕の小さなこだわりは、昔からストローは使わないこと。
他の男はどうか知らないが、「俺はこうだ」という、小さな表明はあってしかるべきだと思う。
最近は何でも、タダでもらえるモノが溢れていて、もらえることが慣れきっているようである。
タダなら、「とりあえず、何でももらっておこう」とする、浅ましさがみっともない。
いらないモノは、「いらない」と丁寧に断り、使わないモノには、「触れない」価値判断は必要だろう。

だが、気持ちがこもっているモノは、ありがたく使わせてもらっている。
飲食店でおしぼりを手渡しされたら使うし、粗品はちゃんと使うことを前提で頂く。
そういう、社会通念上、気持ちの交換は大切にしなきゃいけないと思っている。
要するに、「無料」じゃなくて、自分の基準で、「いる」「いらない」を判断することじゃないかな。
ホント… 小さなこだわりなんだけどね。

以前、割り箸論争はあったけど、今だ、「男のストロー論争」がないのは不思議である。
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2011年07月26日

夏の読書

夏の書店は新刊も多くなり、書籍在庫も増えて、売場にボリューム感が出るので、つい長居してしまう。

近年急速に普及している、電子書籍は使わないと決めている。
紙質の手触り感覚がないと、どうも読んだ気がしないからだ。

東京在住時、本棚が必要になるほど乱読していた。
毎晩、枕元の読書は習慣であり、移動時間の合間など、バックの中には常に文庫本を忍ばせていた。
休日になると、近くの喫茶店や木陰のベンチに居座り、時には公園の芝生に寝転んで読んでいた。
読む環境に際限をつけないのは、あくまでも気楽な読書だからであり、人に本を薦めたこともなければ、本の感想をしつこく聞いたこともない。
別に構えて、図書館で読むことはないし、文豪が執筆した名作すらにも触れていないので、読み書きの定石も、さっぱりわからない。
それでも、はっきりしていることは、読書が好きなこと。

本の選び方は、僕の興味こそが第一義なので、人からどう思われるかは全く気にしない。
読み方も折り目を気にせず、わしづかみ状態で読み進めていくだけ。
読み終えた本は、部屋の隅で無造作に山積みにしているくらいだから、たいした本でもないだろう。
そんなスタイルは、独身の頃から変わっていないし、本の表紙と内容に見栄を張ったこともない。

ただ、相方からは、ベッドスタンドの灯りが、眩しいと怒られ続けること、十数年あまり。
今の時期、カーテン脇から差し込む、朝の柔らかい陽射しを利用してるので、抗議は間逃れている。

寝る間際の読書だけは、惰性ながらやめられないのである。
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2011年07月25日

休日ふらり(6)

24日、知人が上古町で、手作りのハンバーガーショップを開店した。
店名は 「ふるまち謙sバーガー」

オーナーは元相撲部屋出身で、穏やかな言葉遣いと礼儀正しさに、ひたむきな人柄を感じさせる。
個人的に、料理人の性格が、「調理レシピー」だと思っているので、開店への期待度は高かった。
案内状は頂いていたので、開店の祝い花を持参して、相方と伺わせてもらった。

フードライター気取りなことは書かないが、グリドルで焼くビーフのシズル感に食指を誘われた。
相方も、「ジューシーで美味しかった」と言っており、女の味覚は具体的で素直だと思う。
そんな、門出の初日に立ち会えて、気分良く店を後にしてきた。

時は進み、深夜24時から地デジ化に完全移行と思いきや、自宅の旧型テレビが映るではないか?
なんでも、マンションに有線放送のアンテナが設置されており、デジタル放送をアナログ放送に変換して、映像を見せるサービスを引き続き「2015年」まで、継続するのをただ知らなかっただけ。
この先、寝室と和室のテレビは観る気が失せており、買い替えやアダプターの設置も考えてなかっただけに、なんだか得した気分である。

僕のアナログな鈍感力が、思いも寄らない結果を招いてよかったようだ。
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2011年07月24日

消えた紳士

仕事柄、深夜に帰宅する。

深夜にすれ違う人影は、新聞配達か飲食店関係者と思しき人が多い。
そんな時間なので、自然と顔は覚えるし、微妙な親近感を持つこともある。
最初は軽く会釈程度だが、よく出くわすようになると「こんばんわ」に変わり、気がつけば「おつかれさまです」、「おやすみなさい」になるのが普通の歩みだろう。

その人は深夜の寂しさを、少し埋めてくれるような存在だった。
2〜3ヶ月位の割合で、僕が住むマンションのエントランスで、深夜にすれ違う同じ住民である。
年齢は60代後半に思え、背格好は細身で身長が高く、一見すると夜の仕事のようにも見える。
その紳士的な振る舞いは、経営者らしき風格も自然に漂わせていた。
その人も僕のことを、夜の仕事と思っているらしく、どこか同業の温かい眼差しを向けていた気がした。
しかし、今年3月頃から、めっきりと出くわさなくなったが、別に気にも留めていなかった。

数日前、古町の飲食店事情に詳しいお客さんと雑談をしていたら、その人の存在を知ることになった。
詳しくはふせるが、昔から夜の古町界隈では、名が通っていた人物であることを断片的に知った。
だが、冒頭で聞かされたことは、数ヶ月前に不慮の事故で亡くなっているとのことだった。
「だからか…」、もう二度と深夜に出会うことがない、どこか心寂しさを感じてしまった。
それは、その人と出くわすことで、「深夜まで仕事をしてるのは、自分だけではない」と、実感させてくれたからだと思える。

身近な存在感が、安心な無言劇になっているときがあるものだ。
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2011年07月23日

TAXI.2

22日、中央区の数ヶ所をタクシー1台で、公私の用事を済ませてきた。

万代に住んでいると、さほど自家用車は必要としない。
遠距離はレンタカー、中距離はタクシーと用途は分けている。
たまに、友人の車に同乗させてもらうが、それぞれの街並みや風景を見ながら、会話するのも格別だ。

それが同じ車でも、タクシーになると、気が合うドライバーを選べない。
社交癖はないが、乗車して行き先を告げたときの対応が、そのドライバーを判断する基準とはなる。
会話がスムースであれば、目的地まで世間話をしながら過ごせる。
会話が噛み合わなければ、街の風景を眺めて考え事をして過ごす。
どちらのタイプであろうと、全く気にはしない。
だが、同じ時間と料金であれば、前者のタイプと空気を共有したくなるのは、人の常であろう。

答えのいらない世間話を続けながら、街の風景をぼんやりと眺めている時間が結構好きだ。
偶然乗り合わせた、客とドライバーの関係だが、どこか不思議な仲間意識を感じるからだろう。
タクシーを降りるとき、「また、どこかでお会いしましょう」と、交わした挨拶は心地良かった。

バーも似たような空間であり、何となく仲間意識が生まれているときがある。
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2011年07月20日

オールド・クロウ

小さな音量で、原田芳雄のCD 「Just Some Blues」を流しながら、キーボードを叩いている。

3週間前、何の前触れか、Nさんから頂いたCDであり、遅ればせながら、彼の歌声を初めて聴いた。
19日、俳優でブルースシンガーでもある、原田芳雄が大腸がんのため、71歳でその生涯を終えた。
正直、俳優でも、シンガーとしても興味がなかった。 と言うよりも、縁がなかっただけのことだ。
それでもひとつだけ、気になっていたことがあった。

僕が好きだった俳優、松田優作が「アニキ」として唯一、慕っていた人物だったことである。
松田優作は人間的に気難しく、付き合いは大変だったと聞く。
憧れの相手に対しては、のめり込み方が尋常ではないが、相手に冷めたときには、極端に豹変した態度を見せたともいう。
彼は俳優、原田芳雄の後ろ姿を追いかけ、その後のロックブルースまで、追従したのは逸話だ。
そんな松田は、原田に憧れていた反面、原田の持つ男のオーラに、歪んだ嫉妬心を抱くようになったとも言われていたが、その真相はわからない。
だが、89年に松田が膀胱がんで亡くなった通夜、原田がアニキ分として弔辞を読み上げたという。
これで、はっきりしたと思う。 
原田は、松田の自分に対する嫉妬心を、別に何とも思っていなかったのだ。
その器量の大きさは、伝わってくると思わないか。
やっぱり最後まで、原田芳雄は、松田優作の「アニキ」だったんだ。

ふたりの出会いには、こんなエピソードがある。
松田が新人の頃、ある女優に頼み込んで、原田に引き合わせてもらった。
そのとき、原田はバーボンを飲みながら、「こいつ(松田)とは、長いつきあいになる」と思ったらしい。  
そして、またひとり、「バーボンが似合う男」が姿を消した。

ふたりが飲んだラベルは、「オールド・クロウ」。  バックバーに1本用意してある…
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2011年07月19日

Jazz Talk Vol.6

休日、万代の街を歩いていたら、風に乗って軽快な音楽が聞こえてきた。

スネアのダブルストロークから、打ち鳴らす所を少し外したような、トップシンバルの乾いた一発。
ギターのカッティングが流れると、女性の甲高い歌声がリズムに乗ってきた。
そのまま2階の広場に出ると、音楽専門学校の生徒と思われる、若者たちのステージライブだった。
音楽ジャンルは入り交じってるようだが、しばらく手すりに寄りかかって、その演奏を聴いていた。
シャレた衣装に身を包み、物怖じしないステージパフォーマンスは、楽しく堂々としていたものだ。
若者はこうでなくっちゃいけない!

ジャズで名を馳せた連中ほど、10〜20代の若い頃、生意気な奴らが多かった。
アクが強い分、自己主張も強く、演奏は喧嘩腰で、気に入らなければすぐに脱退をほのめかす。
それだけ、技量に自信があったと思うが、血がにじむような練習も絶対していたと思う。
技量がないのに、反抗的な固まりでは見苦しいが、自分に自信を持つことは悪いことではない。
寧ろ、そのアクの強さが、未来を予感させられたこともあった。

クラブやラウンジの仕事では、誰も音楽を聴いていない環境で演奏することを余儀なくされる。
実は演奏者にとって、これほど、ストレスがたまる仕事もないのである。
だから、彼らが夢見る場所は、「しっかりと聴きに来るお客がいる状態で演奏する」ことなんだ。
当然、ギャラなんて安い… 演奏後、新宿の「石の家」で、出演者たちを偶然見かけたことがある。
彼らが誰かなんかは、普通の人は知らないけど、僕が知る彼らは、「新宿で手練する猛者たち」だった。
ジャズプレイヤーは、個々の個性が強すぎて、バンドとしてはまとまりにくい部分があるけど、ことジャズに関しては、自分のジャズを信じて疑わなかった一面もあったようだ。
若者からすれば、ダサイよと言われるかもしれないが、ストイックな部分は見習えると思わないか。

今は比較的、技量がそこそこでも、誰もがステージに立てるようになった。
広い意味で、みんな音楽のひとつであるから、良し悪しの問題ではなく、それはそれでいい。
何も、音楽以外は何も知らない、「音楽バカ」である必要はないからね。
今の若者は、音楽以外の足場も作っていく、そんな並行した器用さも持っているから心配ないだろう。

当時の実名は公表できないが、店内のジャズ談議では、フィルターはかけていない。
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2011年07月18日

Jazz Talk Vol.5

新潟はジャズに限らず、音楽を大切にしている街である。

今や「新潟ジャズストリート」は、年二回のイベントとして、すっかり定着しているように思える。
感覚的だが、会場や出演者、観客層も年々と広がりを見せているようだ。
そんな願いはただひとつ、継続してもらいたいこと。

現在、音楽は手軽に氾濫しており、特に若者は音楽に飢えた経験は少ないと思う。
時代を引き合いに出せば、ジャズ喫茶で高価なレコードの音源に耳を澄ませたり、小さな箱(ライブハウス)の前列で、神経を研ぎ澄まして聴いていた、あの頃の青春時代が懐かしい。
そんな僕なりに経験した、箱の思い出を少し、【短編風】に書いてみたい。

このグループなら、立ち見も覚悟しなきゃいけないな…
開演時間が少し押した頃、店内の照明が暗くなり、タバコの煙が立ち込めたステージに、数本のダウンライトが浮かび上がる。
客席後方から出てきたメンバーは、一様に緊張した表情で楽器を手にする。
静まりかえった空気は、今から始まるオープニングナンバーに、期待が注がれていることがわかる。
挨拶代わりの息が合ったテーマを終えると、ここからがフリーフォームとなる。
ピアノの指が右に左に、鍵盤上をせわしなく動き回る。
ドラムが右手でレガートしながら、左手でスネアを叩き鳴らし、右足でシンコペーションを踏み鳴らす。
スネア、タムタム、フロアタムの素早い回し打ちの後、トップシンバルの一発に触発されて、サックスが飛び込んで来た。
半音づつ上げながら、ノンブレス奏法で最高音まで登り詰めてくると、ドライブ感も一気に倍化した。
それでも遠慮会釈なしに、スネアの連打から、トップシンバル、サイドシンバルを、「これでもか!」というぐらい打ち鳴らして、強烈にメンバーを煽りまくる。
そして、最後はテーマを2回繰り返し、トップシンバルを引っ叩き、半オープンにしたハイハットを打ち鳴らして、メンバー全員がピシャリと締め括る。
その瞬間、観客の歓声と重低音のタメ息が、会場全体を大きく支配した。

僕なりの臨場感にはなるが、こういう多くの瞬間に立ち会ってきた。
音楽(生演奏)は、瞬間のリアルさが貴重で、だからこそ儚いと思える。
もちろん、それは人に聴かせるものであり、練習の裏づけがあってのことだが、そのへんは聴けば大概はわかるものである。
愛情を持って言えば、上手い下手よりも、「緊張感の全くないジャズは廃れる」と思う。

僕は、ジャズのそんな緊張感も楽しみであり、やっぱり病みつきになっているんだ。
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2011年07月17日

現代日記(2)

普通、自分自身を文章表記する場合、「一人称の主語」を決めなければいけない。

それを「私」、時には「俺」、感情と気分で主語を使い分けしているが、これこそがブログの気楽さと曖昧さではなかろうか。
仮に、「私」だけの主語であれば、懇切丁寧過ぎて、ぐずぐずと長ったらしくなりやすい。
それがもし、人に宛てた文章であった場合、下手をすると慇懃無礼な印象を与えかねない。
極端な「私」表記を避けたいため、「俺」なる表記でバランスを取っているつもりである。
だが、「俺」だけでは、いつも怒の色が強くなり、感情に振り回されている気もする。
そこで主語に、「僕」なる表記を加えて、少し中間感情に幅を持たせたいかと思う。

「私」は普通に上品、「俺」は普通に下品、そして「僕」は普通に中品として、自分の気持にグラデーションをかければ、感情の抑揚は伝わりやすい。
それはまず、自分自身が肩の凝らない自分でありたいと思うからだ。
このように、一般的なルールではない文章は、ブログだから成立するのであり、実は書籍にはできない文章の「タブー」を侵しているのである。

そんなブログであるが、更新頻度を高めるためには、「無理のないコツ」を見つければいいのだ。
だからと言って、感情の赴くままの文章は避けてきたつもりだし、この先も、「議論を目的にした内容」を書くことはないであろう。
適宜、コメントは楽しく読んでいるが、公開されるためのコメントではなく、そのときの状況にあったものだけを公開しており、公開するしないは、他意があってのことではない。
流れに従えば、一方通行こそ、言語のコントロールだと思うし、たかがブログという現代日記だ。
いつ止めてもいい気楽さが、本当の意味で「継続のコツ」になるのでは、と思える今日この頃…

もういい大人なんだけど、無垢で子供のような「僕」も存在している。
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2011年07月16日

Disney Sea.3

東京ディズニーシーのネタだけで、3夜連続も書くのだから、我ながら相当に暇な男である。

予め、相方に「土産はいらない」と言ったはずだが、やっぱり土産は買って来ていた。
とは言っても、「自分用」と言い張るところが相方らしい。
しかも、クッキーとか、バームクーヘンなどの現地限定品。
テーブルに置いてれば、私が自然に手を伸ばすと思ってるようだが、そうは問屋が卸さ…いただきます。

パク、モグモグ、ムシャムシャ… うん、あんまり見た目も味も、そこらと代わり映えしないようだが。
どこで買おうと、同じように思えてしまうが、どうして観光地に行くと買っちゃうのかな。
ムシャムシャ… ゴックン、わかった!  包装紙とか缶だよ缶、ディズニー缶のこと。
お菓子の缶に釣られて、買ってしまうのだ。

その缶ふたを見ると、「ドナルド」やら「ワン公?」のイラストが板金の打ち出しのように、しかも、カラフルに工作されている。
ははーん、テンションの高いときに、調子こいて買ったな。
女がバーゲンセールに、熱狂するのと同じ性分と言おうか、その気持ちはわかる。
だが、問題は食べ終わった後の、ディズニー缶の始末のことだ。

一応、旅の記念なので、捨てるにはもったいない気はするが、だからと言って飾るには邪魔なだけだ。
裁縫缶、文具缶、小物缶… 他に用途はあるのかな… その空いた缶はどうするのかな?
何気なく、そんなことを考えてしまうのである。
おそらく、これを読んだ人も、何かを買うだけ買って、いづれ何かに使うことがあるだろうと言って、実は持て余しているものが、あるのではないだろうか。

私は、そのディズニー缶の行方の方が、気になってしまうのだが…
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2011年07月15日

Disney Sea.2

東京ディズニーシーへ行った、土産話をたっぷり聞かされて、少々ヘロヘロ気味だ…

女は永遠のエンターティメントである!
語り口が夢見る少女のようで、王子様に会って来たかのように生きいきするのだ。

女はディズニーへ行くと、「ミッキーと記念撮影をした」とか、「森の小人たちに囲まれて白雪姫の気分」など、素直に感動できる感性がいい。
男だと着ぐるみの中身が、「パンツ一丁のおっさん」なら面白いなとか、その正体を想像してしまう。
そう考えると、男は夢の演出に現実的と言おうか、鈍感なのかも知れない。
そんな私がディズニーに行ったら、「ほら、ほら、手を振って、振って…」と急かされるであろう。

なので、男がデジカメを扱う役割を志願するのは、突拍子もない夢の世界になじめないからである。
だけどそれは、決してつまらない訳ではない。
その場に身を置きながら、童心に戻ってワクワクしている。
女の表現とは、明らかに異なるのは照れ隠しであり、男のファンタジーは純情なのだと理解すべきだ。

総括。 男は基本的に、「照れ屋さん」である!
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2011年07月14日

Disney Sea.1

13日早朝から、相方は「月イチ会」のメンバーと、「東京ディズニーシー」へ、日帰りに出かけた。

ここであらためて、「月イチ会」を説明すると、読んで字の如く月に一回、仲のいい女性同士(と言っても、おばさんね)だけの、外食をする会である。
会を結成してから、すでに6年となり、新潟駅前と万代周辺の外食事情にはずいぶん詳しい。
だが、たまにこうして気合を入れて、遠出をすることもある。

私は、そんな月イチ会に参加したこともなければ、規制をかけたこともない。
それは月1回、女だけのストレス発散日だから、男があれこれ口出しするのはルール違反となる。
女は女同士の世界があり、たまにそこに行かせないと、女が女でなくなってくるからだ。
別に物分りがいい訳ではなく、昔から好き勝手なことをさせてもらっていた、罪滅ぼしでもある。
だから、相方も好きにさせてるし、家庭が困らない程度で、好きなことをしてもらいたいと思う。

しかし、問題はここからだ。
月イチ会のスケールは、徐々に図々しくも拡大傾向にある。
今度は「韓国食ツアー」なんて、計画が持ち上がっているようだが、おいおい、冗談ではない。
これだけは何としても、断固阻止せねばならない!
以上、東京ディズニーシーの話は相方に聞いてくれ。

そんな13日の営業、ひとりで仕事を終え… あーあ、眠くなってきた、わしゃ、寝るわ…zzzzz
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2011年07月12日

デコピン

11日宵の口、店内で客待ちをしていた。

沈黙も飽きた頃、相方に「あっちむいてホイ」をやろうと持ちかけると、すでにじゃんけんは始まった。
じゃんけんは、圧倒的に私が強いのだが、ゲームの勝敗は、顔を人差指の方向に向かせることである。
それが予想以上に反射神経が良く、上下左右、どの方向にもつられることなく、ことごとくかわされる。
6回目にして、ようやく相方が勝ち、私の顔を「あっちむいてホイ」で左に向けて、ゲームオーバー!

そうしたら、いきなり、私のおでこをめがけて「オリャー」と叫びながら、中指で「デコピン」一発!
「あっ、痛!」… そんなルールは知らないので、唖然としてしばらく立ち尽くしていた。
そんなデコピンで、おでこをはじかれたのは、中学三年以来である。 (どうやら、神戸ルールらしい)
その姿をお客さんに見られたら、どう言い訳しようか一瞬考えるよね。

こうして私らは、街中を歩きながら、突然「しりとり」をはじめたり、お茶を飲みながら、「なぞなぞ」を出し合ったりして、暇な時間をつぶしていることがある。
まあ、正確に言えば、私が遊んでもらっている方が正しいが。

だが、この年齢で、「デコピン」を食らうとは思いもしなかった。   ト・ホ・ホ…
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2011年07月11日

心理テスト

10日、休日は正午に起床。

体中が汗ばんでいたので、そのままシャワーを浴びに行く。
アイスコーヒーを飲みながら、朝刊の見出しにサッと目を通す。
その後、何となくテレビのチャンネルを変えながら、夕方までの時間を過ごす。

お客さんから、こんな心理テストを教えてもらった… 「朝起きて、一番最初にすることは何?」
最初にトイレに行くのは、生理的な欲求だとして、普段の起床はまず、寝覚めのコーヒーを飲む。
夏場は汗ばむ日が多いので、先にシャワーを浴びることが優先となる。

それが何を意味するかと言うと、「セックス直後の行動」らしいのだ。
それで言うと、私はすぐにシャワーを浴びに行くタイプらしく、結構失礼な男に映るようだ。
他に、「歯を磨く」や「顔を洗う」などの答えもあると思うが、何かキスの後に、目の前でマウスウォッシュされているようで、感じが悪いよね。
他にも、「テレビをつける」「マンガを読む」「ゲームをする」なんてのも、あるかも知れないが、義務としてのセックス観ありありだし。
ツワモノにもなると、「ランニングに出かける」「犬の散歩へ行く」なんて答えもあるだろうが、セックスの後、本当にそんな行動をしたら、それこそ、「世にも奇妙な絶倫男」である。
女の答えも、「ゴミを出しに行く」や「トーストを焼く」だとしたら、これまた色気もムードもない女だ。
せっかくだから、こんな心理テストで、遊んでみたらいかがであろうか…

だが、セックスの後、一番ショックなのは、シャワーへサッサと浴びに行かれること…
固形石鹸で「ゴッシゴシ」「ワッサワサ」と、顔面引きつった表情で、体中を全力で洗われていたとき。
…しばらくは、立ち直れないよな  (笑)
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2011年07月09日

うなぎ

我が家では、土用丑の日を待たずして、早速「うなぎ」を食べた。
うなぎを食べると、「精力絶倫マン」になった気がするが、自覚症状がないところが寂しい。

20代の頃、居酒屋で山椒をたっぷりと振りかけて、平気で二枚はペロリと平らげられた。
その食べっぷりを見て、「何だか、今日の夜… 私怖いわ!」と同僚のOLがからかう。
私は投げやりに、「おまえのために、精力をつけているんじゃねえ!」と言い返す。
「だったら何か… 女がフランクフルトを食べていたら、俺が欲情でもするのか」とたたみかける。
すると、「私はそこまでは、言ってません」とピシャリ!
「いや、同じような意味だね」と、これまた口論に発展。

「もう、スケベよねぇ」
「おまえがドスケベだ」
「何だかんだ言って、この後に変なこと考えているでしょ」
「何で俺がうなぎを食べると、スケベになるんだよ」
「だって二枚も食べるなんて、おかしいよ、この人」
「好きなんだからいいだろ、じゃ、おまえも食べろ」
「いいえ、私はシシャモで充分です」
「おまえに食われる、シシャモがかわいそうだ」
当時の会話を再現すると、実にばかばかしいほど、ウブでアホであった。

おやじたち… 20日土用丑の日、食卓に「うなぎ」が上がっていたら気をつけろ。
その日、寝る寸前まで、女は薄化粧を落とさないはずである…  なーんてね。
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2011年07月08日

七夕の短冊

7日、七夕は何か願い事をしましたか…

今週初め、某老人介護施設で過ごしていたら、職員さんから、七夕の短冊を書いて欲しいと言われた。
構えることなく、サラッとペンを走らせたが、裏の白紙にも絵柄を入れたくなった。
手持ち無沙汰に書いた絵が、「へのへのもへじ」。
余白があると、何となく、馬鹿げた絵を書いてしまう癖がある。

そんな短冊を、笹の葉に飾ったのは、幼稚園以来じゃないかな。
願い事と言っても、「パイロットになりたい」なんて書けないので、身近の慎ましい願いとなる。
それこそ、サクマドロップの飴缶から、「どうか、ハッカ味が出ないように」だとか…
よっちゃんイカを買って、「どうか、当たりが出て、もう1個もらえますように」など…
そんな微笑ましいことを考えている方が楽しい。
もう、人生は運命に委ねているからね…

それに、自分の願いだけを求め過ぎず、家族をはじめ、日常的に関わりある知人や天変地異。
取り分け、私の場合、お店の末長いお客さんも、その願いの中の大きなひとつになっている。

それは、いつでもつながれる、身近な場所でありたいからである。
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2011年07月07日

不在訪問

6日、16時に予約していた、歯科医院の定期検診が早く終わったので、後の時間を少し持て余した。

夕方はそんなに暑くないので、気分転換に自転車で八千代橋を渡り、古町方面に出た。
最初に向かった先は、現在内装工事中で、近々に古町で個性的な飲食店を開店する、若きオーナーの陣中見舞いへ伺ったが、シャッターが閉まっており不在。
続いて、古町通りを下り、本町で会社を経営している、友人のオフィスビル9階の一室を訪ねるが、これまた施錠がされており不在。

今日は「人と縁がないなぁ…」と思ったが、夕方の忙しい時間帯にアポイントもせず、気まぐれでフラフラと訪ねているんだから、そりゃ仕事中の相手も迷惑だわな。
何か少年時代の夏休み、遊びに連れて行ってくれる人が誰もいなくて、野球道具を持って友人の家に遊びに行ったものの、家族旅行に出かけていて、余計に寂しさを感じてしまった心境である。

そのまま、しょぼくれて、万代橋を錆びた自転車で、“キコキコキコキコ…”と漕ぎながら一時帰宅。
少し見方を変えれば、会いに行って不在であっても、開店19時以降になれば、今度は会いに来てくれるお客さん方もいる訳である。
そう思えば、寂しいなんて気持ちにはならないね。
私ら夜型人間は、夕方17時を回る頃になると、時間を気にするようになり、必然的にローギアが入る。

そんな店の仕込み準備が済んでいる日だけの午後限定… 暇なんで、誰か遊んでくれないかなぁ〜。
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