2011年03月30日

2011 April

4月 定休日 
   3日(日) 10日(日) 17日(日)  
 
< 24日 (日) 日曜営業 深夜1:00まで >
< 29日 (金) 祝日営業 >

 住所   新潟市中央区 東大通2−9−5  (新潟駅万代口周辺からの地図を添付)
 電話   025−247−1644
 営業時間 19:00→深夜3:00
 定休日  日曜日 (祝前日営業/月末日曜営業)

[入荷しました]  ※ボトルキープ応相談
・ジョージア・ムーン レモネード (コーンウイスキー)
・ボウモア10年 テンペスト (バーボン樽仕上 2,500本限定発売の内、3本入荷/残1本)
・オールド・チャーター8年 (バーボン) お薦め
・ワイルド・ターキー12年 (バーボン) 予約済

【徒然なるままに…】
今年ほど、春の訪れを待ちわびながらも、実感に乏しい春はない。
それは当たり前のことが、改めて、身にしみたからだと思う。

現代社会では、身内が身内を気にかけない、衝撃的な風潮が問題となっている。
身内が気にかけないのであれば、人を救えるのは他人であり、他人こそが人生のターニングポイントになっていたりする。

スポーツの応援団や芸能ファンは、それこそ赤の他人に対して声援を送っている。
そんな彼らが身内や身近な人間に、あれほどの情熱を注いでいるかと言ったら、はなはだ疑問である。
そう考えれば、世の中の支援やモチベーションなど、大半は他人の力によるところの方が大きい。

結局、その人に生きがいをもたらしているのは、他人の存在なのである。
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2011年03月28日

日曜営業

去年より、毎月最終日曜だけ営業するようになり、もう一年以上が経過した。
最初の頃、街全体が日曜独特の脱力感に包まれているようで、少し戸惑いを感じてはいたが、今ではこの小休止ぶりが心地良く思える。

会社勤めをしている人にとって、日曜の夜は特別な時間であり、すでに意識は月曜に飛んでいるため、気分は消極的であろう。
管理職や営業であれば、月曜からの動向を考えると、神経が高ぶって寝つきが悪い人もいると思う。
数字のこと・上司のこと・部下のこと・無理難題を押し付ける取引業者のこと・総じて人間関係のこと…
それらはとりわけ、感情を表に出せないところに苦悩がある。
置かれた立場は人それぞれ違うが、大方そんなところであろう。
日曜営業の趣意は、寝る前に暗いことを考え過ぎず、普段とは角度を変えた息抜きの場としてである。

本当のところ、日曜営業は一年で止めるつもりだったが、このような少数ニーズを感じているので、まだ当分の間は続けて行くことに決めた。
ひいては折を見て、深夜3時まで営業している理由もいずれ明かそうと思っている。

日曜の夜こそ、明日は明日の風が吹くで、さりげない月曜でいいんじゃないかな…
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2011年03月26日

スーパーの男

25日夕方、自宅からほど近い、大型食料品スーパーに出かけた。
その時の印象が、(高い)(少ない)(暗い)の三拍子であった。

まず高いは、全体的に生鮮食品の価格が上がっている。
次に少ないは、品数が不足しているので、選べないもどかしさがある。
その理由はス−パーのせいではなく、ここで長々説明するまでもない。

最後の暗いは別の意味を持つ。
総じて、買物客の顔が暗く見えた。
本来、買物は楽しい時間であり、スーパーは社会を映し出す鏡の役割を果たす。
そのかたわら、お金を使うことは人間社会の自己投資でもあり、先々のプラス発想にもつながる。
買物が楽しい時間でなければ、せっかく買った新鮮な材料でも、美味しい料理に仕上がり難いだろう。
それなのに、どこか難しい顔の主婦が多いのは、天災のご時世によるものか、必要な日常品が品薄に加え、物価高の予兆に対する怒りの表れなのであろうか。
その暗さは、店内の節電だけのせいではないことは確かだ。

職業柄、公私ともに買出しは欠かせない。
店や家庭の冷蔵庫や戸棚の備品状況によっては、即座に自転車で買いに出かけることが役目である。
例えば、肉なら〇〇の店、魚なら〇〇の店という具合に、すでに経験と情報は頭に入っている。
ポケットのメモ用紙には、「卵、牛乳、豆腐、長ネギ、ピーマン、人参、米、料理酒、サランラップ…」なる、相方からの指示書をもとに、宝探しの気分で買物を楽しんでいる。 (単純でしょ!)
そんな、ありふれた行動の中であっても、まわりを観察する目があれば、少しは心の余裕が出てくる。
だから、風評被害に苦しんでいる茨城産の「ほうれん草」も、モリモリ・パクパク食べて、「ポパイ」のように、マッチョな男に変身してやろうかと思っている。 で…「オリーブ」は誰だ?

そんな私は買い物上手の、「スーパーの男」を目指して奮闘中!
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2011年03月24日

自粛ムード

日本人は和の精神を重んじる、一丸主義が外国から高く評価されている。
だが、個人レベルになると、何一つ楽しみを見つけられないような気がする。
そう思ってしまうのは、近年の自殺問題しかり、大地震以降の過剰な自粛ムードにある。

国民として節電するなど、協力すべきは協力するが、周囲の感傷的な空気だけを読んで、歩調を合わせようとすることは問題だと思う。
それは地元の経済や企業に活力がなくなり、ひいては日本全体の衰退につながってしまうからだ。

以前も書いたが、支援をしたくても、支援して行こうという気力が萎えてしまっては意味がない。
それこそ「人に元気を与えたい」と願うのであれば、まずは自分自身が元気でなければいけないだろうし、それを感傷まみれの「負の元気(ネガティブ)」を与えてどうするのと、現在を問いたい。
感傷に染まっていれば、自分の居心地がいいとでも思っているのだろうか。
その感傷から、いつまでも抜け出せずにいたら、防衛手段を放棄した傍観者でもあるのだ。

非常口は一つと言う思い込みは、この期に及んで切り替えていくべきだと思うけどね。
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2011年03月23日

飲酒メール

人との輪が広がると、ケータイにユニークなメールが入ってくることも多くなる。
その中からいくつか、お客さんからきた面白いメールを匿名で紹介しようと思う。

去年のメールになるが…
「家の駐輪場で変な女が、宇宙人と交信していた」 (45歳・男性)
「UFOにさらわれて、人体実験をされた」 (45歳・男性)
「歩いてたら、ぬりかべの野郎が目の前に出てきた」 (42歳・男性)
これら妄想メールは深夜に多く、どういう状態なのか、説明するまでもなかろう。

強者にもなると…
「人生最大の賭けをするので、女を紹介してくれ」 (46歳・東京在住の男性)
「昔の女を忘れられないので、探してくれないか」 (46歳・東京在住の男性)
女がらみに関しては、人並み外れた、ポジティブシンキングなメールが来ることもある。

極めつけはこれだ! 見た瞬間は気を失いそうになった。
「〇〇ちゃん、コンビニでヨーグルトを買って帰るネ パパより」 (52歳・男性)
だいたい、どこをどう操作すれば、間違って送ってこれるのかが不思議だ…。
深夜にくるメールは、ヘロヘロな状態でありながら、それでも器用に操作できるところは感心する。
実は私も身に覚えがあるので、あまり高飛車には言えないのだが…。

「飲んだら送るな 送るなら飲むな」 飲酒メール撲滅運動実施中!
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2011年03月22日

休日ふらり(5)

21日の夜、東堀の「二代目勝烈亭」で食事をした後、柳都大橋を徒歩で渡って万代の自宅へ帰った。

橋の真ん中から見渡す新潟市の夜景は、節電対策のためにずいぶんと弱々しく映っている。
それまでは人が少なくても、光が溢れる街中にさえいれば、どこか寂しさがまぎれることもあった。
それが日曜の夜であっても、ジョギングをしている人、カップルで歩いている人、犬を散歩させている人など、人の気配があるのだが、この日は薄暗く閑散とした神妙な雰囲気が漂っていた。
寒さが厳しい訳でもないのに、どこかジオラマの街に放り出された気分である。

そんな夜の橋で、ご年配のおばさんからすれ違いざま、「こんばんわ」と挨拶された後にこう思った。
人は暗闇や予期せぬ出来事に遭遇したとき、互いに寄り添うようにして生きてきた歴史があるから、自然と他人同士であっても、不思議な連帯感を持つのではないのだろうか。
それを右隣で歩く相方に力説すると、「細かいことを考えるのね」と軽くいなされてしまった。

いずれにせよ、私の頭の中に「自粛」という言葉はないようだ…。
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2011年03月18日

You Are Love

今回の大地震で思ったことは、想定外の世界で生きていること。

誰もが、津波にさらわれるなんて思いもしない。
誰もが、ガレキの下敷きになるなんて思いもしない。
誰もが、放射能を浴びるなんて思いもしない。
それらは全て一瞬にして、現実に起きてしまったのである。

俺ら日本人が何をしたというんだ!
この世に神なんていないことがわかったよ。
それでも道は続いていくが、存在しない神を求めて、ただ行かねばならないのであろうか…。

1980年日本映画 「復活の日」のテーマ曲、「You Are Love」(Janis Ian)を鎮魂歌に捧げたい。
30年ぶりに聴いた、和訳の全歌詞が心にしみた。

明日から気が向いたとき、なるべく明るいエピソードを中心に書こうと思っている。
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2011年03月17日

大地震発生…7日目

東北太平洋沖地震(仮称)発生から、明日で一週間が経過する…
ここで一端、個人的な考え方を整理したいと思う。

時は2004年10月23日、M6.8を記録した新潟県中越地震にさかのぼる。
その頃の私は毎年11月下旬、南魚沼市にある家族経営の温泉旅館で過ごすのを愉しみにしてたが、そこは被災地にほど近い場所にあり、復興の真っ只中でもあった。
「そんな時、温泉へ行くのはしのびない…」という心情に駆られて、その年だけは急遽中止にした。
だが、何かのキッカケで、きれいごとを言っている自分に気がついた。

常宿は観光を生業にしていることを考えれば、その同情的な自粛が復興の足をも引っ張っていた。
自分の心の狭さを自粛にすりかえて、現状を正確に捉えられない偽善者になっていたのだ。
それに気づいた年明け、例年の二ヶ月遅れになったが、いつもの温泉旅館に足を運んだ。

この経験を元に整理すると、過度な自粛とは何の役にも、何の同情にもならないということだ。
つまり、独りよがりで内向きな自粛ほど、復興や地元の経済環境までも悪化させてしまうのだ。
被災者は地震の影響で、日本のイベントが次々中止になることは、望んでいないのではないか。
私がその立場なら、「気持ちは受け止めたから、気にせずに楽しんでよ」と言うかも知れない。

庶民レベルでの過剰な気持ちの自粛なんて、早くやめるべきだと思っている。
あとは、そのやり方を考えればいいのであり、今の時期なら送別会ぐらいやってやりなよ。
しっかりと被災地の状況を気にかけながらも、今までと近い生活に少しずつ意識を戻して行くのが、結果として支援の和が広がることになるはずだと思う。
それを「被災地のことを考えたら、自粛することが私たちの祈りです」なんて、本気で思ってるとしたら、そいつはきっと大変な奴だよ。

経済的に元気がなければ、支援したくても支援できなくなる。 そこを考えるべきなんだ!
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2011年03月16日

大地震発生…6日目

東北太平洋沖地震(仮称)発生から6日目…

15時過ぎ、日常の食料品を買いに、近所の大型スーパー2店舗へ出かけた。
見事に飲料品や保存食品関係の棚は、品切れ品薄状態だった。
目的は備蓄食料ではないので、別に困ることはなかったが、店員にそれとなく購入層をたずねてみると早い時間帯から主婦らの買い占めが目立っていたと言う。
いゃー、見上げた主婦魂! はぁー、その家族愛!
バーゲンセールじゃあるまいし、こういう女がバカ主婦なんだ!

何で買い占めるの…? 優先順位は被災地であり、少しでも人に分け与えようとでも思わないのか。
一連の報道による現状を理解していれば、分かることであろう。
だが、強欲主婦は何も分かってないし、話にもならないよ。

15日、岩手で70歳の女性が92時間ぶりに、ガレキの下から救出されたニュースは知っているだろう。
普通の生活をしていれば2〜3日位、飯を食わなくたって死にゃしねえよ。
その気になれば、柿の種ポリポリでも、少しは食いつなげるはずだ。
だいたい、普段の思考と胃袋が「食べ放題&飲み放題」なんだから、始末が悪いに決まっている。
こういう時こそ、少しは原始的な発想も大切だと思う。
だから私は今、意地でも過度な備蓄食料を買いに行かない。

噂では今日16日、放射能を含んだ雨が降る可能性があるというではないか?
今度は「頭がハゲる」といって、開店から帽子でも買い占める気であろうか?
そんなこと言ったら、高橋達人さん(?)に失礼だろう!

被災された地域の方々に、早く物資が行き渡るように祈っております。
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2011年03月15日

大地震発生…5日目

東北太平洋沖地震(仮称)発生から5日目…

地震規模はM9.0に引き上げられ、現時点で死者と行方不明者合わせて一万人超となる勢いである。
また、M7.0規模の余震が高い確率で起きる可能性があるとして、予断が許さない状態が続いている。

そんな中、「災害に国境はない」として、各国から続々と支援の手が差し伸べられてきた。
これでハッキリしたことは、国を救えるのは政治しかないということだ。

この非常事態で、政治家が行動を示せなければ救助犬以下、それこそ世界の笑い者にされてしまう。
どんな言葉で煽っても、イザというときに行動できなければ、国民に本気度が伝わるはずはない。
何もできないのか、何もしないのかは判らないが、今は最低限、総理官邸の足を引っ張るようなマネだけはしてはならない。

被災された地域の方々には、心よりお見舞い申し上げるとともに、救助隊の役割に期待したい。
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2011年03月14日

大地震発生…4日目

東北太平洋沖地震(仮称)発生から4日目…

連日の凄まじい最新映像に続き、人命の安否確認も始まった。
生死をさまよった人々は茫然自失となり、一度は心が折れたとも思われる。
それでも、健気に振舞っている姿を見ると、身の回りの悩みなんて、小さなことにさえ思えてしまう。

そんな避難所生活をしている、女性被災者の言葉が印象に残った。
「いつまでも、泣いてばかりいられませんから」と…  その言葉に人の強さとぬくもりを感じた。

被災された地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。
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2011年03月13日

大地震発生…3日目

東北太平洋沖地震(仮称)発生から3日目…

当店、テレビをフル稼働で地震の情報を流しながら、週末の営業を行なった。
想像を絶する被害状況をお客さんと観ながら、被災地の苦労を思いやることしかできない。
そんな店内、一時はプレスルームさながらの雰囲気に包まれていた。
私も生活が許せば、ボランティアとして現地に飛んで人の役に立ちたいし、それは誰もが思うこと。
それができないから、しっかりと報道を見て、予備知識をつけておくことが、今後に役立つことだろう。

特に家庭では、子どもに現実を見せることで、命の大切さを学ばせることができる。
その経験をさせることで、少しは他人を理解できるようになるだろうし、これが情操教育だと思う。
もし「可哀想だから見せたくない」という親がいたら、どうしょうもなくいい気なものである。
それができるかできないかが、「親」なのか、「バカ親」なのかの分かれ目だと思っている。

被災された地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。
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2011年03月12日

大地震発生…その時

11日、東北太平洋沖地震(仮称)発生時。
自宅でウンザリと国会中継を観ていたその時、横揺れを感じた。

新潟県は気象庁発表の震度3程度でも、徐々に強まる振動に恐怖心を覚えた人も多いと思うが、それこそ、震源地付近のM8.8の大混乱は、とても書くにしのびない。
NZ地震同様、自然の猛威が相手では今更ながら、なす術がないことを感じた。
だが、一致団結のマンパワーこそが、人間の値打ちであるとともに、必然の姿だと思う。

テレビ報道に触れるが、現地からリポーターが興奮状態で、言葉をまきちらしている姿は見苦しい。
テレビを通した言葉に、国民は思わぬ興奮と悪影響を及ぼす可能性があるからだ。
女性リポーターは仕方ないが、男性リポーターにはもう少し凛としてもらいたい。

そしてたった今、午前4時の新潟市では震度4の余震を観測した。
今日はもうしばらく、テレビから目を放せない。

被災された地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。
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2011年03月10日

ニックネーム

上野動物園のパンダ二頭の愛称が、一般公募で「リーリー」と「シンシン」に決まったという。
動物に限らず人間社会でも、ニックネームで呼ばれている人は、憎めないキャラクターが多い。

東京時代、自宅近所の小料理屋で「いながき」さんと呼ばれていた、当時40歳過ぎの自称「新聞拡張員」の常連さんがいた。
ある夜、久し振りに偶然会ったら、周囲の客から「ゲロがき」さんと改名されていたことに気づいた。
その理由をこっそりと店主にたずねると、酒に酔って店の玄関先で「ゲロ」を吐いてしまったという。
さらにこの「ゲロがき」さんのスゴイところは、その後「ゲロ」さん、最後は「ゲロ」で呼び捨てになっても「あいよ!」と返事をして、それでも週一ペースで店の暖簾をくぐってくる勇ましさだった。
このように、飲み屋でニックネーム(異名)のある人は、それぞれ個性があって面白いのだが、その背景には、何かしらの「珍事件」を起してしまった人も多いようだ。

そんな当店にも、ニックネームで呼ばれている人も若干いる。
断っておくが、(ソムリエ)さんに(スコッチ)さん、(メロン)さんに(マンデ−)さんなど、こんなオシャレでカワイイニックネームで、呼ばれているおじさんは絶対にいない!

時代を感じさせてしまうが、代表例として…
(〇〇〇マン)、(〇〇〇〇仮面)、(ウルトラ〇〇)、(マジンガー〇〇〇)、手っ取り早い愛称としては、(〇〇〇のおやじ)などは定番である。
結構、昭和の劇画マンガのヒーローをリスペクトして、愛称づけられる場合が多い。
そんなあなたも、ひょっとしてどこかしらで「珍事件」をやらかしてしまい、名誉あるニックネーム(称号)をつけられて、「殿堂入り」しているなんてことはありませんよね…?
だが、ご安心を… 店ではニックネームがある人ほど、親しくて愛されている人が多いのです。

参考までに私は、「セクシーパンサー」と呼ばれてましたが、それはいけなかったでしょうか?
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2011年03月09日

北京のふたり

【北京のふたり】 (1997/米中合作映画) 
主演男優/リチャード・ギア 主演女優/バイ・リン (原題:Red Corner)

スクリーンの女優に恋したのは、そう何人もいないが 「バイ・リン」 は素敵だ。

「愛ある別れ」 だった。

ふたりの関係には、純白なデートや豪華なプレゼント、甘いキスも激しいベッドシーンもない。
別れたくないが、別れることに意味を見出した。

中国の女弁護士である彼女は、周りの人間を全て敵に回してでも、アメリカのビジネスマンを最後まで無罪だと信じ続ける。

身を危険にさらしながら、体制に逆らい国家権力と戦ったのは、過去の自分と決別したかったからでもあり、人には隠せても、自分は知っているから余計に辛くなってしまう。

そんな健気な姿を見ていると、人は人の中でしか変われないことを強く感じた。

北京空港で別れるロビーでは、彼女は抱きしめてほしかったんだ‥  
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2011年03月07日

引責辞任

前原外務大臣が外国人献金問題で引責辞任した。

今日の朝刊で全容を知る限り、決して悪質なものではなく、目をつぶれる範囲の人情話のように思える。
昔から知る近所の焼肉屋のおばちゃんが、庶民レベルで献金した程度で、どこに社会影響があるのか。
それは枝葉の部分まで調べれば事務的なミスなど、目が行き届かないこともありえるだろう。
その献金が在日外国人否かを調査するにしても、制度そのものに無理があるだろうし、今回のケースは黒い献金とは明らかに質が異なる。

それでも、国民の意識調査では6割強が辞任すべきと回答していた。
何か、責任という言葉=「悪い奴」と、すぐに解釈される単純さを感じてしまう。
つまり、日本は内向きな問題を騒ぎ立てることは得意なのだ。
だから外交が弱いのであり、日本の混迷ぶりを見透かされて、海外からは完全になめられている。

今度は後になってから、前原外務大臣の辞任は唐突で無責任であると言い出すはずだ。
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2011年03月06日

休日ふらり(4)

今日6日、二週間ぶりの休日だが、別に予定らしい予定もない。

休日を筋書きするタイプではなく、どちらかと言えば風まかせタイプだ。
遠出や贅沢することが休日だと思わないし、行った先が休日場所となる。
それがどこであろうと、その場所こそ休日であり、誰かと会っていれば、その人こそ休日である。

人によっては、休日なのに不完全燃焼のまま、自宅でサザエさんのテーマを耳にしながら、明日からの仕事を考えては、ため息をつく人も多いかと思う。
一般的に日曜の夕暮れは、気分を落ち込ませるようだが、私にとっては心ときめく夕暮れとなる。
引き潮にも似た街の雰囲気の中、のんびりと買物をできるし、客が空いている飲食店でゆっくり人と歓談しながら飲めるし、いいことだらけである。
外出が気乗りしなければ、それはそれで何もしない時間も過ごせるしネ。
そこそこの年齢になると、休日の執着心や行動も思考も、次第にシンプルになってくる。
つまり、さりげない休日を楽しめるようになるのだ。

たまに思うことは、夜の仕事だからこそ見える日曜日がある。
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2011年03月05日

自殺問題(1)

2010年の自殺者数は、13年連続で年間3万人を越えたという。

自殺の原因や動機に仕事がらみが目立つ。
特に前途多望な若者が死に急ぐ理由のひとつに、受験や就職に失敗したことが増えているようだ。
ここはあえて言わねばならない。

ひとつの選択肢が断たれただけなのに、自殺に向かうなんて真面目過ぎるのだ。
生真面目だから、たかがを許せなければ、たかがも忘れられないから、自分を解放できないのである。
だいたい、受験や就職の後に、「戦争」なんて言葉を付け足したのはどこのどいつだ!
まだ始まってもいないじゃないか!
何も生真面目さを否定している訳でなく、真面目過ぎるのを放棄すれば自由になれると思うのね。
中高年も自殺原因が借金問題であっても、金そのものに殺されることなんてありえないのだ。

必要なのは、自分自身をネタに笑い話ができるぐらいの、いい加減な解放感だと思う。
自分と向き合っていれば、自分を笑えるから、自殺なんて早々考えないようになれる。
それが、真面目過ぎる人ほど秘密主義者が多く、ありきたりな失敗経験や失恋体験なんかも、神経質なまでに隠そうとする傾向がある。
それでは息が詰まるだろうし、せっかくの人付き合いもムダに難しくしてしまう。
軌道修正なんてどこからでもできるし、生真面目…いや、クソ真面目を放棄すれば自由になれる。

その意味で自分を解放すれば楽になれる。 これはもうハッキリしているよ!
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2011年03月04日

カンニング

3日、大学入試問題をネットに投稿した容疑で、19歳の予備校生が逮捕された。

私らのカンニングと言えば、手のひらや消しゴムに書き込む程度の古典的な手口しか思い浮かばないが、今やケータイやパソコンを使い、不特定の返信者を利用する大胆不敵な手口に時代を感じた。
巧妙なことに返信された回答をある程度、正解と不正解に見抜ける学力があるとも思われる。
だが、悪知恵は働くが、足がつかないと思っていたのなら、その矛盾に気がつかない思考が若く思える。
バカと天才は紙一重と言われるが、彼は学業よりもむしろ今、世の中を見る能力の方が大切であろう。

それを教えないと行く末の職業を、「カンニング・コンサルタント」なんて肩書きで開業したりするぞ。
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2011年03月02日

卒業式の夜

1日、新潟市の高校で卒業式が始まった。
初々しい卒業の姿を色に例えると、オレンジ色が最も似合うと思える。
そんな私にも高校の卒業式に思い出がある。 とは言ってもその夜のことだが…。

当時、東堀の雑居ビルのスナックで仲間と卒業の打上をした。
高3の秋ともなると部活は引退となり、後は卒業をおとなしく待つ身となる。
特に部活や道場の練習に明け暮れていた分、大きな揺り戻しが来るのがその頃である。
放課後は帰宅するだけなので、バイトを励むようになり、バイト代で好奇心を満たすようになる。
もうその頃には、高校生の分際でスナックにボトルをキープしてあり、たまに学校帰りに学ランを裏返しにまとい、一人で飲んでいたんだから、とんでもない学生だった。
おそらく最後まで一部の仲間を除いて、そんな一面があったことは知らなかったはずだ。
それで進路指導の先生には、「警察官を目指します」と豪語してたんだから、今思えば世間知らずのまま、お情け同然で卒業させてもらった印象がある。
志と行動がともなっていないのだから、目標など夢のまた夢であった。

そんな卒業式の夜、行きつけのスナックでウイスキーを飲んで、カラオケは歌うは、デュエットはするは、若さとは弾けるものである。
皆ほろ酔いで古町通りを白山神社方向に歩きながら、二度と戻れない高校時代を名残惜しんでいた。
同時に未知の経験をできるこれからを思えば、ワクワクした気持で好奇心の目を輝かせていたものだ。

その経験で言えば、高卒の若者の好奇心を叶えてあげたいと思うのは、私ら世代の親心でもある。
いつの時代でも、目の輝きだけは失ってほしくないと思う。
そうじゃないと、こんなオッサンになってしまうぞ!
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