2011年06月07日

老化現象

6日、新刊の文庫本を購入した後、万代の某コーヒーショップで表紙を開いた。

新刊は紙質に光沢もあり、ページが少しめくりずらい。
それがミステリー小説のように、展開が早いと先を急いでしまい、次のページをめくりたくなる。
だが、年齢のせいか、指の脂分が減ってしまい、思うようにページを「ピッ」という具合にめくれない。
だから、やたら親指と人差指を「ペロッ」と一瞬舐めてから、ページをめくるしぐさが多くなった。

その一瞬のしぐさが年寄り臭いので、止めるようにはしたが、今度はわざわざグラスの水滴を指につけてからめくる、指の動きが妙にうっとうしく思える。
それは、輸入盤のCDフィルムを上手に開けられずに、爪をプラスチックケースに引っ掛けて、カリカリと角度を変えながら剥いている、不器用さにどこか似ている。

そういえば、爪にも白い縦シワが入るようになったのは、どうやら老化現象らしい。
そろそろ、滑り止めの「指サック」を用意しながらも、「老眼鏡」や「ルーペ」も必要になるのかな。
でも、まだ早いよな… うん、絶対に早いと自分に言い聞かせる私である。

来るなら来やがれ、老化現象! 脳天カラ竹割チョップ 地獄突き 卍固め アントニオ猪木 ダァー? 
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2011年06月06日

銭湯の神様

銭湯には神様がいる!

理不尽なことで怒られようが、言い方が横柄であろうが、番台で居眠りをしていようとも…
誰からも、何も言われない存在、その方こそ、番台のお婆さんである。
なぜ、銭湯の神様になるのか、今からその理由をご説明しよう。

番台のお婆さんは何十年もの間、もう何万本…いや、何十万本という男のチンボルを見て生きてきた。
見慣れているので、男に対する恥じらいは消えて、堂々と図々しくもなれる。
若い女が純情なのは、男のチンボルを見てないからであり、見慣れてくると勇ましくなるのと同じだ。

どんな男でも、女にチンボルを見られたら、全てを捧げて服従するしかない。
それを逆らってしまったら、チンボルを酷評されて、口コミで大笑いされてしまうからだ。
着衣とは強い存在であり、脱衣は弱い存在となる。

だから、番台のお婆さんは、「銭湯の神様」になれるのだ! (番台の猫は守護神だ)
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2011年06月05日

最後の晩餐

日本には、ダンディズムがないよな…。

一国の首相が、震災の復興をメドに辞任すると断言したら、辞めることばかり取り上げるんだからさ。
おまけに「うそつき」だ、「ペテン師」だの、言論の民主化も貧しく感じる。

言いたいことは普通にわかるよ。
人は辞めると言ったら、意識は低下して、責任逃れすると言うんでしょ。
ついでに組織だから、人の代わりはいくらでもいるとでも言うんでしょ。
誰もが使う、この機械的なアプローチは何とかならないのかな。
どこか人間性を欠いた、冷たさを感じてしまうのだ。

昔読んだ、海外小説の場面を思い出した。
イタリアのマフィアのボスが、レストランでディナーを愉しんでいた。
だが、窓の外から、敵対組織のスナイパーがボスの額を照準にして、ライフルのスコープを絞っていた。
引き金を引けば、それで終わりだ。
撃とうとしたその時、隣で見届けていた組織の男が「待て」と静止して、いったん銃を置かせた。
「あの極上ワインを飲み干してからでも、遅くはないだろう…」と一言。
そして、最後の一口を飲み終えた瞬間、銃口からはじき出された弾丸が火を噴いた!
うろ覚えを再現してみたが、こんな場面だったと記憶している。
マフィアの抗争は別にしても、「男のダンディズム」は感じるであろう… つまり、粋なんだよね。

そんなパワーゲームに興じている日本の男たちは、ことごとくスーツの似合わない国民である。
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2011年06月03日

運命共同体

2日夕方、万代で手にした号外の見出しは、白ヌキで「菅首相 辞意表明」だった。
これではっきりしたことは、どんな組織でも一枚岩にはなれないということ。

先週、日本相撲協会の放駒理事長が、組織の一枚岩を強調してたが、どんな形も不変ではない。
今まで、どれだけの組織が一枚岩を強調していながら、どれだけの組織が解散したであろうか。
初心の志、当初の結束力にはウソはないと思うし、その瞬間こそが一番輝いて見える。
だが、一枚岩という言葉を使い出し始めたときには、もう組織のほころびが見え隠れしている。
それは、人には「信じたい」という本能があり、実は自分達に向けている言葉だからである。

私が24歳の頃、同じ会社の常務取締役43歳に、酒席で「ついていきます!」と豪語した。
その言葉は純真無垢で、ウソ偽りのない、それこそ若さ丸出しだった。
そんな常務は、「人の考えは変わるぞ…」とだけつぶやいた。
今思えば、「物わかりよく従順ぶるな…」と警告されていたのだと思う。
2年後…  考え方は微妙に変わってきて、お互い理想を求めて離れた。

民主党は政権を取るまでは、一枚岩で攻め続けたから、国民の吸引力も高かった。
しかし、政権を取ったら、権力争いに走り出してしまい、現在はこの有様である。
だから、組織の一枚岩などないと思っている。
それがあるとしたら、ただひとつ… 外部に共通の敵が現れたときだけだ!

その意味では、1日のサッカー日本代表や五輪なんかは、とてもわかりやすい例であろう。
強いて加えれば、高校野球の甲子園大会も少し似ている。
そんな集団心理を、巧みに政治誘導したのが、反日デモに代表される中国の狡猾さだと思う。

一枚岩とは、共通の敵がいてこそ、運命共同体になれるのだ… それ以外は、いずれ崩壊する。
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2011年06月02日

国旗国歌訴訟

国旗国歌訴訟裁判で、元教師の主張は退けられて敗訴した。

愛国心と軍国心は、別問題だと考えているので当然の結果に思える。
近年、こうした枝葉にまで及ぶ、見直しや訴えを起こす風潮がある。
仕組として成立していることにまで、神経過敏になっているようだ。

例えば男女平等で、トイレの表示色も議論の対象とされたが、何が問題なのか理屈が解らない。
問題なく社会に定着してきたことを、だからと言ってどうしたいのかと思う。

10年ほど前、「なぜ人を殺してはいけないのですか」とかいう、タイトル本が話題になった。
ばかばかしくて、読む気にもならなかったが、ダメなことはダメでいいのだ。
説明過多になり過ぎたから、どんどん社会が幼稚化傾向になってきたと思える。

石原都知事の強権ぶりは、ある意味では人を惹き付ける面がある。
それは混迷しているとき、断固として言い切るだけの言語に迫力があるからだ。
そんな日本人は、断言力を持つリーダーに文句を言いつつも、本当は居心地がいいのかも知れない。
再選した理由のひとつには、断言力が共感されているようにも思えるのだ。

判決に戻るが、国旗国歌を否定してどうなるの。
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2011年06月01日

流作場五差路

31日、東大通で友人が経営する会社が移転するので、陣中見舞いに訪ねたら既に箱は空だった。
移転先は分かっているので、落ち着いた頃を見計らって、顔を出そうかと思っている。

万代に移り住み13年になる。
それでも地元を意識したのは、ここ2〜3年であり、それまでは特別な感情を抱かなかった。
今では街を歩けば、よく知り合いと出会うぐらい、顔見知りも多くなってきた。
それを愛着と思うか、うとましいと思うかは性格にもよるが、私は「愛着」が先行するタイプのようだ。

10年前から、万代地区はマンション建設のラッシュもあり、ずいぶん都会的になってきた。
新潟駅に近いこともあり、さりげないカクテル語が漂う雰囲気もある。
当店の住所は東大通ではあるが、不完全に万代や沼垂とも交差している流作場五差路にほど近く、良くも悪くも、表情が豊かな街だと思える。
都会のような、クールな洗練さもあれば、空々しい無関心な一面もある。
田舎のような、ホットな人情味もあれば、人を色眼鏡で見る一面もある。
それらを全てひっくるめて、「流作場五差路」( 東大通 万代 沼垂 )なのであろうか。

夜の街は、お世辞にも活気があるとは言えないが、仕事帰りに自然と会話に加われる雰囲気はある。
ただし、人の輪に入ることはできても、そこから先のつきあいができるかどうかは個人差があろう。

こんな周辺環境だが、興味を覚えたらぜひ、この街で飲んで過ごしてほしい。
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