2011年06月30日

アナログ

アー、最低限のシンプルな電化製品に包まれて暮らしたい…

先日、新潟駅構内の家電量販店まで、ブルーレイレコーダーを購入しに出かけた。
広い店内を見渡すと、やたらカタカナにアルファベットが多い、専門用語の掲示物が目に付く。
電化製品の学習はしていないので、専門用語がわからないのは当然であるが、それにしても和製英語のような新語が、認識の許容範囲を越えているようにさえ思える量だ。
会計もポイント何%還元や、特典に次ぐ特典で切り替えを勧められては、毎回お得な手続きとやらで、時間を大幅に取られてしまう。
何だか、ドサクサ紛れの売買にあっているようでならない。

最近はさすがに、専門用語の説明に酔い痴れた店員が少なくなったので、いくぶんかは、親切、丁寧、わかりやすくなったものの、まだアナログ思考の私には理解が難しい。
きっと店員は説明しながら、「重いなぁ…」とか思っているのだろうが、オヤジの俺にも言い分はある。
「だったら、小学生のガキにも、わかるように説明してみ… て下さいね (^.^)b」 あっ、へりくだった!

テレビ画面のアナログ表示は消えたが、私の頭の中のアナログ表示は消えないであろう。
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2011年06月29日

昼間のパパ

今年も、新潟市産業振興センターで開催された、某フェスタに出かけた。

移動は28日正午過ぎ、Kさんが運転する車に、相方と同乗させてもらい会場入りした。
別班のホットラインも、それぞれが会場に向かっていると思われる。

主に専門業者向けの展示販売会なので、各ブースに陳列されている商材に加え、営業のエキスパートが常時待機している、本格的な会場セッティングだった。
招待はされたものの、私ら門外漢には、野次馬の好奇心でしかないのは本音である。
それでも、営業マンの邪魔にならないように行動し、飲食ブースに着席してから、見渡すこと約40分。

会場の至るところでは、商談が行なわれており、夜の当店カウンターで見せる「酔いどれ」の片鱗もなくそりゃもう、昼間のパパに大変身している。
笑顔のアプローチから、絶妙なセールストーク、引き締まったクロージング。
会場全体は、男女プロデュースチームが目配りし、アトラクションでは、「Mr.メロンパン」が大活躍。
やっぱり、昼間のパパはこうでなくっちゃね!

また来年、別名 「サクラ隊」は、人数をパワーアップして、会場を盛り下げ(?)まっせ〜い。
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2011年06月28日

2011 July

 7月定休日 
   3日(日) 10日(日) 18日(月) 24日(日)  
 < 17日 (日) 祝前営業  > 
 < 31日 (日) 日曜営業 深夜1:00まで >

 住所   新潟市中央区 東大通2−9−5  (新潟駅万代口周辺からの地図を添付)
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 (祝前日営業/月末日曜営業)

【徒然なるままに…】

梅雨本場の連日。
街中の至るところに、「紫陽花」が咲いている。
最も雨に似合う花だ。
神秘的な薄紫色が、妖艶な女性を感じさせる。
形も弧を描いた丸みが、気持ちを穏やかにしてくれる。

喫茶店の窓から、小粒の雨にうたれている紫陽花を見ながら、紅茶とシフォンケーキで過ごす。
BGMは「雨音はショパンの調べ」(小林麻美)が、静かに鳴り響いていたら、ムードあるよね。
紫陽花とは、「梅雨の化身」なのである。

…オッホン、 イメージは自由だ〜!
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2011年06月27日

親子関係

24日夜、兵庫から、単身赴任中のNくん(25)の母親が、初めて新潟にお越しになった。

偶然、その場に居合わせた、顔なじみのお客さんとも、「初めまして、遠路はるばる、ようこそ新潟へ」と挨拶もそこそこ、こうして長い夜が始まった。

私も東京時代、帰省がままならない頃、親に新幹線の切符を送って、上京してもらったことがあった。
毎日、顔を合わせている親子関係とは違い、その新鮮さに一喜一憂しながらも、知らず知らずのうちに、残りの時間も考えるようになっていた。
親だからこそ、気丈に振舞っているが、心身の衰えは目に見えてわかってくる。
それが、歩く後ろ姿だったり、フト見た表情であったり、「これから、戸惑いや焦りを覚えてくるのかな…」と、予感させられたものだ。
誰でも通る道筋なんだけど、なかなかひとりでは整理をつけられないのが、現状ではあるまいか。

親子は、生活場所が離れていても、意外と深い愛情が出来上がっていたりする。
だからと言い、ほったらかしにするんじゃなく、たまに愛情を表現することが、最高の親子関係になれる。
いくつになっても、「尊敬する人は両親です」という人がいるけど、子が親を尊敬するのは自然なことだ。
親も子から尊敬されるよう、晩節意識を持つ訳だから、恥かしがらずに両者を深めればいいと思う。

だから、素直なNくんの姿を、ブログという記憶に書き残しておいた。
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2011年06月25日

食の暴君

冷やし中華を食べ直した。
具材は同様、関本製麺の中華麺とスープ。
もう味覚は万全なので、今回は「超人盛り」(三人前)をペロッと平らげた… ウー、苦しい。
冷やし中華の良さは、ありあわせの材料で作れ、あれこれ能書きがないのがいい。

一頃、世間ではラーメンブームが、とどまるところを知らなかった。
背脂なんちゃら系、ニューウェーブだ、ラーメン王だの、その情報だけでも腹が一杯になった。
暖簾をくぐると、隣の席にいた客がスープの匂いを大げさに、手で扇いで嗅いだかと思ったら、今度は、ペチャペチャと下品な音を立て始めた。
食べながら、首を傾げては、ケータイでラーメンレポートでも投稿しているような、行儀の悪い客の姿を見たことあるが、せっかくの食事の時間を嫌な気分にさせられた。
どんなレポートなのか、読んでみたい気もしたが、箸の使い方と食べ方を見たら、その気は失せた。

ラーメンは麺だスープだ、ほれトッピングだと、庶民の食べ物をグルメ構造に変えてしまった。
それ自体、未来型のラーメンでいいのだが、同時に不快な客も大量発生させた。
人が美味しく食べている店なのに、根拠のない自分の舌にご満悦して、不味いと横槍を入れては平気で空気を壊す客を見るようになった。
だから、調子よく「美味い」だ「不味い」と口にして、人の気分を害するマネは避けてきたつもりだ。
意見を求められれば、言葉を選ぶが、そうでない限り、全部を表現する必要はないと思う。

そりゃ俗に、高級食材やグランメゾンと呼ばれるコース、衛生面に関わることは別だが、貧乏性の私は、「黙って食べる」ことをモットーにしている。
高級なモノを食べてきた訳でないが、能書きだらけの「食の充実」って、どこかおかしくないか?

儀礼文化の日本人として、行き過ぎた「食の暴君」みたいなマネは、止した方がいいと思っている。
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2011年06月23日

極道の妻

20歳のとき、現さいたま市の大宮区東町で、ひとり暮らしをしていた。

遊ぶ金もなく、木造アパートは4.5畳一間、家賃¥15.000。
共同玄関、共同便所、共同台所、風呂なし、狭い玄関に流し台だけ。
引越しの挨拶ぐらいしておかないと、後々、気まずくなりそうな雰囲気の佇まいだった。

部屋の家財道具は衣類と布団、ラジオだけの生活を約1年3ヶ月。
冷暖房器具もなく、熱帯夜は大宮駅で入場券を買って、京浜東北線に乗って涼んでいた。
秘かな愉しみは、定食屋で観る、金曜8時の新日本プロレス中継だけ。
今思えば、自由奔放な10代にいったん見切りをつけて、見知らぬ街にまぎれ込んでみたのだ。

それでも、たまに人恋しくなり、ひとりで大宮南銀座に出かけた。
その頃、駅前開発の規制前だったので、初老の方が営んでいる屋台が多かった。
身の丈が低いので、場末の安酒場しか入れなかったけど、食中毒にはなるわ、常連のおばさんに誘惑されるわ、それはそれで社会との接点として楽しかった。

ある夜、隣でたこやき屋台を営む、「姉御風のおばさん」が暖簾をめくってこう言った。
「イイ若いモンが、なにひとりで飲んでるんだい… よーし、任しておき!」とだけ言うと、しばらくしてから少し影を感じる18歳の女を隣にあてがってきた。
「しばらくこの子頼むよ。 足が出たら、こっちに請求書回しな」と、そのまま商売に戻った。
「この女、美人局かな」 と警戒したが、家出娘らしく、姉御さんの屋台を手伝っているという。

「特別な夜」 とはいかなかったけど、ツケなどに甘えず、身銭で払ったことだけは自慢かな。
もし、その気になったとしても、冒頭で紹介した 「私生活」 に招待できるはずないし (笑)
姉御さんは 「積極的に女の幸せを掴みにお行き!」と、その子を紹介したのかも知れないが、それが商売だったとしても、孤独であった 「20歳の男」 には嬉しかったものだ。

2年後… 既に大宮の地を離れ、いったん新潟に舞い戻っていた22歳。
深夜、仕事帰りに立ち寄ったコンビニで雑誌をペラペラとめくっていたら、写真大きく、「極道の妻たち」と特集されていたページに、あのときの「姉御さん」がエプロン姿で載っているではないか。

記事はうろ覚えだが、屋台を営みながら、街の番人として、地元にその人ありの存在という。
当時なら、買い物ひとつするにしても、高級車で若い衆に送迎され、リビングの革張りソファーで過ごし、悠々自適な外食三昧の生活は出来ると思うが、それは浮かれた 「愛人レベル」 の話だ。
働くことそのものが、昭和の激動を生き抜いてきた、「誇り高き本妻のプライド」 なんだろうね。

粋で気風のいい姉さんとは、こういう女性のこと。
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2011年06月22日

冷やし中華

21日、店へ向かう間際、プリンロールを頬張ったら、普段の甘さを感じなかった…

食の好物に、「冷やし中華」がある。
一年中でもいいぐらいだが、家庭で食べる分には、万代の食品スーパーに並んだときが旬となる。
だが今年は、いつものスーパーに並ぶはずである、関本製麺の冷やし中華がどこにも見当たらない。
急遽、それだけを探しに、本町の食品スーパーへ行くと… あった、あった!
ついでに焼豚も買って、冷蔵庫の食材とバッティングさせれば、今年最初の「冷やし中華」である。

仕事も終わり、帰りがけの頭の中では、「冷チュー♪ 冷チュー♪ ランランラン… ♪」の大合唱!
台所では、相方が用意してくれた、具材が色とりどりに並んでいる。
時計回りに紹介すると、キュウリの千切り 錦糸たまご 焼豚 紅生姜 白胡麻 練辛子。
そして、関本製麺の中華麺とスープ、そこに酢を少々… はい、出来上がり!
これぞ、我が家で食べる、ジャーン、「自家製冷やし中華」だ。 いただきます!

「オッシャー!」 まずは山盛りの中央から大きくかき回して、「オリャー!」 と頬張る。
ムシャ、ムシャ、ムシャ… 「ん」 ムシャ、ムシャ… 「え」 なんだ? 味がしないぞ。
わかった… 夕方に甘さが薄く感じていたのは、鼻かぜの前兆だったんだ、し、しまった。

まあ少しでも、味覚が戻せないかと、鼻を強くかんだり、蒸気で鼻を潤わせたり、舌をタオルで拭いたり、さまざまな方法を試みたが全く効果なし…  そうなれば奥の手だ。
鼻毛を指で無理矢理引っ張り、くしゃみをしたその一瞬だけ、味覚が戻ることに賭けたが効果なし。
そんな挑戦に反応した具材は、練辛子の辛くもない辛子風味だけが、ほんの一瞬通り過ぎただけ。

あぁー わざわざ買出しに行き、相方に用意してもらった具材は何だったのか。
はぁー 味覚がないというのは、人の気持をここまで落ち込ませるものなのか。
いゃー 何が、「冷チュー♪ 冷チュー♪ ランランラン… ♪」だ…  俺はアホか。

今、私の両方の鼻の穴には、ティシュペーパーがねじりこまれている。  おそるべし…鼻かぜ!
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2011年06月21日

爆笑地獄

20日朝刊、北陸地方で集団食中毒を発生させて、現在は営業禁止処分になっている焼肉チェーン店の屋根裏に男(48)が侵入し、警報装置による通報で現行犯逮捕された。
聴取では、「何が何だか、わからない…」などと、摩訶不思議な供述(コメント)をしていたらしい。

俗に言う「B級ニュース」では、事件を起した容疑者のコメントを興味深く聞いてしまう。
その前に、どうしてコメントに興味を持つようになったのかを、簡単に書いておきたい。

25歳の頃、東京で仕事を任された先の飲食店で、窃盗犯(25)を現行犯で取り押えたことがある。
その店では以前からマークされていた、男女5名ほどのグループで、主犯と思しき男も含んでいた。
情報は得ていたので、早速2人がかりで客の中にまぎれこみながら、その現場を押さえた。
警察が来るまで、男の背後を羽交い絞めで固めておくこと約5分。
その間、至近距離で硬直状態が続く中、そいつは意味のわからないことを口走り出してきた。
覚えている部分を再現すると、「人を許すことで成長…#$%&!」だの、「神の意思に反する…#$%&!」などと抜かしやがる。
「ハァーッ、疲れる…」(ため息をついて肩を落とす)と思いながらも、もう一度左腕を軽く絞り上げたことは言うまでもない。

人は稚拙な極限状態や、差し当たりの理由が見えない行為については、子供並みのコメントをするものであり、聞いている方からすれば、それが楽しかったりする。
例えば、ベランダに干してあった、女の下着を釣竿で引っ掛けてた現行犯は、何とコメントするのかな…
「明日、佐渡へ釣りに行くので、シャドーフィッシングの練習を兼ねて…」とか?
それとも、空き巣に入ったついでに、調子こいて風呂に入っていた現行犯は、何とコメントするのかな…
「今日は銭湯が休みなので…、いやいや、ちゃんとお代は置いていくつもりでした」とか?
何か、アホな事件を起した男の答を、先読みするのも楽しいんだよね。
屋根裏の男のコメントも、下手な芸人よりも、はるかに笑えたりする。
B級ニュースも断じて許し難いが、そのコメントで「爆笑地獄」に叩き落されてしまうこともある。

こういう「ウルトラ級」の奴とは、遭遇しないことを願うまでだ…
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2011年06月20日

男女関係

もしも、私が女であり、男から食事へ誘われたなら、こうリクエストするであろう。
二軒目は、「普段、あなたが使っている、お店に連れて行って…」と。
その男を知るには、角度の高い質問だと思わないか。

一軒目では、その男のセンスがわかる。
デートなので、少し背伸びをするだろうが、男の純情に女は優しく寄り添うべきだ。
二軒目こそ、その男の素顔がわかる。
どんなタイプの店で、どんな身の置きかたをしているのか、男の普段がわかるだろう。
「この人、自然でいいなぁ…」と思えば、その夜にでも、「大人のつきあい」に発展すればいい。

職業柄、男女の関係は知るところになるが、興味本意に詮索したりはしない。
大人同士の貞操観念なんだから、互いにルールを一線引いて、つきあえばいいかと思う。
それは結婚を前提にしたつきあいなのか、互いの本能に火がついた上でのことなのか、そのパターンは色々だろうが、「惹きあった結果が、素直な関係だった」としか言いようがないだろう。
私見だが、最近の女の母性は、男を凌駕しているようにも思えてしまう。

今夏のお盆休み、東京から「金冷法」を30年間も実践している友人が帰省する。 …ほら、がんばれ!
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2011年06月19日

父性の日

18日、Nさんから、貴重な年代ボトル 「サントリーレッド」(丸瓶)を頂いた。
興味のある人は、当店のショーウィンドに陳列したので、古き酒場の情感を懐かしんでほしい。

ウイスキーとは…「父性」である。  コレ、俺の持論! 
酒場でウイスキーを飲むとき、自由な対話の中にも、どこか「人生の型」を感じさせてくれる。
社会人になりたての頃、ウイスキーを飲みながら、色々なことを教えてもらったし、わからせてもらった。
キザな言い方をすれば、ボトルのラベルを見ながら、ロックグラスに注がれた琥珀色の原酒を無意識に回しては、深夜まで胸襟を開いて対話したものだ… それだけではない。
ひとりで静かにグラスを傾けて、自分自身に向けた時間を作ったりもした。
その上で、心が許せるバーでもあれば、人生に張りが出るものだ。
そんな、何かの節目であったり、自分なりのペースで再訪できる店の一軒を持ちたいと思うのは、すでに「ひとりの時間を過ごせる大人」になっている証しかも知れない。

そして、丸瓶のラベルを眺めながら思った。
バーとは、人と人がつながり合える場所なのでは…。
さながら、私は静かに人に寄り添っている存在であろうか。
同時にお客さんからも、寄り添われていることに感謝しなければならない。

それは、男と女の関係にも似ている。
蜜月状態もあれば、別居状態のときもあるし、もう何年も続いている場所、そんな関係にも思える。
だから、ラベルはその男の顔にも見える。
何でもいいと言う客の顔は、何でもいい顔に見えるし、ラベルを指定する客には、背景を感じるものだ。
そんな丸瓶のラベルが、Nさんに見えるのは「情熱の赤」なのか、それとも、ただの酔っ払いの「赤ら顔」なのかはわからないが、ラベルとは「男の顔」に似るもんである…(笑) ありがとうございました。

今日19日は、「父の日」である。 たまにゃ、父性について考えてみようかな…
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2011年06月17日

新潟地震

1964年6月16日、新潟地震から47年…

今年ほど具体的な想定の下、真剣な避難訓練が行なわれた年はないと思える。
我がオレンジ色の母校でも、全校生徒が校区の自治会と連携し、救助訓練を実施したという。
特に、海抜ゼロ地域による津波の危険性に加えて、高齢者が多い町だけに若い力は頼もしい。
何よりも、「自分たちの町は、自分たちで守ろう」とする団結心がいい。
それこそ、下町の本当の心意気である。

そんな下町出身の私であるが、良くも悪くも、昔の下町気質は知っているつもりだ。
カッコよく見られたいから、まずは外見から目立とうとしていた。
目立つためには、世の中のルールに逆らって、悪を気取るのが一番手っ取り早い。
だが、カラスの生態と同じで、群れていないと敵を攻撃できず、一人になればおとなしくなる。
早い話、あの頃の悪ガキは、本当の悪になるほどの性根はなかったと思う!
ただ、牧歌的な一面は持っていた…。

若いときは、誰もが爆発力を秘めている。
それこそ、「三年寝太郎」のような、普段は怠け者でいながら、いざとなったら村を洪水から救ったようなカッコよさもあっていい。
そのカッコよさは、身を呈して人を助けるとか、人のためになることだと思える。
地域と連携した舞台は出来ているんだから、それを活かそうと思えば、災害こそ最高の見せ場になる。
だが、それがないことが祈りだが…
 
下町の若者に気持ちを託す一人として、その心意気だけは、つないでいってもらいたい。
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2011年06月16日

絶対無理

私の世代、青春のビッグアイドルは、「キャンディーズ」に「ピンクレディ」。
それが、80年代に入ると、「松田聖子」や「中森明菜」が若者を席巻した。

自身、アイドル全盛の頃、その熱狂を横目に「我関せず」なタイプだった。
当然、その後に大ブームとなる、「おニャン子クラブ」など知る由もない。
お色気ブームで、夜の街に大量発生した、「ワンレン・ボディコン・爪長・ハイヒール」の横暴なパンチラ女にも全く興味なし。
だいたい、夜中にしか会えないような、メイクとルックスでは困る。
そんな訳で、仮想の世界にふけたり、擬似恋愛を描いたり、ヒロイズムしたことはない。

現実思考なので、会ったこともない女性に、一方的に好意を抱くことはなかった。
全ては生活圏で見かけた、自然な笑顔が似合う女性であったり、近距離の子がアイドルになる。
例えば、美容室の子とか、スーパーの何番レジの子だとか、クリーニング店の受付の子など…。
生活圏の中で、アイドルを作っていれば、叶わぬ遠くの存在を見なくなる。
誰もが夢見る本当のアイドルとは、実は「近すぎて見えない存在」だったりするのではなかろうか。

だが、我々おじさんにとってのアイドルとは、チラ見するだけで指さえ触れてはいけない。
調子に乗って声をかけたりすると、「絶対無理!」と、嫌な顔をされてしまうであろう。
そう言いながら、テレビに「KARA」が映し出されると、急に見入ってしまう私がいる。
ガキには興味ないが、男の素朴な欲望には、勝てないのかも知れない。

今のところ、「KARA」のことは、相方には気づかれていない…
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2011年06月15日

出張帰り

見知らぬバーに入る動機のひとつに、出張帰りの解放感という理由がある。
私自身、会社勤めをしていたので、仕事と出張は切り放せず、その解放感はわかる。

出張先では、慣れない緊張感がある上、任務という絶対的な役割が頑としてある。
その分、地元に帰ってきたときほど、住み慣れた空気が心地良いと感じるのは帰巣本能だろう。
特に、新潟駅に降りついてから、連絡通路を歩いていると、温もりのある場所へ寄りたくなる。
少し冒険のつもりで、見知らぬバーの扉を開けてみようか、それとも、いつもの弱気が出てきてしまい、そのまま、そそくさと帰ってしまうか、そこは性格に違いが出るところだ。

この時点では、腹も満たされており、移動中の睡眠からも覚めて、沈黙にも飽きてきた頃であろう。
そうすると、酒と年齢に応じた会話を楽しみたくなるのは、大人にしかできないシャレた遊び方だ。
その日なら、東京の天気、都会の風景、新幹線での混み具合… 自然と会話をつなげるネタはある。
会社語以外、日常の会話に飢えている者同士であれば、貴重な時間であることは間違いない。

それをいちいち、腹を括らなければ、扉を開けられない性格では、日常の風景など変わる訳もない。
その意味では、出張帰りの解放感とは、何だか新しいページをめくるようで、期待と不安が入り混じった心境になるのかも知れないね。
人によっては、カラオケ屋に閉じこもるか、風俗店で「おそまつ君」を公開するか… あっ失礼、センスも千差万別であろう。

初級問題はたったの一問… 入って来れるのか、入って来れないのか、ただそれだけである。
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2011年06月14日

心が痛む…

13日夕方、Mさん(45)からメールが届き、要約するとこう書かれていた。

11日深夜、GIGで飲んだ帰り道、交通事故に遭い、左大腿骨骨折との診断で某病院に緊急入院。
しばらくは伺えませんが、治ったらまた伺います… と、何とも律儀に末尾を〆ていた。
商売を絡ませたくないので、末尾のくだりはどうでもいい。
それよりも、Mさんの身体の方が心配である。
場所はそう遠くもなく、開店まで少し時間があるので、急遽、その足で病院に向かった。

集中治療室ではあったが、幸い命に別状もなく、全治二ヶ月の療養生活が始まるらしい。
本人は周りから、苦言を呈されるのは仕方ないが、どこか私の心も痛く感じてしまう。
原則、店という密室での変則的な関わり合いではあるが、固有名詞で歳月が経てば、仲良くもなれる。
回復を念じずにいられないのはそのためである。

仕事帰りのバーに立寄って、気軽な会話に加われる愉しみを知っている、そんなMさんのことだ。
二ヵ月後、お盆明けくらいの、「金曜の夜」にでもなろうか…。

隅の席に腰掛けて、きっと酒の博識を愉しそうに語っている姿が戻ってくるその日まで… お大事に!
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2011年06月13日

後を引く女

心ときめく夕暮れ… とは行かないのが、夜の仕事である。

日常生活から見る、大人の淡い恋心であれば健全であろう。
笑顔の可愛いコーヒーショップの店員。
冗談にクスッと笑ってくれたショップ店員。
商品を扱う手先のしぐさが優しいレジの店員。
笑顔で手を振ってすれ違ってくれた知り合いの女性。
単純だが、男ってこんなもんである。

パーティーでメイクアップして、流行りのブランド品を身に付けて、ツンとすました美人ほど、つまらない女はいない。
それは演出という、上品な舞台ではあるが、逆に下品でもあり、男は自然な姿に興味が湧くからだ。
少し性欲が落ち着かないと、こういう見方は難しいかも知れないが、その女の内面に惹かれたときから、大人の恋は始まると思う。

表現は照れくさいが、しぐさが優しかったり、しなやかな言葉遣いだったり、笑顔や愛嬌など、日常の姿から、内面を抱いていくものだ。
それが通りがかりの一瞬だとしても、「後を引く…残像感のある女」が、本当にモテるんだ。
女は気づかないかも知れないが、キーワードは全て日常の姿からである。
わかりやすく言えば、ステージ上の女ではなく、楽屋でリラックスしているときの女を見ている。
全ては小さいことから、恋愛は発展していくんじゃないだろうか。

男稼業46年、大概のことはわかってくるものだ…  世のおじさんらは経験の宝庫でもある。 笑うな!
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2011年06月12日

時運の偶然

12日、時間調整のついでに、南万代の中古書店で、ぼんやりと背表紙を眺めていた。

様々な分野のビジネス書籍が溢れており、成功の秘訣などの啓発本も結構と並んでいる。
それだけ新刊を買っては、中古書店に流すのだろうが、ほとんどが読み切ってない状態のようだ。
この手の本を買ったことで、知識を得た錯覚になるのだろうか。

自分の体験をもとに、成功の秘訣などとして、出版する著名人は多い。
しかし、過去を正当化し過ぎているようで、泥臭い部分は感じさせない。
それらは後から、成功秘話を付け足しているようで、挙句には自分が人格者にでもなったかのようなくだりに、どこか違和感を覚えたことがある。

始まりの多くは、自身を貧乏な生い立ちに置き換え、成功の共感を誘っている構図がどこかいやらしい。
一般的に成功者と言われている人ほど、裕福な家庭に生まれ育ち、英才教育された背景が強い。
それなら最初から、起業は親や第三者の援助で資金調達したことを公言し、それを手元に「俺はこう努力した」と切り出したほうが、よっぽどリアルティがあって素直に共感できる。
あの世界的なジャズトランペッター、「マイルス・デイビス」だって、歯科医の裕福な息子ではあったが、夢を与えたいとの商業的な論調からなのか、その生い立ちはさり気なかったような気がする。
それら本当に貧乏だったとしても、世間に公言すること自体、親に対する「子の仁義」があると思うが…

個人的に成功の大半は、「時運の偶然」だと思っている。
日常の偶然に感謝せず「必然だ」の「俺の力」など言っている輩ほど、後付で成功を並べている訳だ。
そんな成功かぶれが出す、成功の秘訣本を手にしているのに、こうも中古書店に流されていることは、「成功は自分が決めること」に気がついたからであろう。

所詮、成功とか必然なんてものは、偶然の出会いを大切に扱った結果とも言えるんじゃないかな。
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2011年06月11日

伊達直人に告ぐ

今年早々、明るいニュースとして、伊達直人運動が大きく取り上げられた。
その後、大震災の影響で耳に届かなくなったが、善意とは器量どころである。
興味があるのは、伊達直人を名乗る当人たちはこのまま、名を告げずに続けられるかだ。
内心では、名乗り出たい自意識も葛藤しているんじゃないのかな。

今から5年ほど前、あるベテラン女優が福祉関連の特集記事に自身の体験を寄せていた。
そのコラムが印象に残っているので、紹介してみたい。

ある日、某女優は某福祉施設の子供たちに、山ほどのプレゼントを持参で慰問した。
無邪気な子供たちからは、喜ばれて慕われる。
本人も人の子である以上、気を良くして当然である。
だが、施設の女性園長は、感謝の気持ちをくみ取った上でこう続けた。
「自然に無理をせず、続けていけることだけでいいのですよ…」
「ここにいる子供たちは、いずれ誰も(今日限りで)、来なくなることを分かっています…」
その言葉に某女優はハッとしたと言う…  全てを見透かされていたのだ!

某女優の善意は純粋だと思う。
だが、調整的な純粋さは時として、人の心に影を落とすときがある。
「また、来るね…」だとか、「今度、行きます…」などと、その場つくろいの言葉で調整されて、もう何年もほったらかしにされることを分かっているのだ。
女性園長は経験から、人の移り気な考えや行動を理解しているからこそ、真実を短く伝えたのであろう。
私自身、そういう人の「偽善性」が、鼻につくときがあるのも事実だ。

「伊達直人運動」は、続けていくことに社会意義があり、本物か似非かは、来春にはハッキリする。
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2011年06月10日

44歳誕生会

誕生日の祝福は年齢どうあれ、どのような形であっても嬉しいものだと思う。

9日夜、北九州から単身赴任で新潟に在住している、Mさんの誕生会が催された。
急遽ではあったが、親睦を深める口述こそ、結果として粋な計らいだったと思える。
それは仕掛けや、高価な誕生プレゼントもない気軽さこそが、次も続けられるコツだろう。
せいぜい、主賓の参加費を仲間内で割り勘にすることが、プレゼント代わりになるものだ。

昔は誕生会にもなると思考を凝らし、プレゼントはあれこれと企画したものだが、今のご時世では毎年毎月の頻度は続けられない。
しかも、複数名の誕生会まで企画したら、身の回りも保ちにくくなるであろう。
これだと逆に続けられなくなり、徐々に参加者も減って、次第にフェードアウトしがちになる。
だから、考え方や行動にも、ひと工夫が必要になってくる。

今の誕生会は、自由参加にしておくことが、親交や旧交を温めることにつながるとも思える。
それは、一発だけの大きな打上花火ではなく、毎年気軽に参加できて、末長く続けられることであろう。
長年変わらない気持ちを、気軽に表現し合える関係こそが、永くつき合えるコツじゃないのかな。
その意味で、遠距離で付き合いは薄くなっても、毎年の年賀挨拶こそが「一番の絆」であったりもする。

人間関係のほとんどは、適時な計らいの積み重ねだろうし、それをできる人が名幹事なんだろうね。
記念日を大事にして、長い人間関係を大切にするゆとりは、その人の教養でもあると思える。
今晩集まった人たちは、当店で偶然知り合い、年齢や立場も各出身地も違う、いずれ劣らぬ個性派揃いであることは特筆しておきたい。

Mさん、44歳お誕生日おめでとうございます! H女史さん、名幹事ぶり… お見事でした!
ご出席の皆様、今朝、遅刻しなきゃいいけどな… (笑)
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2011年06月09日

万代の香り

8日、八千代橋から、伊勢丹方面に向けて、自転車を走らせていた。
すると前方から、爽やかな柑橘系の香りが、風に乗って漂ってきた。
その方向に目を向けると、色白でセミロングの若い女性が、自転車で信号待ちをしていた。

しばらく進むと、今度は化粧品売場から、微かに漏れてきた大人の香りに始まり、バスセンター付近から黄色いカレーの香りも漂ってきた。
コーヒーショップから、挽いた豆の香ばしさが鼻を引き、マクドナルドのジューシーな香りが胃をそそる。
どの道順を使ったかは、土地勘のある新潟人ならわかるであろう。
そう、これが万代という、「街の香り」なのである。

四季の香りも好きだが、その街独特の香りを嗅ぐと、不意に昔の記憶が蘇えるときがある。
例えば、下町の窪田町にある、「せきとり」のスパイシーな鳥の唐揚は、中学時代の下校道を思い出す。
東堀にあった、「ヒュリカ」のとろけるようなカレールーの甘い香ばしさは、当時の街中の活気と映画帰りの余韻が頭をかすめる。
嗅覚とは、極めて遠い記憶を呼び覚ましてくれる、動物的な本能なのかも知れないね。

セミロングの女性が愛用していた香りは、きっと以前、どこかで記憶していた香りなのかも知れない。
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2011年06月08日

反面教師

7日、新潟駅前の某居酒屋帰りのお客さんから聞いた話である。

仕事帰り、カウンター席で食事をしていた目の前で、板場の調理長らしき人物が、見習い職人(追い回しであろうか…)を、コンコンと説教していた。
カウンターを隔て、客と見習い職人に対する態度が、あまりにも違い過ぎるため、いたたまれない気分になり、そそくさと出てきたと言う。
実はこういう話は珍しくもなく、自身もお客として経験したことがあるので、その気持ちはよく分かる。

居酒屋の板場に限らず、組織でも「長」の肩書がつく人ほど、「外の顔」と「内の顔」を持っている。
外部の人には、笑顔で媚を売る一方、内部の人には、見下して説教したがる輩も多い。
特に、企業の社長や政治家には、裏と表が極端なタイプがいると聞く。
中には、ワンマン経営者に振り回されて、ずいぶん困惑している人も知っている。
だが、それを外部に見せないよう上手くガードするのも、側近筋の仕事になるので辛いところであろう。

私が思うには、店の従業員教育の姿勢を示すのは結構だが、客前でパフォーマンスするなということ。
見習い職人を教育することができなければ、商売として成り立たない、焦りの気持ちは理解できる。
だけど、客商売の基本教育は見えないところでするべきだし、そのための「朝令」「終令」、「ミーティング会議」など、さまざまな手法が用いられている訳である。
その場を活用できないのなら、何のための場なのか、意味を成さなくなってしまうだろう。
なまじっか、近道で立場が偉くなってしまうと、足元が見えなくなり、勘違いを始めちゃうのかな。

私のここ数年は、物事を反面教師で見ているので、呆れることはあっても、あまり腹を立てなくなった。
その代わり、極めて傍若無人な行為には、怒りを示すときはあるが、それは教育的だと思ったときだけ。

今晩は、そんなお客さんの「全うな嘆き」を耳にしながら、素直に感じたことを書いてみた。
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