2011年03月26日

スーパーの男

25日夕方、自宅からほど近い、大型食料品スーパーに出かけた。
その時の印象が、(高い)(少ない)(暗い)の三拍子であった。

まず高いは、全体的に生鮮食品の価格が上がっている。
次に少ないは、品数が不足しているので、選べないもどかしさがある。
その理由はス−パーのせいではなく、ここで長々説明するまでもない。

最後の暗いは別の意味を持つ。
総じて、買物客の顔が暗く見えた。
本来、買物は楽しい時間であり、スーパーは社会を映し出す鏡の役割を果たす。
そのかたわら、お金を使うことは人間社会の自己投資でもあり、先々のプラス発想にもつながる。
買物が楽しい時間でなければ、せっかく買った新鮮な材料でも、美味しい料理に仕上がり難いだろう。
それなのに、どこか難しい顔の主婦が多いのは、天災のご時世によるものか、必要な日常品が品薄に加え、物価高の予兆に対する怒りの表れなのであろうか。
その暗さは、店内の節電だけのせいではないことは確かだ。

職業柄、公私ともに買出しは欠かせない。
店や家庭の冷蔵庫や戸棚の備品状況によっては、即座に自転車で買いに出かけることが役目である。
例えば、肉なら〇〇の店、魚なら〇〇の店という具合に、すでに経験と情報は頭に入っている。
ポケットのメモ用紙には、「卵、牛乳、豆腐、長ネギ、ピーマン、人参、米、料理酒、サランラップ…」なる、相方からの指示書をもとに、宝探しの気分で買物を楽しんでいる。 (単純でしょ!)
そんな、ありふれた行動の中であっても、まわりを観察する目があれば、少しは心の余裕が出てくる。
だから、風評被害に苦しんでいる茨城産の「ほうれん草」も、モリモリ・パクパク食べて、「ポパイ」のように、マッチョな男に変身してやろうかと思っている。 で…「オリーブ」は誰だ?

そんな私は買い物上手の、「スーパーの男」を目指して奮闘中!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする